第47話 政府の人と昼飯を捕りに行く
数日後、政府から借りている端末に白石さんから連絡が入った。
『魚の採捕についてですが、前回の試行後、高知県側から追加で問題になる点は出ていません』
「お」
前にもやった魚捕りだ。高知まで行って、ワープは俺自身の移動だけに使い、最後はタモ網で捕まえる。高知県側へ伝えた候補場所と条件なら、一般の遊漁者が使える漁具・漁法の範囲だと確認されている。
ただ、能力を使った採捕なんて前例がない。だから前回は、魚の種類や数、大体の大きさまで報告した。
『今回も同じ候補場所・条件で行うのであれば、前回と同じ整理で進められます』
「じゃあ、もう1回できるのか」
続けて読む。
『前回との比較もしたいため、今回も採捕した魚の種類、数、おおよその大きさを記録してください』
「また昼飯報告するのか」
まあ、今回はそれも目的の一つだ。
『配信についても、前回と同様、周囲の方や場所の詳細が不必要に映り込まないようお願いします』
そこも前と同じだ。前回も生配信しているし、今回は新しく配信許可を取ったわけではない。あくまで同じ方法をもう一度試して、その経過を確認する。
最後に、もう一通。
『私も同行します』
来た。あの「仕事半分、遊び半分」という話だ。
俺の休みと白石さんの予定、天気を確認して、問題なさそうな日を返す。送られてきた集合場所は政府側の施設だった。
お互いの家で合流するわけではないあたり、そこは普通に仕事らしい。
当日。タモ網、配信用スマホ、調理道具、タオルにおにぎり。前回の経験があるから、必要な物も大体分かっている。
指定された施設へ着くと、白石さんはすでに待っていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
今日はいつもの仕事着より動きやすそうな格好だった。
「その服で来るんですね」
「海へ行くので」
「仕事半分だから?」
「それは着いてから考えます」
「考えるんだ」
一緒に荷物を確認し、前回と同じ採捕条件や配信中の注意、採捕後の記録について確認する。特に新しい条件はないらしい。
「では、行きますか」
「はい」
俺は遠くを見る。
「白石さん」
「はい?」
「一緒に行く時、どうします?」
白石さんは少し考えてから、俺の肩をつかんだ。
「これでいいですか?」
「そこなんだ」
「何か問題ありますか?」
「ないです」
手でも腕でもなく、肩。なんとなく白石さんらしい気もする。
「離さないでくださいね」
「分かりました」
遠くを見て、ワープ。景色が変わったら、また次の景色を見つけてワープする。
移動を続けている間は、会話する余裕もない。白石さんは俺の肩をつかんだまま、何度も切り替わる景色についてくる。
しばらくして、高知の海沿いに到着した。人の邪魔にならない場所へ降りる。
白石さんが肩から手を離す。
「到着」
「早いですね」
「最近、飛行機ばっかだったから余計そう感じますね」
荷物を置き、いつもの水泳帽、ミラーゴーグル、マスクを身に着けた。三脚を立ててスマホを固定し、前回と同じように場所の詳細や関係ない人が映らないよう、画角を調整する。
「白石さんは?」
「基本は画角の外にいます」
「声は?」
「問題ありません」
「じゃあ政府側の担当者さんってことで」
「それでお願いします」
全国へ本名や所属を紹介する必要はない。配信中は俺が「空中スイマー」、白石さんは「政府側の担当者さん」。うっかり普段の呼び方を出さないよう、お互い気をつける。
配信開始。
「どうも、空中スイマーです」
コメントが流れ始める。
『海だ』
『また魚?』
『昼飯捕るやつ?』
「覚えてるな」
タモ網を見せる。
「今日は、前にやった昼飯捕りをもう1回やります」
『また高知?』
『メジナのやつ』
『バター焼き』
「詳しすぎるだろ」
画角の外から、少し笑う声がした。
すぐにコメント。
『今誰かいた?』
『声した』
「今日は政府側の担当者さんも一緒です」
『政府!?』
『昼飯に政府いるの草』
『何確認するんだ』
白石さんが画角の外から。
「よろしくお願いします」
コメントがさらに増える。
「前回の魚捕り、あれ一応、能力を使った採捕方法の確認も兼ねてたんですよ」
「前回は、魚そのものをワープさせず、空中スイマーさん本人の移動に能力を使い、最後はタモ網で採捕しています」
白石さんが補足する。
「捕った魚の種類、数、大きさも報告しました」
『昼飯報告書』
『本当に仕事なんだ』
『今日は政府案件?』
俺は横を見る。
「今日これ仕事?」
少し間があった。
「採捕方法の確認です。その後は、私も一緒に昼食を取る予定です」
『遊び半分あるんだ』
『政府の人普通に遊ぶ気だ』
「食事は、採捕の確認が済んでからです」
『食事はあるんだw』
「じゃあ、先に仕事を終わらせますか」
「お願いします」
タモ網を持って海へ向かう。スマホと荷物は岸に置いたまま、白石さんもそこに残る。
前回は浅い場所へ降りて、逃げる魚を何度も追いかけた。でも、一度やって気づいた。別に魚を追いかける必要はない。俺にはワープがある。
「前より楽に捕ってきます」
「前回と方法が変わるんですか?」
「ちょっとだけ」
海を見渡してワープ。少し高い位置から海面をのぞき、さらに場所を変えながら魚影を探す。
いつの間にか岸は遠くなっていた。ここからでは白石さんと会話なんてできない。聞こえるのは海と風の音だけだ。
その頃、岸に置いたスマホには、俺の姿が遠くに小さく映っていた。
『めっちゃ遠く行った』
『政府の人置いてかれた』
『今何してるの?』
画角の外から白石さんの声。
「魚を探しています」
『政府の人解説してくれる』
『今日は何の確認なの?』
「前回と同じ採捕方法で、手順をもう一度確認しています」
『魚はワープさせないんだ』
「はい。今回も前回と同じ候補場所と条件で行っています」
『だから政府の人いるのか』
『昼飯なのにちゃんとしてる』
「昼食ではあります」
その頃、俺は魚を見つけていた。
「……いた」
事前に見分け方を確認していた魚だ。大きさも問題なさそう。今回は水の中へ降りず、魚の進む方向と速さを見ながらタモ網を構える。
「こうだな」
身体を横にして、水面の上に寝転がるような姿勢を取った。狙うのは、網をほんの少し動かせば魚に届く位置だ。
その場所を見定めて、ワープ。
景色が一瞬で変わり、海面が目の前に迫った。魚はすぐそこ。網の口は、ちょうど進行方向を向いている。
魚が動く。でも、今回は追いかけない。腕を数センチだけ動かした。
ざばっ。
「入った」
網の中で魚が跳ねる。
「……前よりめっちゃ楽じゃん」
前回は何回も逃げられたのに。まあ、一度やってみたから分かったことだ。魚を追うんじゃなく、網を入れたい場所へ俺が先に行けばいい。
魚を確認して、岸を見た。遠い。
「戻るか」
何度か景色をつないでワープし、スマホの近くに戻った。
「捕れました」
『早』
『さっきまで点だったぞ』
『どうやった』
白石さんも魚を見る。
「前回よりかなり早かったですね」
「追いかけるのやめました」
「どうしたんですか?」
「網を動かすんじゃなくて、網を構えた俺が一番いい場所にワープしました」
少し考えてから、白石さんが言った。
「能力の使い方が上手くなっていますね」
「魚捕りで成長を評価された」
『政府評価:魚捕りが上手くなった』
「そういう評価ではありません」
「じゃあ仕事の方やります?」
「はい。まず記録します」
急に仕事の話へ戻った。魚種、採捕数は1匹、おおよその大きさと写真。白石さんが確認し、俺も一緒に記録を見る。
「これで現地の確認は?」
「はい。今回の採捕の記録は取れました」
「じゃあ遊び半分?」
「まだ報告は残っています」
「厳しい」
「でも、調理は確認対象ではありません」
「来た」
ここからは昼飯の時間だ。調理道具を取り出す。前回はバター焼きだったので、今回は塩焼きにする。
「同じの作らないんですね」
「動画的にも違う方がいいでしょ」
「そこは配信者なんですね」
魚の下処理は俺が担当し、白石さんは横で見ている。
「何か手伝います?」
「じゃあ塩お願いします」
「塩だけ?」
「包丁より安全」
「私の料理能力を何だと思ってるんですか」
「知らないから」
「普通にはできます」
普通。一番分からない答えだ。
必要な下処理を終え、焼く準備をする。白石さんが塩を振った。
「これくらい?」
「もうちょい」
「感覚ですね」
「料理なんてそんなもんでしょ」
「空中スイマーさんらしいですね」
カセットコンロに火をつけて魚を焼く。じゅっと音がして、コメントも流れ始めた。
『政府の人と料理してる』
『仕事どこいった』
「採捕確認は終わりました」
白石さん。
「報告は残っています」
「終わってなかった」
『草』
魚が焼けるいい匂いに、余計に腹が減る。しっかり火を通したら完成だ。持ってきたおにぎりも出す。
「いただきます」
「いただきます」
一口食べる。
「うま」
白石さんも魚を口に運んだ。
「おいしいですね」
「でしょ」
「捕ったのは空中スイマーさんですけど」
「塩は担当さん」
「そこまで分けます?」
「共同制作」
『政府の仕事:塩』
「違います」
白石さんの反応が早い。
俺も笑う。
前回は一人で食べた魚も、今日は二人で食べている。同じような魚捕りなのに、少し違う時間になった。
食べ終えたら調理道具やゴミを片付け、記録用の写真も確認する。忘れ物がないかまで見てから、配信を締めることにした。
「じゃあ今日はこの辺で」
『政府の人また出て』
『担当さん普通に馴染んでる』
『また飯捕りやって』
俺は画角の外を見る。
白石さんが答える。
「必要があれば」
『仕事回答だ』
「じゃ、お疲れさまでした」
配信を終えると、急に静かになった。聞こえるのは海の音だけだ。
「これで現地の仕事は終わり?」
「はい。報告は戻ってからまとめます」
「じゃあ帰ります?」
そう言って荷物を持ったところで、白石さんが海を眺めているのに気づいた。
「急いでいますか?」
「いや」
今日は休みだし、次の予定もない。
「少しだけ、ここにいます?」
「そうですね」
座るでもなく、二人で少し海沿いを歩いた。配信は終わっているし、確認作業も済んでいる。さっき捕った魚や、コメントの話をする。本当にそれだけの時間だった。
しばらく歩いてから、今度は俺から声をかけた。
「そろそろ戻りますか」
「はい」
白石さんが、また俺の肩をつかむ。
「お願いします」
「帰りもそこなんですね」
「一番分かりやすいので」
「じゃあ行きます」
海の向こうに見える次の景色へ、ワープ。
仕事半分、遊び半分。
たぶん、今日は本当にそんな一日だった。
次回、閑話47.5「政府は松さんをどう扱う?」
次回更新:10月19日 20:10予定




