第41話 白石さんって休みの日何してるんですか?
初めてのワープ体験便が終わってから数日後。俺はまた、航空会社の人たちと話をしていた。とはいっても、今日は新しい飛行機に乗るわけではない。
初便の結果確認。それだけ。
「まず、機体・乗員・お客様について、現時点でワープによる大きな問題は確認されていません」
「良かった」
そこは素直に安心する。初めて一般の客を乗せた便だった。楽しかったし、売れた。150万円もらった。でも、その前に何も起きなかった。それが一番大事だ。
「お客様からのアンケートについても集計を進めています」
「どうでした?」
「全体としては好意的な回答が多いです」
「10万円でも?」
「価格については意見が分かれています」
「ですよね」
そりゃそうだ。10万円は普通に高い。
「『初回だから払った』『一生に1回なら払える』というご意見がある一方で」
「はい」
「『次回も同じ金額なら迷う』という回答もあります」
「分かる」
俺もそう思う。
「また、窓側のお客様からは満足度の高い回答が多く」
「ああ」
「窓側席への希望が、想定以上に集中しました」
「景色が飛ぶの見えますもんね」
「はい」
次回、窓側をどう扱うのか。価格を変えるのか、座席指定をどうするのか。そこも検討するらしい。
「販売方法についても、先着方式は見直す予定です」
「アクセス重かったですもんね」
「はい。抽選方式などを検討しています」
「その方が平和そう」
数分で完売し、買えなかった人も多かった。俺は売る側ではないけど。
毎回あれをやるのも大変そうだ。
「そして、次の試験についてですが」
「はい」
来た。前に聞いた長距離の話だ。
今度はワープを体験するだけではなく、本当に移動時間を減らす。
「準備期間を取り、約1か月後を予定しています」
「1か月後?」
「はい」
「来週じゃないんですね」
隣にいた白石さんが俺を見る。
「空中スイマーさん」
「はい」
「月1回程度の案件という話でしたよね」
「あ」
そうだった。
「150万円を見て、急に毎週飛ぶ気になってません?」
「ちょっとだけ」
「ダメです」
「早い」
「本業があります」
「はい」
「配信もあります」
「はい」
「政府側の案件もあります」
「はい」
「体調管理もあります」
「はい」
「そして、毎週飛ばなければならない契約でもありません」
「はい」
完全に。正論。
「分かりました」
「本当に?」
「たぶん」
「空中スイマーさん」
「分かりました」
航空会社の人が少し笑っている。恥ずかしい。
「次回は、これまでより長い区間での運用を想定しています。ただし、安全確認の方法や運航手順を整理した上で実施します」
「じゃあ」
「はい」
「俺は1か月くらい普通に生活してればいい?」
「基本的には」
「良かった」
最近は飛行機、飛行機、飛行機だった。普通の生活も大事だ。打ち合わせは昼前に終わった。建物を出る。
「終わった」
「お疲れさまでした」
「白石さん、このあと?」
「次の予定まで少し時間があります」
「どれくらい?」
「1時間半ほどです」
「じゃあ昼飯行きません?」
「……昼食ですか」
「はい」
白石さんが少し考える。
「どこへ?」
「そこは決めてないです」
「松さんから誘ったんですよね?」
「今誘ったので」
「そうですか」
「150万円入ったんで、おごりますよ」
「その理由で使うんですか?」
「昼飯くらい許して」
「私は別に止めていません」
「さっきから金使うと怒られそうな雰囲気出すじゃん」
「使い方の話です」
結局。入ったのは普通の定食屋だった。150万円。
初めての航空案件。世界で唯一かもしれないワープ体験便。その後の昼飯。
普通。
「150万円もらった人の昼食には見えませんね」
白石さんが言った。
「白石さんが言うんだ」
「松さんが言いそうでしたので」
「FIRE目指してるんで」
「そこは徹底してるんですね」
「150万円入ったからって、毎回高い飯食べてたら意味ないじゃないですか」
「それはそうですね」
俺は定食を見る。十分うまそう。
「むしろ」
「はい」
「こういうのでいい」
「白石さんは?」
「私も普通でいいです」
「普通だ」
「何だと思ってるんですか」
「いや」
ちょっと気になった。今まで俺が知っている白石さんは、政府との連絡、契約、安全、健康確認と、ほぼずっと仕事中の姿だった。
「そういえば」
「はい」
「白石さんって」
「はい」
「休みの日、何してるんですか?」
白石さんの箸が止まった。
「急ですね」
「今まで聞いたことなかったなって」
「そうですね」
「休みある?」
「あります」
「良かった」
「ありますよ」
「休みの日も誰か監視してるのかと」
「しません」
「即答」
「普通に、洗濯したり、買い物に行ったり、家で過ごしたりしますよ」
「普通だ」
白石さんが少し眉を寄せる。
「何を期待していたんですか?」
「もっと」
「もっと?」
「休みの日も訓練とか」
「しません」
「政府の秘密施設とか」
「行きません」
「尾行の練習とか」
「しません」
「普通だ」
「だから普通だと言っています」
なんか変な感じだ。当たり前なのに、白石さんにも仕事じゃない時間がある。洗濯して、買い物して、家にいる。俺とそんなに変わらない。
「趣味とかないんです?」
「趣味」
「はい」
「特別なものは」
「YouTubeとか見ない?」
「見ますよ」
「へえ」
「何ですか、その反応」
「政府の人もYouTube見るんだ」
「松さんもYouTubeで活動している人ですよね」
「あ」
そうだった。
「ちなみに」
「はい」
「俺のも見てる?」
「見ています」
「最近の?」
「担当になってから必要なものは確認しています」
「まあ、それはそうか」
「過去の配信も一通り」
「……」
止まる。
「過去?」
「はい」
「どこまで?」
「初期から」
「……」
嫌な予感。
「縄跳びも?」
「見ました」
「うわ」
「何ですか?」
「あれ見たの?」
「はい」
「同接ほとんどいなかったやつ」
「見ました」
「俺の黒歴史が国の業務になってる」
「黒歴史なんですか?」
「いや」
黒歴史ではない。でも今思えば、世界で1人かもしれないワープ能力者が水泳帽をかぶって縄跳びして、それでも全然伸びない。
「恥ずかしくない?」
「別に」
「本当に?」
「はい」
「地味でしょ」
「地味でしたね」
「そこは否定して」
白石さんが少し笑う。
「でも」
「はい」
「私は、嫌いではなかったですよ」
「え?」
「何をしたら伝わるか分からなくて、色々試している感じ」
「……」
「縄跳びも」
「そこ具体的に言わなくていい」
「コメントに合わせて動いたり」
「それも」
「スマホの充電がなくなりそうになったり」
「全部見てるじゃん」
「業務です」
「便利だな、その言葉」
でも、ちょっと嬉しい。能力がすごいとか、飛行機とか、政府とか、そういうところではない。何をしたらいいか分からず、視聴者が1人、2人だった頃の俺も見ていた。
「褒めてます?」
「一応」
「一応か」
「かなり試行錯誤していたので」
「それはそう」
「今もですが」
「それもそう」
今だって全部分かっているわけではない。飛行機で150万円、FIRE、政府、配信。何をどうすればいいのか、まだ考えている途中だ。
「じゃあ白石さん」
「はい」
「俺が初配信から今までで1番変わったところは?」
「急ですね」
「担当者評価」
「評価する立場ではありません」
「じゃあ感想」
少し考える。
「……」
「長い」
「考えています」
「はい」
「前より」
「はい」
「人に頼るようになったと思います」
「……」
意外。
「能力?」
「全部です」
「前は?」
「自分で調べて、自分で試して、自分で配信して」
「はい」
「今は、航空会社には航空の判断を任せていますし」
「はい」
「医療のことは医療側に聞く」
「はい」
「契約は専門家に確認する」
「はい」
「政府にも、嫌なことは嫌だと言う」
「最後それ頼ってる?」
「任せるところを決めるという意味です」
「ああ」
なるほど。
「俺、成長してる?」
「少しは」
「少しか」
「まだ150万円を54回掛けようとしていましたけど」
「そこ残ってた」
「残っています」
昼飯。食べる。普通に。
うまい。白石さんも。普通に食べている。
政府担当。ではなく。ただ昼飯を食べている人。
そう見える。今まで。あまり考えたことなかった。
「白石さん」
「はい」
「今度」
「はい」
「また昼飯くらい行きましょう」
白石さんがこっちを見る。
「打ち合わせのあとですか?」
「いや」
言ってから。ちょっとだけ。迷う。
「別に」
「……」
「仕事なくても」
白石さん。少し止まる。
「予定が合えば」
「お」
「何ですか?」
「業務じゃなくても?」
「……」
「白石さん?」
「予定が合えば、です」
「おお」
「何ですか、その反応」
「いや」
なんか。進んだ。気がする。
何が。とは言わないけど。白石さんが時計を見る。
「あ」
「そろそろ?」
「はい」
「次の仕事?」
「そうです」
「じゃあ行きますか」
「はい」
店を出る。
「白石さん」
「はい」
「今度休みの日」
「はい」
「ワープでどっか連れていきましょうか?」
「……」
「?」
「それ」
「はい」
「普通の人に言ったら、かなり強い誘い文句ですよ」
「そうなの?」
「そうです」
「じゃあ無し?」
「そうは言ってません」
「お」
「松さん」
「はい」
「次の予定があります」
「はい」
白石さんは先に歩いていく。俺も後ろからついていく。飛行機の次の試験は、約1か月後。
それまでは。少し。普通に過ごせそうだった。
たぶん。
次回、第42話「150万円もらっても、今日も出勤です」
次回更新:10月16日 20:10予定




