第39話 世界初のワープ体験便、飛びます
飛行機が滑走路を離れた。窓の外で地面が少しずつ遠ざかっていく。ここまでは普通の飛行機だ。
乗客100人、客室乗務員、操縦士、航空会社のスタッフ、白石さん。そして。
水泳帽をかぶった俺。
「改めて考えると変な便だな」
「今ですか?」
近くに座っている白石さんが返す。
「だって、100人全員が俺のワープ目当てですよ」
「時間短縮や初便という点に価値を感じている方もいるでしょう」
「でも結局ワープでしょ?」
「主目的ではあるでしょうね」
やっぱり俺じゃん。少し前まで。
YouTubeで何人見てるか気にしながら、1人で空を飛んでいた。今は。100人が10万円払って、同じ飛行機に乗っている。
しかも今日は。ちゃんと契約した仕事。
「今日は本当に副業だな」
「今までの活動も収入はありましたよね」
「そうなんですけど」
政府協力ともYouTubeとも違う。航空会社が商品を売り、俺が能力を提供する。かなり分かりやすい商売だ。飛行機は上昇を続ける。
俺は何もしない。操縦も航空管制も安全確認も、全部専門家の仕事だ。
しばらくして機体が安定すると、機内放送が入る。
『お客様にご案内いたします』
さっきまで少し話し声がしていた客席が静かになる。
『本機はまもなく、最初のワープ区間へ入ります』
「お」
俺まで少し緊張した。
『安全確認のため、シートベルトを今一度ご確認ください。ワープ実施中は、必ず着席したままお過ごしください』
客席から小さなざわめき。
『なお、これまでの試験では、ワープによる大きな衝撃は確認されておりません』
試験では何回もやったし、俺自身も問題なかった。でも、一般客100人。
これは初めて。
「空中スイマーさん」
「はい」
「行きましょう」
「はい」
白石さんと一緒に立つ。俺はワープを行うための位置へ。白石さんは少し離れたところで通信と俺の状態確認。
客席から直接押しかけられないよう、区切られている。途中。声が聞こえた。
「空中スイマーさんだ」
「本当に水泳帽だ」
「だからなんで水泳帽そんな見られるんだよ」
小声で言う。
「一番特徴的だからでは」
「ワープ能力者より?」
「見た目としては」
「悲しい」
所定の位置へ着く。前方の空も機体も見える。俺はいつものように。
この飛行機全体を。
1個として意識する。
俺。乗客。乗員。
荷物。全部まとめて。この飛行機。
『空中スイマーさん、こちら操縦室です』
「はい」
『現在の飛行状態、問題ありません』
「了解です」
『地上側との確認も完了しました』
あとは。俺。でも。
俺が決めるわけではない。航空側が。ここなら安全。
そう判断した場所。その進行方向へ。俺が動かす。
『第一ワープ、準備してください』
「準備できてます」
機内放送。
『まもなく第一ワープを実施します』
客席。静かになる。
『三』
あ。カウントするんだ。
『二』
俺までちょっとイベント感を感じる。
『一』
「ワープ」
一瞬。
何も起きない。少なくとも。体には。
衝撃。なし。揺れ。
なし。音。ほとんど変化なし。
飛行機はそのまま前へ飛んでいる。でも。窓の外だけが。
変わった。
「……」
機内。静か。俺は一瞬。
失敗したかと思った。でも。
『移動確認』
操縦室から声。
『現在位置確認中』
その直後。
「うおおおお!」
聞こえた。客席。拍手。
笑い声。
「本当に変わった!」
「え、すご!」
「今飛んだよな?」
「一瞬だった!」
急に。機内が騒がしくなる。
「……」
俺。ちょっと笑った。これ。
試験ではなかった。操縦士も。技術者も。
ワープした瞬間。
「位置確認」
「姿勢確認」
「異常なし」
だった。誰も。
「うおおお!」
とは言わなかった。
「白石さん」
「はい」
「すごい盛り上がってますね」
「一般のお客様ですので」
「そういうもんか」
「空中スイマーさん」
「はい」
「次の確認があります」
「あ、そうだった」
仕事。仕事。航空側では。
普通に確認が続いている。
『予定位置との差を確認しました』
「どうです?」
『若干の誤差があります。通常飛行で修正します』
「了解です」
機体の向きが少し変わる。高度。方向。
位置。航空側が調整する。乗客からすれば。
多分。ほとんど分からない。俺が。
ワープ。
専門家が。直す。また。
次へ。
「ちゃんと動いてるな」
「何がです?」
「仕組みが」
能力があるから。全部俺。ではない。
俺は。俺にしかできないところだけ。その方が。
楽。そして。安全。
「白石さん」
「はい」
「初ワープどうでした?」
「……」
少し。返事が遅れた。
「どう?」
「すごいですね」
「お」
「何ですか?」
「普通に感想言った」
「感想を聞かれたので」
「業務です、じゃないんだ」
「業務ですが」
「ほら」
白石さんが少し困ったような顔をする。
「業務ですが、すごいものはすごいです」
「ですよね」
「はい」
なんか。ちょっと嬉しい。俺は普段。
自分でワープする。だから。もう慣れた。
でも。初めて乗る人には。やっぱり。
すごいらしい。
『第二ワープの準備に入ります』
「あ」
また仕事。
「次行きます」
「お願いします」
位置。速度。向き。
安全確認。問題なし。今度は。
最初より少し長い。客室放送。
『まもなく第二ワープを実施します』
今度は。客席から。声。
「来るぞ」
「窓見て!」
「スマホ撮れてる?」
『安全のため、姿勢を崩さないようお願いいたします』
注意されてる。でも。気持ちは分かる。
俺も。能力なかったら。絶対窓見る。
『三』
窓の外。
『二』
景色。
『一』
「ワープ」
一瞬。
変わる。
「うわあああ!」
今度は。すぐだった。
「すげえ!」
「飛んだ!」
「もう1回!」
「……」
聞こえたぞ。もう1回。
「白石さん」
「はい」
「遊園地じゃないんだけど」
「10万円払っていますので」
「だからって」
「満足度は重要では?」
「航空会社側の人みたいなこと言いますね」
「今回の事業が安全に成立することは政府側にも関係します」
「なるほど」
でも。確かに。これ。
アトラクションとして強い。
一瞬。
本当に。
一瞬。
でも。その一瞬のために。100人が。
10万円払った。そして。喜んでいる。
俺が。ワープする時間。数秒。
でも。そこに。100人分の体験がある。
「……こういうことか」
「何がです?」
「値段」
「?」
「俺が何秒働いたかじゃないんですね」
白石さんが。少しだけうなずく。
「そういうことだと思います」
俺。1回。
ワープ。
でも。100人は。今日のことを。
多分。ずっと覚えている。世界で初めてかもしれない。
旅客機のワープ。そこに。乗った。
そういう体験。
「1回数百万円とか」
「まだ報酬額の話はしていません」
「分かってます」
先回りされた。第三ワープ。準備。
今度は。客席の方が。明らかに待っている。
静かだけど。さっきまでとは違う。窓。
スマホ。期待。
「人気者ですね」
「俺じゃなくてワープでしょ」
「両方だと思います」
「珍しい」
「何がです?」
「白石さんが俺の価値を認めてる」
「前から認めています」
「そうなの?」
「だから政府が担当を置いています」
「あ」
普通に。そうだった。
『第三ワープを実施します』
また。カウント。
『三』
『二』
『一』
「ワープ」
景色。飛ぶ。そして。
歓声。また。拍手。
今度は。俺自身も。少し楽しくなった。
「これ」
「はい」
「売れるわ」
「今さらですか?」
「自分でやるのと、人に見せるの違うんですよ」
YouTubeでも。そうだった。俺には。
普通。でも。他の人には。
普通じゃない。ワープ区間。終了。
『以上で、本便における予定されたワープ移動はすべて終了しました』
客室放送。
「えー」
聞こえた。
「もう終わり?」
「短い!」
「もう1回やってほしい」
「ほら」
俺。
「やっぱ遊園地ですよ」
「好評ということでしょう」
「航空サービスは?」
「航空サービスです」
「そこは曲げないんだ」
『ここからは通常飛行にて目的地へ向かいます』
俺も。座席へ戻る。座る。
窓。見る。
「……」
普通。景色。ゆっくり。
流れる。
「遅いな」
「通常の飛行速度です」
「分かってるんですけど」
さっきまで。一瞬で。何キロも。
飛んでいた。そのあと。普通に飛ぶ。
贅沢だけど。遅く感じる。
「お客様も同じことを思っているかもしれませんね」
「それ」
ちょっと面白い。ワープ体験したせいで。普通の飛行機が。
遅く感じる。これ。商品として。
良いのか。悪いのか。しばらくして。
機体は降下を始めた。ここから。俺。
また。何もしない。着陸。
機長。航空会社。全部。
普通。そして。タイヤが地面につく。
機体が減速する。
『本日は、空中スイマー特別便をご利用いただき、ありがとうございました』
機内。拍手。
「おお」
俺。ちょっと。変な気分。
俺への拍手なのか。航空会社なのか。パイロットなのか。
全部なのか。
「空中スイマーさん」
「はい」
「お疲れさまでした」
「白石さんも」
「私は乗っていただけですが」
「初ワープおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「次はプライベートで?」
「10万円ですよ」
「急に現実的」
「空中スイマーさん」
「はい」
「体調確認があります」
「やっぱり」
飛行機を降りる。でも。今日は。
それだけでは終わらなかった。乗客が。スマホを見る。
投稿する。動画。写真。
感想。ネット。どんどん出る。
『マジで景色飛んだ』
『衝撃ゼロなの意味分からん』
『ワープの瞬間、本当に一瞬』
『10万高いと思ってたけど一生に1回ならあり』
『普通の飛行機が遅く感じるようになった』
『もう1回乗りたい』
『空中スイマー本当に水泳帽だった』
「そこ毎回いるな」
でも。全部。絶賛。
ではない。
『面白かったけど一瞬すぎる』
『さすがに10万は高い』
『初回だから払ったけど次も10万なら悩む』
『窓側じゃないとちょっと損した気分』
「あ」
そこ。確かに。
「窓側人気出そうですね」
「次回以降の課題ですね」
航空会社の担当者も。もう見ているらしい。
「次回?」
「問い合わせが多数入っています」
「もう?」
「はい」
「今日終わったばっかですよ」
「次回販売時期についての問い合わせです」
「……」
売れる。本当に。商売になる。
試験じゃない。夢でもない。俺の能力で。
客が金を払う。航空会社が商品を作る。そして。
俺にも。金が入る。
「……」
そうだ。金。
「白石さん」
「はい」
「成功しましたよね」
「現時点では、大きな問題は確認されていません」
「じゃなくて」
「?」
「俺の報酬」
白石さんが。少しだけ。ため息をついた。
「やっぱりそこですか」
「FIRE目指してるんで」
「分かっています」
「いくら?」
「私が決めるものではありません」
「航空会社?」
「契約に基づいて確定します」
「今日分?」
「はい」
「いつ分かる?」
「確認が終われば」
「……」
待つ。健康確認。待つ。
航空会社側の確認。待つ。政府との連絡。
待つ。
「ワープできるのに待ち時間だけ消せない」
「普通に待ってください」
「はい」
そして。その日の夜。政府端末。
通知。
『本日の特別便に関する報酬額が確定しました』
「来た」
俺は。すぐ開く。契約内容。
今回分。報酬。数字。
「……」
もう一度見る。桁。確認。
「……え?」
次回、第40話「飛行機1回でこんなにもらえるの?」
次回更新:10月15日 20:10予定




