第63話 旅行の締めは、山から雑談配信
朝、スマホで時間を確認すると、まだ6時半だった。
昨日は北海道で釣りをして、ザンギを食べ、キャンプで料理をした。夜には白石さんと森を眺めながら話もした。結構遊んだのに、意外とすっきり目が覚めている。
「……寒っ!」
星の家の外へ出ると、冷たい朝の空気が顔に当たった。木々の間には薄い霧が漂っている。
「……きれいだなあ」
思わず写真を撮る。角度を変えて、もう一枚。
「……何やってんだろ」
今日は動画を作るためではなく、観光を楽しむ日だ。スマホをしまうと、白石さんがやってきた。
「おはようございます」
「おはようございます! 早いですね」
「松さんこそ。私も目が覚めてしまって」
「朝は寒いですね!」
「本当に」
二人で並んで、しばらく静かな森を眺めた。
朝食は昨夜用意したパンと、保温ボトルの温かい飲み物で簡単に済ませた。昼には富山でホテルランチを食べる予定だ。
「今日は控えめですね」
「昼飯が本番ですから!」
「ふふっ。楽しみですね」
食べ終わったら撤収だ。家から運んだ敷布団、掛布団、枕、折りたたみテーブルと調理道具をまとめる。昨夜分別したゴミ袋も忘れない。
白石さんの星の家に運んでいた予備の寝具も回収した。
「……結構持ってきたなあ」
「布団まで運んできましたからね」
「でも、持って帰るのはワープで一瞬ですよ!」
荷物を持ち出し、人目のない場所から、実際に見える安全な経由地点をつないで自宅へワープ。何度か往復して、寝具も道具もゴミも運び終えた。
「……よし。片づけは帰ってから!」
北海道へ戻ると、白石さんも準備を終えていた。借りた寝具を受付へ返し、二人で両方の星の家に忘れ物がないことを確認してチェックアウトする。
「また来たいですね」
「はい。今度はもう少しゆっくり泊まってもいいかもしれません」
「確かに! じゃあ、青森行きましょう!」
「はい!」
次の目的地は、青森県。
奥入瀬渓流だ。
昨日までは北海道にいたのに、今日は青森。
普通の旅行なら、移動だけでも結構な時間がかかる。
でも、俺たちにはワープがある。
「じゃあ、移動しますね!」
「お願いします」
白石さんが俺の肩に手を置く。
安全な場所を確認して、ワープ。
景色が変わる。
さらに、見える範囲の次の地点へ。
ワープ。
写真や地図の中へ直接飛べるわけではないので、遠い場所へ行く時は途中の確認が必要だ。
それでも、普通に移動するよりはずっと早い。
「……よし、もう少しですね」
「はい」
目的地の近くまで来たら、人目のない場所で移動を終える。
最後は普通に歩いた。
「着きました!」
白石さんが周囲を見渡す。
「……きれいですね」
「ですね!」
木々の間を流れる水。
岩に当たって白く泡立つ流れ。
ところどころ、色づいた葉や落ち葉が目に入る。
「おお……」
写真で見ていたけど、実際に見ると違う。
音もある。
水の匂いもある。
「これは、来てよかったですね!」
「まだ歩いてませんよ」
「……確かに!」
二人で笑った。
石ヶ戸の近くから、遊歩道を歩き始める。
今回、全部の区間を歩くつもりはない。
昼には富山でランチの予約がある。
だから、時間を決めて、無理のない範囲を歩くことにしていた。
「結構、歩きやすいですね」
「そうですね。でも、濡れている場所もあるので気をつけてください」
「了解です!」
足元を見る。
確かに、石や木の根が濡れている。
滑ったら危ない。
ワープできるからといって、転ばないわけじゃない。
「……こういうところ、ワープで移動できそうですね」
俺が言うと、白石さんがこちらを見た。
「移動したいんですか?」
「いや、できるなあって思っただけです!」
「ふふっ」
「ちゃんと歩きますよ!」
「よかったです」
まあ、そうだ。
せっかく来たのに、全部ワープしていたら何をしに来たのか分からない。
遊歩道を進む。
水の音が続いている。
木々の間から差し込む光が、川面に反射する。
「……おお」
少し立ち止まる。
「きれいですね」
「はい」
白石さんも足を止めた。
俺はスマホを取り出して、写真を撮った。
「……よし!」
「動画は撮らないんですか?」
「うーん」
少し考える。
「今日はいいかなって」
「そうなんですか?」
「はい!」
昨日は釣り配信をした。
それはそれで楽しかった。
でも、今日は観光だ。
配信していたら、コメントを見たり、カメラの角度を気にしたりする。
もちろん、それも面白い。
ただ。
「今日は普通に歩きたいんですよね」
「……そうですね」
白石さんが微笑む。
「私も、そっちの方がいいです」
「ですよね!」
スマホをしまった。
「じゃあ、行きましょう!」
「はい」
しばらく歩くと、水の流れが一段と激しくなった。
「おおお!」
阿修羅の流れだ。
岩の間を、水が勢いよく流れていく。
「すごいですね!」
「はい。迫力がありますね」
俺は少し離れた安全な場所から眺めた。
「……いや、これ」
「はい?」
「ワープで飛び込んだら、大変なことになりますね」
「飛び込まないでくださいね?」
「しませんよ!」
白石さんが笑った。
「松さん、そういうことを考えるんですね」
「いや、ワープできると、つい!」
まあ、実際にやるつもりはない。
水の流れが速い場所。
足場の悪い場所。
そういうところへ無理に移動するのは危険だ。
昨日だって、魚を捕る時は安全な位置を確認していた。
……それにしても。
「……すごいなあ」
水の音が大きい。
しばらく、二人とも黙って景色を見ていた。
少しして、白石さんが言った。
「松さん」
「はい?」
「こういう場所は、好きですか?」
「うーん……正直、普段はあんまり来ないですね」
「そうなんですか?」
「俺、どっちかというとインドア派なんですよ」
「少し意外です。いろいろな場所に行っているので」
「まあ、ワープで移動はしてますけどね!」
俺は川を眺めた。
「でも、家にいても動画作ったり、何か調べたり。何もしてないと、何となく落ち着かないんですよ」
「そうだったんですね」
「だから、こういう景色を見に来るのも、今まではあんまり考えなかったですね」
水が岩に当たって、流れていく。
しばらく見ていても、景色が劇的に変わるわけじゃない。
でも、さっきから何度も足を止めている。
「……ただ」
「はい?」
「こういう時間も、ちゃんと作っていきたいなとは思ってるんですよ」
「時間を作る、ですか?」
「はい。FIREしたいのも、好きなことをする時間を増やしたいからですし。でも時間ができても、ずっと何か作業してたら、今と変わらない気もして」
白石さんが少し笑った。
「では、今日は練習ですね」
「……おお!」
俺も笑った。
「そうですね! 何もしないで景色を見る練習!」
「ふふっ」
「……まあ、昼飯の時間は気になるんですけど!」
「そこはちゃんと守りましょう」
「ですね!」
しばらく歩くと、身体が温まってきた。休める場所で水を飲み、時計を見る。
「……あ。結構歩いてますね」
「そろそろ戻りますか?」
「そうですね。富山のランチに遅れるわけにはいきませんし!」
帰りもワープせず、普通に歩いた。水の音を聞きながら、白石さんと話す。せっかくの観光なのだから、急ぐ必要のない道は自分の足で歩きたかった。
「いやー、よかったですね!」
奥入瀬渓流を離れて伸びをすると、白石さんもうなずいた。
「次はもっと時間を取って来たいですね」
「そうですね。全部歩くのも楽しそうです」
「……全部? 結構距離ありますよ?」
「歩くのは好きなので」
……意外と体力があるんだな。いや、俺が運動不足なのか。
「ちょっと鍛えておこうかな」
「ふふっ。楽しみにしています」
これは本当に鍛えないといけないやつだ。
「じゃあ、次は富山ですね!」
「はい!」
富山へ向かう前に、一度自宅へ戻った。青森で使った上着やバッグを置き、汗を拭いてシャツとスラックスに着替える。
鏡を見る。
「……普通の会社員みたいだな」
……いや、実際に会社員なんだけど。
朝持ち帰ったキャンプ道具は、まだそのままだ。片づけは旅行が終わってからにしよう。
白石さんの待つ場所へ、安全な経由地点をつないで戻る。
「お待たせしました! 着替えて、荷物も置いてきました」
「それは便利ですね」
「ワープならではですよね!」
二人で周囲を確認しながら見える場所をつないで移動し、富山駅の近くで普通に歩き始めた。
「……着きました!」
富山エクセルホテル東急。目指すのは15階のレストラン、リコモンテだ。
「おお、結構立派ですね」
「ふふっ。楽しみですね」
「はい!」
窓の向こうには富山の街と遠くの山並みが広がっていた。
「おお……いい景色ですね!」
「本当ですね」
昨日は北海道の森、今朝は青森の渓流、そして昼は富山のホテル。なんだ、この旅行。
席へ案内され、カフェテリアコースを注文する。一人2,800円、二人で5,600円だ。
「……結構しますね!」
「松さん、来る前から楽しみにしていたじゃないですか」
「そうなんですよ! たまにはいいですよね!」
メニューを見ながら、前菜とメイン、デザートをそれぞれ選ぶ。
「白石さん、何にします?」
「私は、こちらにしようかなと」
「じゃあ、俺はこっちで!」
最初の小皿が運ばれてきた。盛り付けがきれいで、少し緊張する。
「なんか、おしゃれですね。普段こういうところ来ないんで!」
「私も、しょっちゅうではないですよ」
「……おお。そうなんですか!」
少し安心した。何に安心しているんだろう。
「いただきます!」
「……おいしい!」
続く前菜もメインも、昨日のザンギ定食とはまた違うおいしさだった。一皿ずつ味わうのが楽しい。
「いつもなら昼飯に2,800円って聞くと、高いなって思うんですけど」
「今日は違いますか?」
「今日は、ここで食べたくて来ましたからね!」
安さだけで店を選んでいたら、ここには来なかった。
「節約って、何もかも安くすればいいって話じゃないですし!」
「松さんらしいですね。お金を使わないことより、使い方を大事にしている気がします」
「……おお!」
確かにそうだ。FIREしたいのは、自分の時間を増やすため。その時間を楽しむお金まで全部我慢したら、本末転倒だ。
「まあ、使いすぎたらFIREが遠のくんですけどね!」
「ふふっ。そこは計画的に、ですね」
「ですね!」
デザートと食後の飲み物が運ばれてきた。窓の外の景色を眺めながら、ゆっくり味わう。
「……こういうのもいいですね」
「はい」
「ワープがあると、帰りの飛行機や新幹線の時間を気にしなくていいじゃないですか」
「そうですね」
「だからこそ、もう少しここでのんびりしてもいいですか?」
白石さんが笑った。
「もちろんです」
「よし!」
コーヒーを飲みながら、もうしばらく街を眺めることにした。
会計を済ませてホテルの外へ出た。
「いやー、おいしかったですね!」
「はい。景色もきれいでしたね」
スマホで時間を確認する。まだ午後だ。
昨日から北海道、青森、富山と回ってきたのに、もう東京へ帰れる。飛行機や新幹線を乗り継ぐ旅行だったら、こうはいかない。
「……楽しかったなあ。ちょっと寂しいですね」
「ふふっ。また行けますよ」
「そうですよね! じゃあ、東京へ戻りましょうか」
「はい。お願いします」
東京の安全な集合場所へ戻ると、白石さんが俺の肩から手を離した。
「ありがとうございました。お疲れさまでした」
「いやー、こちらこそ! 二日間、楽しかったですね!」
「はい。釣りも、料理も、散策も」
「白石さん、疲れませんでした?」
「大丈夫です。松さんこそ?」
「全然! ……いや、少しは疲れましたけど」
二人で笑った。
「また行きたいですね!」
「実は、松さん」
「はい?」
「今度は、私が行き先を考えてもいいですか? 今回はいろいろ連れて行っていただいたので」
「ぜひ! 白石さんの行きたい場所、気になります!」
「ふふっ。少し考えてみますね」
即答だった。次の休みの楽しみが一つ増えた気がする。
「あ、白石さん。今日の旅行の話、あとで配信でしてもいいですか?」
「観光や食事の感想くらいなら。ただ、私の名前や詳しい行動予定は出さないようにお願いします。写真も、私が写っていたら確認してくださいね」
「もちろんです! 2号さんの話をする時も気をつけます!」
別れ際、白石さんがもう一度頭を下げた。
「また連絡しますね」
「はい! 今日はありがとうございました!」
彼女を見送ってから、スマホを取り出した。楽しかった旅行の話を、今のうちに視聴者にもしてみたくなった。
最初は、自宅で配信しようと思った。
スマホも充電器もあるし、部屋なら風も気にならない。
「……でもなあ」
部屋には、窓の景色や郵便物、生活音なんかの情報がある。
映像に気をつけても、外の放送やチャイムまで全部管理できるとは限らない。
「……分かる人には、分かるかもしれないんだよな」
生配信でうっかり出したものは、あとから消せない。
「……よし。外でやるか!」
もちろん、外でも背景や人の声には注意が必要だ。
ただ、家の中を映さずに済む。
それに。
「景色のいいところでやりたいな」
ワープできるんだから、景色のいい場所を探すのも面白そうだ。
自宅で配信用のスマホ、三脚、モバイルバッテリーを用意する。水泳帽にゴーグル、マスクも忘れない。
「……相変わらず変な組み合わせだな」
まあ、これが空中スイマーの配信スタイルだ。
以前から気になっていた山あいを目指す。写真や地図の中へ直接ワープはできないので、実際に見える安全な地点をつないで進んだ。
まだ普通の服装のまま、人目のない中継地点を見つける。
「……ここなら大丈夫か」
周囲に誰もいないことを確かめ、水泳帽、ゴーグル、マスクを装着する。スマホの画面を鏡代わりにしてみたけど、やっぱり妙な格好だ。
さらに視認できる地点をつないで進むと、立ち入り可能な小さな展望スペースが見つかった。
「……ここ、どうだ?」
足場は安定し、人通りも今はない。広い空と稜線が見える。
「いいじゃん!」
ただし、景色だけでは決められない。スマホの電波を確認し、上りの通信速度を測る。非公開で短くテストしてみると、映像も音声も安定していた。
三脚を立て、案内板や道路、人が映らない角度にする。風や周囲の音も確認した。誰かが来たら中断するつもりだ。
「……よし!」
画面にはきれいな山並み。その前に水泳帽とゴーグル姿の男が立っている。
「……なんか、合わないな!」
自分で笑ってしまった。でも、これが俺の配信だ。
スマホでYouTubeアプリを開き、配信タイトルを入力する。
『【雑談】北海道・青森・富山を旅行してきました!』
具体的な山の場所は書かない。白石さんの本名や所属も出さない。
「……よし!」
配信開始。
『ライブ配信を開始しました』
「どうも! 空中スイマーです!」
『きた』
『また配信?』
『背景すげえ』
「今日は雑談です! どうですか、この景色!」
『山にいるw』
『どこ?』
『水泳帽と山の組み合わせw』
「そこは気にしないでください! 場所も秘密です!」
『気になるだろw』
『何県?』
「それも内緒で!」
山の景色だけでも場所が推測されるかもしれない。映す方向にも気をつけよう。
「で、今日は旅行の話です!」
『2号さんは?』
『2号さん連れてきて』
「もう解散しました! また一緒にできるかもしれませんけど、次の予定はまだ決めてません!」
『残念』
『次も釣り?』
「それも未定です! 今回は北海道で釣りとキャンプ、今日は青森を歩いて、富山でランチしてきました!」
『は?』
『移動距離w』
『昨日北海道だったよな?』
「そうなんですよ! 普通なら、まず組まない行程ですよね!」
『交通費えぐそう』
『飛行機何回乗るんだ』
「出発前にAIで参考額を調べたんですけど、飛行機や新幹線などの主要区間だけでも、二人分で14万2,000円くらいになる試算だったんですよ!」
『たっか』
『2人で!?』
「そうです! しかも現地の移動費や宿泊費は別。日程で運賃も変わるので、あくまで参考ですよ!」
『ワープなら交通費ゼロ?』
「ワープ自体に移動費はかかりませんね! ただ、食事や宿泊にはちゃんとお金を使いましたよ!」
『節約してないじゃん』
「いやいや! 節約って、何も買わないことじゃないですから!」
昨日のザンギ定食と、今日の2,800円のホテルランチ。どちらも、お金を払って楽しんだ。
「俺がFIREしたいのは、好きなことに使える時間が欲しいからなんですよ。全部我慢してたら、何のために貯めてるか分からなくなるじゃないですか!」
『始まったw』
『FIREの話だ』
『それは分かる』
「もちろん使いすぎは困りますけどね!」
『急に現実的w』
「あと、今回ちょっと思ったことがあって」
山並みを振り返る。
「ワープできると、移動に使う時間をほとんど取られないんです。だから青森では、景色を見ながら普通に歩きました!」
『歩いたの?』
『なぜw』
「観光だからですよ!」
『正論w』
「速く移動できても、楽しいところまで急いで通り過ぎたらもったいないじゃないですか。水の音を聞いたり、ゆっくり歩いたり。そういう時間もいいんですよ!」
『なるほど』
『ワープの使いどころか』
「そうそう! 時間を短くするだけじゃなくて、好きなところで時間を使えるのがいいんです!」
コメントを読みながら、釣り勝負の話に移った。
「2号さんに負けちゃったんですよ!」
『1号負けたよなw』
『ワープ使って負ける男』
「いや、相手は釣り竿ですから!」
『言い訳w』
……まあ、負けたのは事実だ。今度こそリベンジしたい。
キャンプでは捕ったアブラコを捌き、刺身とあら汁を作った。焼きおにぎりを少し崩した話をすると、また笑われる。
『料理写真まだ?』
「あっ! あとで確認して、載せられそうなら載せます!」
『待ってる』
『腹減ってきた』
「俺も思い出したら食べたくなってきました!」
……いや、さっきホテルでランチしたばかりだ。
『どっちだよw』
何だか、普通に雑談している。釣りもワープ実験もしていない。最初から話すためだけの配信だ。
「……これ、結構楽しいな」
『いつも話してるじゃん』
「いつもは企画の合間に話してるんですよ! こういうのもいいですね!」
『作業しながら聞ける』
『景色もきれいだし』
『いつもここでいいじゃん』
「……え? ここですか?」
振り返ると山並みと広い空が見えた。確かに、雑談するにはいい場所だ。
『家でやらないの?』
「家だと生活音とか、身元につながるものが出そうで怖いんですよね」
『部屋映さなきゃいいのでは』
「音まで全部は防げないじゃないですか。外でも背景には注意が必要ですけど!」
繰り返し映せば、山の場所だって推測されるだろう。誰かが来ることもあるし、天候や通信状態も毎回違う。
それでも、条件のいい日だけ来るなら悪くない。
「……今後、雑談する時の第一候補にしようかな!」
『定位置決定』
『いつもの山』
『空中スイマーの山』
「いや、俺の山じゃないですから!」
『いつもの山でよくね?』
「……いつもの山?」
どこの山なのか、名前を明かさずに済む。しかも、なかなか覚えやすい。
「いいですね! じゃあ、ここで配信する時は『いつもの山』って呼びましょう!」
『採用されたw』
『いつもの山』
『次回も頼む』
「毎回ここにいるとは限りませんよ! 人がいたり、天気が悪かったりしたら別の場所にしますから!」
『了解』
『待ってる』
新しい企画が一つできた気がする。スマホと三脚さえあれば、あとは景色のいい場所を探すだけ。
……いや、通信費や道具代はかかってるけど。
「……まあ、細かいことはいいか!」
『何がw』
「何でもないです!」
気がつけば、結構な時間が経っていた。
山の向こうへ、少しずつ日が傾いている。
「……おお」
空の色が変わってきた。
「ちょっと見てくださいよ!」
俺はスマホの角度を少し調整した。
山並みが映る。
空の色。
遠くの雲。
『きれい』
『すげえ』
『いい場所だな』
「でしょ!」
俺も、改めて景色を眺める。
二日間の旅行。
北海道。
青森。
富山。
そして、最後にこの山。
……当初の予定にはなかった場所だ。
でも、来てよかった。
「いやー、今回の旅行、楽しかったですね!」
『よかったな』
『2号さんにもよろしく』
「はい!」
俺はうなずいた。
「また一緒に何かできたらいいですね!」
……本当に。
昨日まで、白石さんは政府の仕事で一緒になることが多い人だった。
もちろん、以前から普通に話すこともあった。
でも、今回は違う。
二人とも休みの日。
仕事ではなく、遊びに来た。
釣りをして。
飯を食って。
歩いて。
景色を見た。
「……いい休日でした!」
『また旅行して』
『今度はどこ?』
「それは、まだ決まってません!」
『残念』
「でも、また行きたいですね!」
俺は少し笑った。
「じゃあ、今日はこの辺で!」
『おつ』
『お疲れ』
『またいつもの山で』
「はい!」
最後に、もう一度景色を見る。
「それじゃあ、また!」
配信終了。
「……ふう!」
配信終了を確認して、三脚を片づけた。ゴーグルと水泳帽を外し、もう一度山並みを眺める。
「……いつもの山、か」
まだ一度しか来ていないのに、もう『いつもの』になってしまった。仕事やYouTube、FIREのことを気軽に話せる場所ができたのは、ちょっとうれしい。
自分用に写真を一枚だけ撮った。
「……よし。家へ帰ろう!」
明日からはまた普通の会社員だ。アルタークへ出勤して、資料や数字を確認する。
ワープできても、Excelの仕事が勝手に終わるわけじゃない。
「……まあ、頑張るか!」
見える安全な地点をいくつか経由して自宅へ戻ると、白石さんにメッセージを送った。
『今日はありがとうございました! また遊びに行きましょう!』
少しして、返事が届く。
『こちらこそ、ありがとうございました。次の候補も考えておきますね』
「……おお!」
次はどこへ行くんだろう。一人で過ごす休みも、何もしない休みもいいけれど、こうして誰かと予定を考えるのも楽しい。
「……よし!」
椅子から立ち上がり、北海道から持ち帰ったキャンプ道具を開く。
「まずは片づけだな!」
ワープしたって、道具が勝手に片づくわけじゃない。
「……便利なんだけどなあ」
俺は笑いながら、布団を畳み始めた。
次回、第64話「オキガルスカイダイビング」
次回更新:10月28日 12:10予定




