第60話 交通費14万円? ならワープで行こう
「キャンプ道具、全然ないじゃん!」
昨日、旅行の予定を眺めていて気づいたことだ。
包丁は買った。砥石も買った。白石さんとの休みも合った。
なのに、キャンプに必要なものが全然そろっていない。
「テント……寝袋……ランタン……」
俺はパソコンでキャンプ用品を検索した。
次から次へと必要そうなものが出てくる。
「これ、結構かかるな」
最初から全部買いそろえたら、安く見積もってもそれなりの出費になる。
長く使うなら悪くない。でも、今回の目的は節約キャンプだ。
……いや、ちょっと待て。
「テント、いるか?」
泊まる予定なのは、札幌市の定山渓自然の村。
暖房付きのテントハウス「星の家」を、白石さんと別々に1棟ずつ使うつもりだ。
「だったら、テントいらないじゃん」
寝袋も買おうと思っていたけど……。
「待てよ。布団を家から持ってくればよくない?」
敷布団に掛布団、枕。
普通ならそんな大荷物を持って旅行しない。
でも、俺ならワープで運べる。
「キャンプ場に、いつもの布団を持っていくのか」
自分で言って、ちょっと笑ってしまった。
暖房もあるし、布団にくるまって眠れるなら快適そうだ。床に敷くマットも確認して、ストーブからは十分に離そう。
白石さんの分も、家に予備があるか確認しよう。足りなければ施設で寝具を借りればいい。
調理道具だって、家にあるものを運べばいい。
「これ、普通のキャンプより準備が楽なんじゃない?」
飛行機の手荷物制限を気にする必要もない。
ただし、テントハウスの中は火気厳禁。料理は屋外の炊事場だ。寒い時期に共用の調理室が使えるかも、予約時に確認しておこう。
とりあえず、買い物かごに入れかけていたテントを消した。
「危ない危ない。節約キャンプなのに、道具で散財するところだった」
……まあ、350万円も入ったからといって、急に買い物が上手になるわけじゃないしな。
「さて、次は予定表か」
1日目は東京で白石さんと合流。
北海道で釣りをして、温泉に寄って、キャンプ場に泊まる。
2日目は青森の奥入瀬渓流を見て、富山のホテルで昼飯。
最後に東京へ戻る。
「……我ながら、すごい日程だな」
普通の旅行だったら、まず無理だろう。
でも俺にはワープがある。
そういえば。
「これ、普通に行ったらいくらかかるんだ?」
気になった。
俺はAIチャットを開く。
『東京を出発して北海道の釧路で釣りをし、札幌市の定山渓で1泊。その後、青森の奥入瀬渓流、富山を回って東京へ戻る場合の交通費と時間を比較してください。2人旅行です。普通の公共交通機関を使う場合と、移動をワープで行う場合を考えたいです』
送信。
回答が表示された。
最初に並んだのは、飛行機と新幹線の乗り継ぎ案だ。
東京から釧路は、羽田から飛行機。
釧路から新千歳へ飛び、札幌方面の定山渓まで地上移動して宿泊。
翌日は新千歳へ戻り、青森まで飛行機。
青森から富山へは、新青森から東北新幹線に乗り、大宮で北陸新幹線へ乗り換える。
富山から東京も、北陸新幹線。
「……大宮?」
青森から富山へ行くために、いったん関東まで戻るのか。
地図を見る。
「なんか遠回りじゃない?」
でも、乗り換えや運行本数を考えれば、そういう経路もあるらしい。
次に料金。
AIが拾った安価な航空券の掲載例と、鉄道運賃の参考額が並ぶ。
空港から釣り場や定山渓までの地上移動費は、ひとまず別計算らしい。
東京から釧路、約1万5000円。
釧路から新千歳、約8000円。
新千歳から青森、約9000円。
新青森から富山、約2万6000円。
富山から東京、約1万3000円。
合計、およそ7万1000円。
「……高っ!」
しかも、1人分だ。
「2人だと?」
電卓を開く。
7万1000円、掛ける2。
「14万2000円!?」
思わず声が出た。
もちろん、これは旅行日を指定して実際に予約した結果ではない。
安い便の掲載例を組み合わせた、あくまで比較用の金額だ。
時間帯によってはもっと高いかもしれないし、違う移動経路を選べば変わる。
でも。
「14万円って……」
普通に旅行しようと思ったら、それくらいかかる可能性があるのか。
しかも、AIの説明は続いていた。
『空港や駅から釣り場、定山渓の宿泊先、観光地までの地上移動費と、宿泊費や食費は含んでいません』
「まだ増えるの!?」
釧路空港に着いたら釣り場へ行き、釣りが終われば札幌の宿泊先まで移動する。翌朝はまた新千歳空港へ戻らなきゃいけない。
青森に着いても、奥入瀬渓流が空港の隣にあるわけじゃない。
富山でも同じだ。
「なるほどなあ……」
今度は時間を確認する。
飛行機に乗っている時間。
新幹線に乗っている時間。
乗り継ぎ。
空港での待ち時間。
観光地までの移動。
「……これ、旅行できるの?」
乗り物に乗っている時間だけでも、合わせれば10時間前後。
飛行機には出発直前に駆け込めばいいというわけでもない。
空港へ行って、手続きをして、待って、乗り継いで。
しかも全部が都合よくつながるとは限らない。
AIも、この旅程を2日間で観光しながら回るのはかなり難しいと説明している。
「ですよね!」
俺だって、ワープがなければこんな予定は作らない。
北海道で釣りをして、キャンプをして、青森を歩いて、富山で昼飯を食べる。
全部やろうとしたら、移動だけで休日が終わってしまいそうだ。
「……いや、これすごいな」
もう一度、金額を見る。
14万2000円。
「ワープなら、主要な移動の運賃はゼロ」
もちろん、現地で使うお金までゼロになるわけじゃない。
食費も宿泊費もかかる。キャンプ用品だって必要なら買う。
でも、飛行機や新幹線の切符はいらない。
そして何より。
「時間が全然違うんだよな」
俺のワープも、完全に一瞬というわけではない。
写真や地図を見て、その場所へ直接飛ぶことはできない。
実際に見える場所をつないで、安全なところを確認しながら移動している。
それでも、何時間も飛行機を待つ必要はない。
「……時間を買い戻してるみたいだな」
俺がFIREを目指している理由は、自由な時間が欲しいからだ。
働く時間を減らして、自分の好きなことに使いたい。
でも、ワープは会社を辞める前から使える。
2連休そのものは増えなくても、移動に使うはずだった時間を遊ぶ時間に変えられる。
「これ、FIREを目指す俺には最高の能力じゃない?」
北海道で釣りをする。
青森で自然を見る。
富山でおいしいものを食べる。
普通なら移動に使っていた時間を、そのまま楽しむ時間にできる。
「……めっちゃ楽しみになってきた!」
俺は予定表を開き直した。
東京。
北海道。
青森。
富山。
東京。
たった2日。
「よし、全力で遊ぶぞ!」
……ん?
その時、ふと思いついた。
「これ、動画にしたら面白くない?」
普通なら交通費14万円の旅行を、ワープで巡ってみた。
分かりやすい。
移動時間の違いも見せられる。
「……いや、待て」
俺は画面を見つめた。
「これ、場所バレるんじゃない?」
今回は白石さんと一緒だ。
北海道でキャンプして、青森に行って、富山で昼飯を食べる。
そんな予定を全部公開したら、居場所を追いかけられるかもしれない。
俺だけならまだしも、白石さんの私的な休日まで巻き込んでしまう。
「旅行の予定は内緒にしとこう」
動画を作るために旅行するわけじゃない。
旅行が先で、YouTubeはそのついでだ。
「だったら、釣りだけ生配信すればいいんじゃない?」
以前、高知でやった魚捕り配信。
あれは結構面白かった。
俺がタモ網で魚を捕って、白石さんは政府側の確認をしながら、時々コメントにも答えてくれた。
今回は仕事じゃない。
白石さんは釣り竿を持ってくる。
「2人で釣り配信、いいじゃん!」
魚を捕ったら、現地で必要な下処理をする。
締めたり、血抜きをしたり、冷やしたり。
そのあたりは前もってやり方を確認しておこう。
「刺身は、家で作ればいいしな」
ワープで一度帰宅すれば、清潔な台所も使える。
魚の種類や状態を確認して、生食に向かなければ加熱調理にする。
刺身にできた時は、完成した皿だけ写真に撮ればいい。
「完成写真は、あとで投稿すればいいか」
よし。これなら撮影のためにキャンプを邪魔することもない。
とはいえ、生配信には編集がない。
うっかり背景や人の会話が入ったら、あとから消すのは難しい。
「北海道にいることは言ってもいい。宿泊先と翌日の予定は秘密。人の顔や個人情報が映るなら配信しない」
自分で決めて、メモへ書き込んだ。
……あ。
「白石さんに配信の話、してないじゃん!」
旅行に誘った時は、釣りとキャンプをしようとしか言っていない。
あっちも休みの日に遊びに来てくれるんだ。
「ちゃんと聞かないとな」
政府の仕事で使う連絡とは区別して、旅行の相談として白石さんへ連絡する。
少しして、通話がつながった。
『お疲れさまです。旅行の件ですか?』
「お疲れさまです。そうです。ちょっと相談がありまして」
『何でしょう?』
「今回、釣りをするじゃないですか」
『はい』
「それ、生配信にしようかなと思ってるんですよ」
『生配信ですか?』
「はい!」
『いいですね』
「……えっ?」
思っていたより返事が早い。
「いいんですか?」
『私も参加していいですか?』
「えっ!?」
それは予想していなかった。
「いや、もちろんいいですけど……白石さん、配信好きなんですか?」
『嫌いではないですよ』
「そうなんだ」
『前回も楽しかったですし』
ああ。高知で一緒に魚を捕った時か。
白石さんは画角の外でコメントを読んだり、俺が魚を捕る間に視聴者へ説明したりしていた。
「じゃあ今回もお願いします!」
『はい』
「ただ、旅行全部を配信するつもりはないです」
『そうなんですか?』
「釣りだけです。北海道にいることは話してもいいと思うんですけど、キャンプ場や翌日の予定は内緒にします」
『なるほど』
「俺はワープですぐ移動できますけど、泊まる場所まで知られる必要はないですし」
『その方がいいと思います。ただ、生配信では背景に気をつけてください』
「海と手元を中心に撮ろうかなと」
『北海道だと分かるのはいいとしても、宿泊先や周りの人が特定されるようなものには気をつけてください』
「ああ、確かに」
『それと、今回は私的な旅行ですよね?』
「もちろんです。政府の公式企画にはしません!」
そこは大事だ。
仕事で同行するわけじゃないし、政府の名前で人を呼びたいわけでもない。
「前回と声でつながる人はいるかもしれませんけど、白石さんの名前とか所属は出しません」
『はい。それでお願いします』
前回の配信で、白石さんは「政府側の担当者さん」だった。
本名も顔も、視聴者へ紹介していない。
今回も余計な情報を増やさない方がいい。
「じゃあ、顔は隠しますか?」
『はい。そこはお願いします』
「分かりました!」
……待てよ。
だったら。
「白石さんも俺と同じ格好にします?」
『同じ格好ですか?』
「はい。水泳帽とゴーグル!」
少し沈黙があった。
『……水泳帽ですか』
「はい!」
『あの、髪がかなり崩れませんか?』
「あっ」
そっか。
水泳帽は髪を押さえつける。
俺は気にしてなかったけど、白石さんは旅行中だ。
『せっかくの休日ですし、できれば髪型は崩したくないですね』
「ですよね。無理に同じにしなくてもいいですよ」
『いえ、配信には出たいんです』
「おお!」
『帽子とサングラスではダメですか?』
「帽子とサングラス?」
『はい。普通のキャップに、釣り用の偏光サングラスです』
「ああ、偏光サングラス!」
水面の反射を抑えるやつか。
釣りでは実用的だ。
「それいいですね!」
『髪も低い位置で結べば、邪魔になりにくいと思います』
「確かに!」
『マスクも着けます』
「完璧じゃないですか!」
……あれ?
俺は水泳帽にゴーグル、マスク。
白石さんはキャップにサングラス、マスク。
「……白石さんだけ普通におしゃれじゃないですか?」
『そうでしょうか』
「俺だけ変な格好になるんですけど!」
『松さんは、いつもその格好ですよね?』
「そうですけど!」
『今まで困っていなかったんですよね?』
「いや、困ってはいないですけど……」
『では、大丈夫ですね』
「大丈夫かなあ……」
一緒に怪しい格好をすると思ったのに、俺だけいつもの怪しい人のままだ。
『それに、水泳帽は松さんのトレードマークですから』
「……そうなんですよ!」
そこは否定できない。
「じゃあ俺はいつも通りで。白石さんはキャップとサングラス!」
『はい』
「これ、空中スイマーが2人になったみたいですね」
『私はワープできませんよ?』
「まあ、それはそうなんですけど」
『普通に釣るだけです』
「普通に釣る空中スイマーって何ですか!」
自分で言って笑ってしまった。
『松さんも、最後は普通にタモ網を使っているじゃないですか』
「いや、そこまで普通じゃないでしょ!」
『ふふっ』
電話の向こうで白石さんが笑った。
「当日は、コメントも読んでもらっていいですか?」
『はい。手が空いている時なら』
「助かります!」
俺が魚を探している間、スマホまで見続けるのは難しい。
前回もそうだった。
「あと、下処理のところまで配信しようと思ってます」
『締めたり、血抜きをしたりするところですか?』
「はい。そのあとは、ちゃんと冷やして」
『刺身まで現地で作るんですか?』
「刺身は家で作ります!」
『家、ですか?』
「ワープで戻れるんで!」
『……そうでしたね』
「家の方が道具もそろってますし。できた刺身だけ、あとから写真にしようかなと」
『分かりました。生で食べられる魚かどうかも確認してくださいね』
「はい。危なそうなら焼き魚です!」
『それなら安心です』
「そうだ、寝具は家から布団を持っていこうと思ってるんですよ」
『布団ごと、ですか?』
「ワープなら大きくても平気ですし! 白石さんの分も予備があるか確認します。なければ施設で借りましょう」
『……普通の旅行では、まず出てこない発想ですね』
「でしょ!」
「あと、旅行の予定は配信で言わない!」
『はい』
「キャンプ場も、次の日にどこへ行くかも内緒です」
『そうですね。ただ、顔を隠していても、声で前回の担当者だと気づく方はいると思います』
「ですよね」
『それは承知しています。でも、名前や細かい所属を新しく話す必要はありませんから』
「了解です」
「あ、配信中はお互いに普段の名前を呼ばないようにしましょう」
『そうですね。私も松さんの名前を呼ばないようにします』
「俺も気をつけます。とりあえず、釣り仲間って紹介しますね」
『はい。よろしくお願いします』
念のため、配信を始める前に周囲を確認すること、白石さんの顔や他人が映りそうならすぐ止めることも決めた。
撮影できそうにない場所だったら、無理に生配信はしない。
「……なんか、思ったよりちゃんとした打ち合わせになりましたね」
『生配信ですから。公開してからでは間に合わないこともあります』
「それもそうですね」
「でも、ずっと撮影するわけじゃないですよ。釣りが終わったら普通に遊びましょう」
『はい。そちらも楽しみにしています』
「よし! じゃあ当日はよろしくお願いします!」
『こちらこそ。楽しみにしていますね』
通話を終える。
「……おお」
なんだか、急に実感が湧いてきた。
白石さんと旅行をする。
しかも、一緒に生配信までする。
以前は政府の担当者として、俺が何かやらかさないか確認していた人だ。
その白石さんが、今度は自分から「参加していいですか」と言ってくれた。
「……楽しそうだな」
俺は予定表を開く。
東京の政府側施設で集合。
そこからワープで北海道へ。
移動中の配信はしない。
釣り場に着いたら、安全と周囲を確認する。
撮影できる条件なら、釣りだけ生配信。
俺はタモ網。
白石さんは釣り竿。
俺が離れている間は、白石さんが手の空いている範囲でコメントを見てくれる。
「2人体制かあ」
服装もメモする。
俺は、いつもの水泳帽とゴーグル。
白石さんはキャップと偏光サングラス。
2人ともマスク。
「……やっぱ俺だけ怪しいな」
今さら変えたところで、空中スイマーだと分かってもらえなくなるかもしれない。
配信中はこれでいい。
「さて、タイトルだな」
入力する。
『【生配信】タモ網で魚を捕ってみる! 今回は釣り仲間もいます』
泊まる場所や翌日の旅程は書かない。
キャンプの予定も伏せる。
それでも、いつもと少し違う配信になるのは伝わるだろう。
「これでいいか」
一番楽しみなのは、視聴者の反応だ。
「2人目が来たら、びっくりするだろうな」
……まあ、まだ釣りの腕前は分からないけど。
「そうだ、魚が捕れなかったらどうしよう」
俺はタモ網。
白石さんは釣り竿。
「……これで両方ゼロ匹だったら?」
それはそれで配信になるか。
いや、刺身を食べるつもりで包丁まで買ったんだけど。
「まあ、魚は当日考えよう!」
旅行の準備も、まだ確認することが残っている。
キャンプ場の予約。
持参する布団と、足りなければ借りる寝具。
冬の防寒具。
屋外炊事場と共用調理室の利用条件。
釣り場で使える漁具と方法。
天気。
魚の保冷方法。
「結構あるなあ」
でも、今回はどれも遊ぶための準備だ。
そして俺は、予定表の一番下に一行追加した。
『配信が終わったら、ちゃんと休む』
「……これ大事だな」
FIREを目指しているのに、休日を全部仕事にしたら本末転倒だ。
今回は釣りだけ配信。
旅行そのものは、白石さんと2人で楽しむ。
普通なら交通費だけで約14万円の参考試算。
しかも、2連休では移動だけで大変な旅程。
俺たちはワープで行く。
「……よし。絶対いい旅行にするぞ!」
そう思うと、次の休みが待ち遠しくなった。
次回、第61話「空中スイマー、2人になりました」
次回更新:10月26日 20:10予定




