第55話 募金より、動画を見てください
翌朝。
スマホを見ると、白石さんから返信が来ていた。
昨日送った、上條さん一家への取材についての相談だ。
『おはようございます。取材については松さん個人のYouTube活動として進めていただいて問題ありません。ただし、政府との協力で知り得た非公開情報や、個人情報の取り扱いにはご注意ください』
「まあ、そうだよな」
続きがある。
『また、救助された方が松さんへの感謝から出演を断りづらいと感じる可能性もあります。出演を断っても、その後の支援に影響しないことは改めてお伝えください』
「了解です」
白石さんにお礼を送る。
そこは前にも伝えたけど、もう一度話しておこう。
俺が助けたからといって、YouTubeに出演してもらう権利があるわけじゃない。
今日は普通に会社へ行く。
昨日は飛行機を4機もワープさせたのに、今日はいつものアルタークだ。
この落差にも、だいぶ慣れてきた気がする。
仕事を終えて帰宅し、夕飯を食べる。
夜。
上條さん一家と電話で話す約束をしていた。
机の上には、AIと相談して作った取材のメモがある。
撮影時間。
動画の内容。
個人情報。
協力費。
収益の使い道。
「……動画一本作るだけなのに、結構あるな」
まあ、今回は普通の動画じゃないから仕方ない。
時間になり、電話をかけた。
『もしもし』
「こんばんは、空中スイマーです」
『こんばんは。先日はありがとうございました』
「こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
『妻も一緒に聞いています』
『こんばんは』
「こんばんは。よろしくお願いします」
まず、撮影を検討してくれたお礼を伝える。
それから、白石さんに言われたことも説明した。
「今回の取材は、政府とは関係ない俺個人のYouTube企画です。もし断っても、今後の支援とかには何の影響もありません」
『はい。ありがとうございます』
「なので、途中でやっぱり嫌だなってなったら、遠慮なく言ってください」
『分かりました』
「それで、企画の内容なんですけど」
俺はメモを見る。
「最初は上條さんへのインタビューだけを考えてたんです。でも、街の様子とか、俺が災害の時にやったことも合わせて一本の動画にしようと思いまして」
『街の様子ですか?』
「はい。あの時は俺も現場に行って、資材を運んだり、人を助けたりしました。でも、救助が終わった後のことは、あんまり知らない人もいると思うんです」
家に帰れない人。
車を失った人。
仕事に行けなくなった人。
今も片付けが終わっていない家。
「助かったら終わり、じゃないですからね」
『そうですね……』
お父さんが答えた。
「なので、今の街がどうなっているのかも撮影したいんです。動画は全部で20分くらいを考えています」
『インタビューは何分くらいですか?』
「撮影自体は1時間くらいお願いしたいです。そこから必要なところだけ短く編集します」
『なるほど』
「撮影も基本的には1回です。何日も付き合ってもらうつもりはないので」
『それなら、何とか時間を作れそうです』
良かった。
生活を立て直している最中に、撮影のために何日も予定を空けてもらうのは申し訳ない。
「あとは、プライバシーのことなんですけど」
『はい』
「お子さんは、無理に映さなくても大丈夫です」
『できれば、子どもの顔は出したくないと思っていまして』
「じゃあ、出さない方向でいきましょう」
『ありがとうございます』
「学校の名前とか、家の場所が分かるようなものも映さないようにします」
子どもの顔を隠しても、学校や住所が分かったら意味がない。
俺だって、自分の顔を隠して活動している。
そこはちゃんと考えないとな。
『私たちの顔も、隠せるんでしょうか?』
「はい。顔を出すかどうかは選んでもらって大丈夫です。後ろ姿とか、声だけでもできますし」
『そうなんですね』
「それと、公開前に編集した動画を確認してもらいます」
『それは助かります』
「使ってほしくない部分があれば、そこで言ってください。もちろん、公開するのをやめることもできます」
ただ、一度公開した後は、誰かが保存している可能性もある。
完全に消せるとは限らない。
そこも正直に説明した。
『分かりました。公開する前に、家族で確認させてください』
「はい」
さて。
次はお金の話だ。
「それから、取材協力費なんですけど」
『はい』
「まず、最低1万円はお支払いします」
『1万円ですか?』
「はい。これは動画が全然再生されなくても払います」
『そんなにいただいていいんでしょうか?』
「いや、俺の仕事に協力してもらうわけですから。タダでお願いする方が変ですよ」
撮影に1時間。
公開前の確認もお願いする。
生活の話まで聞かせてもらうんだ。
協力費を払うのは当然だと思う。
「それで、動画に収益が出て、計算した協力費が1万円を超えたら、差額を追加でお支払いします」
『追加ですか?』
「はい。税金用に確保する分を引いた後の収益の15%で計算します。ただし、最初の1万円も含めて、協力費の総額は最大10万円にしようと思っています」
『すみません、ちょっと計算が難しくて……』
「ああ、ですよね」
実は俺も、最初に考えた時は少し混乱した。
「ちょっと例を見てもらった方が早いかもですね」
パソコンに保存した資料を開く。
AIに作ってもらった収益のシミュレーションだ。
「例えば、動画で10万円の収益が出たとします」
『はい』
「税金がいくら増えるかは、俺のほかの収入とかにもよるので、AIに仮の条件で計算してもらいました」
『AIですか?』
「はい。ただ、AIの計算が絶対に正しいわけじゃないので」
今回の動画について、税金に必要な金額が仮に2万5,000円と予測された場合。
そこに5,000円を足して、3万円を納税用に確保する。
残るのは7万円。
「この7万円の15%なので、上條さんへの協力費は1万500円になります」
『なるほど』
「残りの5万9,500円は、市の災害義援金に送ります」
『災害義援金、ですか?』
「はい。自治体が直接受け付ける災害義援金という仕組みがあるんです」
『そういうものがあるんですね』
「あります。今回の被災地でも同じように直接受け付けてもらえるか、窓口に確認するつもりです」
資料の次の例を見る。
「じゃあ、動画の収益が100万円だった場合」
『100万円ですか!』
「まあ、これは例ですけどね」
税金の予測額が25万円なら、少し余裕を持って30万円を確保。
残るのは70万円。
その15%は10万5,000円。
「ただし、協力費の上限は10万円なので、上條さんには10万円です」
『そんなにいただける可能性もあるんですね』
「そうです。残りの60万円は市の災害義援金へ送ります」
『なるほど……』
「まあ、あくまで仮の計算です。実際の税金は分かりませんし、そもそも100万円も再生収益が出るか分かりません」
『確かにそうですね』
「だから、税金はAIの予測より少し多めに用意しておこうかなと」
あとで税金が足りなくなって、寄付したお金を返してもらうわけにもいかない。
「正確な額は確定申告で確認します。収益がいくら出て、税金用にいくら確保して、協力費をいくら払って、市にいくら送ったのかは、動画でも説明するつもりです」
『そこまで公開するんですか?』
「はい。お金のことなので、ちゃんと分かるようにしたいです」
さて。
今回の企画で、もう一つ説明したいことがある。
「で、俺がどうして市の災害義援金に直接送ろうと思ったかなんですけど」
『はい』
「最初は、復旧工事とかに使ってもらうのもいいかなって考えてたんですよ」
道路。
建物。
公共施設。
壊れたものを直すにはお金がかかる。
でも、少し考えて気になった。
「今回の災害で、街を離れる人もいますよね?」
『……そうですね』
お父さんが答えた。
『うちも、まだどうするか決めていません』
「ですよね」
街が復旧しても、そこへ戻らない人はいる。
戻りたくても戻れない人もいるだろう。
仕事の都合。
子どもの学校。
家の修理費。
それぞれ事情が違う。
「市の復旧工事に使ってもらうのも大事なんですけど、今回は被災した人にお金が届く仕組みの方がいいかなって」
『それで義援金なんですね』
「はい」
災害義援金なら、自治体が決めた配分基準に従って被災者へ配られる。
もちろん、全員が必ずもらえるわけではない。
金額も被害の状況や制度によって変わる。
でも、街を離れたというだけで、その人が被災者でなくなるわけじゃない。
「上條さんも、これから引っ越すかもしれないじゃないですか」
『はい』
「そういう人たちにも、必要な支援が届いてほしいんですよ」
少し沈黙があった。
そして、お母さんが言った。
『それは……ありがたい考え方だと思います』
「いえ、まだ何もできてないんですけどね」
俺は少し笑った。
「それに、最近は募金に対して不信感を持ってる人もいると思うんです」
『そうですね……』
「もちろん、ちゃんと活動してる団体もたくさんあるとは思うんですよ。でも、お金が本当に届くのか心配になる気持ちも分かるので」
それなら、俺が収益を受け取って、市役所の公式窓口へ直接送る。
そして、送金の記録を公開する。
それも一つの方法だと思った。
「もちろん、市に送った後の配分は市の制度に従うので、誰にいくら届くかまでは俺が決められないですけど」
『そうですよね』
「そこは、ちゃんと説明するつもりです」
お父さんが少し考えてから聞いた。
『でも、空中スイマーさんは、動画の利益を受け取らなくていいんですか?』
「ああ、そこなんですけど」
俺は少し笑った。
「実は、政府とも協力契約を結んでまして」
『あ、ニュースで見ました』
「今回の豪雨でも、政府から正式に頼まれて資材とか機材を運んだんです。その分の報酬は、今精算してもらってます」
『そうだったんですね』
「ほかにも航空会社の仕事とか、YouTubeとか、いろいろやってるんで」
俺が何も稼いでいないわけじゃない。
むしろ、最近は普通の会社員だった頃には考えられないくらい、大きな仕事が増えている。
もちろん、会社員は今も続けているけど。
「なので、今回の動画まで俺の利益にしなくてもいいかなって」
『なるほど……』
「ただ、税金だけはちゃんと考えないといけないので。そこは少し多めに確保させてもらいます」
『それはもちろんです』
「ありがとうございます」
そもそも、俺の目的はFIREだ。
自分の生活を安定させて、自由な時間を増やしたい。
その考えは変わっていない。
でも、今回の動画でやりたいことは、ちょっと違う。
「それと、動画を見てくれる人には、募金を強くお願いしたくないんですよ」
『そうなんですか?』
「はい。募金って、余裕がある人が善意でするもんだと思ってるので」
お金に余裕がないのに、無理して募金する必要はない。
まずは自分の生活を整える。
必要な物を買う。
余裕があれば好きなことにもお金を使う。
「そうやって普通に消費してもらうことも、経済を回すことにつながると思うんですよね」
『……ああ』
「だから、視聴者には動画を見てもらって、良かったら広めてもらう。それで動画に収益が出たら、そのお金を復興支援に回そうかなって」
再生されれば、動画から収益が生まれる可能性がある。
その収益の一部を取材協力費にして、残りを義援金に回す。
視聴者に直接お金を出してもらわなくても、復興を知ってもらうきっかけを作れる。
もちろん、動画を見たからといって必ず広告収益が発生するわけじゃない。
それでも、こういうやり方もあると知ってもらえたらいい。
「募金そのものを否定したいわけじゃないんです。別の方法もあるよっていう話ですね」
『なるほど』
お父さんが答えた。
『確かに、そういう形なら、見てもらうだけでも意味がありますね』
「そうなんです。そこを伝えたいんですよ」
少し話が長くなってしまった。
取材をお願いするつもりが、俺の考えをずっと説明している。
「……すみません。なんか俺ばっかり話してますね」
『いえ、大丈夫ですよ』
お母さんが笑った。
『どういう動画を作りたいのかは、よく分かりました』
「良かったです」
『ただ、撮影場所は相談させてください』
「もちろんです」
『今の家はまだ片付いていませんし、住所が分かるのもちょっと心配なので』
「じゃあ、家とは別の場所にしましょう」
『ありがとうございます』
「それと、今すぐ出演を決めなくても大丈夫です」
今日話した内容を、あとで文章にまとめて送る。
家族で確認してもらう。
分からないことがあれば聞いてもらう。
その上で、出演するかどうかを決めてもらえばいい。
『分かりました。それなら、前向きに考えたいと思います』
「ありがとうございます!」
電話を切った。
「……ふう」
思ったより緊張した。
飛行機4機の仕事より、こういう話し合いの方が大変かもしれない。
机の上のメモを見る。
インタビュー1時間。
完成動画20分。
上條さんの協力費は最低1万円、最高10万円。
AIの予測より少し多めに税金を確保。
残額は市の災害義援金へ直接送る。
そして、視聴者には無理な募金をお願いしない。
「……あとは、実際にできるようにするだけか」
まだ取材を受けてもらえると決まったわけじゃない。
市への送金方法も確認しないといけない。
動画も撮っていない。
それなのに、やることだけはどんどん増えている。
「FIREしたいのに、何でこんなに仕事増やしてるんだろうな」
まあ、今回は自分でやりたいと思ったことだ。
だったら、ちゃんとやろう。
俺はパソコンを開き、上條さんへ送る取材条件の資料を作り始めた。
次回、第56話「助けた人に、話を聞いてみた」
次回更新:10月24日 12:10予定




