第2話 見えてる場所なら行ける?
カーテンを開けたまま、俺は窓の外を見ていた。建物、道路、街灯。その向こうにも、いくつか明かりが見える。
「……どこまで行けるんだ、これ?」
試してみたい。ものすごく試してみたい。でも、さすがにいきなり外へ飛ぶのは怖い。
知らない場所に出て、誰かの目の前だったらどうする。というか、まだ俺はこの能力について何も分かっていない。
「順番にやるか」
スマホを見る。さっきAIが挙げた検証項目の中から、まずは視界について調べることにした。昨日までなら、家の中で何かを検証しようなんて考えることもなかった。
今日は家のドア1枚が実験道具に見える。俺は寝室を出て、ドアを閉めた。向こう側にはベッドがある。
位置は分かる。数分前まで見ていた。
「ベッドの横」
行け。
何も起きない。もう一度。
「……あそこ」
やっぱり動かない。ドアを開ける。ベッドが見えた。
行く。一瞬で景色が変わる。ベッドの横。
「やっぱ見えてないとダメっぽいな」
これだけなら分かりやすい。壁越しには行けず、見える場所なら行ける。
では、透明ならどうなんだろう。俺は窓の前に立った。ガラス越しに外を見る。
さすがに今ここから道路へ飛ぶ気はない。まずは窓の向こうに見える、ごく近い場所を意識する。
「……いや、外は後にしよう」
思い直した。能力が使えるかどうかより、誰かに見られる方が面倒だ。代わりに家の中で、透明なガラス越しに見える位置を作って試した。
結果。普通に行けた。
「ガラスはいけるのか」
間に何かがあるとダメ、ではないらしい。見えていればいい?俺は少し考えて、洗面所の鏡を見た。
鏡には俺と、その後ろの廊下が映っている。振り返らなければ、直接は見えない場所だ。
「これどうなんだ?」
鏡の中に映った廊下の一点を見る。
行け。
景色が切り替わった。
「うお」
振り返る。さっきまで立っていた洗面所が見えた。
「鏡もいけるんだ」
これで少し話が変わった。真正面に見えていなくてもいい。鏡に映っていれば行ける。
「じゃあ写真は?」
スマホを取り出す。さっきまでいた寝室を撮影した。廊下へ出てドアを閉める。
画面にはベッドが映っている。
「これで行けたら、何でもありだよな」
写真の中のベッドを見る。
行け。
何も起きない。
「お」
もう1回。ダメ。今度はスマホのカメラを寝室に置いて、前に使っていた古いスマホから映像を確認するような状況を作ってみた。
映像の中には、今この瞬間の寝室が映っている。
「ライブならどうだ?」
行け。
変化なし。
「……鏡はいけるのに、カメラはダメ?」
俺はAIチャットを開いた。今日の結果をそのまま入力する。
『追加で試しました。
・閉じたドアの向こうは不可
・ドアを開けて見えると可
・透明なガラス越しは可
・鏡に映った場所は可
・写真は不可
・カメラのライブ映像も不可
この違いから考えられることはありますか?』
返事が出る。内容を読む。鏡の場合、対象から来た光が鏡で反射して、そのまま自分の目へ届いている。
ガラスや眼鏡なら、光が通過したり屈折したりして目へ届く。一方でカメラは、一度光をセンサーで電気信号へ変換している。画面に映っているのは、その情報を元に別の光として表示されたもの。
だからもし違いがあるとすれば、
『対象から来た実際の光が、光学的につながったまま目へ届いていること』
が条件なのかもしれない。
「光とか言われると急に難しくなったな」
俺は鏡を見る。ただの鏡だ。普段なら髪を見るくらいにしか使わない。
それが今は、ワープできるかどうかを左右する装置になっている。
「でも、鏡がいけるなら面白いな」
曲がり角の向こうでも、鏡で見えれば行ける可能性がある。双眼鏡とか望遠鏡なら?それはまだ持っていない。
それは今度でいい。今の問題は距離で、家の中では狭すぎる。
数メートル移動できても、その先が分からない。俺はまた窓の外を見た。遠くまで見える。
「……外で試すしかないか」
そこで、別の問題が出てきた。俺は窓に映った自分の顔を見る。
「これでワープしてるところ見られたら、普通に俺じゃん」
まだ誰にも能力のことは知られたくない。少なくとも、自分で何ができるか分かるまでは。顔を隠す。
でも視界は塞げない。
「何かあったかな」
家の中を探す。出てきたのは水泳帽だった。
「……あるじゃん」
かぶる。髪はかなり隠れる。次に、昔から持っていた水泳用ゴーグルをつける。
鏡を見る。
「いや、目見えてるな」
普通に分かる。これでは意味が薄い。
「ミラーのやつ買うか」
マスクは家にあるし、服もわざわざ買う必要はない。目立たない無地のシャツに、無地のパンツ、運動靴。それで十分だろう。
「別にヒーローになるわけじゃないし」
次の日。仕事を終えた俺は、帰りにミラータイプの水泳ゴーグルだけ買った。帰宅して、水泳帽、ミラーゴーグル、普通のマスク、無地の服。
全部つけて鏡を見る。
「……怪しいな」
かなり怪しい。だが、顔は分かりにくい。
「まあ、実験するだけだし」
休日。俺は熊本県内の、人の少ない場所まで普通に移動した。周囲を確認する。
人はいない。目立つ撮影機器なども見当たらない。そこで持ってきた水泳帽とゴーグル、マスクをつけた。
「よし」
まずは近く。20メートルほど先の、足元がはっきり見える場所。行く。
一瞬。
「……普通」
成功。次。もっと遠い場所。
100メートルほど先。行く。成功。
体調に変化はない。息切れもしない。何かを消費した感じもない。
「じゃあ、あそこ」
さらに遠く。数百メートル先に見える、周囲に人のいない場所。一応、足元をよく見る。
行く。景色が大きく変わった。
「おお……」
振り返る。さっきまでいた場所が遠い。歩けばそれなりに時間がかかる距離だ。
それが一瞬。
「これ、通勤とかいうレベルじゃないな」
戻る。見えている地点を選ぶ。行く。
また一瞬。何度か距離を変えて試した。少なくとも、数百メートル程度で急に使えなくなるような能力ではないらしい。
「……まだいける?」
もっと遠くを見る。今日はやめておいた。能力に限界がないとは限らない。
それに、人目のない場所を探しながら距離を伸ばす方が難しい。帰宅して、ゴーグルを外す。今日分かったことをAIへ入力した。
壁の向こうはダメ。ガラスは大丈夫。鏡も大丈夫。写真と電子映像はダメ。かなり遠くまで移動できる。
「距離は結構いけそうなんだよな」
画面を見る。次の検証項目。対象の大きさ。
俺は最初に移動させたコップを見た。
「……これ、どこまで大きい物いけるんだ?」




