第4話 で、これ何に使う?
能力の性質は、だいぶ分かってきた。自分を移動できる。物も移動できる。大きな岩でもいける。遠くにも行けるし、鏡越しでもいい。
動いている物の勢いまで消せる。こうして並べてみると、とんでもない能力に見える。
「で、これ何に使う?」
そこが一番分からない。俺は机の上に置いていたポテトチップスを1枚取った。食べる。
指に油がついた。
「……あ」
ポテトチップスと指を交互に見て、もう一度考える。
「これ、口の中に直接ワープさせたら手汚れなくない?」
たぶん誰もが一度は考える使い方だ。いや。ワープ能力を持っている人間が俺以外にいるかは知らないけど。
袋の中のポテトチップスを1枚見る。口を開ける。
「ここ」
ワープ。
何も起きない。
「あれ?」
もう一度。ダメ。
「口の中、ダメなの?」
少し考える。すぐ分かった。見えていない。
自分の口の中なんて、自分ではほとんど見えない。鏡を使えば多少は見えるだろうが、食べ物を口の中へ直接出現させるために、そこまでやる気にはならなかった。
「じゃあ……」
俺は顔の少し上を見る。そこなら普通に見える。ポテトチップスを1枚。
ワープ。
目の前から消える。そして。俺の顔の上に現れた。
口を開ける。落ちてきた。ぱく。
「お」
食べられた。もう1枚。
ワープ。
ぱく。もう1枚。
ワープ。
ぱく。
「……」
俺はそこでやめた。
「雛鳥じゃん」
しかも微妙に狙いがずれる。1枚は頬に当たって床へ落ちた。
「手で食った方が早いな」
結局、普通に袋へ手を入れた。指には油がついた。世界で1人だけかもしれないワープ能力者が、ポテトチップスを手を汚さず食べる方法に敗北した。
「まあ、こういうのはいいんだよ」
生活を少し楽にする使い方なら、これからいくらでも思いつくだろう。問題は金だ。俺の目標は変わっていない。
金融資産8,000万円。そこまでいけば、今よりかなり仕事に縛られない生活が見えてくる。投資だけで一気に8,000万円になるわけではない。
だから入金力を上げたい。副業も探していた。そこへ突然、ワープ能力が生えてきた。
「使わない方がもったいないよな」
俺はAIの入力欄を開いた。
『これまでの検証結果をまとめます。
・自分自身をワープできる
・物もワープできる
・かなり遠くまで移動できる
・ワープ先は実際の光を目で見ている必要がありそう
・鏡、ガラスは可
・写真、スマホ画面、カメラ映像は不可
・少なくとも大きな岩程度なら重量による負担を感じない
・1つの対象として認識できるまとまりが重要そう
・動いている物の勢いを残すことも、消すこともできる
目的は、できればこの能力を使って収入を増やし、金融資産8,000万円に近づくことです。
犯罪はしません。
できれば本名や顔なども知られたくありません。
何に使えそうですか?』
送信。少し待つ。回答が表示される。
いきなり「これをやれば儲かります」とは出てこなかった。まず用途を分類した方がいいらしい。
「分類?」
読む。
1つ目。
『生活の効率化』
通勤、買い物、移動、物を取りに戻る時間、旅行。
「これは普通に強いな」
今まで何十分、何時間とかけていた移動を、かなり短くできる可能性がある。ただし。
「金にはならないか」
節約にはなる。時間も増える。それは大事だ。
でも8,000万円へ近づく速度を一気に上げるほどではない。
2つ目。
『物の輸送』
「お」
これは分かりやすい。荷物を持つ。見える場所をつないで、届け先までワープする。
終わり。
「配送、めちゃくちゃ向いてない?」
距離によって料金が変わる普通の物流とは相性が良すぎる。岩が動かせるなら、大型荷物もいける可能性がある。引っ越し、大型機械、資材。
いろいろ考えられる。
「これ仕事になりそうだな」
3つ目。
『人の移動』
「タクシーみたいな?」
ただ、自分以外の人間はまだ試していない。もし他人も一緒に移動できるなら、目的地さえ見えれば一瞬だ。普通の交通機関とは比べものにならない。ただAIは、ここだけ注意事項を多く出していた。
安全、本人の同意、責任、事故、移動先の環境、契約。
「人は面倒そうだな」
物と違って、何かあった時に「すみません」で済まない。病人の搬送なら価値はありそうだ。でも医療のことなんて俺には分からない。
勝手にやるものでもないだろう。
4つ目。
『能力そのものを公開する』
「……公開?」
動画、実演、イベント、広告。能力自体に注目を集め、それを収益へ変える方法。俺は少し考えた。
「いや、それ一番目立つやつじゃん」
だからこそ価値も大きい。世界で本当にワープできる人間が1人しかいなければ、それだけで珍しい。問題は。
「俺は珍獣になりたいわけじゃないんだよな」
顔を出してテレビへ出れば、毎日取材が来て、知らない人からも連絡が来る。会社にもバレる。そんな生活は嫌だし、俺が欲しいのは暇だ。
有名人として予定が埋まることではない。
「むしろ逆じゃん」
俺は椅子にもたれた。生活の効率化は安全。でも収入になりにくい。
物の輸送は稼げそう。でも他人と関わる。人の輸送はさらに責任が重い。
能力公開は収益性が高そうだが、目立つ。
「能力を隠したまま、大金だけ稼ぐ方法ない?」
少し考えてみる。能力を直接見せずに収益化するなら、結局は普通の人でもできる仕事を、俺だけ速くこなす方向になりそうだ。
「例えば?」
移動時間を短縮して複数の仕事をこなす。仕入れや買い付けを効率化する。自分だけの作業時間を増やす。
「……普通の副業じゃん」
確かに有利だ。他の人が移動に1時間かかるところを、俺なら一瞬で済ませられる。その分、仕事を多くこなせる。
でも、そこで思う。
「ワープ手に入れて、バイト掛け持ちするの?」
それは何か違う。能力がない頃なら普通に検討したと思う。むしろ堅実だ。
でも今の俺には、もっと大きな差を作れる力がある。
「じゃあ逆に、能力があることだけバレるのは?」
俺は口に出した。本名。顔。
住所。勤務先。それは隠したい。
でも、『ワープできる人間がいる』
その事実まで隠す必要はあるんだろうか。
考えてみれば、能力の存在を公開することと、自分の身元を公開することは別だ。
「……分けられるよな」
例えば今使っている装備。水泳帽。ミラーゴーグル。
マスク。無地の服。あれなら顔はかなり分かりにくい。
もちろん、それだけで完全に身元を隠せるとは思わない。話し方。体格。
行動範囲。持ち物。いろいろなところから情報は出る。
「でも、最初から本名出す必要はない」
能力の存在だけ見せる。俺自身は隠す。それなら。
「……金にできる可能性はある?」
少なくとも、何も見せず普通の副業をするよりはありそうだ。ただ。そこまで考えて、俺は止まった。
「待てよ」
能力を世間に見せる。世界で1人しかいないかもしれない能力者。そんな人間が現れたら。
企業だけじゃない。研究者。政府。
外国。変な人。いろいろ寄ってくるかもしれない。
「俺、実験動物とかにされないよな?」
冗談のつもりで言った。でも。ちょっとだけ笑えなかった。
俺は入力欄に手を置いた。能力で稼ぐ方法を考える前に。もう1つ、考えた方がいいことがありそうだ。
「まず、普通に副業として使えるかだな」
配送。引っ越し。移動。
この辺からちゃんと考えてみよう。それでもダメなら。能力を公開する方法を考える。
俺はポテトチップスを1枚取った。普通に手で食べる。
「……やっぱこれが一番早いな」




