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ワープの松さん ~普通の会社員、ワープを副業にしてFIREを目指します~  作者: 松さん
第6編ワープ旅行編

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第67話 375万円振り込まれました!

「……ちょっと、調べてみるか」


俺は、切り抜き動画のコメント欄へカーソルを動かした。


その時だった。


ピコン。


パソコンの横に置いていたスマホが鳴った。


「ん?」


銀行アプリからの通知だった。入金のお知らせ。


「……入金?」


何か予定があったっけ?復興動画の収益は、さっき精算したばかりだ。俺はスマホを手に取り、通知を開いた。


「……あ」


振込元を見た瞬間、思い出した。


「もしかして!」


慌てて銀行アプリを開く。


入金額。


3,750,000円。


「……」


もう一度見る。3,750,000円。


振込元も確認する。航空会社の名前だった。


「……入った」


思わず椅子から立ち上がった。


「375万円、振り込まれたあああ!」


やった!


ついに来た!


昨年11月、飛行機4機をワープさせた時の報酬だ。羽田から新千歳、新千歳から福岡、福岡から那覇、最後に那覇から羽田。約1時間で、4機の飛行機を動かした仕事。


その報酬、375万円。


「……本当に入ってる!」


仕事が終わった時にも、375万円という金額は聞いていた。でも、あの時はまだ精算前だった。実際に銀行口座へ振り込まれると、全然違う。


「……すごいなあ!」


以前、初めてのワープ体験便で150万円をもらった。政府からの旅客機緊急救助と豪雨対応の案件報酬も200万円。そして、今回の375万円。


「……合計725万円!?」


思わず電卓を開いた。


150万円。


200万円。


375万円。


合計725万円。


「……会社の年収2年分くらいじゃん!」


もちろん、全部税引き前だ。


それに、過去に振り込まれたお金まで、そっくり口座に残っているわけではない。


でも。


「……いやあ、ワープってすごいな!」


俺はしばらく、銀行アプリの画面を眺めていた。残高を見ても、お金が実感できるわけじゃない。ただ数字が並んでいるだけだ。それでも、何度も見てしまう。


「……あ、そうだ」


このまま眺めていても仕方ない。ちゃんと記録しておこう。


俺は入金明細のスクリーンショットを撮った。AIに送る前に、口座番号など余計な情報が映っていないか確認する。それから、以前作った事業管理用のExcelファイルを開いた。


YouTube。航空会社。政府協力。経費。納税準備金。いろいろな項目が並んでいる。


「……これ、だいぶ立派になったな」


最初は収入を記録するだけの表だった。でも、報酬が増えてから、少しずつ項目を追加していた。自分で全部入力していると、どこかで間違えそうなので、最近はAIにファイルを渡して更新を手伝ってもらっている。


「……よし、お願いしよう」


俺はスクリーンショットとExcelファイルを添付した。


『航空会社から375万円が振り込まれました。入金明細を確認して、4機リレー案件を入金済みに変更してください。これまでの入金、経費、納税準備金を整理して、投資に回せる金額も試算してください』


送信。少しして、AIから更新済みのExcelファイルが返ってきた。


「……お、早いな」


ダウンロードして開く。


4機リレー。報酬375万円。入金済み。


「よし!」


ほかの数字も確認する。


初回航空便150万円。政府の旅客機救助・豪雨対応報酬200万円。今回の航空便375万円。受け取った報酬は合計725万円。


「……うん、合ってるな」


次は税金だ。年末前に2026年分の収入を予測した時、追加の税負担は約425万円という試算が出ていた。


ただし、あれは12月にも追加の航空業務が成立するという仮定を含んだ、年末前の予測だ。今回の375万円は11月の実証便の精算で、12月の仕事まで入金されたという意味じゃない。年も明けたし、実際の収支を確認して、確定申告までに税額を計算し直す必要がある。経費もまだ整理の途中だ。それまでは、余裕を持って475万円を納税準備金として確保する計画にしている。


「……725万円から475万円を引くと?」


250万円。


「……250万円!」


おお!


思ったより残るじゃないか!


……いや、待て。


これまでの買い物や事業関係の支出もある。生活費だって必要だ。


「……そこも計算してるよな?」


AIが更新した表を確認する。


実際の口座残高。既に支払った経費。生活費として残すお金。納税用に確保するお金。それぞれ分けて表示されていた。


「……なるほど」


口座残高を基準に、支払い済みの経費を二重に差し引いていないことも確かめる。そこから納税準備金と生活用の現金を残しても、150万円程度は投資に回せそうだった。


「……150万円!?」


思わず声が大きくなった。


「いやいや、十分すごいじゃん!」


毎月3万円ずつNISAに積み立てていた俺が、一度に150万円の追加投資を考えている。


3万円の50か月分。4年以上だ。


「……すごいな、ワープ」


ただし、AIが作った表を、そのまま信用するつもりはない。俺は銀行アプリとExcelの金額を見比べた。


入金済みと未入金の案件が混ざっていないこと。同じ報酬が二重に計上されていないこと。納税準備金を投資可能額に含めていないこと。


「……うん、大丈夫そうだな!」


細かい税額は、また専門家に確認する必要がある。でも、少なくとも今すぐ使っていいお金を全部勘違いするようなことはなさそうだ。


「……じゃあ、いきますか!」


証券口座を開く。2027年のNISA枠を確認する。


150万円を一括で注文するので、今回は年間240万円まで使える成長投資枠だ。今年の成長投資枠には、まだ150万円以上の余裕がある。


「……よし!」


いつも買っている全世界株式のインデックスファンドを選び、成長投資枠でも買える商品であることを確認する。


購入金額。1,500,000円。


「……桁、多いな」


普段は3万円だ。入力する数字が全然違う。


もう一度確認する。150万円。


「……えい!」


注文ボタンを押した。注文受付の表示が出る。


「……おおお!」


もちろん、まだ約定したわけではない。実際に投資信託を保有するのは、もう少し先だ。


それでも、150万円分の注文を出した。


「……俺、投資家っぽい!」


いや、今までも投資していたんだけど。金額が変わると、なんだか違うことをしている気分になる。


「……FIREに近づいてるなあ!」


俺は椅子にもたれた。いい気分だ。


復興動画は200万再生。義援金も送れた。航空会社からは375万円が振り込まれた。さらに150万円を追加投資。


「……今日、すごくない?」


ほんの数か月前までは、ワープなんて使えない普通の会社員だった。いや、今も会社員だけど。


朝起きて、仕事へ行って、帰ってくる。休日は家でのんびりする。そんな生活だった。


それが、ワープ能力を手に入れてから、いろいろなことが変わった。


飛行機を動かして。政府の仕事を受けて。北海道で魚を捕って。空から落ちて。


「……最後のやつ、仕事じゃないな」


自分で言って笑ってしまった。でも、どれも楽しかった。


会社の仕事から引退して、こういうことを続けられたら。


「……最高じゃないか!」


俺の目標はFIREだ。何もしないで暮らしたいわけじゃない。好きなことをして、自由な時間を使いたい。今は、その目標に少しずつ近づいている気がする。


「……よし、今日はもうゆっくりしよう!」


Excelを保存する。証券口座も閉じる。これで今日の作業は終わりだ。


……と思ったところで、パソコンの画面が目に入った。


「あ」


そうだった。さっき、何か調べていたんだ。


画面には、見覚えのある切り抜き動画が表示されていた。初めてパトロール配信をした日の映像だ。


「……これだったな」


375万円の衝撃で、すっかり後回しになっていた。俺が車道側に倒れていた人を助けた、あの日の配信。その切り抜きには、最近の日付のコメントが目立っていた。


「……なんで今さら話題になってるんだろ?」


俺は切り抜きを再生した。最初に映ったのは、俺の配信映像だった。


空から街を見下ろしている。道路の端に、倒れている人を見つける。


「ああ、ここか」


あの日のことは覚えている。車が近づいていて、危ないと思った。だから、歩道側へワープさせた。ただ、それだけだ。


ところが。


途中で映像が切り替わった。


「……ん?」


見覚えのない映像だった。


道路。車のボンネットの一部。画面の隅には、日時の表示。


「……これ、ドライブレコーダー?」


車の前方から撮影された映像らしい。道路の端に、人が倒れている。そして、一瞬で姿が消えた。


「……あ!」


俺がワープさせた瞬間だ。


「こんなの撮ってた車がいたのか!」


確かに、あの時は車が近づいていた。俺は倒れている人を歩道へ移して、車との接触を避けた。その近くを通った車のドライブレコーダーなら、映っていてもおかしくない。


「……へえ、こう見えるんだ」


自分のワープを、ほかの人が撮影した映像で見るのは面白い。配信では空から見ていた。でも、こっちは道路からの映像だ。視点が違うだけで、かなり印象が変わる。


「……これ、結構すごい映像だな」


自分でやったことなのに、少し感心してしまった。しかし、動画はそこで終わらなかった。


倒れている人の部分が拡大された。そして、ワープする直前の数秒間が、繰り返し再生される。


『倒れ方に注目』


『これは一体?』


そんな文字まで表示されていた。


「……ん?」


動画を止める。


「……何を見せたいんだ?」


俺が見たいのは、ワープする瞬間だ。でも、この動画はどうやら違うらしい。


もう一度再生する。


倒れている人。


少し動く。


映像が止まる。


拡大される。


また同じ場面が流れる。


「……いや、だから何?」


俺は動画のタイトルを見直した。


『空中スイマーに救助された謎の人物。この倒れ方は何?』


「……謎の人物?」


確かに、誰なのかは分からない。俺だって名前を知らない。


でも。


「……それ、そんなに気になるか?」


コメント欄を開いた。


『これ自作自演だったりして』


『空中スイマーの仕込み説』


『あの倒れ方、わざとっぽくね?』


「……いやいや」


思わず声が出た。


「あの頃、俺そんなに有名じゃなかっただろ」


初めてパトロール配信をした日だ。今ほど視聴者もいなかった。そもそも、どこを見回るかなんて、俺自身も決めていなかった。事故の情報を探そうとしていたけど、場所が曖昧で困っていたくらいだ。それで、たまたま飛んでいた場所で倒れている人を見つけた。


「……どうやって仕込むんだよ」


俺があそこへ来ると、どうやって分かったんだ。本人が倒れて待っていたとしても、俺が見つけなければ意味がない。


むしろ、車が近づいていた。そんな危ない場所で待つ理由があるか?


「……いや、無理があるだろ」


ほかのコメントを見る。


『当時まだ無名に近かったのに仕込む意味ある?』


『そもそも救助に来るって分からなくね?』


『普通に危ないだろ、あの場所』


「……そうそう!」


まともなことを言っている人もいる。でも、その下には別のコメントが並んでいた。


『でもタイミング良すぎるだろ』


『怪しいものは怪しい』


『本人が何も説明しないのも不自然』


「……いや、本人に説明させるの?」


そもそも、本人がこの動画を見ているかどうかも分からない。自分が倒れている映像が、ネットに出回っているなんて知らないかもしれない。なのに、勝手に疑って、説明を求める。


「……ネットって、好き勝手言えるよなあ」


俺だって、普段からコメント欄で視聴者と遊んでいる。冗談を言われることもある。水泳帽がおかしいとか、服装が変だとか。そういうコメントなら、俺も笑って返せる。


でも、今回は違う。倒れていた人は、配信に参加したかったわけじゃないはずだ。俺に助けられた時も、撮影されるつもりなんてなかっただろう。


「……なんでこの人が笑われてるんだ?」


俺はもう一度、ドライブレコーダーの映像を見た。


倒れている人の姿。


ワープの瞬間。


また倒れている人の姿。


今度は、少し動いたところで一時停止する。


「……これ、救助動画じゃなくなってないか?」


俺の配信では、人を助けた場面だった。コメント欄でも、最初は救助のことが話題になっていた。


『ガチ救助』


『ヒーローじゃん』


『初救助おめ』


そんな反応だったはずだ。俺も、ちょっと嬉しかった。


でも、この動画では。


「……倒れてた人の方がネタになってるじゃん」


同じ出来事なのに、全然違う。しかも、このドライブレコーダーの映像は、俺が撮影したものじゃない。自分の配信では、救助した直後にカメラを自撮りへ切り替えている。


相手の顔を映さないためだ。でも、別の車のカメラまでは、どうしようもない。


「……そりゃそうか」


街中には、いろいろなカメラがある。


車のドライブレコーダー。防犯カメラ。誰かのスマホ。俺が気をつけたからといって、ほかの人が撮影していないとは限らない。


「……こんなことになってたのか」


映像を見る限り、顔までははっきり分からない。少なくとも、俺には誰なのか判断できなかった。でも、動画のコメント欄には、別の話題まで出てきていた。


『これ場所どこ?』


『あの道路見たことある気がする』


『近所の人なら分かるんじゃね?』


「……え?」


手が止まった。


「……いや、場所まで調べる必要ある?」


誰なのか分かったところで、何になるんだ。倒れていた理由を聞きたいのか。それとも、ただ面白がりたいだけなのか。分からない。でも、少なくとも俺は、そんなことをするために配信したわけじゃない。


「……うーん」


どうしたものか。俺の動画なら、問題のあるコメントを非表示にできる。でも、他人が投稿した動画のコメントは、俺には消せない。


それに、切り抜き動画自体が全部悪いわけじゃない。珍しいワープの瞬間を紹介したかっただけかもしれない。最初にドライブレコーダーの映像を公開した人だって、こんな騒ぎになるとは思っていなかった可能性がある。


「……ただ、今のこれは違うよな」


倒れていた人の動きを拡大して、勝手に疑って、笑う。それが面白い動画として広まっている。


「……なんだかなあ」


関連動画を見てみる。似たような切り抜きが、いくつも出てきた。


俺の配信とドライブレコーダーの映像を組み合わせたもの。倒れていた部分だけを繰り返すもの。疑惑めいた文字を入れたもの。


「……増えてるな」


どうやら、最初に投稿された動画が、そのまま広まっているだけではないらしい。誰かが切り抜き、別の人がまた編集する。コメント欄の冗談が、次の動画のタイトルになっている。


「……最初は冗談だったのかもしれないけど」


動画が増えるほど、何か本当におかしなことがあったように見えてくる。でも、実際には何も分かっていない。俺が分かるのは、あの人が車道側に倒れていて、危険だったことだけだ。


「……これ、ちょっと怖いな」


俺はAIを開いた。


『自分の配信で救助した第三者について、別の人が撮影したドライブレコーダーの映像がネットで拡散されています。根拠のない憶測や嘲笑が広がり、本人の特定につながりそうなコメントもあります。どう対応すればいいですか?』


送信。しばらくして、回答が表示された。


問題のある投稿やコメントの記録。プラットフォームへの報告。個人情報の拡散を避けること。必要なら専門家へ相談すること。


「……まあ、そうだよな」


ただし、注意喚起にも気をつける必要があるらしい。俺が配信で大きく取り上げれば、今まで知らなかった人まで、その動画を見に行くかもしれない。


「……それは困るな」


良かれと思って騒いだ結果、さらに拡散したら意味がない。


「……難しいなあ」


ワープなら、一瞬で人を移動させられる。でも、ネットに広まった動画は、一瞬では片付かない。


「……あ」


そういえば。相談できる人がいた。白石さんだ。


政府との連絡窓口になってくれている。もちろん、政府の人だから何でも解決してくれるわけじゃない。でも、俺一人で判断するよりはいいだろう。俺はスマホを手に取った。


『白石さん、お疲れさまです。以前のパトロール配信で救助した人の映像が、ネットで広まっているようです』


続けて、状況を説明する。


『私の配信だけでなく、別の車のドライブレコーダーと思われる映像も使われています。倒れていた理由について勝手な憶測が広がり、場所や本人を調べようとするコメントもあります』


少し考える。


『私から注意した方がいいのか、動画を報告した方がいいのか、相談できますか?』


問題のある動画のURLも添付した。


送信。


「……ふう」


ひとまず、できることはやった。でも、気になることはまだある。俺は切り抜き動画の投稿日を確認した。


「……ん?」


結構前だ。最近になって初めて投稿されたわけではない。それなのに、コメント欄には最近の日付の書き込みが目立つ。


関連動画には、投稿時期の違う切り抜きや転載がいくつも並んでいた。


「……なんで?」


何度か別のきっかけで広まったのだろうか。


「……これ、何かあったのかな」


その時。


ピコン。


白石さんから返信が届いた。


『確認しました。まずは松さんご自身から、この件を配信などで大きく取り上げることは控えてください』


「……ああ、やっぱり」


続けて、もう一通。


『救助された方の身元や、その後について、松さんが独自に調べる必要はありません。まずは公開されている動画の状況を整理しましょう』


「……そうだよな」


俺が助けた人だからといって、その人の個人情報を勝手に調べていいわけじゃない。それは分かっている。


さらにメッセージが届いた。


『一つ確認させてください。今回の切り抜きが広まり始めた時期は分かりますか?』


俺は画面を見直した。


『最初の投稿は結構前みたいです。一度落ち着いてから、最近また急に伸びています』


送信。


少しして、返信が来た。


『ありがとうございます。関連する投稿も確認してみます』


「……お願いします」


俺はスマホを置いた。そして、もう一度パソコンを見る。画面には、倒れている人の映像が止まっていた。


あの日、俺がやったこと。車道側に倒れていた人を、安全な歩道へ移動させた。周囲の人に119番通報をお願いした。あとは専門家に任せた。それだけだ。


「……助かってくれてたらいいんだけどな」


少なくとも、あの瞬間は助けられたと思っている。だから、あの時の判断を後悔しているわけじゃない。


でも、今は。


あの人がどんな理由で倒れていたのかも分からないのに、ネットでは好き勝手なことを言われている。しかも、俺が撮影していない映像まで使われて。


「……俺、こんなの知らなかったな」


自分の配信は、何度も見返してきた。でも、その外側で何が起きていたのか。俺は、ほとんど知らなかった。


さっきまで、375万円の入金で大喜びしていた。今日という日は、最高の日になると思っていた。もちろん、今でも嬉しい。150万円の追加投資もできた。FIREには、確実に近づいていると思う。


でも。


「……あの人、今どうしてるんだろうな」


答えは分からない。俺は切り抜き動画を閉じた。それでも、画面に映っていた倒れた人の姿だけは、妙に記憶に残っていた。

次回、第68話「画面の向こうでは玩具だった」


次回更新:10月30日 12:10予定

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