第5話 ワープで副業できますか?
「まずは配送か」
前回、AIに能力の使い道を整理してもらった。生活を便利にする、物を運ぶ、人を運ぶ。能力そのものを見せる。
その中で、いちばん普通の副業に近そうなのが配送だった。俺はスマホを前に置く。
「一瞬で届けられるなら、めちゃくちゃ強くない?」
普通なら車やバイクで何十分もかかる。遠ければ何時間。俺なら、見える場所をつないで移動すればかなり短縮できる。
荷物も一緒に持っていける。大きな岩まで動いたんだから、普通の荷物で困ることはまずなさそうだ。
「これ、普通に稼げるんじゃない?」
俺はAIへ聞いた。
『ワープを使って、普通の配送業のような副業をする場合の問題点を整理してください。
できれば、能力者だとは知られたくありません』
回答を読む。最初に出てきたのは、荷物を受け取る場所。
「まあ、そりゃ行かないとダメか」
依頼主のところへ行く。荷物を受け取る。そこから届け先へ行く。
ワープで移動時間はほとんど消せる。ここまではいい。次は届け先の確認。
「……あ」
俺のワープは、住所を知っているだけでは使えない。目的地か、そこへつながる実際の景色を見なければならない。
でも初めて行く家や会社だったら?写真は使えない。スマホの地図もダメ。
ストリートビューも当然ダメだろう。
「結局、最初は普通に行く必要あるじゃん」
一度行ってしまえば、その場所を記憶していても、見えていなければ直接ワープはできない。遠くから見える場所ならいいが、建物の中は無理。
「思ったより宅配向きじゃないな」
少なくとも、
『住所を入力したら一瞬で玄関前』
みたいな能力ではない。それでも移動速度自体は圧倒的だ。だから仕事にはできそう。
問題は別にあった。
『配送時間が通常では説明できないほど短い場合、依頼者や事業者から理由を求められる可能性があります』
「そりゃそうか」
例えば1時間かかる距離を、5分で届けたとする。最初は喜ばれる。2回目も喜ばれる。
3回目くらいから、
『どうやってるんですか?』
になる。毎日やればなおさらだ。
「渋滞しません」
では説明にならない。むしろ怪しい。もう1つ。
『配送物の内容』
「中身?」
考えてみれば当然だった。普通の配送会社なら、規約がある。扱えない物がある。
危険物、違法な物、温度管理が必要な物、壊れやすい物。俺が個人で、
『何でも一瞬で届けます』
なんて始めたら。
「知らない荷物を俺が運ぶの、普通に怖くない?」
箱の中身が何なのか分からない。それを持って一瞬で遠くへ移動する。能力以前の問題だった。
「配送業って、運ぶだけじゃないんだな」
普通に考えれば分かることだ。俺は今まで、
『物をA地点からB地点へ移動する』
ところしか見ていなかった。仕事にすると、その前後が大量についてくる。
「じゃあ引っ越しは?」
これはちょっと自信がある。岩がいけた。なら冷蔵庫や洗濯機くらい、たぶんいける。
家具を1個ずつワープさせれば、トラックも不要で、階段もエレベーターも関係ない。
「これ最強では?」
想像する。客の家へ行く。冷蔵庫を見る。
「じゃあ運びますね」
冷蔵庫が消え、俺も見える場所をつないで移動し、新居に冷蔵庫が現れる。
「……客の方が怖いだろ」
絶対説明が必要になる。
『弊社独自の輸送方法です』
で通るわけがない。しかも引っ越しなら、1日に何件も他人の家へ入ることになる。顔を隠した男が、水泳帽とミラーゴーグルとマスクで冷蔵庫を消して回る。
「通報されるわ」
想像しただけで怪しい。企業相手ならもっと厳しい。契約、保険、破損時の責任、本人確認、振込先、税金。
能力を秘密にしたまま全部やるのは難しい。
「じゃあ、能力は隠したまま普通の副業をする?」
移動だけワープ。仕事そのものは普通にやる。例えば何かの配達員なら、移動時間を大幅に短くできる。
仕事を何件も掛け持ちすることだってできるかもしれない。俺は少し考えた。
「……ワープ手に入れて普通にバイトするの、何か違うな」
いや。普通に偉いと思う。能力があるからって、地道に働くのが悪いわけじゃない。
俺だって今までなら普通に候補に入れていた。ただ、8,000万円へ近づくために、せっかく手に入った異常な能力を使うなら。
『普通の人より1時間多く働けます』では、少し寂しい。
「これじゃ俺の特殊能力、時短テクニックじゃん」
それでも生活にはものすごく便利だ。通勤、買い物、旅行、忘れ物。家に財布を忘れても、一瞬で取りに戻れる。
「……財布忘れた時点で、スマホだけ持ってれば大体なんとかなるけど」
便利ではある。8,000万円には遠い。俺は改めてAIへ質問した。
『能力を誰にも知られないことを最優先にすると、ワープ特有の高い価値を収入に変えるのは難しいですか?』
回答。かなり難しくなる。能力を隠すほど、
『普通の人でもできる仕事を、少し速くできる人』
として振る舞わなければならない。一方で、能力を使って圧倒的なサービスを提供すれば、
『どうやっているのか』
という説明が必要になる。
「やっぱそこか」
俺は椅子にもたれた。隠しながら稼ぐ、その両方を最大にするのは難しい。
「……でも待てよ」
前回も少し考えた。俺が隠したいのは何だ?ワープそのもの?
違う。本名、顔、住所、勤務先、普段の生活。俺が嫌なのは、
『ワープできる人間がいる』
と知られることより、
『その人間はこいつです』
と知られることだ。
「そこ、分けられるよな」
例えば。正体不明の誰かがワープできる。それ自体は世間に知られている。
でも本名も住所も分からない。普段は普通に会社へ行っている。
「……それなら?」
能力を使った仕事はできるかもしれない。顔を隠す。個人情報を出さない。
依頼の受け方も工夫する。金の受け取り方は……。
「そこは税金とかあるし、完全匿名は無理か」
社会の中で金を稼ぐ以上、全部を隠すのは難しい。少なくとも税金は払う必要があるだろう。でも、世間一般に本名を公開することと、必要な相手だけに本人確認されることも、また別の話だ。
「一気に全部公開する必要ないんだよな」
俺はノート代わりにスマホへ入力する。
『隠したいもの』
本名、顔、住所、勤務先、家族、普段の行動。
『公開してもいいかもしれないもの』
ワープ能力が存在すること。ワープできる人物が活動していること。
「この線なら、何かできるかも」
ただし。能力を表に出せば、金だけが寄ってくるわけではない。人も寄ってくる。
企業、研究者、マスコミ、政府、外国。そして。
「……変なやつ」
たぶん一番面倒なのは最後だ。俺は水泳帽を手に取った。ミラーゴーグル。
マスク。最初はただの実験用だった。誰にも顔を見られたくないから、家にある物と少しの買い足しで揃えただけ。
「これ、実験以外でも使うことになるのか?」
鏡の前で一式を装着する。相変わらず怪しい。ものすごく怪しい。
「いや、これで仕事の話しに来たら普通に帰られるな」
ゴーグルを外した。まだ何も決まっていない。配送は思ったほど簡単ではなかった。
引っ越しも能力を隠せない。普通の副業を高速化するだけでは、ワープの価値を活かしきれない。なら、能力の存在そのものは、ある程度知られる前提で考えた方がいいのかもしれない。でも、その前に。
「公表したとして、俺って大丈夫なの?」
捕まる。監禁される。ずっと研究される。
そんな漫画みたいなことが本当に起きるかは知らない。ただ、一度正体が広まったら、
『やっぱなし』
とはできない。俺はAIの入力欄を開いた。
『ワープのような能力が本当に存在するとして、その存在を公表した場合、本人にどんなリスクが考えられますか?
特に、普通の生活を続けたい場合について整理してください』
送信。
「実験動物にはなりたくないからな」
冗談半分。でも今回は、ちゃんと確認しておいた方がよさそうだった。




