第49話 人を救う前に水を止めろ?
政府端末に送られてきた集合地点を確認する。
もちろん、地図を見ただけでそこへ直接ワープできるわけではない。まず外へ出て、遠くを見ながら何度か景色をつないで移動していく。
ワープ。
移動を重ねるうちに、雨がどんどん強くなってきた。さっきまで俺の家の周りでは大して降っていなかったのに、こっちは完全に別世界だった。
道路には水がたまり、風も強い。遠くで赤色灯が光っていて、普段なら普通に車が走っていそうな道に、規制の車両が何台も止まっている。
『松さん、集合地点は浸水区域の外です。現場へ直接入らないでください』
移動中も白石さんから連絡が入る。
「分かってます」
一応返す。
前なら、被害が大きい場所を見つけたら、そのまま近くまで飛んでいたかもしれない。でも今は、どこまでが安全なのか、どこから先に消防や警察が入っているのか、重機がどこを通るのか、俺には分からない。
できることと、勝手にやっていいことは別だ。
最後のワープ。
指定された場所へ着く。
高台にある広い敷地には何台もの車やテント、発電機、照明が並び、雨具を着た人たちが慌ただしく行き来していた。ニュースで見る災害対策の現場そのものだった。
「空中スイマーさん!」
声の方を見る。
白石さんだ。
今日はさすがにいつもの仕事着ではない。雨具を着て、政府端末とは別に無線機まで持っている。
「来ました」
「ありがとうございます」
「で、何運びます?」
すぐ聞く。
俺の頭の中では、大型土のうとか、でかいブロックとか、その辺だった。
ところが白石さんは、
「まず、通信関係です」
「土のうじゃないんですね」
「まだです」
白石さんは、慌ただしく人が行き来している活動拠点へ目を向けた。
「現地では携帯電話などの通信が一部不安定になっています。すべて使えないわけではありませんが、この先も状況は変わります。現場同士の連絡や、空中スイマーさんへ継続して指示を出すためにも、先に通信手段を安定させます」
「ああ、なるほど」
俺がいくら速く移動できても、何をどこへ運ぶのか分からなければ意味がない。まして今は、俺の判断で勝手に動いていい現場でもない。
「じゃあ、まず通信を使えるようにして、その後に資材を運ぶ?」
「はい。河川側とも連絡を安定させてから動きます」
「分かりました」
人を助けに来たのに、最初の仕事が通信設備というのは少し意外だった。
でも考えてみれば、誰がどこで何を必要としているのか分からなければ、ワープがどれだけ速くても役に立たない。
少しして、別の担当者が来た。
「空中スイマーさんですね」
「はい」
もうその呼び方にも慣れた。
簡単な説明を受けると、必要な通信機材はここから少し離れた別の活動拠点に準備されているらしい。向こうにも担当者が待っていて、俺は指定された場所からここまで機材を運べばいい。
「その機材、俺が触って大丈夫ですか?」
「操作はこちらで行います。運んでいただくだけで大丈夫です」
「それならできます」
やることは単純だった。
俺は機械に詳しくないし、災害用の通信設備なんてもっと分からない。それでも、運ぶだけならできる。
まず受け入れ場所を確認する。周囲に人がいないこと、障害物がないこと、俺からきちんと見えていることを確認してから、機材が置かれている別拠点へ移動した。
ワープ。
向こうで待っていた担当者から、運ぶ物の説明を受ける。
衛星通信に使う設備や電源、そのほかにもいくつか機材が並んでいた。名前を聞いても半分くらい分からなかったけど、俺が操作するわけではないので問題はない。
「これ全部ですか?」
「はい」
「まとめていけます」
運ぶ機材をまとめて対象として認識する。
外へ出て、見える場所をつなぎながら高台の活動拠点が見える位置まで移動した。最後に、受け入れ用の空き区画を自分の目で確認する。
ワープ。
機材ごと、指定された場所へ移動した。
待っていた人たちがすぐに機材へ集まり、接続や確認を始める。俺は邪魔にならないよう少し離れて、その様子を眺めた。
「人を助けに来たのに、最初に通信設備か」
白石さんが答える。
「現場の状況が分からなければ、次の指示も出せませんから」
「ですね。俺だけ速くても意味ないか」
運ぶ場所と物が決まって初めて、俺の能力が役に立つ。今回はそういう仕事らしい。
しばらくして通信機材の設置が進むと、次の依頼が来た。
「空中スイマーさん、次は照明をお願いします」
「照明?」
「夜間作業が続きます」
言われて周囲を見る。
今いる場所は明るいけど、少し離れればかなり暗い。雨まで降っているので、俺から見ても人や車両の位置が分かりづらかった。
「なるほど。これ、俺がワープする時にもあった方がいいですね」
「そうですね。作業する人にも、空中スイマーさんにも必要です」
今度は照明車や投光器、電源関係の機材を運ぶ。
何度か往復しているうちに活動拠点の明るい範囲が広がり、人や車両の位置もさっきよりずっと分かりやすくなった。
俺の能力は便利だけど、見えない場所には行けない。通信で行き先を把握し、照明で安全な移動先を確認する。
これなら夜の現場でも、ワープによる輸送を繰り返せる。
「最初に通信と照明って、ちゃんと理由あるんだな」
「ありますよ」
「土のう運べって言われると思ってました」
白石さんが少し笑った。
「それはこれからです」
通信と照明が整ったところで、白石さんが別の人を連れてきた。雨具とヘルメット姿で、いかにも現場の人という感じだ。
「河川側で応急復旧を担当しています」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします」
俺はすぐ聞く。
「どこ塞げばいいですか?」
相手が少し止まった。
「空中スイマーさんには、塞いでもらいません」
「え」
思ってたのと違う。
「じゃあ何するんです?」
「必要な資材と機械を運んでいただきます。工法、投入場所、順番はこちらで判断します」
「俺、運ぶだけ?」
「はい」
即答だった。
でも、そこで少し安心した。俺に堤防を直せと言われても無理だ。
「それならできます」
説明を受ける。
今、水が住宅地側へ入り続けている。救助はすでに消防等が進めているが、水が入り続ければ救助が必要な場所そのものが増える。
俺は高台から少し向こうに見える、救助活動らしい明かりを見る。
「俺、今あっち行った方が早くないですか?」
河川側の担当者もそちらを見る。
「救助班は動いています。もちろん、救助側で空中スイマーさんの能力が必要になれば、そちらへお願いすることもあります」
「でも今はこっち?」
「今は、流入を減らすための資材輸送をお願いしたいです」
新しく助ける人を増やさない。
俺が1人助けることはできる。でも、その間に水がさらに広がれば、別の場所で何人も取り残されるかもしれない。
「分かりました。運びます」
その前に、河川側の担当者から流入している場所を見るかと聞かれた。
案内された安全な高所から、決壊地点そのものには近づかず、離れた場所から見る。
最初は何が何だか分からなかった。
雨の中、暗い川と照明、その先に水がある。でも少し見ていると、川側から住宅地側へ大量の水が流れ込んでいるのが分かった。
ニュース画面とは違う。
本物だ。
音まである。
「……これを止めるんですよね?」
「まず、流入を減らします」
「そこは違うんですね」
「重要です」
専門家って、簡単に止まったとか成功とか言わないな。
でも、ちょっと待て。
俺にはできそうなことがある。
「あの、あそこにでかいブロックとか置くんですよね?」
「使用する可能性はあります」
「だったら俺が直接、穴のところへ置いた方が早くないですか?」
ワープなら一瞬だ。重機で動かすより絶対に早い。
そう思ったけど、返事はすぐだった。
「水中の状態が見えていません。地盤がどうなっているか、どこが削られているか、置いた物が流れでどう動くか。こちらでも確認しながら判断します」
「ああ」
「さらに、作業中の重機や人員との位置関係もあります」
なるほど。
俺から見えるのは水面だけで、その下は見えない。そこへでかい物を適当にワープさせるのは、考えてみれば怖い。
「じゃあ勝手に置くのはダメか」
「やめてください」
「はい」
はっきり言われた。やることは分かりやすい。俺は運ぶだけで、実際の工事は向こうに任せればいい。
活動拠点へ戻る。
「最初は大型土のうをお願いします」
「やっと土のう来た」
白石さんが少し笑った。
「そんなに待っていたんですか?」
「災害対応って聞いた時から、なんとなく」
「イメージが単純ですね」
「素人なんで」
指定された資材置き場へ行くと、大型土のうがずらりと並んでいた。
「でかっ!」
大きな袋に土砂が詰まっている。とても人間が持ち上げられる重さじゃない。
「まず4基お願いします」
「4基ですね。分かりました!」
俺は土のうの1つに近づき、その上によじ登った。
「……何をしているんですか?」
白石さんが不思議そうに聞いてくる。
「乗って運ぶんですよ!」
「乗るんですか?」
「だって、持てないですし。このまま土のうごとワープすればいいじゃないですか!」
飛行機だって乗ったままワープできた。土のう1基くらいなら問題ないはずだ。
俺は土のうの上に腰を下ろし、自分と土のうをひとまとまりとして認識する。
「……座り心地は最悪ですね」
「運搬用の資材ですからね」
ですよね。
周囲に人がいないことを確認し、土のうに乗ったまま、見える場所をつないで活動拠点の近くまで移動する。
最後に、受け入れ用の空き区画を直接確認した。
ワープ。
土のうごと、指定された場所へ移動した。
「おお、成功!」
俺は土のうから降り、担当者に確認してもらう。
「ありがとうございます。残りもお願いします」
「了解です!」
見える場所をつないで資材置き場へ戻り、次の土のうに乗る。
ワープ。
同じように1基ずつ運び、最初の4基を届け終えた。
「次、20基です」
「……20?」
「順次で構いません」
「ですよね。さすがに20回か!」
それでも、トラックで運ぶよりずっと早い。
俺は再び土のうの上に乗った。安全な移動先を確認してはワープし、1基ずつ集積場所へ届けていく。
20基を運び終える頃には、土のうに乗るのもすっかり慣れていた。
「……なんか、変な乗り物に乗ってる気分だな」
飛行機を動かした時とは違う。あっちは1回がでかかった。今日は1回1回は難しくないけど、量が多い。
その後も砕石やブロックを指定された集積場所へ運び、現地にはどんどん資材が集まっていった。
普通ならトラックで道路を走って運ぶ。そこには移動時間も、渋滞も、通行止めもある。
俺なら、その間を消せる。
「これ、普段ならどれくらいかかるんです?」
河川側の担当者が答える。
「条件によりますが、資材や車両を集め、現地まで運び込むだけでも時間がかかります」
「俺、そこだけ消してるのか」
「かなり大きいです」
そこだけ。
でも、その『だけ』が今は必要らしい。
しばらくして、大型土のうや資材がかなり並んだ。
「これで塞げる?」
「まだです。重機が必要です」
「重機も運ぶ?」
「安全な受け入れ場所を確保できたものからお願いします」
指定された別拠点へ行く。
そこにあったのはバックホウだった。
でかい。
でも飛行機を見た後だと、
「飛行機よりは小さいですよ」
現地の人が一瞬止まった。
「ああ、そうですね」
自分で言って、基準がおかしいことに気づく。
「いや、大きいけど」
オペレーターが重機から降り、エンジンが停止していることを確認する。移動先も人払いされていて、受け入れ担当者が待機していた。
周囲の人や荷物、重機全体の範囲、移動先をもう一度確認する。
ワープ。
バックホウごと、指定された区画へ移動した。
現場ではすぐに施工側の人たちが動き始めた。
俺が運んだ土のう、砕石、ブロック、重機を、今度は俺じゃない人たちが使う。
「こんだけ運んだのに、俺まだ何も塞いでないな」
少し離れて作業を見ながら言うと、河川側の担当者が答えた。
「本来は、ここまでそろえること自体に時間がかかります」
「ああ」
そうか。
俺は工事できなくてもいい。
飛行機と同じだ。
俺はパイロットじゃないし、整備士でも管制官でもない。それでも飛行機をワープさせる部分だけを担当できた。
今回は土木作業員でもなければ、重機の運転もできない。堤防の直し方だって知らない。
でも、必要な物を一瞬で持ってくることはできる。
「これでいいのか」
「それをお願いしています」
「ですよね」
作業が始まってからも、俺は追加の資材を運び続けた。
雨はまだ降っているし、水も流れている。すぐに何かが劇的に変わるわけではない。
「減ってます?」
「まだ判断するには早いです」
「はい」
さらに資材を運ぶ。
少し経って、もう一度聞く。
「今は?」
「まだです」
「専門家って全然成功って言わないですよね」
担当者がこっちを見る。
「確認してから言います」
「航空会社も同じだった」
「航空会社?」
「こっちの話です」
また運ぶ。
やがて連絡が入り、無線を聞いていた河川側の担当者の顔が少し変わった。
「どうです?」
「流入量は落ちています」
「止まった?」
「止まってはいません」
「ですよね」
でも、減った。
それだけで少し空気が変わった。
救助側の状況も確認され、新たに水が広がる速度がさっきより落ちているらしい。
俺は暗い住宅地の方を見る。
まだ水はある。
家も道路も浸かっているし、助けを待っている人もいる。
全部終わったわけじゃない。
むしろ、これからだ。
その時、白石さんの端末に連絡が入った。
「空中スイマーさん」
「はい」
「救助側から協力要請です」
来た。
今度は人だ。
俺はすぐに立ち上がる。
「どこです?」
必要な情報を聞く。
安全な移動先、現場側の誘導、誰をどこへ運ぶのか。
浸水した住宅地の近くまで、安全な経路をつないで移動する。
ワープ。
景色が変わる。
さっきまでいた高台とは違う。水も家も救助隊も近い。
俺が姿を現した瞬間、避難している人の1人がこっちを見た。
「あ!」
その人が俺を指さす。
「ワープの人!」
次回、第50話「あ! ワープの人!」
次回更新:10月21日 12:10予定




