第43話 今日は飛行機、ありません
休日。今日は特に予定がない。政府からの連絡も、航空会社との打ち合わせもなく、救助要請も今のところ入っていない。つまり、久しぶりに何の予定もない休日だった。
「普通に配信するか」
それだけの理由でYouTube LIVEを開いた。生活圏とは関係のない場所へ移動して、いつもの水泳帽、ミラーゴーグル、マスク。配信用スマホと、コメント確認用の古いスマホを準備する。
「どうも、空中スイマーです」
配信開始。すぐにコメントが流れ始めた。
『きた』
『今日は飛行機ないの?』
『この前のワープ便の次は?』
『10万持ってきた』
「早い早い」
まだ30秒くらいしか経ってない。
「今日は飛行機ありません」
『解散』
「帰るな」
『次の便いつ?』
「それなんですけど」
話せる範囲だけ話すことにする。
「次の航空関係の試験は、1か月くらい先の予定です」
『試験?』
『販売じゃないの?』
『次も乗れる?』
「まだ次のチケット販売じゃないです。試験です」
『解散』
「だから帰るなって」
ワープ体験便は航空会社から正式に発表され、普通に販売された。俺が関わっていることも公開されている。ただ、航空会社と何を話したのか、いくらもらったのか、次にどんな商売を考えているのか。そこまで全部を配信で話しているわけではない。
「詳しいことは、また公開できるようになったらですね」
『じゃあ今日は何するの』
「それなんですよ」
特に決めてない。
「今日はマジで何もないです」
『草』
『平和』
『いいことだろ』
『毎回事件起きたら困る』
「それはそう」
本当にそうだ。救助要請なんて来ない方がいいし、飛行機だって毎週ワープさせるわけではない。俺には本業もあれば、休日だってある。だから今日は、本当に普通だ。
「でも、何もない配信で大丈夫?」
言ってから、自分でも少し気になった。最近は大きな出来事が多かった。政府との正式協力、救助、旅客機、ワープ体験便。ニュースにもなった。逆に言えば、それがない俺をわざわざ見る理由はあるんだろうか。
『雑談でいい』
『普通に配信して』
『平和回好き』
『初期みたいに適当に飛べ』
『縄跳び』
「縄跳びはやらん」
『なんで』
「もういいだろ」
『原点』
「俺の原点、縄跳びになってない?」
ワープだよ。たぶん。
『同接1桁時代を忘れるな』
「忘れてないよ」
むしろ最近、思い出す機会があった。そこは言わないけど。
「最初、本当に誰も来なかったからね」
『知ってる』
『途中から見てた』
『最初はワープ嘘だと思ってた』
「それも多かったな」
配信して、ワープして、またワープして。それでも『編集』『CG』『録画』と言われた。生配信なのに。
「今だと、ワープ自体を疑うコメントあんまりないもんな」
『飛行機丸ごと移動させてるし』
『政府も認めてるし』
『今さらCGは無理ある』
「そう考えるとすごいな」
当時は、本物だと信じてもらうために何をするか、そこから考えていた。今は。
「今日は何すればいい?」
『別に何もしなくていい』
「え」
『雑談』
『飛びながら喋って』
『景色見せて』
『昔みたいなのでいい』
『縄跳び』
「1人だけ諦め悪いな」
でも、「何もしなくていい」というのは少し意外だった。
「俺、みんなワープ見に来てるだけだと思ってた」
『最初はそう』
「正直だな」
『最初は能力目当て』
『今は普通に見に来てる』
『配信あるから来た』
『暇だった』
「最後のやつは俺と同じだな」
『でもワープはして』
「するんかい」
結局、安全な場所を選んで少し飛ぶことにした。高く行きすぎず、人や建物へ近づかず、映して困るものがない場所。
「じゃあ、適当に移動しながら喋ります」
『原点回帰』
『懐かしい』
「そんな昔じゃないんだけどな」
前を見る。
ワープ。
景色が一瞬で変わる。
『きた』
『やっぱこれよ』
『普通にやってるけどおかしい』
「最近でかい物まで動かしたから、俺も感覚バグってる」
自分1人で数百メートル移動する。それだけなら、もはや普通。普通ではないけど、俺の中では普通になりつつある。もう1回ワープして、少し移動したところで止まる。
「そういえば、何話せばいい?」
『最近何食った?』
『仕事休み?』
『FIREどこまでいった?』
『次どこ行く?』
『政府のチーム何してんの?』
『オルカンまだ積み立ててる?』
『縄跳び』
「話題いっぱいあるじゃん」
昔はコメントが1個来ただけで全部読めた。今は選ばないと無理だ。
「政府のチームについては、前に話した範囲以上は言わないです」
『秘密?』
「秘密っていうか、出していいものとダメなものあるから」
『じゃあFIRE』
「ああ」
そっちはかなり出している。
「FIREの進捗はブログに載せてますよ」
『ブログあったの?』
「概要欄にある」
『知らんかった』
『宣伝しろ』
「今してる」
『資産いくら?』
「ブログ見て」
『ここで言え』
「じゃあルールだけ」
少し考える。
「リアルタイムの金額は出してないです」
『なんで』
「例えば俺が何か仕事した直後に資産が増えたって出したら、その仕事でいくらもらったか推測できるじゃないですか」
『なるほど』
「だから2か月くらい遅らせてます」
それだけじゃない。
「給料がいくら、YouTubeがいくら、何かの仕事がいくら、みたいなのも分けてません」
『じゃあ何載せてるの』
「全部終わった後の金融資産」
給料、YouTube、その他の収入、生活費、仕事で使った金、税金用に残している分、投資の値動き。全部が混ざった後の数字だ。
「月末で締めたやつを、10万円未満切って載せてます」
『投資系YouTuberじゃん』
「ワープ系です」
『ワープで稼いでオルカンに入れるチャンネル』
「身も蓋もないな」
『今いくら公開してる?』
「最初の記事だと、550万円くらい」
『思ったより普通』
「だからFIREしたいんだよ」
『8,000万だっけ』
「そう。今の目標は8,000万円」
『遠い』
「遠いんですよ」
ワープを手に入れる前は、本当にずっと遠い数字だった。毎月3万円を少しずつ積み立てて、給料から貯金する。相場が上がれば増えるし、下がれば減る。
「オルカンの自動積立3万円は今もそのままです」
『副業分全部入れないの?』
「全部は入れないです」
税金もある。生活もあるし、仕事で使う金もある。
「入ってきた金が、そのまま全部投資できるわけじゃないから」
『急に投資系』
「FIREの話振ったのそっちだからね?」
『会社辞めないの?』
「ああ」
それは昨日も似たようなことを考えた。
「まだ辞めないですよ」
『なんで』
『ワープで稼げるだろ』
『俺なら辞める』
「俺も前ならそう思ってたかも」
少し考える。全部説明する必要はないけど、今ならこれくらいは言える。
「今は普通の生活も残したいんですよね」
『普通?』
「仕事行って、帰って、休みがあって。その中でYouTubeやったり、ワープの仕事やったり」
それくらいがいい。
「いきなり全部ワープ中心の生活にするより、今くらいがちょうどいい」
『社畜』
「違う」
『会社好きなの?』
「そういう話でもない」
『難しい』
「俺も最近分かったくらいだから」
FIREはする。そこは変わらない。でも、今日じゃない。
「少しずつ慣れます」
『何に』
「この生活に」
ワープできて、政府から連絡が来て、企業から仕事が来る。YouTubeでは大勢に見られる。その全部に。
『ワープ能力者初心者』
「そう。まだ初心者」
『もう飛行機動かしてるぞ』
「成長速度がおかしいだけ」
少し笑って、またワープする。景色が変わってもコメントは流れ続けていた。
『今日マジで雑談だけ?』
「そうだよ」
『事件なし?』
「ない方がいいだろ」
『飛行機なし?』
「ない」
『政府なし?』
「今のところ連絡なし」
『じゃあ何もないな』
「俺がいるだろ」
言ってから、ちょっと恥ずかしくなる。
『お』
『言ったな』
『配信者っぽい』
『そうだぞ』
『だから見てる』
「……」
コメントを見る。
『ワープなくても見るぞ』
『いやワープはしてほしい』
『投資の話でもいい』
『雑談だけでもいい』
『でもたまに飛べ』
『縄跳びでもいい』
「選択肢増えてるだけじゃん」
『全部空中スイマー』
「便利な扱いだな」
でも、悪くない。
「じゃあさ」
『何』
「今日、別に何もしなくても最後までいる?」
『いる』
『飯まで暇だから』
『作業用』
『ラジオ感覚』
『資産公開しろ』
『飛べ』
「要求増えてない?」
結局、そこから本当に雑談だけした。最近食べたもの、仕事、休み、FIRE、インデックス投資、昔の配信、次にどんな配信をするか。その途中でコメントが流れてきた。
『最初の頃、同接増えるたび喜んでたよな』
「覚えてるよ」
『10人で喜んでた』
「喜んだ」
『1人減って落ち込んでた』
「それも覚えてる」
『今は?』
数字を見る。今日は大事件もない。政府発表も、救助も、航空会社の企画もない。それでも普通にたくさんいる。
「今も増えたら嬉しいですよ」
『変わらんな』
「そこは変わらない」
何万人いるから、もう1人増えてもどうでもいい、とはならない。
「登録してない人はお願いします」
『結局それ』
「大事だから」
『FIRE』
「そう」
『投資』
「そう」
『ワープ』
「それが本業みたいに言うな」
『会社員』
「それが本業」
『ややこしい』
「俺もそう思う」
しばらくして時間を見る。
「そろそろ終わるか」
『早い』
『もう?』
『延長』
『何もしてないぞ』
「何もしてないからだよ」
『じゃあ縄跳び』
「やらん」
最後までそれか。
「今日は本当に、何もなかったですね」
『平和でよし』
『毎回救助はいらん』
『こういうのでいい』
『また雑談して』
『次はFIRE進捗』
「またやります」
普通にそう言えた。企画を考えないと、すごいことをしないと、ワープを見せないと。そうしなければ誰も来ないと思っていた頃とは少し違う。
「じゃあ、お疲れさまでした」
『おつ』
『またな』
『次は飛行機』
『次は投資』
『次は縄跳び』
「チャンネルの方向性がバラバラだな」
配信終了。
『ライブ配信を終了しました』
急に静かになる。スマホを見ると、少し前まで流れ続けていたコメントが止まっていた。昔はワープしても人が来なかった。今日はほとんどワープしていない。飛行機も、事件もない。それでも、ずっと人がいた。
「俺を見に来てる人もいるんだな」
ちょっと不思議。でも、悪くない。ワープがあるから始めたYouTube。FIREしたいから始めた副業。今は少しだけ、ワープ以外の理由でも見てもらえるようになっていた。
次回、第44話「今度は本当に時間を飛ばします」
次回更新:10月17日 20:10予定




