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ワープの松さん ~普通の会社員、ワープを副業にしてFIREを目指します~  作者: 松さん
第5編豪雨災害編

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第48話 雨が止まない

魚を捕りに行ってから数日後。


俺は普通に会社にいた。


「松さん、これ確認お願い」


「はい」


渡された資料を見る。昨日の実績、予算、修正箇所。もちろんワープは使わないし、政府も飛行機も白石さんもいない。ただの仕事だ。


最近、こういう時間が少し落ち着くようになってきた。


別に仕事が大好きになったわけじゃない。FIREしたいのも変わっていない。金融資産8,000万円を作って、会社へ行かなくても暮らせるようにする。そこは最初から同じだ。


ただ、少し前まで俺の生活はほとんど会社だけだったのに、今はYouTube、政府、航空会社、救助。この前なんて、昼飯の魚を捕りに行くだけなのに政府の担当者が同行してきた。


その中で会社へ来れば、


「松さん、ここの数字違わない?」


「あ、本当だ」


間違えて、直して、また仕事をする。


ワープ能力者でも配信者でもなく、普通の会社員として数字を見ている。なんとなく、こういう時間があると安心する。


昼休み。


スマホを見ると、最初に天気の通知が出ていた。


西日本の一部で、朝から強い雨が続いているらしい。ニュースを開くと、雨の中を流れる川や傘を差して歩く人、その横に『避難情報』の文字が出ている。


「結構降ってるな」


とは思ったけど、そのくらいのニュースなら毎年見る。


全国で雨が降るたびに俺が飛んでいくわけにもいかない。消防も自治体も警察もいるし、必要なら自衛隊だって動く。


念のため政府端末も見る。


通知はない。


「まあ、そうだよな」


そのまま昼飯を食べ、ついでに銀行アプリと証券口座も確認する。会社の給料、投資、YouTube、政府協力。収入源が増えたなと思いながら、航空会社から届いていたワープ体験便の報酬通知も見直した。


150万円。


「……150万か」


あの日は飛行機を3回ワープさせて、この金額が報酬として確定した。普通の会社員として考えれば、かなり大きな金額だ。


でも、今検討している月1回の航空案件が同じ金額になるとは決まっていない。誰が乗るのか、いくらなら売れるのか、どの路線にするのか。まだ需要調査中で、俺の報酬も未定だ。


「会社辞める話じゃないな」


そもそも、1回大きな金が入ったからといって、すぐ生活を変えるのも怖い。


どこかで、急に大金を手に入れた人は勢いで使ってしまう、みたいな話を見たことがある。本当かどうかは知らないけど、俺ならちょっとありそうだ。


飛行機。家。車。旅行。高い飯。


今まで買わなかったものまで「これくらいなら」で買い始めたら、150万円なんて普通に消える。


「まだいいや」


今は会社があって、YouTubeがあって、政府との仕事も副業もある。それで別に困っていない。


むしろ、ワープだけで生きるようになったら、毎日が政府からの連絡、企業との話、撮影、ワープ。また次の仕事。


それはそれで、今とは全然違う生活になりそうだ。


FIREしたい。


でも、今すぐ会社員じゃなくなりたいわけでもない。


「松さん、休憩終わるよ」


「あ、はい」


スマホをしまって、午後の仕事へ戻った。


しばらくして、隣で誰かが言った。


「まだ降ってるみたいだな」


「朝のやつ?」


「うん」


見せてもらったニュースでは、朝より明らかに水が増えていた。道路の一部が冠水し、川の近くでは避難指示も出ている。


「うわ」


「結構やばそう」


「ですね」


仕事へ戻っても、さっきのニュースが気になった。休憩のたびに確認すると、雨はまだ降っている。川の水位は上がり、一部の道路は通行止め。土砂災害の危険も高まり、避難所まで開設されていた。


「長いな」


朝からずっと、雨が止まらない。


夕方、仕事が終わりに近づいた頃、ポケットの政府端末が震えた。白石さんからのメッセージだ。


『松さん、現在、大雨による被害が拡大している地域があります』


『現時点では出動要請ではありません。状況共有です』


やっぱり、政府側も状況を把握していた。俺は人の少ない場所へ移動して返信する。


『見てます。まだ行かなくて大丈夫ですか?』


少しして返事が来た。


『はい。自治体、消防、警察はすでに活動しています。河川側とも連絡を取り、松さんの能力をどのように活用できるか確認中です』


『安全に活動できる場所と、具体的にお願いしたい内容が整理できたら、改めてご相談します』


「了解」


返信を送って、しばらく画面を見つめた。今は出動要請ではない。俺は仕事へ戻る。


昔ならニュースを見て、場所を調べて、とりあえず近くまで行っていたかもしれない。


でも今は、それが邪魔になる可能性も知っている。


俺が人を助けられることと、災害現場を動かせることは別だ。航空会社でも同じだった。飛行機を動かせても、俺はパイロットでも管制官でもない。


今日も同じだ。俺ができるのはワープだけ。現地から具体的な依頼が来て、自分にできることだと判断したら動けばいい。


「松さん?」


「あ、すみません」


仕事へ戻った。


定時になり、退勤する。


外へ出ると、こっちは普通だった。雨すら大して降っていない。


同じ日本なのに、数百km先では道路が水に沈んでいる。


家へ帰り、夕飯を食べながらニュースを見る。


朝とは映像が全然違った。


川沿いの住宅地では水が道路へ入り、場所によっては車のタイヤより上まで来ている。朝には普通の道路だった場所が、もう道路には見えない。


「これ……」


政府端末を見る。


まだ通知はない。


SNSにも、被害を伝える動画や投稿が大量に出ていた。


『水が入ってきた』


『避難できない』


『家から出られない』


『助けて』


その中に、俺の活動に触れる投稿も混ざっていた。


『政府と協力してる空中スイマーは?』


『こういう時こそ出番じゃないのか』


『もうどこかで動いてるかもしれないだろ』


「俺も行けるなら行きたいけど……」


画面を見ても、そこへ直接ワープはできない。電子映像は対象にならないし、地名や地図があっても、そこへ飛べるわけではない。近くまでなら景色をつないで移動できる。だけど、誰をどこから助けるのか、現地でどこが安全なのかも分からない。


「勝手に行くのは違うよな」


現場には消防や警察、避難する人、道路規制、重機。いろんなものが動いているはずだ。そこへ水泳帽をかぶった俺が突然入って、邪魔になったら意味がない。


ニュースを見続け、風呂から出てからもまた確認した。まだ降っている。


「本当に止まらないな」


政府端末は静かなままだ。何もできない。いや、今は勝手に動かない方がいい。そう思っても、映像の中では水が増えていく。


そこへ速報が入った。堤防の一部で異常が確認されたらしい。


「え」


詳しいことはまだ分からない。専門家が水位や流れ、避難について説明しているけど、俺には半分も分からない。ただ、状況がさらに悪くなったことだけは分かった。


その時、政府端末が鳴った。


今度はメッセージではなく、着信だった。画面には白石さんの名前が表示されている。すぐに応答する。


「はい」


『松さん、今お話できますか』


声が完全に仕事の白石さんだった。


「できます」


『現地から、正式に協力要請が上がりました』


俺は思わず立ち上がった。


「行けます。何をすればいいですか?」


少し間があった。


『ありがとうございます。ただ、今回はすぐに救助対象者のところへ向かっていただく形ではありません』


「え?」


ニュースには、浸水した住宅地や孤立して助けを求める人たちが映っている。


「人を運ぶんじゃないんですか?」


『救助活動自体は、現在も消防等が継続しています』


「じゃあ俺は?」


『河川側の専門チームから、松さんの能力を使った輸送支援について相談が来ています』


「輸送?」


人を、じゃない?


「何を運ぶんです?」


『まず、現地の通信確保に必要な機材です。その後、河川側の判断に応じて資材や車両をお願いする可能性があります』


「通信?」


最初に、そこ?


『現地では一部の通信に支障が出ています。松さんへ継続して指示を出すためにも、先に連絡手段を安定させます』


「……なるほど」


言われれば、その通りだ。


何をすればいいのか分からなければ、ワープできても運びようがない。


「それで、通信の次は?」


少し間があって、白石さんが答える。


『決壊または越水による流入を減らすための応急作業を検討しています』


「水を?」


『はい』


「俺が?」


『松さんに工事をしていただくわけではありません』


即答だった。


ちょっと安心した。


『河川側が必要な資材、機材、配置方法を判断します。松さんには、その輸送をお願いしたいということです』


「でも」


ニュースでは、家々が水に囲まれ、屋根の上で助けを待つ人も映っていた。


「今、助けを待ってる人いるんですよね?」


『います』


「だったら先に、その人たちを――」


言いかけたところで、白石さんが続ける。


『救助班はすでに動いています。ただ、水が入り続ければ、新たに孤立する人が増える可能性があります』


「……」


一人を助けている間にも別の場所へ水が入り、助けを待つ人が増えてしまうのか。


『現在、松さんにしかできない形で最も効果が大きい可能性があるのが、応急復旧に必要な資機材の輸送です』


今までなら、危ない人がいればそこへ行き、ワープして助ける。それでよかった。でも、今回は違う。


「つまり」


『はい』


「人を救う前に、水を止める?」


『正確には、流入を減らします』


「そこは違うんですね」


『大事なので』


いつもの白石さんだった。


少しだけ安心する。


でも、ニュースではまだ雨が降っている。


「分かりました」


水泳帽、ミラーゴーグル、マスク。それにバッグ。いつもの装備を取り出す。


「何を運べばいいか、教えてください」


『まず集合地点を送ります』


「はい」


政府端末を見る。


位置情報へ直接ワープすることはできない。だから、いつも通り見える場所をつないで向かう。


ただ、今回その先で待っているのは人ではない。


川だ。


そして。


雨は、まだ止んでいなかった。

次回、第49話「人を救う前に水を止めろ?」


次回更新:10月20日 20:10予定

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