第38話 ワープ体験便、売ります
最初の試験飛行から、その後も何回か同じような確認をした。
乗る人を少し増やし、荷物も増やし、距離も少し伸ばす。
ワープ。
確認して修正し、またワープ。
そのたびに、機体、乗員、俺に問題がないか全部確認する。
俺としては。飛行機一機。
ワープ。
それだけ。でも、航空会社側は。
毎回。大量の記録を取っていた。
「今日も問題なし?」
「現時点では、大きな異常は確認されていません」
「またその言い方」
「試験ですので」
もう慣れた。そして、ある日。
航空会社から。正式に次の話が来た。
「一般のお客様を乗せた特別便について、準備を進めたいと考えています」
「ついに?」
「はい」
会議室には俺、白石さん、航空会社の担当者。そして資料。そこには。
前にも見た名前。
『空中スイマー特別便』
「本当にこれで行くんです?」
「現時点では仮称です」
「変わる可能性ある?」
「あります」
「ちょっと安心した」
「そんなに嫌ですか?」
「俺の名前が前に出すぎじゃない?」
航空会社の人が。少し困った顔をした。
「今回の商品価値を考えると」
「はい」
「かなり重要です」
「ですよね」
分かっている。分かっているけど、自分の名前が。
飛行機の商品名に入る。変な感じ。
「内容としては」
資料が変わる。
「通常の国内線をベースにします」
「はい」
「通常通り離陸」
「はい」
「安全な飛行状態へ移行後」
「はい」
「ワープを複数回実施」
「はい」
「その後、通常飛行で目的地へ着陸します」
「長距離じゃないんですね」
「初回ですので」
「やっぱり安全優先?」
「はい」
それは納得できる。いきなり。
8時間。7時間短縮。とか。
やる必要はない。むしろ。最初は。
ワープそのもの。
「つまり」
「はい」
「時間短縮より」
「はい」
「ワープ体験を売る?」
「その通りです」
「ほんとにアトラクションじゃん」
「航空サービスです」
「言い方変えただけでは?」
白石さんが。少しだけ笑った。
「で」
俺は料金を見る。
「……」
止まる。
「これ」
「はい」
「高くない?」
通常の航空券より。明らかに高い。
「初回の特別便ですので」
「1席」
数字を見る。
「10万円?」
「現時点の案です」
「高っ」
普通に出た。
「通常便との差額」
かなりある。
「これ売れるんです?」
「需要調査では」
「はい」
「十分な関心が確認されています」
「10万ですよ?」
「はい」
「飛行機乗って」
「はい」
「俺が何回かワープするだけ」
「はい」
「10万?」
「はい」
「……」
俺だったら。能力なかったら。どうする。
世界初。本物のワープ。飛行機ごと。
体験。
「……」
ちょっと。悩む。
「買うかもしれない」
「空中スイマーさん」
白石さん。
「はい」
「さっき高いと言っていましたよね」
「でも1回しかないなら」
「その心理です」
航空会社の人が言った。
「希少性も含めた価格です」
「なるほど」
しかも。初回。本当に。
1回目。
「何人乗せるんです?」
「今回は安全面を考慮し、通常より席数を絞ります」
「どれくらい?」
「100席程度を予定しています」
「百」
10万円。100人。
「……」
頭の中。計算。
「1,000万円?」
「満席なら、単純な売上としては」
「1便で?」
「はい」
「……」
1便。1,000万円。俺。
一瞬。
黙る。
「8,000万」
「空中スイマーさん」
白石さんの声。
「はい」
「全部空中スイマーさんの取り分ではありません」
「知ってます」
「今、8便で終わると思いましたね?」
「思ってないです」
「思いましたね」
「ちょっとだけ」
航空会社。運航。人件費。
整備。空港。税。
色々ある。当然。全部。
俺の金ではない。でも。
「1便で売上1,000万円級になる可能性あるんだ」
これは。ちょっと。衝撃。
前。1分の燃料。1万円弱。
安いな。そう思った。今。
1便。1,000万円。同じ飛行機の話。
見え方。全然違う。
「空中スイマーさんへの報酬については」
「はい」
「別途、契約案を提示します」
「まだ決まってない?」
「最終確定ではありません」
白石さんが。資料を見る。
「契約内容については、専門家にも確認してもらってください」
「分かってます」
「独占条件も」
「はい」
「キャンセル条件も」
「はい」
「事故時の責任分担も」
「はい」
「あと」
「まだある?」
「あります」
「お願いします」
最近。契約。難しい。
でも。ここ。適当にすると。
絶対あとで困る。
「販売はいつ?」
「明日の正午を予定しています」
「もう?」
「準備は進めています」
「告知は?」
「本日夕方」
「普通に売るんですね」
「はい」
「抽選?」
「初回は」
資料。
「先着販売を予定しています」
「先着?」
「はい」
「大丈夫です?」
「何がでしょう」
「いや」
100席。1席10万円。普通なら。
簡単には埋まらない。はず。でも。
世界初。
ワープ。
空中スイマー。
「……」
ちょっと。嫌な予感。そして。
その日の夕方。航空会社から。正式に発表。
ニュース。SNS。動画。
全部。一気に広がった。
『世界初のワープ体験便』
『空中スイマー本人が搭乗予定』
『飛行中の旅客機を複数回ワープ』
『初便は100席限定』
『1席10万円』
コメント。
『高え』
『でも乗りたい』
『人生で1回だけならあり』
『本当にワープするの?』
『昨日の飛行機の動画見たら乗りたくなる』
『10万でワープできるなら安いだろ』
『いや高いだろ』
『どっちだよ』
『空中スイマーいるの?』
『水泳帽で乗るんか』
『そこ重要?』
俺。家で見ながら。
「水泳帽そんな気になる?」
気になるらしい。そして。翌日。
普通に会社。昼休み。スマホ。
「12時」
販売開始。俺は。別に。
買うわけじゃない。でも。ちょっと気になる。
航空会社の販売ページ。開く。時間。
12時。更新。
「……」
まだ。表示。変わらない。
もう1回。更新。
「……」
重い。
「え」
少し。待つ。再読み込み。
表示。
『アクセスが集中しています』
「……」
やっぱり。昼休み。周り。
普通。俺だけ。自分のワープ便の販売ページを見ている。
「何してんだ俺」
もう一度。更新。そして。
表示。
『完売しました』
「……」
俺。止まる。
「え?」
政府端末。ちょうど。白石さんから連絡。
『特別便について、航空会社から速報が入りました』
「今見ました」
『販売開始から数分で予定数に達したそうです』
「10万円の飛行機が?」
『はい』
「……マジか」
SNSを見る。
『買えなかった』
『もう売り切れてる』
『決済してる間に終わった』
『10万ならもう少し余裕あると思ってた』
『次いつ?』
『ワープ乗りてえ』
『初便取れた人うらやましい』
「……」
思わず笑う。
「みんな、本当にワープしたいんだな」
時間短縮。燃料。仕事。
利益。もちろん。ある。
でも。最初の100人。多分。
それだけじゃない。
ワープ。
したい。ただ。それ。
「すごいな」
昼休み。終わる。スマホを閉じる。
普通に。仕事へ戻る。午後。
資料。数字。メール。
でも。頭の片隅。数分で完売。
残っていた。その日の夜。白石さんから。
また連絡。
『初便当日の運用について、確認があります』
「はい」
『政府側からも、連絡調整担当を1名同乗させることになりました』
「へえ」
『私が担当します』
「……」
止まる。
「白石さん?」
『はい』
「乗るんです?」
『乗ります』
「必要ないって言ってませんでした?」
『前回の試験では、です』
「今回は?」
『一般客が搭乗します。政府側との連絡窓口として、機内にいた方が適切と判断されました』
「なるほど」
正論。でも。
「念願のワープ体験ですね」
『業務です』
「楽しみ?」
『業務です』
「2回言った」
『松さん』
「はい」
『当日は、一般のお客様もいます』
「はい」
『いつも以上に安全優先でお願いします』
「分かってます」
『あと』
「はい」
『必要以上にお客様の前へ出ないでください』
「なんで?」
『空中スイマーさん目当ての方も多いと考えられます』
「あ」
そうだった。
ワープ。
だけじゃない。俺。コラボ。
「俺」
「はい」
「芸能人みたいになってない?」
『違います』
「即答」
『ただし、注目されている能力者です』
「似たようなもんじゃん」
『違います』
強い。
「当日は、専用の区画を用意します」
「そこからワープ?」
『はい』
「客席行かない?」
『基本的には』
「サインとか?」
『しません』
「写真?」
『必要以上の対応はしません』
「俺より管理してるな」
『安全管理です』
「はい」
そして。初便当日。空港。
「……」
想像以上。報道。カメラ。
人。航空会社のスタッフ。警備。
俺は。いつもの。水泳帽。
ミラーゴーグル。マスク。
「今日も完璧に不審者だな」
「活動上必要な装備です」
「白石さんまでその言い方するようになった」
「事実です」
白石さん。今日は。一緒に乗る。
「本当に乗るんですね」
「乗ります」
「ワープ初体験?」
「空中スイマーさん本人以外は、ほぼ全員そうでは」
「確かに」
搭乗口。客。いる。
100人。全員。10万円払って。
ワープしに来た人。
「……」
変な感じ。乗客の中には。すでに。
興奮している人もいる。
『本当に空中スイマーいる?』
『いるらしい』
『水泳帽で?』
『そこはどうでもいいだろ』
『いや見たい』
「聞こえてる」
俺。小声。
「人気ですね」
「水泳帽が?」
「空中スイマーさんが」
「そこは普通に言うんだ」
搭乗前。航空会社から。乗客へ説明。
『本便では、飛行中に複数回のワープ移動を実施します』
『ワープ時に大きな衝撃は確認されていません』
『ただし、必ず着席し、シートベルトを着用してください』
『窓外の景色が瞬間的に変化します』
『驚いて立ち上がらないようお願いします』
乗客。真剣。でも。
ちょっと。楽しそう。
『また』
「はい」
『空中スイマーへの接触、撮影目的での座席移動はお控えください』
「最後」
俺。
「俺対策じゃん」
「当然です」
白石さん。
「俺、客じゃないのに一番注意事項多くない?」
「原因側ですので」
「言い方」
搭乗。俺は。一般客とは分けられた区画。
でも。少し。声。
聞こえる。
『空中スイマーさんいる!』
『マジだ』
『水泳帽だ』
「水泳帽確認されてる」
「有名ですから」
「そこだけ?」
「全部です」
座る。白石さんも近く。
「白石さん」
「はい」
「今」
「はい」
「ちょっと楽しみ?」
「業務です」
「まだ言う」
「空中スイマーさん」
「はい」
白石さんが。少しだけ。窓を見る。
「……」
「?」
「安全に終われば」
「はい」
ほんの少し。間。
「少し楽しみではあります」
「やっぱり!」
「声大きいです」
「すみません」
でも。ちょっと嬉しい。シートベルトサイン。
機体。動き始める。俺は。
客席の方を見る。昨日まで。飛行機をワープさせた理由は。
助けるためだった。事故。緊急事態。
乗っていた人たちは。ワープしたくて乗ったわけじゃない。今日は。
違う。100人。みんな。
ワープしたくて。金を払って。ここにいる。
「……変わったなあ」
「何がです?」
「いや」
機体が。滑走路へ向かう。
「今日は救助じゃないなって」
白石さんが。こっちを見る。
「はい」
「今日は」
少し。間。
「お仕事です」
「……」
「空中スイマーさん」
「はい」
「安全第一で」
「はい」
飛行機。滑走路。加速。
そして。空へ。世界初かもしれない。
本物のワープを体験するためだけに。100人を乗せた飛行機が。飛び立った。
次回、第39話「世界初のワープ体験便、飛びます」
次回更新:10月15日 12:10予定




