第7話 空を飛ぶ方法を考えよう
「空、飛べるかもしれない」
昨日思いついた。正確には飛ぶというより、
落ちる。
ワープする。落下の勢いを消す。また落ちる。
またワープする。それを繰り返せば、結果的には空中にいられるんじゃないか。
「……いや、その前に安全装置だな」
空を飛べました。落ちました。死にました。
では、あまりにも間抜けすぎる。俺はスマホを開いた。昨日AIと話した続きを確認する。
まず調べるのは、
『条件を決めておけば、俺がその瞬間に意識しなくてもワープが発動するのか』
だった。
「危なくない条件……」
考える。そこで思いついた。
「地面に着きそうになったら、上に1センチでいいか」
失敗しても普通に着地するだけ。成功しても1センチ浮くだけ。部屋の中では狭いので、人目がなく、周囲に物のない場所へ移動した。
もちろん水泳帽、ミラーゴーグル、マスク。もうだいぶ見慣れた。
「よし」
まず普通にジャンプして着地する。当然、何も起きない。
次は、
「両足が地面に触れそうになったら、上へ1センチワープ。落下の勢いはゼロ」
口に出してみる。これで本当に設定されたのかは分からない。
「じゃ」
軽くジャンプする。落ちる。足の裏が地面へ近づいた瞬間、ふっ。身体がほんの少し上へずれた。
「おっ」
落下していた感覚も消えた。
そして、また落ちる。
ふっ。
また1センチ上へ。
落ちる。
ふっ。
「……着かない」
何も考えていないのに、地面に着く直前だけ同じ動作が繰り返される。10秒ほど待つ。それでも続いた。
「これ、回数制限ないのか?」
少なくとも今の範囲では、何度発動しても止まらない。
「いや、永久に着地できないんだけど」
「自動化ストップ」
次に落ちた時は何も起きず、そのまま地面へ足が着いた。
「止められるのか」
念のため、もう一度同じ自動化を入れる。地面直前で1センチ浮き続ける。その状態から、今度は自分で少し横へ判断ワープした。
着地。自動発動は戻ってこない。
「判断ワープを挟んでも解除、と」
自動化は一枠。放っておけば同じ動作を何回でも繰り返す。でも、止めることはできるし、自分でワープした時点でも終わる。
「これなら止め方は分かりやすいな」
複雑な判断までしてくれるわけでもない。
「毒ガスだけ見分けて避けろ、とかは無理ってことか」
少なくとも、今できているのは『この条件なら、この動作』くらいの単純なもの。それでも十分強い。
問題は次だ。落下。俺はAIと条件を詰める。
飛行中ずっと自動化に任せるのは無理だ。俺が判断ワープをした時点で解除される。
「じゃあ、これは落下試験用だな」
条件はさっきと同じ。
「足が地面に触れそうになったら、上へ1センチ。落下の勢いはゼロ」
地面との距離と、決まった動作だけ。壁や車や炎までまとめて『危険』と判断してくれるわけではない。
「単純だけど、落下対策ならこれでいいか」
これならいい。たぶん。
「……たぶんで飛ぶなよ」
自分で言っておいて怖くなった。だから試す。最初は、
ものすごく低いところから。厚めのマットも用意した。能力が全部失敗しても、
「痛っ」
で済む高さ。低い踏み台に上がって、自動化を設定する。
そのままマットへ向かって足を踏み出した。
「おっ」
落ちる。
その瞬間。ふっ。身体が1センチほど上へずれた。
同時に、落下している感覚が消える。また落ちる。ふっ。また1センチ上へ戻る。
「……やっぱ着かないな」
数回繰り返したところで、
「自動化ストップ」
そのままマットへ足が着いた。
しゃがんで確認する。足、腰、異常なし。
「いけた?」
もう一度。同じ踏み台から。自動化を設定し直して、マットへ向かって足を踏み出す。
落下。自動発動。また落下。もう一度、自動発動。
「いけてるな」
数回繰り返してから、
「自動化ストップ」
普通に着地する。
今度は少しだけ高い踏み台にする。それでも、失敗して大怪我するような高さではない。
自動化を設定して、マットへ向かって足を踏み出す。
落下。地面が近づく。
俺は意識的には何もしない。
一瞬。
身体が1センチ上へずれた。勢いが消える。また落ちる。もう一度、同じ位置で自動発動する。
「……これ、かなり便利だな」
落ちる勢いが残っていない。高いところから落ちても、地面の直前で速度を消せるなら。
「いや」
俺は首を振る。まだそこまで試していない。
「高いところから落ちても絶対大丈夫、ではない」
今分かったのは、低い高さでは動いた。それだけ。
能力については、このくらい慎重でいい。毒も防げない。酸欠も防げない。
熱も万能に防げるわけではない。落下には強くなれても、何でも無敵になるわけではない。
「じゃあ次」
俺は空を見る。今までは全部、床、道路、地面。何かの上だった。そこへワープしていた。
でも、もし空中そのものも「場所」になるなら?
「空中そのものって、場所になるのか?」
目の前の地面を見る。その少し上、数十センチの空間を狙う。
今度は自動化を使わない。失敗しても、マットに普通に落ちるだけの高さ。
「行け」
景色が変わる。
「うわ」
足の裏に何もない。一瞬だけ、身体が宙に浮いた。次の瞬間。
落ちる。
「おおお」
分かっていても怖い。地面が近づく。
今度は自分で、少し前の空間へワープする。勢いをゼロにする。また落ちる。もう一度、前へ。
「……いけた」
地面に着かないまま、自分の判断だけで空中をつなげられる。俺は空を見る。
「これ、マジで飛べるな」
今度は少し違う。上ではなく、前方斜め上。
「行け」
空中へ移動。落ち始める前に、さらに前を見る。
「行け」
また移動。
「行け」
さらに前。地面が少しずつ後ろへ流れていく。
「うお」
自分が走っている感じではない。風を切って飛んでいる感じでもない。一瞬ごとに、
景色だけが切り替わる。
「これ、飛んでるっていうか……」
またワープ。
「空中をワープで歩いてる?」
違う。
「いや、歩いてもないな」
自分でも説明できない。空中に出る。落ち始める。
次の場所へ移動する。必要なら勢いを消す。それだけ。
でも結果として、俺は地面に足をつかず前へ進んでいる。
「飛んでるでいいか」
もう一度。上へ。前へ。
横へ。斜め下へ。方向を変える。
全部できる。少しだけその場に留まってみる。
落ちる。
少し上へワープ。また落ちる。少し上へワープ。
「……ホバリングというより」
落ちる。
戻る。
落ちる。
戻る。
「無限に落下キャンセルしてるだけだな」
ゲームみたいだ。でも。できている。
俺は少し高度を上げた。もちろん、まだ地上が十分近い範囲。下を見る。
「……」
今まで見ていた景色が、少し違って見えた。道路、建物、動いている車、歩いている人。
普段なら見えないところまで広く見える。風が顔に当たる。
「……これ」
俺はもう一度前へワープする。視界が開ける。
「普通に楽しいな」
思わず笑った。能力が出てから、安全性、距離、重量、副業、8,000万円、身バレ、政府、研究、毒。ずっとそんなことばかり考えていた。
もちろん大事だ。でも今は、ただ空にいる。
「すげえな」
誰に言うでもなく口から出た。もう少し上へ行きたい。もっと遠くへ行ってみたい。
どこまで速く移動できるか試したい。いろいろ思いつく。
「……今日はやめとくか」
調子に乗るとろくなことにならない。今分かったのは、空中へ行ける。
連続すれば飛んでいるように移動できる。落下防止の自動化も、今の範囲では動いた。それで十分だ。
俺は高度を下げていく。地面へ戻る前。もう一度だけ下を見た。
さっきより広く見える。
「これ……」
道路の先。建物の周囲。人の動き。
地上にいる時より、かなり見つけやすい。
「事故とかあっても、上からなら気づきやすいんじゃないか?」
例えば。倒れている人。車の事故。
どこかで困っている人。近くまで行けば、一瞬で移動もできる。
「……人助けか」
今まで能力を使って稼ぐ方法ばかり考えていた。配送、引っ越し、移動。でも、ワープして空を飛べる。
人も運べる可能性がある。もし他人も一緒にワープできるなら、危ない場所からすぐに離せる。
「これ、ヒーローみたいなこともできるのか?」
自分で言って少し恥ずかしくなった。24歳の会社員が、水泳帽とゴーグルをつけて、
空中でヒーローについて考えている。
「……いや、でも」
人助け。能力公開。収入。
この3つを一緒にできたら?俺は地面の少し上へ判断ワープして勢いを消し、そのまま着地した。スマホを取り出す。
AIの入力欄を開く。
『特殊な移動能力を使って人助けをしながら、合法的に収入を得る方法はありますか?』
送信する前に止まる。
「これ、職業として何になるんだ?」
ヒーロー。漫画ならそれで済む。現実だと。
会社員?自営業?
「……ヒーローって個人事業主になれるのか?」
また1つ。妙な疑問が増えた。




