第64話 オキガルスカイダイビング
「スカイダイビングって、楽しそうだよな」
休日。俺はパソコンで動画を見ていた。
飛行機から人が飛び降り、青空の中を落ちていく。カメラには、どこまでも広がる空と、はるか下に見える地面が映っていた。
「……これ、俺なら飛行機いらないよな?」
空中へのワープなら、もう何度もやっている。
そもそも、ワープで空を飛ぶ方法を考えた時に、落下の勢いを消す実験もしていた。地面に着く直前で自動的に1センチ浮く仕組みだって、実際に試している。
飛行機を丸ごとワープさせた時には、機体の速度をゼロにすることまでやった。
つまり。
「上までワープして、落ちればいいだけじゃん!」
普通のスカイダイビングなら、飛行機を用意して、装備を整えて、訓練も必要になる。
でも俺の場合、ワープで上空へ行けるし、落下の勢いも消せる。
「……オキガルスカイダイビング?」
自分で言って、ちょっと笑ってしまった。
「いや、これ動画にしたら面白くない?」
空中スイマーが、空を飛ぶのではなく、ただ落ちる。
しかも、パラシュートなし。
……いや、タイトルに『パラシュートなし』って書くのはやめておこう。知らない人が真似したら困るし、何より余計な心配をかけそうだ。
「よし、企画決定!」
ただ、撮影方法は考えないといけない。
「カメラ、どうしようかな」
最初は身体に取り付けることも考えた。
でも、それだと落ちている俺自身は映らない。
今回見せたいのは、空から落ちてきた俺が、海面すれすれでピタッと止まるところだ。
「だったら、地上から撮ればいいじゃん」
俺は三脚を取り出した。
カメラを地面に固定して、空を広く映しておく。上空の俺を最初から撮影するのは難しいだろうけど、途中から画面に入ればそれでいい。
むしろ、何もない空から突然俺が現れるように見えるかもしれない。
「……あれ?」
そこで、もう一つ思いついた。
「これ、生配信できるんじゃない?」
上空からスマホで配信しようとすると、電波がどうなるか分からない。
でも、カメラは地上だ。
地上で通信できる場所なら、カメラを置いたまま配信すればいい。
「俺が空で電波を拾う必要、ないじゃん!」
ただし、コメントを確認できるのは地上へ戻ってからだ。
落ちている途中でスマホを見るつもりなんて、最初からない。
「よし、生配信にしよう!」
問題は撮影場所だった。
上から人が落ちてくるんだから、下に誰かいたら大変だ。広い空き地を借りるにしても、そんな撮影を気軽に許してもらえるとは思えない。
「……あ、海は?」
沖合なら、下に人がいない場所を選びやすそうだ。
ただし、海にも船は通るし、泳いでいる人がいるかもしれない。水面に激突したら、地面と同じくらい危ない。
「……そこはちゃんと考えないとな」
海が見渡せて、三脚での撮影も認められる場所を探す。撮影場所の管理者や関係窓口にも、海上で実施する企画の安全条件を事前に確認する。船や人の動き、風、波の様子も確認することにした。
それに、今までの自動停止は「足が地面に触れそうになったら」という条件だ。
「今回は、海面にしないと!」
海面が穏やかな時に、足が水面に近づいたら1センチ上へワープし、落下の勢いをゼロにする設定を低い高さから試す。
ちゃんと止まる。自分で判断して別の場所へワープすれば、プリセットも解除される。以前の実験と同じだ。
念のため、高さも段階的に上げて確認した。
「よし。これなら撮れるかな!」
もちろん、当日になって船が近づいたり、風や波が強くなったりしたら中止だ。
遊びなんだから、無理をする必要はない。
撮影当日、俺は海を見渡せる場所に来ていた。
もちろん、いつもの水泳帽、ミラーゴーグル、マスク姿だ。
「……いい天気!」
空も海もよく見える。波は穏やかで、風も強くない。
船や遊泳者がいないことを確かめ、撮影できる場所の邪魔にならない位置に三脚を立てた。
スマホの画面には空が大きく映り、下の方には落下する予定の海面が入っている。
「……これくらいかな?」
場所が分かる看板や、ほかの人が映り込まない角度に調整する。
試しに、岸から見える海上の空間へワープしてみた。
すぐ岸へ戻り、映像を確認する。
「おお! 小さいけど、映ってる!」
本番は落下速度が違う。途中から画面に入って、一瞬で通り過ぎるかもしれない。
「まあ、それも含めて実験だな!」
配信画面を開く。
タイトルは、すでに決めていた。
『【生配信】オキガルスカイダイビング! ワープできるので空から落ちてみる』
「……説明そのまんまだな」
でも、何をする動画なのかは分かりやすい。
配信開始。
「どうもー! 空中スイマーです!」
カメラへ向かって手を振る。
「今日はですね、海の上でスカイダイビングをやってみようと思います!」
少し待つと、コメントが流れてきた。
『スカイダイビング?』
『飛行機乗るの?』
『また変なこと始めた』
「いや、飛行機には乗りません!」
俺は海の上を指さした。
「ワープであの上まで行って、そのまま落ちてみようと思いまして!」
『草』
『発想が雑すぎる』
『海に落ちるの?』
『パラシュートは?』
「安全対策はちゃんと考えてありますよ! 事前に実験もしてきましたし!」
『どうやって止まるの?』
「そこは企業秘密です!」
思わず笑ってしまった。
……でも、実際に秘密にしておいた方がいい。
俺のワープには、あらかじめ決めた条件で自動発動させる仕組みがある。これは、俺が意識していなくても働く、かなり強力な機能だ。
しかも、条件を細かく設定できる一方で、万能ではない。自動設定は一つしか使えないし、自分の意思で普通にワープすれば解除される。
そんな仕組みを詳しく話したら、弱点まで教えることになる。
……危ない危ない。
「というわけで、安全確認はしていますが、皆さんは絶対に真似しないでくださいね!」
『できねえよw』
『ワープできる人が他にいない』
『正論』
「……確かに!」
思わず笑ってしまった。
「じゃあ、そろそろ行きます!」
俺はカメラから少し離れた。
ここから海上の空へ移動する。高度を上げて自動化を設定したら、普通のワープは使わずに落ちる。
判断ワープをすると、プリセットは解除されるからだ。
「では、行ってきます!」
カメラへ手を振る。
ワープ。
目の前が海に変わる。
さらに上へ。
ワープ。
もう一度。
ワープ。
海岸が遠ざかり、青い海が広がっていく。
途中で止まり、周囲と真下の海面を確認する。
「……おお!」
上から見ると、海ってこんなに広いのか。
いつものワープは移動先を探すのに忙しくて、ゆっくり景色を眺める暇もない。
でも今日は、ここから落ちるだけ。
「……贅沢な遊びだなあ」
飛行機代もかからないし、予約もいらない。
しかも岸では、俺のYouTubeが生配信されている。
「……ちゃんと映るかな?」
さすがに、ここからスマホの画面は見えない。
さっき試した位置関係なら、途中でカメラに入るはずだ。
真下に船や人影は見えない。海面は穏やかで、風も強くなっていない。
「よし」
俺は自動ワープの条件を設定した。
両足が海面に触れそうになったら、1センチ上へワープし、落下の勢いをゼロにする。
以前から試していた仕組みを、今回の海面用に調整したものだ。
本番前に、低い位置からも確かめてある。
この設定が働いている間、自分の意思で別の場所へワープすれば、自動化は解除される。
……まあ、こんなことを配信で説明する必要はない。
「……じゃあ、行くか!」
俺は両手を広げて、足を海面の方へ向けた。
足元には、どこまでも海が続いている。
身体が、ゆっくりと落ち始める。
「……おおお!」
落ちる。
風が顔に当たり、どんどん強くなる。
「うおおおおお!」
これは、いつもの空中移動とは全然違う。
いつもなら、勢いがつく前に次の場所へワープしてしまう。
でも今日は、そのままだ。
「……すげえ!」
風の音で、自分の声が聞こえにくい。
姿勢を保ちながら真下を見る。
青い海面が、みるみる近づいてくる。
「……おおお!」
ちょっと怖い。
いや、かなり怖い!
仕組みは分かっている。実験もしてきた。
それでも、全速力で海へ向かっている感覚には慣れない。
「うわあああ!」
そのころ、岸に固定したスマホは、海と空を映し続けていた。
画面には青空と、落下予定の海面。
しばらく、何も起きない。
『まだ?』
『空しか映ってないw』
『本当に落ちてくるのか?』
『いた!』
画面の上の方に、小さな点が現れた。
『なんか見えた』
『人だw』
『落ちてる落ちてる!』
その点が、あっという間に大きくなっていく。
水泳帽とゴーグル。
見慣れた空中スイマーの姿だ。
普段のように何度も消えたり現れたりはせず、海へ向かって一直線。
『速っ!』
『やばいやばい』
『海に落ちるぞ!?』
画面の中で、俺は両足を下へ向けていた。
海面が近づく。
そのまま落ちる。
そして。
ふっ。
落下の勢いが消えた。
高速で落ちていた身体が、海面すれすれで止まった。
『!?』
『止まったwww』
『海の上に立ってる!?』
『急ブレーキすぎる』
ほんの少し落ちる。
ふっ。
また止まる。
もう一度、落ちる。
ふっ。
「……おお!」
俺は足元を見る。
「……本当に海面で止まった!」
足が海面に触れそうになるたび、1センチ上へワープして速度を消す。
だから、着水もしない。
「……あれ?」
俺は、すぐ下の海を見た。
自動化を止めれば、そのまま海へ落ちる。それは前に試して分かっている。
でも、実際に海面すれすれに浮いていると、改めて変な状況だな!
「……これ、普通に着地できないじゃん!」
最初から決めていたとおり、岸の安全な場所を目で確かめる。
「よし。岸へワープ!」
判断ワープ。
その瞬間、自動化も解除された。
足が岸の地面につく。
「帰還成功!」
俺はカメラへ向かって両手を上げた。
「……撮れてるかな?」
「ただいま戻りましたー!」
俺はスマホに近づき、配信画面を確認した。
『おかえりw』
『すごかった』
『最後ホバリングしてなかった?』
『どうやって止まったんだ?』
「いやー、無事に帰ってきました!」
『説明になってないw』
「そこは秘密です! ワープにもいろいろな使い方があるんですよ!」
『便利すぎる』
『バグ技だろ』
「まあ、普通の人にはできないでしょうね!」
俺は笑いながらコメントを確認した。
映像を見れば、落下が止まったことは分かる。でも、それが自動発動なのか、俺が判断してワープしたのかまでは分からないはずだ。
……それでいい。
わざわざ手の内を全部見せる必要はない。
コメントをさかのぼって見る。
上空にいる間は空ばかり映っていて、途中から俺が突然現れたらしい。
「……おお、ちゃんと撮れてる!」
配信の映像では、小さな点が大きくなって、海面の直前でピタッと止まる。
そのあと、岸へワープして消える。
「……いや、これ面白いな!」
落ちている最中は風と姿勢で必死だったけど、固定カメラから見ると、海へ落ちそうになった人が突然止まり、次の瞬間には消える。
「これ、完全にゲームの落下ダメージ無効じゃん!」
『ゲームでもこんな止まり方しない』
『バグ映像w』
『空中スイマーというより落下スイマー』
「落下スイマー!?」
なんだその名前。
「いや、泳いでないですけどね!」
『いつも泳いでないだろ』
「……それは言わないで!」
コメントが流れる。
俺も笑う。
「いやー、今日は面白かったですね!」
飛行機に乗ったわけじゃない。
特別な装備を買ったわけでもない。
いつも使っているワープ能力で、上へ行って落ちただけだ。
でも、こんな遊び方もある。
「こういうしょうもない企画、またやりたいですね!」
『次も期待』
『今度は何するんだ』
『空中スイマーの休日』
「……休日って感じですよね!」
仕事で飛行機を動かしたり、政府から依頼を受けたり。
最近は、能力を使う時に何か目的があることが多かった。
お金を稼ぐ。
人を助ける。
移動時間を減らす。
どれも大事だ。
でも、たまには。
「ただ遊ぶためにワープしても、いいですよね!」
『いいと思う』
『本人が一番楽しそう』
『また変な企画待ってる』
「ありがとうございます!」
俺はカメラへ手を振った。
「それでは、今日の生配信はここまで! 空中スイマーでした!」
配信終了。
「……ふう!」
カメラを止め、三脚を片づける。
周囲に忘れ物がないか確認してから、俺は空を見上げた。
さっきまで、あそこから落ちていたんだよな。
「……またやろうかな」
別に、毎回動画にする必要もない。
誰にも見せずに、ただ落ちるだけでも面白そうだ。
でも。
「……いや、さすがに毎日は飽きるか!」
自分で笑ってしまった。
俺が欲しいのは、自由な時間だ。
FIREして会社を辞めたら、その時間を何に使おうか。
動画を作って、小説を書いて、ゲームをして。
たまには旅行もして。
そして、気が向いたら空から落ちる。
「……なんだその生活!」
我ながら、変な将来設計だ。
でも、悪くない。
「よし、帰ろう!」
荷物を持つ。
帰ったら、さっきの配信を見返してみよう。
あの急停止の場面は、切り抜きにしても面白いかもしれない。
「……あ、でも先に昼飯かな」
遊んだら腹が減った。
俺は帰る方向にある、安全な移動先を目で確かめた。
ワープ。
そこからも視認できる地点をいくつかつないで、自宅へ戻る。
今日も、普通の会社員の休日が終わっていく。
……いや。
空から落ちてきた時点で、普通ではないか。
次回、第65話「稼いだのに、税金が高すぎる!」
次回更新:10月28日 20:10予定




