第61話 空中スイマー、2人になりました
待ちに待った2連休。
旅行の予定を決めてから、数日が過ぎた。
注文していた包丁と砥石も、無事に届いている。
今日は白石さんと北海道へ行く日だ。
「……よし!」
俺は荷物をもう一度確認した。
タモ網。保冷用品。着替え。
それから、現地で魚を締めたり、血抜きをしたりするための道具。
「これで大丈夫かな」
先日買った出刃包丁と刺身包丁は、家の台所に置いてある。
届いたあと、一度使い心地を確かめてみたけど、なかなか良かった。
「やっぱり買ってよかったな」
もっとも、今回は持っていかない。
現地でするのは、魚の下処理まで。
刺身を作る時は、一度家へ戻ればいい。
清潔な台所もあるし、買ったばかりの包丁も使える。
「こういう時、ワープって便利だよな」
北海道で捕った魚を、自宅で捌く。
普通なら、かなり大変なことだ。
でも、俺なら移動できる。
魚を冷やしておく準備さえしておけば、現地ですべての調理を終わらせる必要はない。
もちろん、生で食べられるかは魚の種類や状態による。
無理そうなら、焼いて食べればいい。
「まあ、それも楽しみのうちか」
定山渓自然の村の、暖房付きテントハウス「星の家」も予約できた。
白石さんと俺で、それぞれ1棟ずつだ。
最初はテントや寝袋をいろいろ買おうと思っていたけど、やめた。
「布団までワープで持っていけるからなあ」
敷布団に掛布団、それから枕。普通の旅行なら、持ち運ぶだけで一苦労だ。
でも、俺にはワープがある。
今から釣り場まで持っていく必要もない。キャンプ場で受付を済ませてから、一度家へ戻って運べばいい。
白石さんの分も家の予備を確認し、足りない寝具は施設で借りる段取りにしてある。
暖房はあるけど、ストーブから布団を離し、床に敷くマットも使おう。
「……北海道まで家の布団を持っていくのか」
自分で言って、ちょっと笑ってしまった。
まあ、慣れた布団にくるまって眠れるなら、それもいい。
「ワープ、便利だなあ」
準備はほぼ終わった。
あとは東京で白石さんと合流するだけ。
ただし、今日はいつもと違うことが一つある。
俺は鏡を見た。
「……よし!」
キャップ。
サングラス。
マスク。
どこにでもいそうな、普通の格好だ。
旅行の準備中に買っておいた、観光用の変装だ。
「これならバレないだろ」
水泳帽とゴーグルは、今や空中スイマーの目印。
顔は隠せても、あの格好で観光したら正体は丸分かりだ。
意味がない!
キャップとサングラスなら、街でも珍しくない。
これだけで完璧とは言えないけど、少なくとも水泳帽よりは自然だろう。
「よし。行くか!」
荷物を持つ。
人目のない、安全な場所を確認する。
ワープ。
景色が変わる。
さらに遠くを見て、ワープ。
何度か繰り返して、東京へ向かった。
今日は仕事ではない。
政府からの依頼もない。
白石さんと、ただ遊びに行く。
「……なんか、変な感じだな」
いや、いい意味で。
こういう休日が欲しかったんだ。
◇
東京の、いつもの政府側の集合場所。
事前に案内された場所へ行くと、白石さんが待っていた。
今日はスーツではない。
動きやすそうな私服に、軽い上着。
釣り竿を入れたケースも持っている。
「おはようございます!」
白石さんがこちらを見た。
「おはようございます。……松さん?」
「はい?」
「その帽子とサングラスは?」
「ああ、これですか!」
俺はキャップのつばを触った。
「実は買っておいたんですよ」
「新しい変装ですか?」
「そうです! 観光用です!」
「観光用?」
「いつもの水泳帽だと、逆にバレるじゃないですか!」
白石さんが少し考える。
「……確かに」
「でしょ!」
「水泳帽にゴーグルの方が、ずっと目立ちますね」
「そうなんですよ!」
ようやく気づいた。
俺は今まで、顔を隠すことばかり考えていた。
でも、最近は空中スイマーそのものが有名になっている。
水泳帽をかぶっているだけで、目立つ可能性がある。
「なので、普通の帽子とサングラスを買いました!」
「なるほど」
「いわば、デート用の戦闘スタイルですね!」
「……デート、ですか?」
「……」
「……」
あれ。
今、俺、何て言った?
「いや! 観光用です!」
「ふふっ」
笑われた。
「そうですね。観光用ですね」
「……何か変なこと言いました?」
「いえ」
白石さんは笑いをこらえている。
……やめてほしい。
俺も自分で言って恥ずかしくなってきた。
「でも、確かに普通の格好ですね」
「でしょ!」
「最初からその格好でもよかったのでは?」
「……それは言わないでください」
「すみません」
絶対に悪いと思ってないだろ。
まあ、いい。
それより今日は旅行だ。
「白石さん、荷物はそれだけですか?」
「はい。釣り道具と着替えくらいですね」
「調理道具は俺が用意してます!」
「ありがとうございます」
「刺身用の包丁は家に置いてありますけどね!」
「家で作るんでしたね」
「そうです! わざわざ持ち歩く必要ないですから!」
白石さんが少し笑った。
「普通の旅行では、なかなかできない方法ですね」
「でしょ!」
せっかくワープできるんだ。
こういうところでも使わないともったいない。
「じゃあ、行きましょうか!」
「はい」
白石さんが俺の肩につかまる。
以前、一緒に魚を捕りに行った時と同じ方法だ。
「では、出発!」
「お願いします」
俺は遠くを見る。
ワープ。
景色が変わる。
またワープ。
東京の街が遠ざかっていく。
人の多い場所を避けながら、見える景色をつないで移動する。
海。
陸地。
また海。
途中で方向と現在地を確認する。
写真や地図の場所へ直接飛べるわけではないので、遠くへ行く時はこういう確認が必要だ。
それでも、飛行機に乗るよりずっと早い。
何度もワープを繰り返す。
やがて、景色が大きく変わってきた。
「……おお」
空気が違う。
東京より涼しい。
いや、寒いくらいかもしれない。
「北海道!」
安全な場所へ降りる。
白石さんが肩から手を離した。
「到着ですね」
「着きました!」
「お疲れさまです」
「いやー、早かった!」
移動時間を確認する。
何度か方向と安全な着地点を確かめても、空港の手続きや乗り継ぎは必要なかった。
「普通だったら、まだ空港にいるかもしれませんね」
「そうですね。しかも交通費ゼロ!」
「そこは本当に大きいですね」
「でしょ!」
飛行機代も移動時間も浮いた。これなら、その分を遊びに使える。
「……やっぱワープ最高だな」
白石さんが景色を見ながら言った。
「でも、せっかく来たんですから、そろそろ観光も楽しみましょう」
「あ、それもそうですね!」
危ない。また移動の話だけで終わるところだった。
◇
釣り場へ向かう前に、少しだけ周囲を見て回った。
北海道らしい広い景色。
東京とは違う空気。
遠くまで続く道。
「いいですねえ」
「気持ちいいですね」
「もう帰りたくないな」
「まだ着いたばかりですよ」
「ですよね!」
今日はまだ始まったばかりだ。
これから釣りをして、魚を料理して、キャンプをする。
明日は青森と富山にも行く。
普通なら考えられない日程だけど、今はそんなことを気にする必要がない。
「そうだ。キャンプ場のチェックインは午後からですよね」
「はい。予約内容も、受付時間と荷物の持ち込み方法も確認してあります」
「じゃあ、先に釣りですね!」
「そうしましょう」
今回の釣り場は、事前に確認しておいた場所だ。
以前、高知で魚を捕った時にも、政府を通じて県側へ問い合わせた。
あの時は、魚そのものをワープさせる方法は引き続き確認が必要だった。
でも、俺自身がワープして、最後はタモ網で捕る方法なら、伝えた場所と条件では一般の遊漁の範囲だという回答だった。
今回は北海道。
当然、高知で問題なかったからといって、北海道でも同じとは限らない。
なので、旅行前に白石さんへ相談して、北海道側にも候補場所と捕獲方法を伝えて確認してもらった。
「……今回もタモ網で大丈夫なんですよね?」
「はい。事前にお伝えした場所と条件であれば、一般の遊漁の範囲として扱えると確認しています」
「よかった!」
「ただし、対象となる魚種や漁業権、採捕禁止の規制には注意してください」
「もちろんです!」
ちなみに北海道では、一般の遊漁者が海で使うタモ網にも大きさの制限がある。
そこで今回は、網口と網の長さが規定に収まる小型のものを用意していた。
「……それ、前に使ったものより小さくありませんか?」
白石さんがタモ網を見た。
「北海道のルールに合わせたんですよ!」
「ちゃんと準備していたんですね」
「違反したら嫌ですからね」
「それはそうですね」
「それに、俺なら網が小さくても問題ないですし!」
魚を追いかける必要はない。
網を構えた俺が、魚の近くへ行けばいい。
前に高知で覚えた方法だ。
「まあ、実際に捕れるかは別ですけどね」
「そこは頑張ってください」
「はい!」
今回は能力の検証ではなく、普通の休日の釣り。
もちろん、だからといってルールを守らなくていいわけじゃない。
「じゃあ、準備しましょう!」
「はい」
荷物を置き、釣り道具を準備する。
俺はタモ網。
白石さんは釣り竿。
「……なんか、装備の差がすごいですね」
「松さんが特殊なんですよ」
「そうかなあ」
「普通はタモ網だけ持って釣りに行きませんから」
「……確かに」
さて。
配信の前に、服装を変えないといけない。
「じゃあ、変身しますか!」
「変身?」
「はい!」
俺は荷物から水泳帽とゴーグルを取り出した。
いつもの装備だ。
キャップを脱いで、水泳帽をかぶる。
ゴーグルを着ける。
マスクも確認。
鏡代わりにスマホの画面を見る。
「……うん。いつもの俺だ」
白石さんも準備を始めた。
キャップ。
偏光サングラス。
マスク。
髪は低い位置でまとめている。
「どうでしょう?」
「……」
俺は白石さんを見た。
普通に釣りをしに来た人だ。
少なくとも、俺よりはずっと自然に見える。
「……やっぱり白石さんだけおしゃれですね」
「そうですか?」
「俺、水泳帽ですよ?」
「松さんは、それがいつもの格好ですから」
「……そうなんですけどね」
何というか。
同じ顔隠しでも、こうも印象が違うのか。
「でも、似合ってますよ」
白石さんが言った。
「え?」
「いつもの空中スイマーさんですね」
「……それ、褒めてます?」
「もちろんです」
「本当に?」
「はい」
……まあ、いいか。
そもそも自分で決めた格好だ。
「よし! じゃあ、配信準備しましょう!」
「はい!」
◇
スマホを固定して、撮影する範囲を確認する。
海と手元が中心。釣り道具と、俺たちの姿も映る。
場所の目印になる建物や、周りの人が入らない角度に調整した。
「……いい感じですね」
「そうですね」
白石さんが画面を確認する。
「松さん、今回は北海道にいることを話すんですよね?」
「はい! でも、釣り場の詳しい場所までは言いません」
「景色から分かることもありますから、背景には気をつけましょう」
「了解です!」
俺は画角を見直した。海と手元を中心にして、場所の目印や他の人が入らないようにする。
「でも俺の場合、北海道にいたって次にどこへ行くか分からないじゃないですか!」
「そうですね。ただ、キャンプ場と翌日の予定は秘密ですよ」
「もちろん! ……あ、今回はちゃんとキャンプしますけどね!」
「それも配信では言わないでくださいね」
「あっ、そうだった!」
危ない危ない。
それから。
「あ、もう一つ!」
「はい?」
「配信中は、お互い名前を呼ばないようにしましょう!」
「そうですね」
「俺は空中スイマーでいいですけど、白石さんは……」
「釣り仲間、でいいんじゃないですか?」
「なるほど!」
「わざわざ名前をつける必要もありませんし」
「じゃあ、そうしましょう!」
白石さんが俺を見る。
「松さんも気をつけてくださいね」
「はい!」
「いつもの癖で名前を呼ばないように」
「……それ、俺が一番危ないですね」
「自覚があるなら大丈夫です」
「本当かなあ……」
普段は白石さんと呼んでいる。
配信中だけ急に名前を使わなくなるのは、少し難しそうだ。
でも、視聴者に本名を知られるわけにはいかない。
「よし。気をつけます!」
準備はできた。
周囲に人がいないことも確認した。
北海道にいることは隠さない。ただし、釣り場を特定されないよう、海と手元を中心に映す。
宿泊先や翌日の予定につながる情報も話さない。
「じゃあ、始めましょうか!」
「はい」
YouTube Studioを開く。
配信タイトル。
『【生配信】タモ網で魚を捕ってみる! 今回は釣り仲間もいます』
「……よし!」
配信開始。
『ライブ配信を開始しました』
「どうも! 空中スイマーです!」
画面にコメントが流れ始めた。
『きた』
『久しぶりの魚捕り』
『今日は何するの?』
『またタモ網か』
「そうです! 今回もタモ網で魚を捕ります!」
俺はタモ網を持ち上げた。
『今日はどこ?』
『海きれい』
『前と違う場所?』
「今日はですね!」
少し間を置く。
「北海道に来ています!」
『北海道!?』
『また遠いところにw』
『北海道で釣りか』
『どこでも行けるの羨ましい』
「そうなんですよ! ワープなら移動も楽ですから!」
『釧路?』
『函館?』
『小樽かな』
「詳しい場所は内緒です!」
『北海道広いからな』
『釣り場は秘密か』
『まあ場所は言わんでいい』
「そういうことです!」
今日はしばらくここで釣りをする。
でも、そのあとどこへ行くかは分からない。
北海道にいることを話したところで、明日も北海道にいるとは限らないんだ。
「じゃあ、今日は魚を捕っていきましょう!」
「さて!」
俺は画面の外を見た。
「今日は、いつもと違うことがあります!」
『何?』
『新しいワープ?』
『また政府案件?』
「違います!」
俺はタモ網を持ち直した。
「なんと、今回は!」
少し間を置く。
「釣り仲間がいます!」
白石さんが画面に入る。
キャップ。
偏光サングラス。
マスク。
そして、釣り竿。
「こんにちは。よろしくお願いします」
一瞬。
コメントが止まった。
……ように見えた。
次の瞬間、ものすごい勢いで流れ始める。
『!?』
『誰!?』
『増えてるwww』
『空中スイマーが2人!?』
『女性!?』
『彼女!?』
「違います!」
反射的に否定してしまった。
……いや、違うんだからいいんだけど。
『即答草』
『こっちの方が普通』
『あれ? この声……』
『前の政府の人?』
おお。
やっぱり覚えている人がいる。
「今日は釣り仲間として参加してもらってます!」
白石さんも画面に向かって軽く頭を下げる。
「今日はよろしくお願いします。私も釣りを楽しみたいと思います」
『声同じじゃね?』
『前の人だ』
『今日はお仕事じゃないの?』
「今日は普通に休みの日です!」
白石さんも続ける。
「はい。私もお休みなので、釣りを楽しみたいと思います」
それ以上の説明はしない。
本名も、詳しい所属も、今回の旅行の予定も話す必要はない。
『釣り仲間!』
『普通の釣り配信になってきた』
『でも1人はワープするんだよな』
「そうです!」
俺はタモ網を構えた。
「俺はワープで捕ります!」
白石さんも釣り竿を持つ。
「私は普通に釣ります」
『普通に釣る人』
『役割分担がすごい』
『2号じゃん』
……ん?
『空中スイマー2号』
『2号は普通に釣り』
『1号より装備がまとも』
『空中スイマー2号誕生』
「……ちょっと待って!」
俺はコメントを指さした。
「なんで2号になってるんですか!?」
『2人いるから』
『増えたら2号でしょ』
『2号かわいい』
『2号さんよろしく』
白石さんが画面を見る。
「……2号?」
「なんか、勝手に名前ついてます!」
「そうなんですね」
「そうなんですねって!」
白石さんが少し考えた。
そして。
「では、今日は2号として頑張ります」
「えっ!?」
『採用されたwww』
『2号公認』
『1号よりノリいい』
『2号さんよろしく!』
「ちょっと待ってください!」
俺は白石さんを見る。
「いいんですか、それで?」
「配信中だけなら、いいんじゃないですか?」
「……まあ、いいか」
それにしても。
俺が最初に空中スイマーを名乗った時は、あんなにいろいろ考えたのに。
2号はコメント欄で一瞬で決まった。
「……簡単だなあ」
『1号も自分でつけた名前だろ』
「それはそう!」
反論できない。
……あれ?
待てよ。
「そうだ!」
俺はコメント欄を見直した。
「2号って、結構いいですね!」
『今さら?』
『何で?』
「だって、名前を呼び間違えなくて済むじゃないですか!」
白石さんがこちらを見た。
「……そういう理由ですか?」
「いや、結構大事ですよ!」
さっきまで、何て呼べばいいのか迷っていた。
でも、2号なら簡単だ。
本名を言う心配もない。
「じゃあ、今日から2号さんで!」
「はい。よろしくお願いします、1号さん」
「……おお!」
『1号と2号』
『コンビ結成w』
『2号の方がしっかりしてそう』
『1号がんばれ』
「いや、俺もしっかりしてますから!」
『本当に?』
「本当です!」
……なんだろう。
2号が登場しただけで、俺の扱いがちょっと悪くなってない?
まあ、いいか。
「では、釣りを始めましょう!」
「はい!」
◇
まずは2号さんが釣り竿を準備する。
仕掛けを確認して、海へ投げる。
「おお」
普通の釣りだ。
俺も昔、何度かやったことはある。
でも最近は、魚を捕るとなるとタモ網ばかり使っていた。
「2号さん、慣れてますね!」
「昔、家族とよく行っていたので」
「なるほど!」
釣り竿を持って、静かに海を見つめる白石さん。
いつも政府の端末を持って仕事をしている姿とは、かなり違う。
「……なんか、いいですね」
「何がですか?」
「普通に釣りしてるなって」
「普通に釣りしてますからね」
「ですよね!」
『2号が普通に釣りしてる』
『それが普通』
『1号の方がおかしい』
……うるさいな!
まあ、否定できないけど。
しばらく白石さんの釣りを見ていた。
時々、コメントを読む。
『釣れるかな』
『2号が先に釣れそう』
『1号はまだ何もしてない』
「いや、俺はこれからですから!」
タモ網を持ち上げる。
「俺の本領発揮はこれから!」
『フラグ』
『頑張れ1号』
『2号に負けるな』
「なんで勝負になってるんですか!」
俺は魚を捕りに来たんだ。
釣り勝負をするつもりじゃない。
……まあ、負けたくはないけど。
その時。
「あ」
白石さんが小さく声を上げた。
「どうしました?」
「来たかもしれません」
「えっ!?」
釣り竿が少し曲がっている。
「来た!?」
「ちょっと待ってくださいね」
白石さんがリールを巻く。
俺はスマホを持ち、手元が映るように角度を変えた。
「おお! 釣れてる!」
『きた!』
『2号初ヒット』
『はやい』
『1号負けたw』
「まだ勝負じゃないですから!」
でも、これは嬉しい。
釣り竿が曲がる。
白石さんは慌てずに、少しずつ魚を寄せていく。
「……よし」
水面に魚の姿が見えた。
「おおお!」
俺は思わず身を乗り出した。
「釣れてますよ!」
「見れば分かります!」
「あっ、すみません!」
『1号うるさいw』
『集中させろ』
『2号がんばれ』
「すみません! 静かにします!」
白石さんが魚を近くまで寄せる。
俺は用意していたタモ網を持った。
「タモ、いります?」
「お願いします!」
「はい!」
魚を傷つけないように、網を水中へ入れる。
……いつもと逆だな。
普段は俺が魚を捕るために使っているタモ網。
今日は、2号さんが釣った魚を取り込むために使う。
「よし!」
網の中に魚が入った。
持ち上げる。
「釣れたー!」
白石さんが笑った。
「やりました!」
『おめ!』
『2号初釣果!』
『普通に釣れた』
『1号がタモ係になってるw』
「タモ係!」
確かにそうなんだけど!
「いや、俺のタモ網、ちゃんと役に立ってるじゃないですか!」
『そういう役割だよ』
「……それはそう」
白石さんと顔を見合わせた。
2人で笑う。
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
魚を確認する。
大きすぎず、小さすぎず。
最初の1匹としては十分だ。
ただ、種類の確認や必要な処理は、これからだ。
「これ、食べられそうですかね?」
「まず魚種を確認しましょう」
「ですね」
写真を撮って、事前に用意していた資料と照らし合わせる。
必要な確認が済むまでは、刺身にできるとは決めない。
「じゃあ、いったん保冷の準備をしましょう!」
「はい」
魚の扱いを確認してから、次の釣りに備える。
「……さて」
俺はタモ網を持ち直した。
「今度は俺の番ですね!」
『1号出番』
『2号に負けるな』
『普通に釣った方が早い説』
「いやいやいや!」
俺は海を見る。
「ワープの力を見せますよ!」
白石さんが笑った。
「期待してます」
「任せてください!」
俺はタモ網を持ち、海の様子を確認する。
水面。
魚影。
安全に移動できる位置。
前に高知で試した方法を思い出す。
魚を追いかける必要はない。
魚の近くへ、自分が移動すればいい。
もちろん、無理に危険な場所へ飛び込むつもりはない。
見える範囲で、確実に動ける場所だけを使う。
「……よし」
俺は岸に固定したスマホを確認した。
「2号さん、俺が離れている間、コメントをお願いします!」
「はい。私も釣りをしながらなので、見える範囲で実況しますね」
「お願いします! 向こうに行くと、俺の声もスマホには届かないと思うんで!」
「分かりました。気をつけてくださいね」
「はい!」
タモ網を持ち、岸から少し離れる。
スマホには、俺の姿がだんだん小さく映っているはずだ。
『きた』
『ワープ漁法』
『1号遠いw』
『2号さん実況よろしく』
白石さんが画面のそばで答える。
「今、魚を探しているみたいですね」
『何してるか分かる?』
「遠いので、私にも細かいところまでは分かりません」
俺は水面を確認した。
……いた。
魚影。
近くの安全な位置を確かめる。
ワープ。
見える範囲をつないで、位置を変える。
岸のスマホはもう遠い。
「……ここ!」
タモ網を構えたまま、水面近くの安全な位置へ移動する。
あとは、少し網を動かすだけ。
「……よし!」
網の中に魚が入った。
「捕れた!」
もちろん、今の声は岸のスマホには届いていない。
魚を持って岸へ戻る。
「戻りました! 捕れましたよ!」
『おお!』
『本当に捕ってきたw』
『捕る瞬間見えなかった』
「そりゃスマホ、岸に置いてありますから!」
『2号にカメラマンやってもらおう』
「2号さんも釣りをしてますからね!?」
白石さんが笑う。
「私は釣り仲間ですからね」
「そうでした!」
俺はタモ網の魚をカメラへ見せた。
「どうですか!」
「早かったですね!」
「でしょ!」
白石さんも笑っている。
『2号も1号も釣れた!』
『1号は釣ってないけどな』
『1号は捕獲』
『2号が釣り担当』
『いいコンビじゃん』
……お。
最後のコメントが目に入った。
いいコンビ。
「……確かに」
俺はタモ網。
白石さんは釣り竿。
普通の釣りと、ワープを使った魚捕り。
全然違う方法なのに、2人とも魚を捕ることができた。
「いいですね、これ!」
白石さんがうなずく。
「そうですね。楽しいです」
……おお。
白石さんが、普通に楽しそうだ。
俺も楽しい。
しかも、これを見ている人たちも、どうやら楽しんでくれている。
コメント欄は相変わらず速い。
『2号また出てほしい』
『2人体制いいな』
『釣り配信もっとやって』
『1号と2号で全国回ってほしい』
「全国は……まあ、考えておきます!」
具体的な旅行の予定は話さない。
でも、また一緒に釣りができたら面白そうだ。
「2号さん!」
「はい?」
「また、こういう配信やりません?」
白石さんが少し考えた。
「……予定が合えば、ぜひ」
「おお!」
前にも聞いた返事だ。
でも、今回は少し違う。
政府の仕事の相談じゃない。
普通に遊ぶ約束だ。
「じゃあ、またやりましょう!」
「はい」
『2号続投決定!?』
『1号よかったな』
『2号さんまた来て』
「……なんか俺より人気出そうなんですけど」
「そんなことないですよ」
「本当ですか?」
「はい」
白石さんが少し笑う。
「私は普通に釣っているだけですから」
「……」
俺は水泳帽を触った。
普通のキャップにサングラス。
普通に釣りをする白石さん。
一方、俺は。
水泳帽。
ゴーグル。
タモ網。
そしてワープ。
「……やっぱ、俺の方がおかしいのかな」
『今さらwww』
『やっと気づいた』
『2号はまとも』
『1号もそのままでいて』
「……最後のコメントだけ採用します!」
白石さんが笑った。
俺も笑う。
まだ旅行は始まったばかり。
これから魚の下処理をして、配信を終えたらキャンプ場へ向かう。
夜はご飯を作って、のんびり過ごす予定だ。
明日は青森と富山。
でも、そのことを視聴者へ話す必要はない。
今は、目の前の釣りを楽しめばいい。
「じゃあ、もう少し魚を捕りますか!」
「はい!」
俺はタモ網を持ち直した。
白石さんも釣り竿を構える。
『1号がんばれ』
『2号もがんばれ』
『次はどっちが先かな』
「……勝負します?」
俺が白石さんを見ると。
「いいですよ」
「えっ!?」
『2号乗り気w』
『勝負きた!』
『普通の釣りVSワープ』
「……いや、俺の方が有利すぎません?」
「そうでしょうか?」
白石さんは、釣り竿を軽く持ち上げた。
「さっきは私の方が先に釣れましたよ?」
「……それはそうですけど!」
『2号つよい』
『1号負けるな』
『これは面白い』
……なるほど。
こういう休日も、悪くない。
いや。
かなり楽しい。
「よし! じゃあ、もう1匹勝負で!」
「はい!」
空中スイマーと、空中スイマー2号。
ただし、2号はワープできない。
それでも。
「……いいコンビかもしれないな」
俺は少し笑って、海を見た。
次回、第62話「昼はザンギ、夜は刺身」
次回更新:10月27日 12:10予定




