第3話 岩もいけるのか
コップ、クッション、ティッシュ箱。今まで俺がワープさせた物は、全部それくらいだった。片手で持てる。
大きくても両手で十分。
「じゃあ、重い物は?」
能力が使えるようになってから、疑問が次から次へと出てくる。俺は昨日まとめた検証メモを見た。大きさ、重量、対象の範囲、動いている物。
「今日も多いな」
全部やる必要はない。安全に試せるものからでいい。俺は前回と同じように、人の少ない場所へ出た。
水泳帽、ミラーゴーグル、マスク、無地の服。まだこの格好に名前なんてない。単なる身元隠しだ。
「まず小さいのから」
地面に落ちている小石を見る。少し離れた場所へ。
行け。
小石が消えて、指定した場所へ現れた。
「これはまあ、コップと変わらんか」
次。片手で持つには少し大きい石。成功。
さらに大きい石。両手なら持てそうだが、わざわざ持ち上げたくはない。成功。
「じゃあ……」
周囲を見る。少し離れた場所に、明らかに俺1人では動かせそうにない岩がある。一応、近づいて押してみた。
「ふんっ」
動かない。当たり前だ。
「よし。これなら分かりやすい」
岩を見る。移動先は、すぐ近くの何もない地面。誰もいない。
行け。
岩が消えた。
「……え」
次の瞬間。数メートル先に、そのまま岩が置かれていた。地面には、さっきまで岩があった跡だけが残っている。
「筋力、関係ないじゃん」
自分で押してもびくともしなかった物が、一瞬で移動した。しかも。
「重っ、みたいな感じもないな」
コップを移動させた時と変わらない。俺が力を入れるわけでもない。疲れるわけでもない。
「じゃあ、もっといける?」
少し歩く。今度はさらに大きな岩を探す。ただし、地面そのものと一体化しているようなものはやめた。
どこまでが岩でどこからが地面なのか分からない。選んだのは、形がはっきりしていて、
『この岩』
と指差せる物。
「これくらいなら……」
移動先を確認。
行け。
一瞬。
成功。
「……マジか」
俺はしばらく岩を見る。大きい。普通の人間なら、まず動かそうとは思わない。
なのに俺の能力では、小石とほとんど同じ扱いだった。スマホのメモを開く。
『自力では全く動かせない大きな岩でもワープできた。小石から徐々に大きくしたが、今のところ対象が重くなるほど難しくなる感覚や、疲労の増加はない。』
と追記する。
ただ、試した範囲で上限が見つからなかっただけだ。
「重量制限なし、って決めつけるのはまだ早いか」
まだ岩までしか試していない。いきなり建物とか巨大な物を試す気もない。というより、そんな物を勝手に動かしたら普通に事件だ。
「じゃあ次……対象の範囲?」
地面を見る。小石がいくつか転がっている。
3つ。
4つ。
5つ。
俺はまとめて見る。
「これ全部」
少し離れた場所へ。
行け。
……何も起きない。
「あれ?」
もう一度。
「この石全部」
失敗。
1個だけを見る。
「これ」
行け。
1個だけ移動した。
「1個ずつならいける」
残りも1つずつやれば普通に動く。でも、ばらばらに置かれている複数の石を、
『全部まとめて1個』
とするのは難しいらしい。
「袋に入れたら?」
家から持ってきていた小さな袋を出す。いくつか石を入れる。今度は、
『石が何個あるか』
ではなく、
『石の入った袋』
として見る。
「これ」
行け。
袋ごと消えた。少し離れた場所へ、そのまま現れる。
「……1個って、個数の話じゃないのか?」
石は何個も入っている。でも袋に入れたらまとめて動く。俺自身だってそうだ。
服、靴、スマホ、財布。いちいち別々にワープしている感覚はない。全部まとめて、
『俺』
として移動している。
「ひとまとまりならいい?」
俺はメモへ追記する。
『散らばった石はまとめて移動できない。1個ずつなら成功。ただし袋に入れると、石ごと袋を1つの対象としてワープできる。』
文字にすると余計に変だ。
「個数じゃなくて、ひとまとまりとして見えてるか?」
今のところは、そう考えるのが一番しっくりくる。ただ、これも仮説だ。
「俺の認識で決まるの、だいぶ雑だな」
超能力に仕様書はない。仕方ないので、次へ進む。
動いている物。
「これは小さいのでやろう」
大きな岩を転がして実験するほど馬鹿ではない。小石を拾う。軽く上へ投げる。
上がり、止まり、落ちてくる。
その途中で、横の地面を見た。
「行け」
小石が消える。少し離れた場所へ現れた。そして、そのまま落ちた。
「動きは残るのか」
場所だけが変わっても、勢いはそのまま。もう一度。小石を投げる。
今度は落ちてくる途中で、
『止まって出ろ』
と意識してみる。
行け。
小石が移動する。そして。
「……止まった?」
一瞬、空中に現れた小石は、さっきまでの落下の勢いを失っていた。当然、その後は重力でまた落ちる。俺は拾う。
「勢いまで変えられるの?」
もう一度試しても同じ結果で、動きを残すこともできる。
止めることもできる。
「ちょっと待って」
俺はその場にしゃがんだ。これ。思っていたより、かなり大きな能力じゃないか?
遠くへ一瞬で移動できる。大きな岩も動かせる。複数の物でも、1つのまとまりとして扱えれば一緒に動かせる。
動いている物の勢いまで消せる。最初に考えたのは、
『通勤が楽になる』
だった。次が、
『配送で副業できないかな』
だった。
「……副業どころか、使い方間違えたら普通に大事件になるやつでは?」
岩を見る。これを適当な場所に出したら、それだけで危ない。ましてもっと大きい物までいけるなら。
「まあ……だから先に調べてるんだけど」
今できることは、危険な使い方を考えることではない。どこまでできるか。何ができないか。
それを把握すること。実験を終え、動かした石や岩は可能な範囲で元の位置へ戻した。帰宅。
水泳帽とゴーグルを外す。普通の会社員に戻る。机に座って、ここ数日の結果をメモにまとめた。
自分も物もワープでき、見えている場所へ行ける。鏡越しでもいいが、電子映像はダメで、かなり遠くまで行ける。
少なくとも大きな岩までは重量で困らない。対象は、ひとまとまりとして認識できるかが関係していそう。動いている物の勢いは残せる。
消すこともできる。一覧にしてみると、改めて変な能力だ。
「……で」
俺は椅子にもたれた。能力の性質は、だいぶ分かってきた。問題は。
「これ結局、何に使えばいいんだ?」
最初の目標は変わらない。8,000万円。できれば働かなくても生活できる状態。
この能力があるなら、そこまでの距離を縮められるかもしれない。ただし。身バレはしたくない。
危ないこともしたくない。捕まるのも嫌だ。面倒な人生になるのも嫌だ。
俺はAIの入力欄を開いた。
「……本格的に相談してみるか」




