第58話 動画公開。でも、まだ終わりじゃない
「……あと3分か」
俺はパソコンの画面に表示された時刻を確認した。
今日は、復興ドキュメンタリーの公開日だ。
上條さんへの取材を終えてから、編集にかなりの時間を使った。最初は1時間のインタビューを短くすればいいだけだと思っていたのに、街の映像や俺の説明を組み合わせると、思った以上に難しかった。
しかも、今回は内容を間違えるわけにはいかない。
上條さんに公開前の確認をお願いし、指摘された部分を直して、ようやく完成した約20分の動画だ。
「ちゃんと見てもらえるかな……」
普段の動画なら、投稿したら次の企画を考えるだけだ。
再生数が伸びれば嬉しいし、伸びなければ残念。それで終わることも多い。
でも今回は、動画を見てもらうこと自体が目的になっている。
豪雨で救助された人たちが、その後どうなったのか。
家に帰れたのか。
仕事はどうなったのか。
そういうことを知ってもらいたくて作った動画だった。
「……お、あと1分」
公開予約の画面を更新する。
まだ非公開のままだ。
当然だけど、予約した時刻になるまで公開されない。
「ワープなら一瞬なのになあ」
いや、時間を飛ばせるわけじゃないんだから、関係ないか。
そんなことを考えているうちに、公開時刻になった。
画面を更新する。
「……あ、出た!」
動画が公開されている。
タイトルも、サムネイルも、説明欄も問題なさそうだ。
サムネイルには、被災した街の写真と、何度も考えて決めた言葉が入っている。
『命は助かった。でも、生活はまだ戻っていない。』
いつもの空中スイマーの動画とは、随分と雰囲気が違う。
まあ、内容も全然違うからな。
「よし、とりあえず公開成功!」
俺は椅子にもたれた。
これで、動画を作る作業は終わった。
……いや、まだだった。
「さて、何人くらい見てくれるかな」
YouTube Studioを開く。
公開されたばかりなので、再生数はまだ少ない。
コメントもない。
「まあ、そんなもんか」
20分もある動画だ。
ショート動画みたいに、次から次へと再生されるものでもないだろう。
それに、最後まで見てからコメントを書く人だっているはずだ。
俺は一度パソコンから離れ、飲み物を取りに行った。
戻ってきて画面を更新する。
「あ、増えてる」
さっきより再生数が増えていた。
まだ大した数字ではない。
それでも、少なくとも誰かが見始めてくれている。
少し安心した。
俺は自分でも動画を再生してみた。
最初に映るのは、車が行き交う街の様子だ。
営業を再開した店がある。
その少し先には、まだ泥の跡が残っている建物がある。
家具を外へ出したままの家もあった。
俺の説明は短い。
豪雨の時、政府からの依頼で資材や機材を運んだこと。
その後、救助活動にも協力したこと。
そして、救助が終わっても、被災した人たちの生活が元に戻るわけではないこと。
そこから、上條さんのインタビューにつながる。
顔は映していない。
子どもの映像もない。
学校や住所が推測されそうな部分も、上條さんと相談して編集した。
『車がないと仕事に行くのも大変ですし、仕事ができないと生活のお金が不安になります。でも、家のことも放っておけませんから』
何度も聞いた言葉だ。
編集作業の時には、もう嫌になるくらい聞いた。
でも、改めて公開された動画として見ると、少し印象が違う。
俺は災害の時、目の前にある問題を片付けることばかり考えていた。
水を止めるための資材を運ぶ。
救助が必要な人を安全な場所へ移動させる。
必要な機材を届ける。
ワープでできることは、たくさんあった。
でも、上條さんが今抱えている問題は、どれも一瞬では解決しない。
「……そうなんだよな」
俺は動画を最後まで見た。
締めくくりには、上條さんの言葉を残している。
『災害があったことを、すぐ忘れないでほしいですかね』
その後、俺から今回の動画について説明する場面が入る。
無理に募金してほしいわけではないこと。
動画を見てもらい、必要だと思った人に共有してもらえれば嬉しいこと。
そして、この動画から得られた収益を、取材協力費と災害義援金に回す予定であること。
「……うん」
何度も編集した動画なので、今さら驚くところはない。
それでも、ちゃんと形になったと思う。
あとは見てもらえるかどうかだ。
動画を閉じ、コメント欄を確認する。
「お、コメント来てる!」
最初に目に入ったのは、短い感想だった。
『救助のニュースは見たけど、その後のことは知らなかった』
「だよなあ」
ニュースでは、救助が成功した場面は大きく取り上げられていた。
俺がワープを使ったことも何度も報道された。
でも、その後の生活を追いかける機会は、そこまで多くなかったと思う。
次のコメントを見る。
『家も車もダメになったら、仕事に戻るだけでも大変そう』
『子どもの学校のことまで考えたら、引っ越すのも簡単じゃないよね』
「そうそう。そこなんだよ」
俺が取材して初めて気づいたことを、見ている人も感じてくれている。
それは、素直に嬉しかった。
しばらくコメントを読んでいると、別の質問も見つけた。
『動画を見たら、その分が全部寄付されるんですか?』
「ああ、そこは説明しないとな」
俺は返信欄を開いた。
動画の再生回数が、そのままお金になるわけではない。
広告が表示されない場合もあるし、再生される時期や条件によって収益は変わる。
それに、YouTube Studioに表示される金額は、最初は推定値だ。
後から金額が修正される可能性もある。
だから、動画を見た人数に一定の金額を掛けて寄付額を計算する、という仕組みではない。
そのことを短く説明して返信した。
「……これ、説明欄にも書いたんだけどな」
まあ、説明欄を全部読む人ばかりじゃない。
むしろ、動画を見て気になったから質問してくれたのだろう。
それなら悪いことじゃない。
ほかにも、お金についてのコメントがあった。
『収益はいつ寄付するんですか?』
「公開から1か月分の収益が確定してからだな」
俺は、自分で作った収益管理の表を開いた。
今回の動画については、公開から1か月間に発生した収益を集計対象にすると決めている。
上條さんにも、公開前にその条件を説明して、改めて了承してもらった。
まず、その期間の収益が確定するのを待つ。
そこから税金用に必要な金額をAIで試算し、予測より少し多めに確保する。
残った金額の15%を、上條さんへの取材協力費にする。
ただし、協力費は最低1万円、最高10万円。
「で、1万円はもう払ってるから……」
撮影を終えた日に、最低保証の1万円は支払ってある。
だから、後日計算した協力費が1万円以下なら、追加の支払いはない。
3万円になったら、追加で2万円。
10万円以上の計算になっても、協力費の総額は10万円までだ。
そして、納税用に確保した金額と、上條さんへの協力費を除いた残りを、市の公式災害義援金へ送る。
市が受け付けている義援金なら、決められた配分基準に従って被災者へ届けられる。
復旧工事のための寄付とは違う。
街を離れて生活を立て直そうとしている人もいるから、今回は被災した人に届く仕組みを選んだ。
もちろん、具体的な配分対象や手続きは、市の案内を確認する必要がある。
「……結構ややこしいな」
自分で決めた仕組みだけど、説明するとなると難しい。
俺はもう一度、返信文を読み直した。
収益の集計対象は公開から1か月間。
実際の収益が確定してから、約束した方法で計算する。
取材協力費の最低1万円は支払済み。
追加の協力費と義援金は、計算が終わってから支払う。
それまでは、まだ金額を発表できない。
「うん、これでいいか」
返信を投稿する。
大事なことなので、固定コメントにも簡単な説明を追加した。
『動画の収益は公開から1か月間を対象に集計します。収益額が確定した後、事前に説明した計算方法で取材協力費と災害義援金の金額を決めます。現時点では寄付金額は未確定です』
これで、少しは分かりやすくなっただろう。
ついでに、説明欄に書いた市の災害義援金についても確認する。
公式窓口は案内されているが、受付方法や今後の変更がないか、送金前に改めて調べる必要がありそうだ。
「まあ、まだ時間はあるしな」
今すぐ送る金額は決まっていない。
動画がどれだけ再生されるかも分からない。
収益を確認する前に、勝手に寄付金額を決めてしまう必要はないだろう。
俺は管理表に、今日の日付を入力した。
公開日。
集計終了予定日。
収益の確定待ち。
追加協力費、未精算。
災害義援金、未送金。
「……未ばっかりだな」
画面を見て、思わず苦笑する。
でも、これは仕方ない。
最初から1か月分の収益を使うと決めたんだから、今すぐ結果が出ないのは当然だ。
むしろ、その間に何回再生されるのか、少し楽しみでもある。
「伸びてくれるといいなあ」
普段なら、自分の収入が増えるから伸びてほしいと思う。
今回は違う。
動画が伸びれば、義援金に回せる金額が増えるかもしれない。
もちろん、収益が全然出なければ、送れる金額も少なくなる。
それはもう、仕方ない。
俺にできるのは、動画を作って公開するところまでだ。
見てもらえるかどうかは、視聴者次第だからな。
その時、スマホに通知が届いた。
上條さんからだった。
『動画、公開されたんですね。確認しました。ありがとうございました』
「おお」
俺はすぐに返信した。
『こちらこそ、取材に協力していただきありがとうございました! 収益については、約束した期間の集計が終わってから改めて連絡します』
送信すると、少し肩の力が抜けた。
これで、一つ大きな仕事が終わった気がする。
いや、実際には終わっていないけど。
取材をして、編集して、公開する。
動画を作る部分だけでも、思っていた以上に大変だった。
それに、今回はお金の扱いまで自分で考えることになった。
「……普通の動画って楽だったんだな」
いつものワープ企画なら、能力を使って、撮影して、編集して終わりだ。
もちろん、それはそれで面倒だけど。
今回みたいに、他人の生活を取材して、公開前の確認をお願いして、お金の配分まで決めることはなかった。
これを毎回やるのは、さすがに無理だと思う。
「FIREしたくて副業してるのに、仕事増やしてどうするんだよ……」
本業のアルタークも続けている。
航空会社との仕事もある。
政府との協力も続いている。
さらにYouTube。
収入源が増えるのは嬉しいけど、それと一緒にやることまで増えてしまっている。
そもそも俺は、自由な時間を増やしたいんだ。
仕事を増やすこと自体が目的じゃない。
「……よし」
俺は管理表を保存し、パソコンを閉じようとした。
今後1か月は、ときどき再生状況を確認すればいい。
収益の集計期間が終わっても、すぐに正確な金額が分かるとは限らないから、実際の精算はその後になる。
それまで、ずっとこの動画に付きっきりになる必要はない。
上條さんにも、精算の時期になったら連絡すればいい。
「じゃあ、久しぶりに普通のことでもするか」
そう言ってから、少し考えた。
……普通のことって、何だ?
最近はワープの実験をしたり、飛行機を移動させたり、災害の対応をしたりしていた。
そのあとも、取材と動画編集。
何となく、休日まで仕事をしている気がする。
俺はスマホを取り出し、以前から気になっていたものを検索した。
キャンプ用品。
「……キャンプか」
外で飯を作って、のんびり過ごす。
別に高級な道具をそろえる必要はない。
普段使っているものを持っていけば、かなり安く済ませられるんじゃないか?
しかも、俺にはワープがある。
重い荷物を持って長時間歩く必要もない。
「……いや、これはこれで企画にできるな」
スマホを操作する。
『節約キャンプ』
検索欄に入力してみると、いろいろな動画が出てきた。
最低限の道具で泊まる人。
安い食材を使って料理する人。
ほとんどお金をかけずに楽しんでいる人もいる。
「いいじゃん、こういうの」
さっきまで復興ドキュメンタリーの再生数を気にしていたのに、気づけばキャンプ動画を見始めていた。
……まあ、いいか。
たまには、自分が楽しいと思うことをやりたい。
動画にするかどうかは、その後で考えればいい。
俺はもう一度だけ、公開した動画の再生数を確認した。
さっきより増えている。
新しいコメントも届いていた。
『こういう動画、もっと見られてほしい』
「……ありがとう」
画面に向かって、思わずつぶやいた。
俺が今回やりたかったことは、少なくとも誰かには伝わったらしい。
それなら、作った意味はあったと思う。
もちろん、まだ終わりじゃない。
公開から1か月分の収益が確定したら、上條さんへの追加協力費を計算し、市へ義援金を送る必要がある。
でも、今はその時を待つしかない。
「……じゃあ、次の休みは何しようかな」
俺はキャンプ用品の検索画面に戻った。
動画の収益がどうなるかは、まだ分からない。
だけど、俺の休日まで1か月後にする必要はない。
せっかく時間があるんだから、少しは楽しもう。
次回、第59話「350万円入ったので、包丁を買います」
次回更新:10月25日 20:10予定




