第66話 200万再生。寄付はいくら?
年が明けて、1月中旬。
「……200万?」
俺はYouTube Studioの画面を見直した。
200万。
間違いない。
「……200万再生!?」
思わず声が大きくなった。画面に表示されているのは、以前投稿した復興ドキュメンタリーの再生回数だ。
豪雨災害で助けた上條さんに協力してもらい、約20分にまとめた動画。タイトルは、『命は助かった。でも、生活はまだ戻っていない。』
いつものワープ企画とは違って、俺が派手に何かする動画ではない。被災した街の様子や、救助された人のその後の生活を紹介する内容だ。
「……こんなに見られると思わなかったな」
公開した直後は、再生数を何度も確認していた。でも、その後は北海道へキャンプに行ったり、スカイダイビングをしたり、ほかの動画も投稿していた。
「……そういえば、集計期間はもう終わってるんだよな」
今回の動画は、公開から1か月間の収益を寄付に回すと決めていた。
「じゃあ、そろそろ精算するか!」
俺は以前作った『空中スイマー事業』の管理表を開いた。上條さんへの取材協力費と、被災した市への災害義援金。
その計算のために、公開から1か月の集計期間が終わったあとも、対象期間に関係するすべての月次収益が確定するのを待っていた。
「さて、いくらになったかな?」
俺は復興ドキュメンタリーのアナリティクスを開いた。期間を、公開日から1か月間に指定する。
「……60万円?」
対象期間の推定収益は、約60万円だった。
「200万再生で60万円か!」
この前の年末予測では、YouTubeの収益を月30万円として計算していた。でも、これは復興動画1本の、公開から1か月間の収益だ。月ごとのチャンネル全体の数字とは、集計期間も範囲も違う。
「……年末の予測、あとで見直した方がよさそうだな」
いや、普通に大金なんだけど。200万という再生回数を見たあとだと、もう少し多い金額を想像してしまう。
ただ、YouTube Studioに表示されるのは動画ごとの推定収益だ。チャンネル全体の確定収益はAdSenseで確認できるけど、動画ごとの金額まで個別に確定してくれるわけではないらしい。
「……じゃあ、確定した数字と照らし合わせるか」
対象期間に関係する月の収益がすべて確定していることを確かめ、チャンネル全体の確定額と、管理表に記録してきた各動画の推定額を照合する。月をまたいだ分も含めて確認したが、大きな食い違いはなかった。今回は、対象期間の動画別収益を60万円として精算することにした。
「よし、これなら寄付額も計算できるな!」
1,000回再生されて300円。それが200万回なら60万円。
実際には広告が表示されない再生もあるし、視聴者や広告の種類によっても変わるらしい。
「……YouTubeって、結構大変な商売なんだな」
200万回も見られて、60万円。もちろん十分嬉しい金額ではある。
ただ、今回は自分の利益にしないと決めている。
「じゃあ、計算するか!」
俺はAIを開いた。以前、上條さんと話し合って決めた条件を入力する。
収益から税金用のお金を確保する。残った金額の15%を、上條さんへの取材協力費にする。協力費は最低1万円、最高10万円。そして、残りは市の公式災害義援金へ送る。
「……前に決めたやつだな」
最低保証の1万円は、撮影した日に支払ってある。だから、追加で払うのは差額だけだ。
AIが計算結果を表示した。
今回の動画収益は60万円。税金用の仮の留保額が18万円。
残り42万円。その15%が6万3,000円。
「……じゃあ、上條さんには追加で5万3,000円か」
残った義援金は。
「……35万7,000円!」
俺は画面を見つめた。
35万7,000円。
すごい大金、というほどではないかもしれない。でも、普通に考えれば十分な金額だ。
「……200万再生で、これだけ送れるんだな」
ただし、税金用の18万円はあくまで今回の配分に使った仮の金額だ。この前、年間の税金を計算したら、予想以上の金額になっていた。実際の税負担が留保額を超えるなら、その不足分は別に確保する必要がある。
「……税金だけは本当に油断できないな」
それでも、寄付する金額まで毎回変えていたら、約束した配分が分からなくなる。今回は決めていた方法で精算し、税金が足りなくなれば自分のほかの収入から補う。俺は管理表に金額を入力した。
「……よし!」
これで、ようやくお金を動かせる。まずは上條さんだ。以前使った連絡先を開いて、メッセージを送る。
『復興動画の公開後1か月分の収益について、精算できる状態になりました!』
続けて、金額と計算方法を伝える。動画収益は60万円。
税金用の留保額を引いた残りから計算した協力費は、総額6万3,000円。すでに1万円を支払っているので、追加は5万3,000円。
「……これで分かるかな?」
もう一度読み直して送信した。少しして、返信が来た。
『200万回も見てもらえたんですね。驚きました』
「ですよね!」
俺だって驚いた。さらにメッセージが届く。
『こんなに多くの人に、今の状況を知ってもらえたことが嬉しいです』
……ああ。
そうだった。今回の目的は、そっちだ。
再生数が伸びれば嬉しいし、お金も増える。でも、上條さんが動画に協力してくれたのは、生活再建がまだ終わっていないことを知ってもらうためだった。
「……200万回も再生されたもんな」
もちろん、200万人全員が見たという意味ではない。同じ人が何度も見ているかもしれない。それでも、多くの人の目に届いたことは間違いないだろう。
俺は追加の協力費について確認してもらい、了承を得てから送金した。5万3,000円。
振込内容を確認する。
「……よし、完了!」
これで、上條さんへの協力費は合計6万3,000円。一つ片付いた。次は義援金だ。
「……35万7,000円か」
管理表を見直す。寄付すること自体は、以前から決めていた。被災した市の公式災害義援金へ送る。ただ、実際に送金するには、受付先や振込方法を確認しなければならない。
俺は市の公式サイトを開いた。
災害義援金の受付案内。受付期間。振込先。問い合わせ先。
「……こういうの、ちゃんと確認しないとな」
検索すると、似た名前の寄付募集もいろいろ出てくる。被災地の復旧工事を支援するもの。支援活動を行う団体への寄付。被災した人へ配分する義援金。
どれも同じではない。今回は、被災した人の生活再建に役立ててほしい。
災害で家を離れた人もいる。街が復旧しても、そこへ戻れない人だっているかもしれない。
「……だから、義援金にしたんだよな」
以前決めた理由を思い出す。寄付先を変える必要はなさそうだ。
俺は市の公式案内に載っている受付先を確認し、銀行の振込画面を開いた。口座情報を入力する。振込先の名義も照合する。
金額。
357,000円。
「……間違いないな?」
もう一度確認する。振込先。
金額。手数料。全部確認した。
「……よし!」
送金を実行する。画面に、手続き完了の表示が出た。
「……終わった!」
俺は椅子にもたれた。ふう。やっと終わった。
復興ドキュメンタリーを作ることにして、上條さんへ取材をお願いした。1時間のインタビューを約20分に編集して、公開前に確認してもらった。
動画を投稿して、1か月分の収益を集計した。協力費を払って、義援金を送った。
「……動画1本で、こんなにやることあるのか」
正直、普通のワープ動画より大変だった気がする。飛行機4機をワープさせる仕事なんて、約1時間だったのに。
「……まあ、あっちは準備してくれる人がたくさんいるからな」
今回は、自分で考えて、自分で管理した。誰かに頼まれた仕事というより、俺がやりたくて始めたことだ。だから、不満があるわけじゃない。
ただ。
「……これ、毎回やるのは大変だな」
俺はFIREしたい人間だ。自由な時間を増やしたい。
なのに、気づけば仕事を増やしている。
「……まあ、今回はいいか!」
ちゃんと最後までできた。それだけで、結構嬉しかった。
でも。
「……35万円って、実際どれくらい役に立つんだろ?」
ふと気になった。災害の被害額をニュースで見ると、何億円とか、何十億円とか、とんでもない数字が出てくる。それと比べれば、35万円は小さい。
「……でも、35万円あれば、普通に生活できる期間もあるよな」
俺なら、かなり長く暮らせそうだ。まあ、被災した人の生活費とは事情が違うけど。
少し考えてから、AIに質問した。
『災害時に35万7,000円あった場合、食料支援なら何人分くらいに相当しますか?』
回答を読む。国内の災害時の炊き出しには、1人1日3食分で約1,390円という費用基準の例があるらしい。
「……じゃあ、35万7,000円なら?」
電卓を開く。357,000円、割る1,390円。
「……約257人分?」
1人の1日分の食事を基準にすれば、約257人分に相当する金額だ。
「……おお!」
なんだか、急に大きな金額に思えてきた。
もっとも、これは単純な換算にすぎない。実際の食料調達には人件費や輸送などの事情もあるし、今回は炊き出しへ寄付したわけではない。義援金は、決められた方法で被災した人たちへ配分されるものだ。
だから、257人に食事を届けた、とは言えない。
「……まあ、そうだよな」
家の修理に使う人もいるだろう。新しい家具を買う人もいる。生活費が足りない人だっているはずだ。
何に使うかは、それぞれの事情による。
「……それでも、35万円あれば結構なことができるんだな」
俺が豪雨の時にやったのは、人や物を運ぶことだった。でも、家や仕事まで元に戻せたわけじゃない。今回のお金で、何か一つでも助かることがあればいい。
「……何もしないよりは、いいよな!」
俺は管理表に、義援金の送金日と金額を記録した。振込の控えも保存する。これで、今回の企画に関するお金の管理は一区切りだ。
ただし、寄付先へ実際に届いたことを確認する必要はある。俺は市の受付案内を見直し、後日確認する項目もメモしておいた。
「……よし、今度こそ終わり!」
ついでに、YouTubeの動画説明欄も更新することにした。今回の寄付額。協力費の配分。収益の対象期間。
公開して問題ない情報だけをまとめる。銀行口座や振込元の個人情報は載せない。
「……これでいいか」
送金手続きが終わったことも、簡単に報告した。
『復興ドキュメンタリーの対象期間収益を精算し、約束していた協力費の支払いと、市の公式災害義援金への送金手続きを行いました。ご視聴ありがとうございました』
投稿。
「……ふう」
ようやく肩の荷が下りた気がする。今回は自分の利益にしないと決めていた。だから、60万円稼いでも、そのお金で何か買えるわけじゃない。
でも。
「……200万再生、嬉しかったな」
思わず笑ってしまった。最初は、自分がワープして遊ぶ動画を投稿していただけだった。それが、いつの間にか人の生活を取材するようになっている。しかも、その動画が200万回も再生された。
「……YouTubeって、何が伸びるか分からないな」
俺はほかの動画も確認してみた。スカイダイビングは、相変わらず好調。北海道の魚捕りも、少しずつ再生されている。
「……お、いいじゃん」
そんなことを考えながら、動画一覧を下へスクロールした。
すると。
「……ん?」
少し古い動画が、妙に伸びていた。初めてパトロール配信をした時のアーカイブだ。車道側に倒れていた人を助けた、あの日の配信。
「……これ、急に増えてない?」
先日、視聴者からコメントが付いていた動画だ。
『あの時、車道から助けた人って、その後どうなったんですか?』
あのコメントを見た時は、少し気になっただけだった。でも、今は再生数の増え方がおかしい。
最近の動画なら分かる。スカイダイビングがニュースになったとか、切り抜きが広まったとか。でも、この動画はかなり前のものだ。
「……なんで今さら?」
流入元を確認する。外部サイトやSNSからのアクセスが増えているらしい。
「……誰か紹介してくれたのかな?」
そう思って検索してみた。すると、見覚えのあるサムネイルが出てきた。俺のパトロール配信。
……いや、違う。
俺が投稿した動画ではない。短く切り抜かれた映像だ。
「あれ?」
再生してみる。画面に映ったのは、空から街を見下ろす映像。
そして。
車道側に倒れていた人を、俺がワープで歩道へ移動させる場面。
「ああ、ここか」
初めて人を助けた時だ。もちろん、自分でも覚えている。あの時は、カメラをすぐに自撮りへ切り替えた。倒れていた人の顔を映さないためだ。
「……まあ、切り抜き自体は別に珍しくないけど」
俺の動画は、これまでにも何度か切り抜かれている。問題がなければ、全部を止めるつもりはない。
でも。
「……なんでこんなに伸びてるんだ?」
再生回数を確認する。想像以上に多い。しかも、最近になって急に伸びたらしい。
「……何かあったのかな」
コメント欄を開こうとして、少し手が止まった。動画のタイトルが、気になったからだ。俺が付けたものとは、ずいぶん違う。
救助のことを紹介しているようにも見える。でも、なんだか妙な言い回しだった。
「……ん?」
もう一度、タイトルを読む。助けた人のことを、面白がっているようにも見える。
「……なんか、変だな」
俺は画面を見つめた。ただの切り抜きなら、それでいい。
でも。
この動画は、一体どういう理由で広まっているんだろう。さっきまで寄付金の計算をしていたのに、今度はまったく別のことが気になってきた。
「……ちょっと、調べてみるか」
俺はコメント欄へカーソルを動かした。
次回、第67話「375万円振り込まれました!」
次回更新:10月29日 20:10予定




