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ワープの松さん ~普通の会社員、ワープを副業にしてFIREを目指します~  作者: 松さん
第5編豪雨災害編

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第51話 水が引いたら帰れると思ってた

「空中スイマーさん、次の救助をお願いします!」


「はい!」


呼ばれた俺は、隊員から指定された住宅を確認して、再びワープした。


今度の救助対象は、2階で待っていた男性だった。足を痛めているらしく、歩くのが難しいという。


本人の状態を確認し、救助方法を説明して了解を得てから体を支える。受け入れ担当が待つ区画まで、実際に見える安全な場所をつないで移動した。


「着きましたよ」


「……本当に一瞬なんだな」


男性は驚いていたけど、すぐに救助隊員が対応してくれた。


俺は次の指示を待つ。


ところが、しばらくしても呼ばれない。


「あの、次は?」


「少し待機をお願いします」


「また待機ですか?」


「はい。現在、確認できている救助対象については、それぞれの隊で対応が進んでいます。新たな要請が入ればお声がけします」


「分かりました」


救助が終わったわけではない。まだ確認できていない家もあるし、ボートで移動している隊員もいる。


ただ、今すぐ俺に頼める仕事がなくなったらしい。


何度かワープしただけなのに、もう待機か。


俺としては、まだまだ動けるんだけどな。


そんなことを考えていると、白石さんがこちらへ歩いてきた。


「空中スイマーさん、お疲れさまです」


「お疲れさまです。今、暇になっちゃいました」


「ちょうどよかったです。別の場所で協力をお願いできますか?」


「もちろん。何を運びます?」


「今度は排水ポンプ車です」


「排水?」


「浸水した地域から水を抜く作業が始まります。必要な機材を運んでいただきたいんです」


俺は住宅地の方を見た。


道路も家も、まだ水に浸かっている。堤防の方では流れ込む水を減らす作業が続いているらしいけど、すでに住宅地へ入った水は残ったままだ。


「そうか。入ってきた水は勝手になくなるわけじゃないですもんね」


「はい。自然に排水できない場所では、ポンプなどを使う必要があります」


「じゃあ、俺が水をワープさせた方が早かったりしません?」


言ってから、ちょっと考える。


コップに入った水なら、コップごと運べる。大きなタンクでも、ひとまとまりの物として運べるなら問題ない。


でも、道路いっぱいに広がっている水はどうなんだろう。


「この辺の水、全部まとめて海とかに運べたら早いですよね」


「それができるんですか?」


白石さんが聞き返してきた。


「……分かんないです」


「分からない?」


「水って全部つながってるじゃないですか。どこまでを運ぶのか、俺にもよく分からなくて」


以前から物をまとめて運べることは確認しているけど、広い範囲にたまった水を、好きな量だけ切り取って移動させるような使い方は試していない。


それに、仮に大量の水を運べたとしても、どこへ出すのかという問題もある。


「少なくとも、今ここで試すのは怖いですね」


「そうですね。現場での実験は避けてください」


「ですよね。じゃあポンプ運びます」


俺がそう答えると、白石さんは少し安心したようだった。


案内されたのは、浸水区域から少し離れた活動拠点だった。


そこには排水作業を担当する人たちが集まっていて、ポンプ車やホース、発電機などの配置について確認していた。


「空中スイマーさん、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします。運ぶ物を教えてください」


担当者から説明を受ける。


まず必要なのは排水ポンプ車と関連機材。道路の一部が使えないため、通常の搬入には時間がかかるらしい。


「ポンプ車って、そのまま運んで大丈夫ですか?」


「車両の状態と設置場所はこちらで確認します。指定した場所まで運んでいただければ大丈夫です」


「了解です」


俺は運搬元と搬入先を確認した。


現場の人たちに誘導してもらいながら、周囲に障害物がないことを確かめる。搬入先は今いる高台から見える場所に設定されていて、必要な範囲には照明も設置されていた。


運転者が降り、エンジンが停止していることを確認する。俺も搬入先が見える位置に立ち、車両の周囲に人がいないことをもう一度確かめた。


「じゃあ、行きます」


ワープ。


ポンプ車ごと、景色が変わった。


受け入れ側の担当者が確認し、すぐに車両の設置作業が始まる。


俺は元の高台が見える位置を確認してから戻り、今度はホースや電源関係の機材を運んだ。


何度か往復すると、必要な物はひととおりそろった。


「これで排水開始ですか?」


「いえ、まだ準備があります」


「あ、そうなんですね」


「排水先の確認も必要ですし、ホースの配置や電源の準備もあります。ポンプを置けば終わりというわけではありませんから」


「なるほど。じゃあ、俺は追加で必要な物を運べばいいですか?」


「はい。必要になったらお願いします」


担当者たちが準備を進める間、俺は追加で必要になった資材を何度か運んだ。


やがて機械の音が聞こえ始める。


「動きました?」


「はい。排水を始めています」


「おお」


俺は少し離れた安全な場所から、その様子を眺めた。


ホースを通って水が排出されていく。


もちろん、目の前の水位が一瞬で下がるわけではない。住宅地にたまった水の量を考えれば、これから時間をかけて抜いていくことになる。


「どれくらいで水が引くんですか?」


「場所によります。流入の状況や排水量にも左右されるので、今はまだはっきり言えません」


「そうですか」


堤防の担当者もそうだったけど、専門家の人たちは簡単に終わるとは言わない。


まあ、実際に現場を見ていると、その理由も分かる気がした。


排水作業が始まってしばらくすると、白石さんから休憩を勧められた。


「空中スイマーさん、少し休んでください。追加の運搬が必要になれば連絡します」


「分かりました」


俺は高台の活動拠点へ戻り、配られた飲み物を受け取った。


雨は少し弱くなっていたけど、服はまだ湿っている。救助の時から何度も外を移動しているせいで、さすがに少し疲れてきた。


休憩場所には、救助された住民も何人かいた。


毛布をかぶっている人、家族と電話している人、黙って座っている人。みんな安全な場所まで来られたはずなのに、表情はあまり明るくない。


「あれ、空中スイマーさん?」


声をかけてきたのは、さっき救助した男性だった。


「どうも。体調は大丈夫ですか?」


「ええ、おかげさまで。あの時はありがとうございました」


「いえいえ。無事でよかったです」


男性は手に持っていた紙コップを見ながら、少し笑った。


「いやあ、まさかワープで助けてもらうとは思わなかったですよ」


「俺も、こんな使い方をするとは思ってなかったです」


「すごいですね、本当に」


「まあ、移動だけですけどね」


そんな話をしていると、男性が住宅地の方へ目を向けた。


「水、いつ引くんですかね」


「今、ポンプ車を運んできたところです。排水は始まってるみたいですよ」


「そうですか。それならよかった」


男性は少し安心したようだった。


でも、すぐに表情が曇る。


「家に帰れたら、まず掃除しないといけませんね」


「そうですね」


「冷蔵庫もダメだろうなあ。車も浸かってたし」


「ああ……車もですか」


「ええ。家の前に止めてたんですけど、もう屋根の近くまで水が来てましたから」


それは厳しい。


俺も車を使うから分かるけど、車が使えなくなるだけでも生活はかなり不便になる。


男性はしばらく黙っていたけど、今度は別のことを話し始めた。


「それより、仕事がどうなるか分からないんですよ」


「仕事ですか?」


「近くの店で働いてるんですけど、そこも浸水したらしくて。店長から、しばらく営業できないかもしれないって連絡が来ました」


「え、それって給料は?」


「まだ分からないそうです。会社も今、状況を確認しているところみたいで」


「そうなんですか……」


男性は困ったように笑った。


「家も車もダメになって、仕事までなくなったら、どうしたらいいんでしょうね」


俺は返す言葉が見つからなかった。


家が水に浸かっただけでも大変なのに、車まで使えなくなって、そのうえ収入まで止まるかもしれない。


今まで普通に働いて、普通に生活していた人が、たった一度の災害でそこまで追い込まれるのか。


「雇用保険とか、そういうのは使えないんですか?」


「どうなんでしょうね。失業したわけじゃないですし、会社が再開するなら戻りたいですから」


「ああ、そっか」


失業したら失業給付、という話は聞いたことがある。でも、会社が休業しているだけならどうなるんだろう。


俺も詳しくは知らない。


「何か支援とかあるといいですね」


「そうですね。今は家のことも仕事のことも、何から手をつければいいのか分からなくて」


男性はそう言って、紙コップに口をつけた。


俺は何も言えず、しばらく隣に座っていた。


少しして男性が家族に呼ばれ、俺は1人になった。


目の前では、避難してきた人たちがそれぞれの時間を過ごしている。


さっきまで俺が運んでいた人たちだ。


命が助かったことは間違いなくよかった。でも、その後の生活については、俺が思っていたよりずっと問題が多いらしい。


「空中スイマーさん」


白石さんが来た。


「休めていますか?」


「はい。ちょっと話してました」


「そうですか」


俺はさっきの男性との会話を思い出した。


「白石さん、こういう災害で仕事がなくなった人って、どうなるんですか?」


「状況によります。雇用保険や休業に関する制度、被災者向けの支援など、利用できるものを確認していくことになります」


「会社が休業してるだけでも、何かあるんですか?」


「条件によってはあります。ただ、会社の状況や本人の雇用関係によって扱いが違いますので、一律には言えません」


「なるほど」


「住宅についても支援制度がありますが、被害の程度や世帯の状況によって対象が変わります」


「じゃあ、みんな同じ金額がもらえるわけじゃないんですね」


「そうですね」


俺は少し考えた。


「それでも生活できなくなったら、生活保護とかになるんですか?」


白石さんはうなずいた。


「必要な方は利用を検討できます。ただ、災害に遭ったから必ず生活保護になるわけではありませんし、生活保護を利用すること自体が悪いことでもありません」


「そりゃそうですよね」


「仕事を続けたくても勤務先がなくなったり、住む場所を失ったりすることもあります。そういう時に生活を支えるための制度です」


俺はさっきの男性の顔を思い出した。


仕事を辞めたいわけじゃない。むしろ、店が再開したら戻りたいと言っていた。


それでも、店が再開できなければ働けない。


「本人が頑張れば何とかなる、って話でもないんですね」


「そうですね。もちろん再就職などの支援もありますが、すぐに元の生活へ戻れるとは限りません」


「……大変だな」


白石さんも住宅地の方を見る。


「今はまだ、被害の全体像も分かっていませんから」


俺は自分の生活について考えてみた。


会社で働いて、給料をもらって、毎月投資をする。ある程度資産がたまったらFIREして、仕事を辞めても生活できるようにしたい。


今の目標は8,000万円。


その金額があれば、普通に暮らしていく分には十分だと思っている。


でも、もし自分の家が水に浸かって、車も使えなくなって、仕事までなくなったらどうなるんだろう。


もちろん、8,000万円もあれば、今回話した男性よりはずっと余裕があるはずだ。


それでも、家を直す費用や車の買い替え、仮住まいの費用なんかが一度に必要になったら、予定していた資産計画はかなり変わるだろう。


俺が考えていたのは、普通に生活できる状態で仕事を辞めるためのお金だった。


普通の生活そのものが壊れた時にどうするかまでは、あまり考えていなかった気がする。


「……俺のFIRE計画も、もうちょっと考えた方がいいのかな」


「何か言いました?」


「いや、こっちの話です」


白石さんが少し不思議そうな顔をしたけど、それ以上は聞いてこなかった。


ありがたい。


まだ自分でも、何を考えたいのかまとまっていない。


その時、排水作業の担当者から連絡が入った。


「空中スイマーさん、追加の機材をお願いできますか?」


「はい、行きます!」


俺は立ち上がり、白石さんと一緒に作業場所へ戻った。


追加のホースや機材を運び終えると、担当者たちはすぐに設置作業を始めた。


「これで排水、少しは早くなります?」


「条件が整えば、排水能力を増やせます」


「よかった」


俺は浸水した住宅地を見る。


まだ水位が大きく下がったようには見えないけど、少なくとも排水は進んでいる。


「水が引けば、みんな家に帰れるんですかね」


何となくそう聞いた。


隣にいた白石さんは、少し考えてから答えた。


「帰れる家もあります。でも、すぐには住めない家もあります」


「……そうなんですか」


「水が引いても、建物の安全確認や片づけ、修繕が必要になります。被害の程度によっては、住み続けるのが難しい場合もあります」


俺は住宅地を見つめた。


さっきの男性から、家電も車も仕事も失うかもしれないと聞いた。それでも、せめて水が引けば家には戻れると思っていた。


けれど、建物そのものが危険なら、片づけを始める前に住む場所を探さなければならない人もいる。生活を立て直すまで、一体どれくらいかかるんだろう。


俺は今日、何人もの人をワープで助けた。


それはよかったと思う。


でも、助けた人たちが明日からどうやって暮らしていくのか、俺には分からない。


「人を助けたら終わりだと思ってたんだけどな」


小さくつぶやく。


遠くでは、排水ポンプの音が続いていた。


水の中に並んでいる家を見ながら、俺はしばらくその音を聞いていた。

次回、第52話「助けた人、その後どうなった?」


次回更新:10月22日 12:10予定

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