第52話 助けた人、その後どうなった?
排水ポンプを運んでから、数日が経った。
豪雨のピークは過ぎ、浸水した地域でも少しずつ水が引き始めている。ニュースでは、道路に積もった泥をかき出す人たちや、壊れた家具を家の外へ運び出す様子が映っていた。
俺も何度か現地へ行って、復旧に必要な資材や機材を運んだ。もちろん、全部を俺が運んでいるわけじゃない。現地の担当者に頼まれた物を、指定された場所へ移動させるだけだ。
それでも、普通なら何時間もかかる輸送が一瞬で終わるのだから、結構役に立っているらしい。
ただ、現場を見ていて思ったことがある。
水が引いても、全然元通りになっていない。
むしろ、水が引いたからこそ、壊れた物がはっきり見えるようになった。
泥だらけの家、動かなくなった車、道路脇に積み上げられた家具。あれを全部片づけて、また普通に暮らせるようになるまで、一体どれくらいかかるんだろう。
そんなことを考えながら、俺は自宅でパソコンを開いていた。
「さて、次の動画どうしようかな」
空中スイマーのYouTubeチャンネルだ。
ここ数日は災害対応で忙しく、いつもの企画を考える余裕がなかった。もっとも、災害現場で俺が活動している様子はニュースやSNSに散々出ている。
反応を見ていると、感謝の言葉も多かったけど、そうじゃないものもあった。
『空中スイマー、もっと早く来られなかったのか』
「いや、俺、政府の職員じゃないんだけど……」
思わず画面に向かって返してしまう。
政府とは協力している。でも、だからといって災害現場へ勝手に飛び込んでいいわけじゃない。正式な要請を受けて、現場の人たちと相談しながら動いたんだ。
そもそも、最初に通信設備や土のうを運んだのだって、必要だと言われたからだ。
「……まあ、待ってる側からすれば、早く来てほしいよな」
それは分かる。
かといって、内部のやり取りをSNSで説明するわけにもいかない。結局、返信はしなかった。
俺のチャンネルより、テレビ局の方が俺の動画を出している気がする。
「本人のチャンネルなのに、本人が一番出遅れてるんだよな」
まあ、仕方ない。
救助中に自分の動画を撮る余裕なんてなかったし、そもそも撮影のために現場へ行ったわけじゃない。
ただ、今から何か投稿するなら、普通のワープ企画に戻るだけでいいのだろうか。
俺はニュースサイトを開いた。
画面には、被災した住宅の写真と、生活再建に関する記事が並んでいる。
家を修理する人もいれば、別の場所へ引っ越す人もいる。仕事を休まざるを得ない人や、営業再開の見通しが立たない店もあるらしい。
「……これ、数か月後はどうなってるんだろう」
ふと思った。
救助の瞬間は、ものすごく注目される。
でも、助けられた人がその後どう暮らしているのかは、あまり知らない。
俺自身、何人も助けたのに、その人たちが今どこにいるのかすら分からない。
いや、1組だけ顔を覚えている家族がいた。
上條さん一家だ。
救助した時はほとんど話せなかったけど、その後の物資支援でも顔を合わせた。小学生くらいの子が、俺を見つけて声をかけてくれたのを覚えている。
確か、家も車も被害を受けたと言っていた。
「……あの家族、今どうしてるんだろう」
そこで、ひとつ思いついた。
助けた人の、その後を追う動画。
家の片づけ、保険の手続き、仕事、引っ越し。災害から普通の生活へ戻っていくまでを、何回かに分けて記録する。
「ドキュメンタリーってやつか」
俺は検索して、似たような動画をいくつか見てみた。
被災地の現在を伝えるものもあれば、家族の生活を長期間追ったものもある。
なるほど。こういう企画はすでにあるらしい。
ただ、俺の場合は救助した本人でもある。
あの時、どうやって助かったのか。その後、どんな問題が残ったのか。
救助した側と、救助された側の両方から話を聞ける。
「……これ、結構いい企画じゃないか?」
問題は、撮らせてもらえるかどうかだ。
他人の家や生活を撮影するわけだから、勝手にやるわけにはいかない。
それに、相手は災害で大変な思いをしている人たちだ。
動画に協力してもらうだけでも負担になる。
「うーん……」
俺は椅子にもたれた。
こういう時、よく見かけるのが募金だ。
動画で被災者の現状を伝えて、支援金を集める。
でも、俺はあまりそういうことをやりたいと思わない。
もちろん、寄付したい人が自分の意思で寄付するのは自由だし、必要な支援まで否定するつもりはない。
ただ、視聴者だってそれぞれ生活がある。
余裕がある人もいれば、毎月の生活費で精いっぱいの人もいるだろう。
そんな人たちに、俺の動画を見せて「お金を出してください」とお願いするのは、何か違う気がした。
「だったら、動画そのもので稼げばいいんじゃないか?」
俺はYouTubeの収益画面を開いた。
動画が再生されれば、条件に応じて広告収益が入る。
もちろん、再生されたら必ずいくらもらえる、という単純な話ではない。動画によって単価も違うし、収益が出ないことだってある。
でも、視聴者は普段どおり動画を見るだけでいい。
その結果として収益が発生したら、取材に協力してくれた人にも分ける。
「これなら募金じゃないよな」
というか、普通に仕事としてお願いすればいい。
出演してもらって、時間を使ってもらう。その対価を払う。
動画が伸びたら追加で分配する。
ただし、動画が伸びなかったから報酬ゼロというのは困る。
「最低限の協力費は、俺が払うか」
金額はまだ決められない。
何回撮影するのかも分からないし、そもそも相手が受けてくれるかも分からない。
俺は企画の概要をメモにまとめ、白石さんへ連絡した。
しばらくして、電話がつながった。
「もしもし、白石さん。今ちょっと大丈夫ですか?」
『はい。どうしました?』
「YouTubeの企画を思いついたんですけど、相談してもいいですか?」
『内容によりますが、どうぞ』
「この前の災害で助けた人たちの、その後を取材する動画ってどうですかね?」
『その後、ですか?』
「はい。救助の瞬間じゃなくて、家とか仕事とか、どうやって元の生活に戻っていくのかを追う感じです」
白石さんは少し考えてから答えた。
『企画自体は理解できます。ただ、取材には慎重な配慮が必要ですね』
「ですよね」
『特に、松さんは救助に関わった当事者です。相手の方が、断りづらいと感じる可能性もあります』
「ああ……助けてもらったから断れない、みたいな」
『そうです。取材に応じなくても、今後の支援や対応には何の影響もないと、きちんと伝える必要があります』
「それは当然ですね」
『それから、お子さんがいるご家庭なら、撮影範囲や公開する情報にも注意が必要です。住居や学校などが特定されないようにすることも考えないといけません』
「なるほど。顔出しなしでもいいですもんね」
『はい。ご本人たちの希望を優先してください。撮影後でも、公開前に確認できるようにした方がいいでしょう』
俺はメモを取った。
こうして聞いてみると、結構やることが多い。
「ちなみに、取材協力費を払うのは問題ないですか?」
『報酬をお支払いすること自体は、通常の取材でもあります。ただ、金額や条件は事前に明確にしておいた方がいいですね』
「動画の収益も一部渡そうと思ってるんですよ」
『収益分配ですか?』
「はい。募金を集めるんじゃなくて、動画を見てもらって、その収益から払う感じです。最初の協力費は別に出しますけど」
『なるほど。収益が出なかった場合でも、協力費はお支払いするんですね』
「そうです。さすがに再生数ゼロだったからタダ働き、とは言えないですし」
白石さんが小さく笑った。
『松さんらしいですね』
「そうですか?」
『お金のことをきちんと考えているところが』
「いや、そこは大事ですよ。俺もFIREしたいですし」
『そこにつながるんですね』
「何でもタダでやってたら、俺が先に破産しますから」
もちろん、今すぐ破産するような状況ではないけど。
それに、動画の収益を全部渡すつもりでもない。
編集にも時間がかかるし、撮影機材だって必要になるかもしれない。継続するなら、ちゃんと運営できる仕組みにしておきたい。
『ちなみに、取材する方はもう決まっているんですか?』
「上條さん一家に聞いてみようかなと思ってます。前に救助した家族なんですけど」
『覚えています。ただ、こちらから個人情報をお渡しすることはできません』
「ですよね。次に現地で会えたら、直接聞いてみようかなと」
『その方がよいと思います。ただ、支援活動中に長時間の取材交渉をするのは避けてくださいね』
「了解です。まずは話だけしてみます」
電話を切った俺は、企画メモを見直した。
取材の目的。
撮影する内容。
公開していい情報。
協力費。
収益分配。
……これ、普通に契約書とか必要になるんじゃないか?
「動画1本作るのも大変だな」
まあ、今すぐ全部決める必要はない。
相手が嫌だと言ったら、そこで終わりだ。
数日後。
俺は復旧支援のため、再び現地へ来ていた。
今回は清掃用の資材や、搬出が難しい大型の廃棄物を指定された集積場所へ運ぶ仕事だ。
作業を終えて休憩していると、見覚えのある声が聞こえた。
「あ! ワープの人!」
振り返ると、上條さんの子どもがこちらを指さしていた。
「あ、どうも!」
その後ろには、ご両親もいる。
「空中スイマーさん、また来てくださったんですね」
「はい。今日は荷物運びです。皆さんは大丈夫ですか?」
「体は大丈夫です。ただ、家の方が……」
お父さんは困ったように笑った。
聞けば、水が引いた後に家の中を確認できたものの、泥や水を吸った家具の片づけだけでも大変らしい。
「車もやっぱりダメそうで。今は親戚に送ってもらったりしています」
「うわあ……それは不便ですね」
「そうなんですよ。ここだと車がないと、何をするにも大変で」
お母さんも話に加わった。
「家も、直して住むのか、別の場所を探すのか、まだ決められなくて」
「引っ越しも考えてるんですか?」
「はい。子どものことを考えると、また同じようなことが起きたら怖いので」
お母さんは子どもの方を見た。
「でも、どこに住むかも決まってないんです。仕事もありますし、お金もかかりますから」
「そうですよね……」
俺だったら、まず家賃と通勤時間を調べるだろうな。
いや、その前に水害の危険が少ない場所を探すのか。
そもそも、今の家をどうするかも決まっていないのに、次の家を探すのは大変そうだ。
子どもが俺の方を見た。
「ねえ、ワープの人は、おうち壊れたらどうする?」
「俺?」
突然聞かれて、少し考える。
「うーん。とりあえず、住めるところを探すかな」
「ワープで?」
「いや、ワープで家は直せないからね」
「えー、そうなの?」
「そうなの。俺、移動するのは得意だけど、家を建てるのは普通に無理なんだよ」
子どもは少し残念そうな顔をした。
そりゃそうだよな。
何でもできるように見えるかもしれないけど、俺にできるのは基本的に移動だけだ。
その後、少し雑談をしてから、俺は思い切って話を切り出した。
「あの、上條さん。ちょっと相談があるんですけど」
「はい?」
「俺、YouTubeやってるじゃないですか」
「ええ。家族でも見ましたよ」
「ありがとうございます。それで、今回の災害の、その後を追う動画を作れないかなと思ってるんです」
「その後?」
「はい。救助された人が、どうやって生活を立て直していくのか。家のこととか、仕事のこととか、引っ越すならその準備とか」
ご夫婦は顔を見合わせた。
俺は続ける。
「もちろん、無理にお願いするつもりはありません。嫌だったら断ってください。現場の支援とこの動画は別の話ですし、断られたからといって俺の対応が変わることもありません」
「……なるほど」
「それと、タダで出演してもらうつもりもないです。取材に協力してもらうなら、ちゃんと協力費を払いたいと思ってます」
「お金を?」
「はい。動画の収益が出たら、その一部もお渡しできるようにしたいです」
お父さんが少し驚いた顔をした。
「でも、そんなことまでしてもらっていいんですか?」
「いや、仕事としてお願いするので。むしろ俺の方が、協力してもらう立場です」
俺は少し笑った。
「募金を集めたいわけじゃないんですよ。視聴者には普通に動画を見てもらって、面白かったり、役に立ったりしたら、それでいいと思ってます」
「……ああ、なるほど」
「その結果、動画で収益が出るなら、出演してくれた人にも分けたいなと」
もちろん、再生数がどうなるかは分からない。
そこは正直に伝えた。
「なので、収益が出なくても協力費は払います。ただ、金額とか撮影回数は、これから相談させてください」
お母さんが少し考え込んだ。
「顔とか、家の場所とかは出るんでしょうか?」
「そこも相談しましょう。顔を出さない方法や、場所を特定されにくい撮り方を考えます。公開する前には、必ず映像を確認してもらう形にしたいです」
「そうなんですね」
「お子さんについても、無理に映す必要はないです」
ご夫婦は再び顔を見合わせた。
しばらくして、お父さんが口を開いた。
「……少し、家族で相談してもいいですか?」
「もちろんです!」
むしろ、即答されなくてよかった。
こんな状況で、突然動画に出てくださいと言われても困るだろう。
「今すぐ決めなくて大丈夫です。そもそも、生活の方が大事ですから」
「ありがとうございます。考えてみます」
「はい。もしやることになったら、詳しい条件もちゃんと決めましょう」
そこで話を終え、俺は次の作業へ戻ることにした。
別れ際、子どもが手を振ってくれた。
「ワープの人、またね!」
「おう、またね!」
俺も手を振り返す。
さて、企画は思いついた。
取材のお願いもできた。
あとは、上條さんたちが受けてくれるかどうかだ。
受けてくれたとしても、動画が伸びるとは限らないし、撮影も編集も大変そうだ。
でも、救助した人がその後どうなったのかは、俺自身が知りたい。
何より、普通の生活が壊れてしまった人たちが、どうやってまた暮らしていくのか。
そこには、俺のFIRE計画を考え直すヒントもあるかもしれない。
「……まあ、まずは企画書でも作るか」
ワープなら一瞬で移動できる。
でも、動画の企画書は一瞬では完成しない。
「こういうところもワープできたらいいのになあ」
俺はそんなことを考えながら、次の荷物を運びに向かった。
次回、第53話「会社員、通常営業に戻ります」
次回更新:10月22日 20:10予定




