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ワープの松さん ~普通の会社員、ワープを副業にしてFIREを目指します~  作者: 松さん
第5編豪雨災害編

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第56話 助けた人に、話を聞いてみた

上條さんに送る取材条件の資料を作り終えたのは、日付が変わる少し前だった。


「……これでいいかな」


撮影は1回、約1時間。


顔は出さなくていい。


子どもは撮らない。


編集後の動画は、公開前に本人に確認してもらう。


取材協力費は最低1万円。動画が伸びた場合は、決めた計算方法で追加する。


前に電話で話した内容を、なるべく難しい言葉を使わずにまとめた。


それでも結構な量になってしまった。


「仕事の書類みたいだな……」


いや、ある意味仕事か。


俺は上條さんに送信して、その日は寝た。


数日後。


上條さんから返事が来た。


『家族で確認しました。父親の私だけでよければ、取材に協力したいと思います』


「おお!」


思わず声が出た。


その下には、子どもを撮影しないことと、映像を公開前に確認できることが安心できた、と書かれていた。


撮影日程も、いくつか候補を挙げてくれている。


俺はすぐに返信しようとして、指を止めた。


「……いや、焦らせてもしょうがないか」


一度文章を読み返す。


ご家族で相談してくれたことへのお礼。


撮影条件に変更がないこと。


当日も、話したくない質問には答えなくていいこと。


それを送ってから、撮影場所を探した。


上條さんの家は使わない。


まだ片付いていないし、場所を特定されるのも困る。


現地の近くで、時間単位で借りられる部屋がないか検索する。


「……意外とあるんだな」


候補をいくつか調べて、被害の少なかった隣の地域にある貸し会議室を見つけた。


撮影に使えるか問い合わせると、室内での動画収録も可能だという。


料金は俺が払うことにした。


「まあ、ここで節約するのは違うよな」


普段なら、もっと安い場所がないか探すところだ。


でも今回は、取材を受ける人の負担が少ないことの方が大事だ。


上條さんに場所を伝え、正式に日程が決まった。


さて。


次は撮影だ。


当日。


俺はいつもの水泳帽とゴーグル、マスク姿で現地へ向かった。


「……インタビューする格好じゃないよな」


鏡で見ても変だ。


でも、俺の顔を出さないためだから仕方ない。


撮影前に、街の様子も撮っておこう。


道路には車が走っている。


歩いている人もいる。


一見すると、普通の街に戻ったようにも見えた。


でも、少し先には片付けられた家具が積まれていた。


壁に泥の跡が残っている建物もある。


営業を再開した店の横で、まだシャッターが閉まっている店もあった。


「……同じ街なのに、結構違うな」


カメラを向ける。


ただし、通行人の顔や、家の表札が映らないように気をつけた。


店の中を勝手に撮影することもしない。


一度撮った映像を見返す。


「これ、後で確認するだけでも大変そうだ」


車のナンバー。


人の顔。


建物の名前。


動画に出してはいけないものが、思った以上に多い。


それに。


カメラを少し上へ向けた。


「……俺が運んだものも、今は見えないな」


豪雨の時、ここへ必要な資材や機材を運んだ。


あの時は、とにかく目の前の作業を進めることしか考えていなかった。


でも今は、普通に車が走っている。


それ自体が、復旧作業の成果なんだろう。


もちろん、俺一人が直したわけじゃない。


水を止めたのは現場の人たちだ。


排水も、片付けも、建物の確認も。


多くの人が作業を続けたから、少しずつ街が動いている。


「そこは、ちゃんと説明しないとな」


動画で俺が何をしたかは話すつもりだ。


ただ、救助しているところを自分で撮影したわけじゃない。


政府側の記録を勝手に使うこともできない。


公表できる範囲の説明と、今日撮った街の映像を組み合わせることになりそうだ。


街の撮影を終え、貸し会議室へ向かった。


スマホを三脚に固定する。


もう一台は音声の予備だ。


充電も確認。


机の上には、質問をまとめたメモを置く。


「よし」


時間になり、上條さんがやって来た。


「こんにちは!」


「こんにちは。今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ、わざわざありがとうございます」


上條さんは一人だった。


奥さんとお子さんは来ていない。


当初の話どおり、今日はお父さんだけの取材だ。


「資料、確認していただけました?」


「はい。家族でも読みました」


「分かりにくいところとかなかったですか?」


「大丈夫でした。気になるところは、前に電話で聞きましたので」


「良かったです」


改めて撮影条件を確認し、同意を記録に残す。


取材協力費の最低1万円は撮影後に支払うこと、追加分が出る場合は収益を確認してから計算することも確認した。


「それじゃ、始めましょうか」


「はい」


カメラを調整する。


上條さんの顔は映さない。


机に置いた手元を中心に撮り、声も収録する。


その方が落ち着いて話せるらしい。


「一応、録画中に困ったら止めますんで」


「分かりました」


俺は録画ボタンを押した。


「今日は、災害の後の生活についてお話を聞かせてもらえればと思います。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


少し緊張する。


自分で喋って配信することには慣れてきた。


でも、人に質問するのはあまり得意じゃない。


「まず、あの時のことなんですけど。救助された後って、どこへ行ったんですか?」


「最初は避難所ですね。その後は親戚のところにお世話になりました」


「そうだったんですね」


「あの時は、助かったことで精いっぱいで。次に何をするかまでは考えられなかったです」


「ですよね……」


上條さんは少し間を置いてから続けた。


「でも、落ち着いてきたら、今度は考えることが一気に増えたんですよ」


「考えること?」


「家をどうするか。車はどうするか。仕事はいつから行けるのか」


ああ。


前に会った時も、そんな話をしていた。


「実際、一番困ったのは何でした?」


「……一番、ですか」


上條さんは少し考えた。


「一つに決められないですね」


「そうなんですか?」


「車がないと仕事に行くのも大変ですし、仕事ができないと生活のお金が不安になります。でも、家のことも放っておけませんから」


「なるほど」


一つずつなら、考えられそうな気もする。


車を買う。


家を直す。


仕事をする。


でも、その全部にお金がかかる。


しかも、どれも後回しにしづらい。


「家は、直して住む方向なんですか?」


「まだ決まっていません」


「引っ越しも考えてるっておっしゃってましたよね」


「はい。妻とも話しているんですけど……」


少し沈黙があった。


「子どもの学校がありますから」


「……ああ」


「今の場所に戻れるなら、それが一番楽な面もあるんです。でも、また同じようなことが起きたらと思うと」


「怖いですよね」


「そうですね。ただ、離れたら離れたで、通勤とか学校とか、全部変わりますし」


俺は質問用のメモを見る。


次の質問は、生活再建の見通し。


……そんな簡単な話じゃないな。


「すみません。これ、ちょっと質問が雑でしたね」


「いえ?」


「俺だったら、どこへ引っ越すかとか、すぐ決めるのかなって思ってたんですけど」


上條さんが小さく笑った。


「実際に探そうとすると、なかなか決まらないですよ」


「ですよね」


ワープができる俺なら、通勤時間を気にしなくてもいい。


でも普通は違う。


住む場所が変われば、仕事へ行く時間も変わる。


学校も、生活する店も変わる。


お金があれば全部解決、という話でもない。


「あの、ちょっと話変わるんですけど」


「はい」


「もし今、ワープを自由に使えたら、何に使いたいですか?」


聞いてから、少し変な質問だったかもと思った。


でも、上條さんは考えてくれた。


「……家の片付けでしょうか」


「荷物運びですか?」


「そうですね。壊れた家具を運んでもらえたら、確かに助かります」


「そこは俺、得意です」


「でも……」


「はい?」


「それが全部終わっても、家をどうするかは決めないといけないですからね」


「ああ……」


「そこは、結局、自分たちで決めることですし」


そうか。


俺は物を運べる。


人も運べる。


でも、その後の選択は運べない。


……なんだそれ。


自分で考えておいて、ちょっと意味が分からない。


ただ、言いたいことは分かる。


「それじゃ、今の生活で、少しでも楽になったことってありますか?」


「ありますよ」


「お、何です?」


「子どもが、普通に笑うようになってきたことですかね」


思わず顔を上げた。


「……そうなんですか」


「最初の頃は、いろいろ不安だったと思うんです。今も落ち着かないことは多いですけど、最近は前より元気です」


「良かったですね」


「はい。そこは本当に良かったです」


上條さんの声が、少しだけ明るくなった。


家の話。


車の話。


仕事の話。


どれも大変そうだった。


でも、全部が悪いことばかりというわけじゃない。


少しずつ、元の生活に近づいている部分もある。


そういう話も、動画に入れたいな。


そこから、仕事のことや、今困っている手続きのことを聞いた。


ただし、答えたくない話には無理に踏み込まない。


俺も、自分のことを聞かれたら困る質問はいくらでもある。


年収とか。


本名とか。


あと、普段どこで寝ているかとか。


……それは普通に嫌だな。


撮影開始から、だいたい1時間。


「それでは、最後に一つだけ」


「はい」


「今、動画を見ている人に、何か伝えたいことってありますか?」


上條さんは少し考えた。


「……そうですね」


しばらくして、答えが返ってきた。


「災害があったことを、すぐ忘れないでほしいですかね」


「忘れないで、ですか」


「はい。もちろん、ずっと心配してほしいわけじゃないんです。でも、ニュースが減ったからって、みんなの生活が元に戻ったわけじゃないので」


「……そうですよね」


「あと、募金とかもありがたいんですけど。無理してまで、とは思わないです」


お。


これは俺の考えていたことにも近い。


「普通に暮らして、たまに思い出してもらえたら、それで十分ありがたいと思います」


「なるほど」


俺はうなずいた。


これ、きっと動画の最後の方に使えるな。


……いや、今そういうことを考えるのも、何だか変か。


まずはちゃんと聞かないと。


「ありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうございました」


録画を止める。


時間を見る。


本当に、約1時間だ。


「思ったよりあっという間でしたね」


「そうですね。いろいろ話してしまいました」


「いえ、すごく助かりました」


撮れた映像を簡単に確認する。


音声は入っている。


手元も映っている。


上條さんの顔は入っていない。


「良かった。ちゃんと撮れてます」


「それなら安心しました」


「編集できたら、公開前に送りますね」


「お願いします」


最初に決めた協力費も、約束どおり支払う。


動画から追加の収益が出るかどうかは、まだ分からない。


でも、今日1時間の取材に協力してもらったこととは別だ。


「ありがとうございました。また確認をお願いします」


「はい。こちらこそ」


上條さんを見送ってから、機材を片付けた。


帰りにもう一度だけ、街の方を見た。


車が走っている。


人が歩いている。


営業している店もある。


何も知らなければ、普通の街に見えるかもしれない。


でも、この街には今日も家を直すか迷っている人がいる。


仕事へ戻る方法を考えている人もいる。


街を離れるか、残るか。


決められない人もいる。


「……20分で伝わるかな」


カメラの中には、1時間分のインタビューがある。


街の映像もある。


俺があの時やったことも説明しないといけない。


全部まとめて20分。


「削るの、大変そうだな……」


不要なところを切ればいい。


最初はそう思っていた。


でも、何が不要なのか。


今の俺には、まだよく分からなかった。


「……まあ、まずは全部見返すか」


俺は撮影したデータを持って、帰宅することにした。

次回、第57話「1時間の取材を20分にしてください」


次回更新:10月24日 20:10予定

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