第44話 今度は本当に時間を飛ばします
数週間後の休日。
俺はまた空港にいた。
「今日は本当に飛行機あるんだな」
前に普通の配信をした時、
『次の航空関係の試験は、1か月くらい先』
と言った。
実際には三週間ちょっと。
まあ、大体一か月だ。
一般客のいる場所から離れた区画で、いつもの格好になる。
水泳帽。
ミラーゴーグル。
マスク。
前回のワープ体験便と同じように、身元を出すつもりはない。
「おはようございます」
聞き慣れた声。
振り向く。
「白石さん」
「おはようございます」
「今日も乗るんですか?」
「政府側の連絡担当ですので」
「便利だな、その肩書き」
白石さんが少しだけ止まった。
「まだ言うんですか?」
「使いやすいから」
「便利なのは言葉ではなく業務上の役割です」
「はい」
今日も仕事の白石さんだった。
案内されて機体へ向かう。
前回と違って、一般のお客さんはいない。
操縦士。
航空会社の試験担当。
安全確認をする人。
政府側の関係者。
必要な人だけ。
「静かですね」
「試験ですから」
「前は100人乗ってたからな」
あの時はワープするたびに歓声が上がった。
今日はたぶん上がらない。
機内へ入る。
俺の席は、前方の空と進行方向を直接確認できるように調整された試験用の位置。
航空会社の担当者が資料を持ってくる。
「改めて、本日の目的をご説明します」
「お願いします」
「前回は、一般のお客様にワープそのものを体験していただく特別便でした」
「はい」
一席10万円。
100席。
俺の報酬150万円。
忘れようがない。
「今回は違います」
「長距離のやつですよね」
「はい。今回は、ワープを使うこと自体を商品にするのではなく、実際の移動時間をどこまで短縮できるかを確認します」
「ああ」
そこで、やっと少し分かった。
「今回はワープが商品じゃなくて」
「はい」
「早く着くことが商品になるのか」
「そういう方向を検討するための試験です」
なるほど。
前回は、
『世界で唯一かもしれないワープを体験できます』
だった。
今回は、
『普通なら何時間もかかるところへ、かなり早く着きます』
になる。
同じ能力なのに、売っている物が違う。
「今日、一発で目的地まで行くんですか?」
「いいえ」
即答だった。
「ですよね」
前にも聞いている。
一発で全部飛ばすのではない。
普通に離陸する。
航空側が安全な巡航状態を作る。
進行方向。
高度。
周囲。
問題がないことを確認してから、俺が機体全体をワープさせる。
その後、また確認。
必要なら普通に操縦して位置や向きを整える。
それから次。
「俺はワープだけ」
「はい」
「飛ばす方向とか、安全かどうかはそっち」
「その認識でお願いします」
「分かりやすい」
しばらくして搭乗準備が終わる。
今日は客室がかなり空いている。
前回との違いがすごい。
「なんか貸し切りみたいですね」
「実質的には試験機ですから」
白石さんがシートベルトを締める。
「白石さん、こういう飛行機何回目?」
「普通の飛行機を含めるなら数えていません」
「俺のワープするやつ」
「それなら、数えられる程度です」
「そのうち俺より乗ってそう」
「空中スイマーさんがいないとワープしません」
「あ、そっか」
当たり前だった。
機体が動き始める。
滑走路。
加速。
離陸。
ここまでは普通の飛行機だ。
高度を上げていく。
シートベルト着用の表示が消える。
俺は少し窓の外を見る。
雲。
空。
遠くの地面。
前回は乗客が周りにいた。
今日は関係者しかいない。
少しして、航空会社の担当者が来る。
「ワープ区間へ入る準備を開始します」
「はい」
機内の空気が変わる。
操縦席側。
航空会社。
管制。
いくつもの確認が進む。
俺は待つ。
「まだですか?」
「まだです」
「はい」
また待つ。
数分後。
「現在の飛行状態、周辺状況ともに問題ありません」
「やっと俺の番?」
「はい。指定した進行方向でお願いします」
窓越しに前を見る。
空。
遠くの景色。
航空側が安全を確認した方向。
そこへ。
「行きます」
飛行機全体を一つとして認識する。
乗っている人。
荷物。
俺自身。
全部まとめて。
ワープ。
景色が変わる。
身体に強い衝撃はない。
飛行機は、そのまま飛んでいる。
前回までと同じ。
でも今日は。
「はい、次」
とはならない。
操縦席側から確認が始まる。
現在位置。
高度。
速度。
向き。
機体状態。
俺は座ったまま待つ。
「……結構待つな」
白石さんが隣を見る。
「必要な確認です」
「ワープ一瞬なのに」
「一瞬で移動したからこそ確認しています」
「それもそうか」
能力だけなら。
今すぐもう一回できる。
でも。
できることと、やっていいことは違う。
俺の体感では成功。
だから次。
ではない。
飛行機を動かしているのは俺だけじゃない。
航空会社。
操縦士。
管制。
空港。
全部つながっている。
しばらくして。
「次のワープ準備が整いました」
「はい」
また前を見る。
「行きます」
ワープ。
また景色が飛ぶ。
確認。
待つ。
「地味ですね」
白石さんがこっちを見る。
「何がですか?」
「前回はワープするたびに、うおおおってなってたじゃないですか」
「今日は試験です」
「やってることはこっちの方が実用的なのに」
「そうですね」
淡々としている。
でも。
その通りだった。
前回は世界初の体験。
今回は。
これが本当に交通になるかを見る。
3回目。
ワープ。
また確認。
俺は時計を見る。
「……」
時間。
窓。
現在地の説明。
「もうここ?」
「はい」
担当者が答える。
「通常の飛行であれば、まだかなりの時間を巡航に使う区間です」
「マジか」
ワープ自体は何度もやった。
自分だけなら。
県をまたぐのも。
遠くへ行くのも。
かなり慣れた。
でも。
旅客機の中にいて。
本来なら座って待っているはずの時間が、まとめて消えている。
そこで初めて。
「これ、本当に時間飛ばしてるな」
思った。
白石さんを見る。
「ワープですから」
「いや、それはそうなんですけど」
言葉にすると、そのままだ。
「これ、乗ってる時間ほとんどなくない?」
「それが目的です」
「そうなんですけど」
世界初かもしれない時間短縮試験。
早く着くための試験なんだから、考えてみれば当たり前だった。
「全部これになるわけじゃないんですよね?」
「その予定はありません」
白石さんが答える。
「空中スイマーさんが毎日飛行機に乗る前提にはしません」
「あ、それもそうか」
俺が休んだら飛ばない交通網。
それは困る。
普通の飛行機は普通に飛ぶ。
俺が受ける時だけ、ものすごく早い便がある。
そのくらい。
さらにもう一度。
ワープ。
その後、航空側から、
「今回予定していたワープ区間は終了です」
と説明が入った。
「もう終わり?」
「はい」
「早」
そこからは普通だった。
普通に飛ぶ。
高度を下げる。
着陸態勢へ。
「最後はワープしないんですね」
「通常の方法で安全に着陸できるのであれば、通常運航へ戻します」
「ですよね」
俺が飛行機を地面へ置く必要はない。
脚が出なかった時は。
それしか安全な選択肢がなかった。
今日は違う。
普通に着陸できる。
なら。
普通に着陸する。
滑走路が近づく。
接地。
少し揺れる。
減速。
「着いた」
なんだろう。
普通に着いた。
当たり前なのに。
「早かったな」
そこだけがおかしい。
機体を降りて、関係者のいる部屋へ移動する。
簡単な速報説明が始まった。
細かい評価はこれから。
機体データ。
運航記録。
位置誤差。
燃料。
各確認にかかった時間。
全部見るらしい。
「今の時点では、どうなんです?」
俺が聞く。
航空会社の担当者が答える。
「長距離区間の時間短縮について、実用化検討を継続する価値は十分にあると考えています」
「成功?」
「試験としては、予定していた項目を確認できました」
「航空の人、成功って簡単に言わないですよね」
少し笑われた。
「評価はこれからです」
「はい」
俺なら、
『できた!』
で終わるところだ。
そうならないのが専門家なんだろう。
説明が終わる。
次の打ち合わせまで少し待ち時間。
白石さんが自販機へ向かう。
俺はバッグから水筒を出した。
「買わないんですか?」
「水持ってきてるんで」
「用意がいいですね」
「自販機で毎回買うともったいないじゃないですか」
「FIREですか」
「FIREです」
白石さんが飲み物を買って戻ってくる。
俺は水筒を一口飲む。
「仕事の時いつも固いですよね」
「仕事中ですので」
「この前うちでお茶飲んでた人と同じとは思えない」
「同じです」
「ですよね」
少し静かになる。
「あ」
「何ですか?」
「そういえば」
白石さんを見る。
「前に言ってた、休みの日のやつ」
一瞬。
白石さんが止まる。
「……覚えていたんですね」
「俺が誘ったんだから覚えてますよ」
「そうですか」
「忘れたと思ってた?」
「少し」
「忘れてないです」
今日は仕事。
飛行機の試験。
政府担当と能力者。
だから。
今すぐどこかへ行こうとは言わない。
「これ落ち着いたら」
「はい」
「ちゃんと行きましょう」
白石さんは少しだけ間を置いた。
「……予定が合えば」
「またそれ」
「予定は大事です」
「はい」
前と同じ返事。
でも。
前より少しだけ。
本当に行く話になっている気がした。
その後。
追加の確認をして、今日は終了。
帰宅。
普通の服に戻る。
机に座って、届いていた速報資料を見る。
『長距離時間短縮試験』
『予定項目確認』
『実用化に向けた評価継続』
難しい言葉が並んでいる。
でも。
俺の理解は簡単だった。
「前回はワープを売った」
ワープ体験。
世界で唯一。
それ自体に金を払う。
「今回は」
時計を見る。
「時間を売るのか」
普通なら何時間かかるところを。
短くする。
それなら確かに。
ワープを一回見せるだけとは違う。
「でも」
少し考える。
飛行機が短く飛べば。
燃料は減る。
そこは分かる。
でも。
飛行機の金って。
燃料だけじゃない。
機体。
整備。
乗務員。
空港。
色々ある。
前回も少し聞いた。
でも、ちゃんと考えたことはない。
「飛行機代って」
画面を見る。
「何に金かかってるんだ?」
次に聞くことができた。
次回、第45話「飛行機代って燃料だけじゃないんだ」
次回更新:10月18日 12:10予定




