第46話 月1の仕事、1時間で終わらせたい
次の航空会社との打ち合わせ。
今回も俺と白石さん、それから航空会社の担当者が同じ部屋にいた。
前回は、ワープ便を誰が買うのか考えた。時間を買いたい人、旅行を楽しみたい人、ワープ自体を思い出にしたい人。ただ、実際にいくら払うのかはまだ調査中だ。
今日はその続きではなく、俺がどんな条件で働くかを決める。
担当者が資料を開く。
「需要調査はまだですか?」
「はい。実際の価格や路線を示した場合の需要は、引き続き確認しています」
そこは航空会社に任せるしかない。
「今日は俺の働き方の話ですよね?」
「はい」
白石さんがうなずく。
「報酬だけでなく、時間の条件も大事ですから」
「そこは譲れませんね」
担当者が資料を一枚めくった。
「需要と商品設計は引き続きこちらで検討します。その一方で、空中スイマーさん側の対応条件についても、先に整理しておきたいと考えています」
「俺側?」
「はい。月1回程度という前提は、これまでのお話どおりで問題ないでしょうか」
「あ、それは大丈夫です」
月1。
そこは前から変わっていない。
毎週飛行機。
まして毎日飛行機。
そんな働き方をしたいわけではない。
本業もある。
YouTubeもある。
政府から何か頼まれることもある。
何より、普通に休みたい。
「問題は、1回でどこまでお願いするかです」
「1回って、1便?」
「そこも含めてご相談です」
資料を見る。
まだ具体的な路線名はない。
代わりに。
出発。
移動。
到着。
次便。
そんな言葉が並んでいる。
「1便だけやって帰るの、もったいなくないですか?」
言ってから、自分でも思った。
俺が航空会社側みたいなことを言っている。
担当者も少し笑った。
「こちらから言おうとしていました」
「やっぱり?」
「空中スイマーさんに1便だけのために日程を空けていただくより、同じ日に複数便へ対応いただく方が効率的ではあります」
「ですよね」
でも。
嫌な予感もする。
「何便?」
「そこを、空中スイマーさんの希望する拘束時間から考えたいと思っています」
「拘束時間」
この言葉を聞くと、急に仕事っぽい。
いや、仕事なんだけど。
「空中スイマーさんとしては、月1回の航空案件に、どの程度の時間までなら使えますか」
俺は少し考えた。
半日。
長い。
3時間。
まだ長い。
2時間。
できなくはない。
でも月1とはいえ、休日にわざわざ入れる副業だ。
「1時間くらい?」
担当者が確認する。
「1時間以内、という意味でしょうか」
「いや、そこまで厳密じゃないです」
俺は手を振る。
「59分59秒で終わらなかったらアウトとかじゃなくて。だいたい1時間くらい」
白石さんが少し横を向いた。
「何ですか?」
「いえ。空中スイマーさんらしいと思いまして」
「1時間が?」
「59分59秒の方です」
「そこ?」
担当者が話を戻す。
「では、前後する可能性はあるものの、全体として約1時間を目安とする形であれば?」
「それなら全然いいです」
半日消えるのは嫌だけど。
1時間なら。
朝から予定を全部空ける必要もない。
終わってから何かできる。
YouTubeも。
遊びも。
寝るのも。
「むしろ、それくらいなら月1でやりやすい」
「承知しました」
担当者が資料へ書き込む。
「現在想定している手順ですと、約1時間で4区間程度が基本になると考えています」
「4回?」
「はい。飛行機を4回移動していただく形です」
思ったより多い。
「俺だけなら、もっとできますけど」
「能力上の限界として4回としているわけではありません」
「ああ」
「各便での安全確認、空中スイマーさんの移動、次の機体の確認、航空側・管制側との連携などを含めた運用上の目安です」
「ワープする時間より、待つ時間の方が長いやつ」
「そうなると思います」
やっぱり。
俺の能力だけなら。
見る。
ワープ。
終わり。
でも旅客機は。
そうはいかない。
中に人がいる。
航空会社がいる。
空港がある。
管制がある。
確認する人もいる。
世界で唯一かもしれないワープでも。
仕事にすると、待ち時間が発生する。
「4回なら」
資料を見る。
「羽田から4機飛ばす感じ?」
「例えば羽田を開始地点とする場合ですが」
担当者が簡単な図を出した。
羽田。
矢印。
A。
矢印。
B。
矢印。
C。
矢印。
羽田。
「……あれ?」
俺は図を見る。
「羽田、A、B、C、羽田?」
「はい」
「羽田からAに行って、また羽田戻って、次Bじゃないんだ」
「その場合、羽田へ戻る移動が余分に必要になります」
「あ」
そうか。
俺が自分だけ帰るなら一瞬ではないけど、飛行機を商品として動かすなら、その1回も使う。
「1便目の目的地を、2便目の出発地にします」
担当者が図を指す。
「羽田からAへ。Aには次に空中スイマーさんが担当する機体を準備しておく」
「それをAからBへ」
「はい」
「Bにまた次の飛行機」
「はい」
「BからC」
「その後、Cから最後の便を羽田へ」
「なるほど」
4回。
全部。
飛行機を客の行きたい方向へ動かすために使える。
「リレーみたい」
「イメージとしては近いです」
俺はもう一度図を見る。
羽田。
A。
B。
C。
羽田。
「最後、羽田に戻るんですね」
「はい。開始空港へ戻る形を基本として検討しています」
「それ助かる」
白石さんが俺を見る。
「空中スイマーさんなら、どこからでも帰れるのでは?」
「帰れますけど、遠くから一人で戻るのって、もったいなくないですか?」
「もったいない、ですか?」
「最後の便を日本行きにすれば、帰り道も仕事にできますよね?」
「お客さんを運べる機会を、俺だけの帰り道に使うのは惜しいですよ」
「最後の1回を、日本行きの飛行機に使えばいいでしょ」
白石さんが少し考える。
「空中スイマーさんらしいですね」
「どこが?」
「能力の使い方まで、無駄を嫌うところが」
「FIRE目指してるんで」
「そこにつながるんですか?」
「だいたいつながります」
それに。
仕事が終わったら、そのまま帰れる。
普通に考えても、その方が楽だ。
「羽田開始なら羽田に戻る。それでお願いします」
「ご希望として承りました。実際の運航計画に反映できるか確認します」
「あ、俺は着陸まで待つんですか?」
「いいえ。安全を確認した上で、ワープ区間の終了後に次の機体へ移る運用を検討しています」
「だから約1時間で4機なんですね」
少し気になる。
「4回終わって」
「はい」
「まだ50分だったら?」
担当者が止まる。
白石さんも見る。
「5便目追加されます?」
「事前に予定されていない便を、その場で追加することは想定していません」
「良かった」
「そこ気にしてたんですか?」
白石さん。
「だって約1時間って言ったじゃないですか」
「はい」
「じゃあ1時間いっぱいまで仕事詰めます、ってなる可能性あるかなって」
「会社員ですね」
「会社員です」
本当に。
俺はまだアルタークの社員だ。
勤務時間。
休憩。
退勤。
そういう感覚の方が普通に身についている。
「基本は事前に設定した4区間です」
担当者が言う。
「安全上の理由等で時間が延びる場合や、中止になる場合はあります。ただ、早く終了したから予定外の便を追加するという運用にはしません」
「いいですね」
「また、空中スイマーさんの体調不良や、能力使用が難しいと判断された場合も中止可能とします」
「はい」
「その場合でも通常便の運航そのものが止まらない設計にします」
「それ大事」
俺が風邪をひいた。
日本の航空が止まった。
それは困る。
航空会社も困る。
俺も困る。
「じゃあ」
俺は指で数える。
「月1回」
「はい」
「約1時間」
「はい」
「飛行機4回」
「はい」
「着いた空港が次のスタート」
「はい」
「最後は最初の空港に戻る」
「はい」
「5回目勝手に追加しない」
「はい」
「良いじゃないですか」
白石さんを見る。
「何ですか?」
「なんか普通に仕事の条件決めてる」
「仕事なので」
「最近それ多いな」
飛行機をワープさせる。
文字だけなら、とんでもない。
でもやっていることは。
働く日。
働く時間。
何回やる。
どう終わる。
休む時は休めるか。
普通の仕事と。
意外と変わらない。
「あ」
忘れていた。
「で、いくらです?」
白石さんが小さく息を吐いた。
「来ましたね」
「そこ大事でしょ」
担当者が苦笑しながら答える。
「正式な報酬条件については、運航する路線、商品価格、需要調査の結果を踏まえて改めて提示します」
「まだなんだ」
「はい」
「4回働くことだけ決まった」
「月1回です」
白石さんが訂正する。
「分かってますって」
でも。
まだ誰が乗るかも完全には決まっていない。
富裕層。
経営者。
有名人。
時間を大事にする人。
いろいろ考えられる。
でも。
実際に、その日の、その路線に、高い金を払って乗ってくれるか。
そこはまだ分からない。
俺の働き方は決められる。
でも商品として成功するかは、これから調べる。
「変な感じですね」
「何がですか?」
「俺の勤務時間は決まったのに、客が誰かまだ決まってない」
担当者が答える。
「そのための需要調査です」
「商売だなあ」
「商業利用ですから」
前にも聞いた。
でも。
少しずつ。
本当にそうなってきた。
会議が終わる。
建物を出て、白石さんと歩く。
「月1で約1時間なら、悪くないな」
「約1時間です」
「そこ毎回言います?」
「1時間以内ではないので」
「俺が言ったんですけどね」
白石さんが少し笑う。
俺も政府端末を見る。
次の航空案件。
まだ先。
需要調査。
運航設計。
契約。
その間。
「最近、飛行機ばっかだったな」
「そうですね」
「YouTube、普通の企画もやらないと」
「普通の企画とは?」
「俺基準の普通です」
「不安ですね」
失礼な。
何かないか考えながら歩いていると。
白石さんが先に口を開いた。
「そういえば」
「はい?」
「以前、高知で魚を捕る配信をしていましたよね」
「ああ」
海までワープして。
魚を探して。
タモ網で捕まえて。
その場で焼いて食べた。
「ありましたね」
「あの方法、もう一度やってみませんか?」
「魚捕り?」
「はい」
俺は白石さんを見る。
「白石さんから言うんだ」
「前回は、高知県側に確認した場所と条件での試行でしたから」
「あ」
そうだった。
魚そのものをワープさせるのは保留。
俺の移動にだけワープを使って、最後はタモ網で捕まえる。
それなら、その時確認した条件では問題ない。
そういう話だった。
しかも。
「魚、報告しましたね」
「はい。種類、数、おおよその大きさを確認していただきました」
昼飯を食べただけなのに。
メジナ1匹。
何センチくらい。
ちゃんと報告した。
「能力を使った採捕方法の確認も兼ねていましたので」
「じゃあ、もう1回やる意味もある?」
「あります。もちろん、同じ場所や同じ条件で行うかは改めて確認が必要ですが」
なるほど。
遊びで魚を捕る。
配信にもなる。
前に試した方法を、もう一度確認する意味もある。
一応、全部つながっている。
「でしたら」
白石さんが続ける。
「次に行う時、必要であれば私も同行できます」
「白石さんが?」
「はい」
「仕事で?」
少しだけ間が空く。
「仕事半分、遊び半分ですね」
「遊び半分あるんだ」
「せっかくですから」
珍しい。
白石さんの方から、そういう話をしてくるとは思わなかった。
「じゃあ配信にします?」
「松さんがやりたいのであれば」
「やります」
即答した。
「ただし、場所や撮影範囲、採捕条件は改めて確認しましょう」
「お願いします」
前に高知でできたからといって。
全国どこでも同じルールとは限らない。
むしろ。
その確認まで含めれば。
前と同じ魚捕りでも、少し違う企画になりそうだ。
「白石さんも一緒なら、政府コラボみたいですね」
「同行と配信への出演は別です。撮影範囲も確認してください」
「でも調査も兼ねてるんでしょ?」
「確認も兼ねています」
「仕事半分」
「半分というのは厳密な割合ではありません」
「急に正確」
「松さんがそのまま配信で言いそうなので」
言うところだった。
でも。
仕事だけなら。
白石さんが「遊び半分」なんて言う必要はない。
そこが少しだけ。
前とは違った。
次回、第47話「政府の人と昼飯を捕りに行」
次回更新:10月19日 12:10予定




