第62話 昼はザンギ、夜は刺身
「よし! じゃあ、もう1匹勝負で!」
「はい!」
白石さんが釣り竿を構える。
俺もタモ網を持ち直した。
コメント欄が、また盛り上がり始めた。
『1号VS2号』
『ワープありはずるいw』
『2号がんばれ!』
『普通の釣りで勝ったらすごい』
「いや、俺の能力なんですから、使わせてくださいよ!」
『1号必死w』
「必死じゃないです!」
……いや、ちょっと必死かもしれない。
一応、俺は空中スイマーだ。
魚を捕るためだけに北海道まで来ているわけじゃないけど、タモ網で負けるのも何となく悔しい。
「じゃあ、始めましょう!」
「はい!」
白石さんが仕掛けを海へ落とす。
俺はスマホの画角を確かめてから、タモ網を持って岸を離れた。
離れたら声は届かない。俺がどこを見て、どの魚を狙っているかも、視聴者には詳しく分からない。
魚がいそうな場所。
安全に移動できる位置。
岩の周り。
「……あれ?」
魚の姿は見える。
でも、さっきより小さい。
「うーん」
捕ろうと思えば捕れるかもしれない。
でも、魚種や大きさが分からないものには手を出さないと決めている。
それに、夕飯に使う魚はもう2匹ある。
無理して捕る必要もない。
一度岸に戻る。
「……いや、意外と難しいな!」
『ワープ使っても釣れないのか』
『魚いない?』
『2号さん何してた?』
白石さんがスマホのそばで答える。
「遠くで魚を探していたみたいです。詳しいところは見えていませんけど」
「そうなんですよ! 小さい魚ばっかりで」
『魚が見えないと無理だもんな』
『2号チャンス!』
「俺の能力、魚探じゃないですからね!」
もう一度、離れた水面を確認する。
「少し探してきます!」
「気をつけてくださいね」
ワープ。
魚影が見える。
でも、種類までは分からない。
「……やめとこう」
別の場所へ。
ワープ。
しばらく探してみたけど、なかなか都合のいい魚が見つからない。
俺は元の場所へ戻った。
「……うーん、なかなかいないですね」
『1号苦戦』
『2号はどう?』
白石さんは釣り竿を持ったまま、こちらを見た。
「今のところ反応なしです」
「おお、じゃあチャンスですね!」
「まだ分かりませんよ」
「ですね!」
その時だった。
「あっ」
白石さんが釣り竿を持ち直した。
「来ました!」
「えっ!?」
竿先が曲がっている。
「また!?」
『2号きたー!』
『つよいw』
『1号負けるぞ』
「ちょっと待って!」
白石さんがリールを巻いていく。
「……あれ?」
今度は先ほどより軽そうだ。
水面に、小さな魚が見えた。
「釣れました!」
「おお!」
白石さんが魚を取り込む。
さっきの魚より、かなり小さい。
「……小さいですね」
「ですね!」
まず魚種を確認する。
大きさも測る。
今回の夕飯は、すでに十分な量が確保できそうだった。
「これは逃がしましょうか」
「そうですね」
白石さんが手早く針を外し、できるだけ魚に負担をかけないように海へ戻した。
魚は泳いでいった。
『2号勝ち!』
『2号2匹目』
『リリースえらい』
『1号敗北w』
「……あれ?」
俺はコメントを見た。
「これ、俺の負けですか?」
『負け』
『2号の勝ち』
『文句なし』
「いや、でも!」
俺はタモ網を持ち上げた。
「俺はまだ捕ってませんよ!?」
『だから負けなんだよw』
「……それはそうか!」
反論できない。
白石さんが笑った。
「勝ちましたね」
「……おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
『2号おめでとう!』
『1号がんばれ』
『次回リベンジだな』
「次は負けませんよ!」
「楽しみにしています」
……なんだろう。
ワープできる俺が、普通の釣りで負ける。
まあ、勝負なんてそんなものか。
それに。
「そろそろ、お昼ですね」
白石さんが時計を見た。
「あ、本当だ!」
時間を確認する。
思っていたより釣りを楽しんでいたらしい。
「じゃあ、今日はこの辺にしましょう!」
『もう終わり?』
『もっと見たい』
『2号また来て』
「夕飯に食べる分は確保できましたからね!」
必要以上に捕っても、食べきれなかったら困る。
今日は釣りを楽しめた。
それで十分だ。
◇
捕った魚を確認する。
白石さんが釣った魚は、約30センチ。
俺がタモ網で捕った魚は、約35センチ。
どちらもアイナメだ。
「北海道だと、アブラコって呼ぶんですよ」
俺が説明すると、コメントが流れた。
『アブラコ!』
『こっちだと普通に言う』
『アイナメのことか』
『うまそう』
「そうです! 北海道の呼び方ですね!」
『刺身にする?』
『煮付け?』
『塩焼きもいいぞ』
「今回は刺身と、あら汁に挑戦しようと思ってます!」
『いいな』
『食べたい』
『料理配信は?』
「料理は配信しない予定です!」
今回は旅行だ。
ずっと動画を撮り続けるつもりはない。
「完成した料理は、あとで写真を投稿するかもしれません!」
『待ってる』
『2号料理できる?』
白石さんが画面を見る。
「普通の家庭料理ならできますよ」
『2号万能』
『1号は?』
「俺だってできますよ!」
『本当?』
「魚なら捌けます!」
『魚限定w』
「いや、普通の料理もできますから!」
……たぶん。
少なくとも、自炊で困らない程度には。
「じゃあ、最後に魚の下処理をします!」
魚は捕ったあと、時間を置かずに締めや血抜きなどの処理をして保冷していた。
改めて状態を確かめ、片づけを進める。
釣った魚を扱うのは、スーパーに並んでいる魚を捌くのとは違う。
「……やっぱり、ここは慣れないな」
以前、高知でも魚を捕った。
でも、あの時はすぐに加熱して食べた。
今回は刺身も作る予定だ。
鮮度管理や寄生虫にも、いつも以上に気を配りたい。
白石さんが、必要な道具を渡してくれる。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
魚の状態を確認して、保冷容器に収める。
生で食べるかどうかは、自宅でもう一度確認してから決める。
「よし!」
「これで大丈夫ですね」
「そうですね」
白石さんも道具を片づける。
「では、今日はこの辺で!」
俺はスマホへ向き直った。
「2号さん、最後に一言お願いします!」
「はい」
白石さんが、少し姿勢を正した。
「今日はありがとうございました。皆さんのおかげで、楽しく釣りができました」
『2号おつ!』
『楽しかった』
『また来て!』
『次も2人でやって』
「また機会があれば、よろしくお願いします」
『待ってる』
『1号もおつ』
「俺もいますからね!?」
『知ってるw』
『1号のチャンネルだぞ』
『2号に乗っ取られた』
「乗っ取られてません!」
白石さんが隣で笑っている。
……まあ、いいか。
今日はかなり楽しかった。
「じゃあ、また次の配信で!」
「ありがとうございました」
配信を終了した。
◇
「……ふう!」
スマホの画面を確認する。
配信終了。
ちゃんと止まっている。
「お疲れさまでした!」
俺はゴーグルを外した。
水泳帽も脱ぐ。
「白石さん、お疲れさまでした!」
「お疲れさまでした、松さん」
「……あ」
「どうしました?」
「久しぶりに白石さんって呼んだ気がします」
白石さんが笑った。
「さっきまで2号でしたからね」
「ですよね!」
「私も、ずっと1号さんって呼んでました」
「なんか変な感じでしたね」
「でも、意外と呼びやすかったですよ」
「確かに!」
しかも、視聴者にもすっかり定着してしまった。
次に配信へ出てもらう時も、2号さんでいいかもしれない。
……まあ、その時は本人に確認しよう。
「じゃあ、着替えますか!」
「はい」
俺は観光用のキャップとサングラスに戻した。
水泳帽とは違い、普通の格好だ。
白石さんも身支度を整える。
「……よし!」
これなら観光もできる。
「さて!」
荷物を持ち上げる。
「昼飯にしましょう!」
「そうですね。お腹すきました」
「実は、いい店を調べてあるんですよ!」
「そうなんですか?」
「はい!」
でも、その前に。
「魚を家に置いてきます!」
「……家?」
「はい!」
白石さんが少し考える。
「ああ。ワープですね」
「そうです!」
今までなら、北海道で釣った魚を持って、北海道のキャンプ場へ向かうのが普通だろう。
でも、俺は違う。
一度自宅へ戻って、冷蔵庫で保管すればいい。
今すぐ捌く必要もない。
「少しだけ荷物を見ててもらっていいですか?」
「はい」
保冷容器を持って、安全に離発着できる場所へ移動する。
ワープ。
何度か景色をつなぎ、自宅へ。
持ち帰った魚の状態を確認して、冷蔵庫へ移す。
保冷に使った道具も片づけた。
「よし!」
それから、もう一度北海道へ戻る。
待ち合わせ場所には白石さんがいた。
「お待たせしました!」
「おかえりなさい」
「魚は冷蔵庫に入れてきました!」
「早いですね」
「でしょ!」
自宅と北海道を行き来する。
自分でも、なかなか変な生活をしていると思う。
でも、便利なものは便利だ。
「じゃあ、行きましょう!」
「はい」
◇
目的地は、釧路市にある味富食堂。
観光客向けの豪華な店ではなく、地元の人が普段のお昼に使うような食堂だ。
営業は平日の昼間。
今回は2人の休みが平日に重なったので、ちょうどよかった。
店の近くまで移動して、最後は普通に歩いて向かう。
「ここです!」
白石さんが店を見た。
「へえ。こういう食堂なんですね」
「そうなんですよ!」
俺はスマホをしまった。
「せっかく北海道に来たんで、北海道らしいものを食べたいじゃないですか!」
「いいですね」
「でも、高すぎるのはちょっと……」
「ふふっ」
笑われた。
「松さんらしいですね」
「いや、安くてうまい方がいいでしょ!」
「それはそうですね」
店へ入る。
中には食事をしている人たちがいた。
いかにも普段の昼飯という雰囲気だ。
「……いいですねえ」
「落ち着きますね」
席に着いて、メニューを見る。
「おお!」
あった。
ザンギ定食。
「これにしましょう!」
「私も同じものにします」
「じゃあ、2つですね!」
注文する。
料理を待つ間、白石さんが言った。
「松さん、こういうお店を探すのが好きなんですね」
「好きですね!」
「いつも節約の話をしていますし」
「まあ、FIREしたいですからね!」
安く食べられるなら、それに越したことはない。
ただし。
「でも、今日は我慢するつもりじゃないですよ!」
「そうなんですか?」
「はい! おいしいものは食べたいんで!」
「なるほど」
「安くておいしいなら最高じゃないですか!」
白石さんが笑う。
「それは確かに、最高ですね」
……うん。
分かってもらえた。
しばらくして、料理が運ばれてきた。
「おおお!」
ザンギ。
ご飯。
汁物。
付け合わせ。
「うまそう!」
「結構な量ですね」
「ですね!」
いただきます。
まずはザンギを一口。
「……うまっ!」
衣の食感。
中の鶏肉。
しっかりした味付け。
ご飯が進む。
「これ、いいですね!」
「おいしいです」
「でしょ!」
……いや、俺が作ったわけじゃないけど。
「北海道来てよかったなあ」
「まだ釣りとお昼ご飯だけですよ」
「それだけでも満足ですよ!」
本当にそう思う。
午前中は海で釣り。
昼は地元の食堂でザンギ。
夕方からはキャンプ。
明日は青森と富山。
普通なら移動に時間もお金もかかる。
でも、俺たちは今、こうしてゆっくり食事をしている。
「……やっぱり、時間があるっていいですね」
俺が言うと、白石さんが顔を上げた。
「そうですね」
「これ、飛行機で来てたら、もっと予定詰め込んでたと思うんですよ」
「移動時間も考えないといけませんからね」
「そうなんですよ!」
俺はザンギをもう一つ食べた。
「でも今は、普通に昼飯食っててもいいんですよね」
「はい」
「……なんか、それが一番うれしいかもしれないです」
白石さんが少し笑った。
「松さん、旅行している時までFIREのことを考えているんですね」
「……あ」
言われてみれば。
確かにそうだ。
「まあ、癖ですね!」
「ふふっ」
「でも、今日はちゃんと遊びますよ!」
「期待しています」
「任せてください!」
……何を任されたんだろう。
まあ、いいか。
ザンギがうまい。
◇
食堂を出る。
「いやー、おいしかったですね!」
「量も十分でしたね」
「ですね!」
昼飯は大満足。
あとはキャンプの準備だ。
俺はスマホで予定を確認した。
「じゃあ、一度家に戻って魚を捌いてきます!」
「分かりました」
「白石さんは、どうします?」
「私は買い物をしてきます」
「おお!」
「今夜のあら汁と、ご飯の材料を買っておこうと思って」
「いいですね!」
魚は俺が用意する。
白石さんは、それに合わせて野菜や調味料を買う。
「じゃあ、お願いします!」
「はい」
「刺身用の身と、あら汁用のアラを分けてきますね!」
「分かりました。足りないものがあったら連絡してください」
「了解です!」
白石さんがスマホを見る。
「あと、買い物が終わったら連絡しますね」
「はい! その時は迎えに来ます!」
「お願いします」
俺は一度周囲を確認した。
人目のない場所へ移動する。
「じゃあ、またあとで!」
「はい。気をつけてくださいね」
「ありがとうございます!」
ワープ。
◇
自宅へ戻った。
「……よし!」
まずは手を洗う。
台所を片づけて、まな板と包丁を準備する。
先日買った出刃包丁。
刺身包丁。
砥石。
「……いや、砥石は今日は使わないか」
必要になったら使おう。
冷蔵庫から魚を取り出す。
アブラコが2匹。
改めて見ると、結構立派だ。
「これなら、2人分は十分かな」
まずは、釣ってからの処理と保冷状態を確認する。内臓や身にも異常がないか、順番に確かめていった。
釣り上げた魚の生食には、寄生虫などのリスクがある。
新鮮だから絶対に安全、というわけではない。
だから、今日は特に慎重に確認することにした。
「……さて」
まずは出刃包丁。
魚を置いて、頭や骨の位置を確かめる。
包丁を入れる。
「おお」
やっぱり、使いやすい。
新しい包丁を買ってよかった。
……もちろん、包丁だけで腕が上がるわけじゃないけど。
これまで、仕事で魚を捌くことは結構あった。
スーパーに並ぶ丸魚なら、三枚おろしもできる。
でも、今日は自分で捕ってきた魚だ。
「なんか、いつもと違うな」
仕事で捌いていた時は、目の前の魚を決められた形にするのが目的だった。
今は違う。
自分たちで釣った魚を、自分たちで食べる。
しかも、白石さんと一緒に。
「……いいな、これ」
少し笑ってしまった。
魚を三枚におろす。
身と骨を分ける。
頭や中骨は、あら汁用に。
汁物に使える部分を選び、血や汚れを丁寧に取り除いていく。
「よし」
次は身。
皮を引く。
血合いや切断面を確認する。
寄生虫がいないかも丁寧に見る。
生食に適さない部分は使わない。
「……うん」
身はきれいだ。
ただ、目で見ただけで安全が保証されるわけではない。
そこは分かっている。
今回は魚種と状態を踏まえて判断し、気になる部分があれば加熱用に回す。
「よし。あとは食べる直前に切ろう」
刺身は、今全部切ってしまう必要はない。
下ろした身は適切に包んで冷蔵庫へ。
アラも別の容器に入れる。
「これで準備できたな」
包丁とまな板を洗い、台所を片づける。
「……いやー」
結構楽しかった。
仕事で魚を捌くのと、趣味で魚を捌くのは、やっぱり違う。
「また魚捕りに行きたいな」
……まあ、今日はまだ旅行の途中なんだけど。
スマホを見る。
白石さんから連絡が入っていた。
『買い物が終わりました。今、お店の近くにいます』
「おお!」
ちょうどいい。
『魚の準備もできました! 今から迎えに行きます!』
送信する。
必要なものを冷蔵庫へ保管したまま、俺は家を出た。
◇
北海道へ戻る。
白石さんは、約束した場所で待っていた。
手には買い物袋。
「お待たせしました!」
「おかえりなさい」
「買い物、ありがとうございます!」
「いえいえ。魚はどうでした?」
「無事に捌けました!」
「おお」
「刺身用の身と、あら汁用のアラに分けてあります!」
「もう終わったんですね」
「はい!」
白石さんが少し驚いた顔をした。
「早いですね」
「まあ、移動時間がないですからね!」
「それもそうですね」
「でも、捌くのは普通に時間かかりましたよ!」
「そこはワープできませんからね」
「そうなんですよ!」
魚の骨を一瞬で取り除く能力ではない。
……いや。
仮にそれができたとしても、ちゃんと料理できるのかな?
やめておこう。
「何買ったんですか?」
白石さんが袋の中を見せてくれた。
「大根と、長ネギと、豆腐。あと、味噌も買いました」
「おお!」
「それから、お米と、焼きおにぎり用の調味料も」
「完璧じゃないですか!」
「足りないものはありますか?」
「いや、大丈夫そうです!」
……待てよ。
味噌。
醤油。
米。
こういう調味料は、家にもある。
「……あ」
「どうしました?」
「味噌、家から持ってくればよかったですね」
白石さんが笑った。
「でも、北海道で買うのもいいじゃないですか」
「……確かに」
「せっかく旅行に来たんですし」
「ですね!」
節約するなら、自宅の調味料を小分けにして持ってくる方が安かったかもしれない。
でも、今さら買ったことを後悔する必要もない。
「余ったら、持って帰りましょう!」
「はい」
「じゃあ、キャンプ場に行きましょう!」
「そうしましょう」
◇
定山渓自然の村。
札幌市にある、森に囲まれたキャンプ場だ。
予約していたのは、暖房付きテントハウス「星の家」。
白石さんと俺で、別々に1棟ずつ。
「……おお!」
到着して、周囲を見渡す。
木々に囲まれた静かな場所だった。
「いいですねえ」
「落ち着きますね」
受付でチェックインを済ませ、2人分の予約を確認してもらう。
調理できる場所や設備、ゴミは持ち帰ることも教わった。
「よし!」
それぞれの星の家へ向かう。
「ここですね!」
「はい」
扉を開ける。
「……おお」
テント地の壁と天井。
中央には、暖房用のストーブが置かれている。
「暖房があると、やっぱり安心ですね!」
白石さんも中を見て、うなずいた。
「夜は冷えそうですからね」
「そうだ。じゃあ、布団を持ってきます!」
「本当に家から運ぶんですね」
「もちろんです! ワープなら大きくても平気ですから!」
人目のない、安全な場所を確認して、一度自宅へ戻る。
敷布団と掛布団、枕。それから調理道具と、小さな折りたたみテーブルも。
何度か往復して、必要なものを運び込んだ。
白石さんの寝具も、家の予備で足りない分は受付で借りてそろえた。
布団は床のマットに敷き、中央のストーブから十分に離しておく。
「……北海道まで、いつもの布団を持ってきちゃいましたね」
「本当に持ってきましたね」
白石さんが笑った。
「これで、布団にくるまって寝られます!」
「ふふっ。快適そうです」
テントも寝袋も、一式買わずに済んだ。
今回の目的は道具を集めることじゃない。北海道で遊んで、魚を食べて、のんびりすることだ。
「でも、自分でテントを張るのも楽しそうですね」
白石さんが言った。
「それはそうですね。次は、そういうキャンプもありかも!」
「また今度、道具から考えるのも楽しそうです」
「……おお!」
次は自分でテントを張る。そんな楽しみ方もある。
「その時は、また誘っていいですか?」
白石さんが少し笑った。
「予定が合えば、ぜひ」
「よし!」
……また予定が合えば、だ。
でも、前より少し気軽に聞けるようになった気がする。
◇
荷物を置いたあと、ひと休み。
日帰り入浴も済ませて、受付で確認した野外炊事棟へ向かった。
星の家の室内は火気厳禁。ご飯やあら汁、焼きおにぎりは共用の炊事場で作り、できた料理は俺の星の家へ運んで食べることにしている。
「さて!」
俺はスマホで時間を確認した。
「そろそろ飯ですね!」
「そうですね」
「じゃあ、魚を持ってきます!」
「お願いします」
自宅へ戻る。
冷蔵庫の中の魚を確認する。
下ろしておいた身。
あら汁用のアラ。
使う直前に、もう一度状態を確認する。
身は刺身包丁で薄めに切りながら、切断面も丁寧に見る。
「……よし」
皿へ盛り付ける。
「おお!」
自分で捕った魚の刺身。
しかも、新しく買った包丁で作った。
「いいじゃん!」
写真を撮りたくなる。
……いや、まだ料理は完成してないんだけど。
刺身を冷やしておく。
アラも別の容器へ。
衛生的に運べるように準備して、北海道へ戻った。
「ただいまです!」
「おかえりなさい」
「魚、持ってきました!」
「ありがとうございます」
保冷容器を調理台へ置く。刺身は食べる直前まで冷やしておこう。
「おお!」
白石さんが、保冷容器の中の刺身を見る。
「きれいですね!」
「でしょ!」
「松さん、本当に魚を捌けるんですね」
「いや、疑ってたんですか!?」
「いえ、そういうわけじゃないですよ」
白石さんが笑う。
「仕事で魚を捌いていたとは聞いていましたけど、実際に見るのは初めてですから」
「ああ、確かに!」
普段はアルターク九州本部で、資料や数字と向き合っている。
白石さんも、俺がパソコンで仕事をしているところは知っている。
でも、魚を捌いている姿は知らない。
「まあ、昔の仕事で結構やってたんですよ」
「なるほど」
「だから、普通の魚なら捌けます!」
「心強いですね」
「……おお!」
褒められた。
普通にうれしい。
「じゃあ、私はあら汁を作りますね」
「お願いします!」
◇
まずは、ご飯を炊く。
白石さんが米を準備している間に、俺は調理器具を並べた。
「何か手伝えることあります?」
「じゃあ、野菜をお願いします」
「了解です!」
買ってきた大根と長ネギ。
必要な分を洗って、切る。
「これくらいでいいですか?」
「はい。大丈夫です」
「よし!」
次はアラ。
白石さんが鍋に使う分を確認する。
「結構ありますね」
「2匹分ですからね!」
「これなら、いい出汁が出そうです」
「ですね!」
下処理したアラを、十分に加熱する。
野菜を加えて、火を通していく。
湯気が上がる。
「……おお」
魚の香りがしてきた。
「いい匂いですね」
「そうですね」
味噌を加えて、味を調える。
白石さんが少し味見をした。
「……うん」
「どうです?」
「いいと思います」
「おお!」
俺も少し味見する。
「……うまっ!」
魚の旨味。
味噌。
大根。
「これ、いいですね!」
「よかったです」
「アラ、捨てなくて正解でしたね!」
「せっかくですから、使えるところは使いたいですね」
「ですね!」
俺はうなずいた。
骨の周りにも、まだ食べられる部分がある。
出汁も出る。
そういうものを無駄にするのは、もったいない。
……まあ、全部食べられるわけじゃないけど。
「次は焼きおにぎりですね!」
「はい」
炊いたご飯を取り分ける。
手を清潔にして、おにぎりを作る。
「……あれ?」
白石さんが俺の手元を見た。
「どうしました?」
「いや、ちょっと大きくなりました」
俺のおにぎりは、白石さんのものより明らかに大きかった。
「ふふっ」
「……まあ、大きい方がいいですよね!」
「焼くのに時間がかかりそうですけど」
「……それはそうですね」
少し小さくする。
2人で網の上へ並べる。
醤油を塗る。
香ばしい匂いがしてきた。
「おおお」
「いいですね」
表面が焼けていく。
「……これ、絶対うまいやつだ」
「まだ焼けてませんよ」
「分かってます!」
焦げないように、様子を見る。
ひっくり返す。
「……あっ」
少し崩れた。
「……」
白石さんが俺を見る。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫です!」
「ふふっ」
「ちょっと形が変わっただけです!」
「そうですね」
……優しいな。
いや、笑ってるけど。
◇
料理が完成した。
刺身。
あら汁。
焼きおにぎり。
温かい料理と、冷やしておいた刺身を持って、俺の星の家へ移動する。
家から運んだ折りたたみテーブルをストーブから離して置き、料理を並べた。
室内では火を使わない。食べる準備はこれで完了だ。
「……おお!」
なかなか豪華だ。
「いいですね!」
「すごいですね」
「しかも、魚は自分たちで捕ったんですよ!」
「そうですね」
「これ、最高じゃないですか!」
白石さんが笑う。
「食べましょうか」
「はい!」
いただきます。
まずは刺身。
箸で一切れ取る。
醤油を少し。
口へ運ぶ。
「……うまっ!」
白身の食感。
淡泊だけど、ちゃんと旨味がある。
「おお……」
自分で捕った魚だから、余計においしく感じるのかもしれない。
白石さんも一切れ食べた。
「……おいしいですね」
「でしょ!」
「思っていたより、しっかりした味ですね」
「そうですね!」
釣った魚を刺身にする。
ずっとやってみたかったことだ。
「いやー、成功ですね!」
「はい」
次はあら汁。
「……うまっ!」
魚の出汁が出ている。
大根にも味が染みている。
「これ、白石さんの料理ですよね!」
「一緒に作ったじゃないですか」
「いや、味付けは白石さんですし!」
「ありがとうございます」
白石さんが少し照れたように笑う。
「でも、松さんが魚を捌いてくれたおかげですよ」
「……おお」
何だろう。
褒め合いになっている。
まあ、いいか。
「じゃあ、共同制作ですね!」
「そうですね」
最後は焼きおにぎり。
少し崩れた方を俺が取る。
「いただきます!」
一口。
「……うまっ!」
醤油の香り。
焼けた表面。
中のご飯。
「これ、いいですね!」
「よかったです」
白石さんも食べる。
「……あ、おいしい」
「でしょ!」
「やっぱり、炊きたてのご飯で作るといいですね」
「ですね!」
……いやあ。
今日は当たりの日だ。
釣りも楽しかった。
昼飯もうまかった。
キャンプ飯もうまい。
「……なんか、食ってばっかりですね」
俺が言うと、白石さんが笑った。
「確かに」
「昼はザンギ、夜は魚」
「明日も、お昼ご飯を食べに行くんですよね?」
「あっ」
そうだった。
富山のホテルランチ。
「……明日も食べますね」
「ふふっ」
「まあ、いいか!」
旅行なんだから。
食べるのも楽しみの一つだ。
◇
食事を終えて、後片づけをする。
使った調理器具は野外炊事棟で洗い、ゴミは分別して袋にまとめた。
明日、ワープで家へ持ち帰ろう。
「……よし!」
一通り終わった。
あとは自由時間だ。
空を見る。
すっかり暗くなっていた。
森の方から、冷たい風が吹いてくる。
「……いいですねえ」
「そうですね」
白石さんが隣に立った。
昼間の釣り場とは違う。
コメントも流れてこない。
誰かに見られているわけでもない。
ただ、静かな景色が広がっている。
「……今日は楽しかったですね」
俺が言うと、白石さんがうなずいた。
「はい。楽しかったです」
「2号さん、人気でしたね!」
「まだその呼び方ですか?」
「あっ!」
そうだった。
「すみません。白石さん!」
「ふふっ。別にいいですよ」
「なんか、癖になりそうですね」
「私は、まだ1号さんの方が慣れませんけど」
「ですよね!」
2人で笑う。
「でも、また一緒に配信したいですね」
「はい」
「釣り以外でも、何かできそうですし」
「そうですね。考えてみたいです」
「おお!」
これは楽しみだ。
……ただ。
「でも、今日みたいに、配信しない時間もいいですね」
俺が言うと、白石さんがこちらを見た。
「そうですね」
「動画撮ってると、どうしてもカメラとかコメントとか気になるじゃないですか」
「はい」
「でも、今は何も気にしなくていいんですよね」
白石さんが、少し笑った。
「……そうですね」
俺は暗い森へ目を向ける。
静かだ。
木々を揺らす風の音が聞こえる。
「なんか、こういう時間が欲しかったんですよ」
「FIREしたら、毎日こういう生活をするんですか?」
「いや、毎日は……どうでしょうね」
俺は少し考えた。
毎日釣りをする。
毎日キャンプをする。
……それはそれで楽しそうだ。
でも。
「たぶん、何もしない日もあると思います」
「何もしない日、ですか?」
「はい!」
「それもいいですね」
「でしょ!」
会社で働いていると、休日は貴重だ。
だから、休みの日には何かしたくなる。
動画を作ったり。
出かけたり。
買い物したり。
でも、本当は。
「何もしなくてもいいって、結構ぜいたくだと思うんですよ」
白石さんがうなずいた。
「……確かに」
「時間を自分で使えるってことですからね」
「そうですね」
少し沈黙があった。
でも、気まずくはない。
白石さんが木々の向こうを眺めている。
俺も、同じ景色を見る。
「……松さん」
「はい?」
「今日は誘ってくれて、ありがとうございました」
「えっ?」
突然だったので、少し驚いた。
「こちらこそ!」
俺は慌てて答える。
「来てくれてありがとうございます!」
白石さんが笑った。
「釣りも、食事も、楽しかったです」
「俺もです!」
「明日も楽しみですね」
「はい!」
そうだった。
まだ1日目だ。
明日は青森へ行って、奥入瀬渓流を歩く。
それから富山でランチ。
「……いやー」
俺は笑った。
「普通だったら、とんでもない旅行ですよね」
「そうですね」
「でも、明日も普通に遊べるんですよ」
「はい」
「……ワープって、いいですね」
白石さんが少し考えた。
そして。
「でも、今日楽しかったのは、ワープだけのおかげじゃないと思いますよ」
「……え?」
「釣りも、料理も、一緒にやったから楽しかったんじゃないですか?」
「……」
言われてみれば。
そうかもしれない。
ワープがあれば、どこへでも行ける。
でも、どこへ行くか。
何をするか。
誰と過ごすか。
そこまでは、能力が決めてくれるわけじゃない。
「……確かに」
俺はうなずいた。
「そうですね!」
白石さんが笑う。
「明日もよろしくお願いします」
「はい!」
俺は暗い森へ目を向けた。
今日は、いい一日だった。
でも、旅行はまだ終わっていない。
明日は、どんな一日になるだろう。
「……楽しみだな」
次回、第63話「旅行の締めは、山から雑談配信」
次回更新:10月27日 20:10予定




