第6話 実験動物にはなりたくない
『ワープのような能力が本当に存在するとして、その存在を公表した場合、本人にどんなリスクが考えられますか?
特に、普通の生活を続けたい場合について整理してください』
送信。俺は画面を見ながら待った。頭に浮かんでいたのは、研究施設だった。
白い部屋、白衣の人、採血、検査、よく分からない機械。
「実験動物にはなりたくないからな」
返事が出た。読む。
「……あれ?」
思っていたより普通だった。最初に挙がっていたのは、
『個人特定』
だった。本名、顔、住所、勤務先、家族、普段使う店、行動範囲。
「まあ、これは分かる」
次は、
『継続的な接触』
取材、企業からの依頼、研究者からの協力要請、政府機関や外国組織からの接触、能力を利用したい個人。
距離感の近すぎるファン。面白半分の人。
「最後の2つが一番嫌だな」
次は、
『生活パターンの変化』
外出すれば撮影される。自宅へ人が来る。勤務先へ問い合わせが行く。
知人へ連絡される。ネット上で過去の情報を掘られる。
「……」
俺は少し黙った。研究所に閉じ込められる。そんな派手なことばかり想像していた。
でも、俺が普通に会社へ行ったら、入口に人がいる。昼休みに外へ出たら写真を撮られる。
家へ帰ったら誰かが待っている。会社へ、
『ワープの人いますか?』
なんて電話が入る。
「そっちの方が嫌だな」
8,000万円は欲しいし、仕事はできれば辞めたい。何より暇が欲しい。
なのにワープで有名になった結果、今より自由がなくなる。
「何してんだ俺ってなるな」
能力で人生を楽にしたいのに、能力のせいで人生が面倒になる。それは避けたい。
俺はAIへ追加で聞いた。
『では、能力の存在自体は公開するとしても、普通の生活を守るために最初から公開しない方がいい情報は?』
回答を見る。
「本名、顔、住所、勤務先……」
前回、自分でも考えた内容とほぼ同じだった。家族、日常の移動経路、生活拠点、頻繁に行く場所。
「この辺は出さない」
逆に。ワープ能力が存在すること。ワープできる人物が活動していること。
それ自体は、いずれ公開してもいい。
「よし」
少し形になってきた。能力は隠し続けなくてもいい。俺自身は隠す。
俺は部屋の隅に置いてある物を見る。水泳帽、ミラーゴーグル、マスク。実験するためだけに使っていた装備。
「こいつら、続投か」
高級な装備でも、特殊部隊みたいな服でもない。ただの水泳帽とゴーグルだ。
「世界唯一かもしれない能力者の装備が水泳用品ってどうなんだ」
でも使える。安い。なくしても買い直せる。
「まあ、いいか」
金をかける意味もない。俺は次に、安全について考えた。
「正体を隠してても、能力がバレたら狙われる可能性はあるよな」
誰に。なぜ。までは分からない。
でも、俺自身がワープできるなら逃げることはできる。
「殴られそうになったらワープ」
できる。
「車が突っ込んできたらワープ」
気づけばできる。
「物が落ちてきたらワープ」
これも見えていればいけそうだ。問題は。
「気づかなかったら?」
俺は止まった。後ろから何かが飛んでくる。寝ている。
ぼーっとしている。その時に、
『危ない』
と考えてからワープするのでは遅い。
「自動でできないのかな」
今までの能力は、全部俺が、
『ワープする』
と考えて発動していた。でも。条件を先に決めておいて、
『こうなったら自動でワープ』
みたいなことができれば?俺はAIへ相談する。
『ワープ能力が、自分で決めた条件に従って自動発動できる可能性を、安全に確認するとしたらどう試せばいいですか?』
回答を読む。いきなり危険な状況を作るべきではない。まず、
『条件を事前に指定すること自体が可能か』
を確認。その上で徐々に検証。
「そりゃそうだな」
俺は考える。
「条件……条件……」
その時。ベッドが目に入った。
「寝てる時が一番怖いよな」
俺は口に出した。
「俺が寝ている間に、何かが体に当たりそうになったら自動で逃げる」
言ってから止まる。
「……何かって何だ?」
布団、枕、寝返り、壁、ベッド。
「これ全部反応したら終わるじゃん」
夜。布団が顔にかかる。
ワープ。
寝返り。
ワープ。
枕に頭が沈む。
ワープ。
「一晩でどこまで行くんだ俺」
寝て起きたら知らない場所にいる。安全対策のせいで行方不明。
「ダメだな。条件が雑すぎる」
AIの回答にも、『危険』みたいな意味の広い条件は検証しにくいとあった。もっと単純に、『ここまで近づいたら、ここへ移動する』くらいから試した方がいい。
「結局、単純作業か」
毒ガスだけを見分けて避ける、みたいな都合のいい判別まで任せるのは難しそうだ。条件が雑なら、布団から逃げ続ける人間になる。
「じゃあ……」
俺は机の上のペンを見る。これで自分を刺す。
「いや、やらんわ」
即却下した。能力を試すために怪我をする。本末転倒である。
今は、
『自動化できるかもしれない』
という仮説が立てば十分だ。本格的な確認は、安全な方法をもう少し考えてからにしよう。ただ、単純な条件でも同じ動作を何度も繰り返せるなら、使い道はかなりありそうだ。
「じゃあ毒とかは?」
聞いてみる。返事を読む。
「……あ」
毒、薬物、病原体、ガス、酸素不足、高温、低温。すでに体内へ入った物。こういうものは、
『ぶつかってくる物を避ける』
だけではどうにもならない。
「能力あるのに普通に毒で死ぬの嫌すぎるな」
ワープ能力がある。だから無敵、ではないらしい。特に寝ている時。
気を失っている時。本人が異常に気づいていない時。そこには穴がある。
「結局、普通に戸締まりして、変な物食べないで、体調悪かったら病院行くのか」
超能力者なのに。やることは普通だった。
「まあ、そりゃそうか」
むしろ少し安心した。何でも能力で解決しようとすると、たぶんいつか失敗する。鍵は鍵。
病気は病院。税金は税金。
「ワープで確定申告が消えたりしないかな」
しないだろう。残念だ。ここまで整理して、少なくとも1つは決めた。
能力を公開するとしても、俺の日常まで公開する必要はない。水泳帽。
ゴーグル。マスク。活動する時はこれでいい。
普段は普通の会社員。必要なら能力者。
「……二重生活みたいだな」
まだ能力者として何もしていないけど。もう1つ気になるのが、自動発動だ。
これが本当に使えるなら、安全だけじゃなくて別の使い方もできるかもしれない。俺は前に小石で試した時のことを思い出した。落ちている途中でワープさせて、
勢いを消した。
「落下の勢い、消せるんだよな」
例えば。俺自身が落ちる。地面に着く前にワープ。
落下速度をゼロにする。また落ちる。またワープ。
「……」
俺は天井を見る。少し考える。
「これ、自動でやったら」
落ちる。
ワープ。
止まる。
落ちる。
ワープ。
止まる。それを繰り返す。
「……空、飛べない?」
正確には飛んでいない。ずっと落ちているだけだ。でも。
外から見たら。
「飛んでるように見えるよな?」
一瞬、外で試してみたくなった。そしてすぐに思い直した。
「いや、待て」
飛べるかどうかより先に。落ちても死なないようにする方が先だ。自動発動が本当に使えるのか。
落下して地面へぶつかりそうになった時、ちゃんとワープできるのか。勢いまで確実に消せるのか。そこを確認せずに空へ行くのは、さすがに馬鹿だ。
「飛べました。落ちて死にました、じゃ間抜けすぎるな」
俺はAIの入力欄を開いた。
『まず、自動ワープを危険なく確認する方法を考えたいです。
その次に、低い高さから落下した場合の安全装置を――』
入力する。空を飛ぶのは、その後だ。
「まず安全装置からだな」
能力があるからこそ。雑に使って死ぬのだけは御免だった。




