第33話 政府、俺を長生きさせたいらしい
翌日。昼休みに政府端末を確認すると、白石さんからメッセージが入っていた。
『昨日お話しした健康管理体制について、担当者を交えて一度ご説明したいのですが、ご都合はいかがでしょうか』
「健康管理か」
昨日、銀行口座と経費について考え終わった直後に出てきた話だ。定期的な健康確認。救助活動後のフォロー。
緊急時の医療連携。そこまでは電話で聞いた。俺としても、別に断る理由はない。
『大丈夫です。いつものところに行けばいいですか?』
送信。すぐに返事が来た。
『今回は可能であれば、松さんの生活拠点から緊急時にどのように連絡し、医療につなぐかも確認したいため、ご自宅へ伺いたいと考えています』
「……家?」
一瞬止まった。政府の人間が家に来る。なんか急に話が重くなった気がする。
もちろん、すでに政府は俺の本名も知っている。必要な範囲では住所も把握している。それでも。
知っているのと、実際に来るのは違う。続きが来た。
『もちろん、松さんの同意が前提です。難しければ別の場所でも問題ありません』
「そこはちゃんとしてるな」
勝手に玄関前へ立っているわけではないらしい。
『誰が来ます?』
『私と、医療連携を担当する者1名です』
「2人か」
大人数でぞろぞろ来るわけでもない。それなら。
『大丈夫です』
『ありがとうございます。日時はこちらでいくつか候補をお送りします』
数分後。候補が届いた。仕事が終わってからでも間に合う時間がある。
その日を選んだ。
『では、その日時でお願いします』
『承知しました』
政府の人が家に来ることになった。
「……掃除するか」
別に汚部屋というほどではない。でも。白石さんが来る。
医療担当も来る。床に物が転がっているよりは、ない方がいい。そう思って。
仕事から帰ったあと、普通に掃除を始めた。テーブルの上。床。
その辺に置いていた物、配信に使う小物、政府から借りている端末。
全部、それなりに片付ける。
「なんで俺、政府のために掃除してるんだ」
途中で気づいた。まあいい。部屋がきれいになるなら損はない。
そして当日、約束の時間にインターホンが鳴った。
「はい」
『白石です』
「どうぞ」
玄関を開ける。
「こんにちは」
「お邪魔します」
白石さんはいつもの落ち着いた感じで、その横にもう1人いる。
四十代くらいの男性。スーツではない。少し柔らかい服装だけど、完全な私服でもない。
「初めまして。今回、医療面の調整を担当します」
「よろしくお願いします」
名刺を受け取る。医療関係の資格も持っていて、必要に応じて医師や医療機関との調整をする人らしい。
「どうぞ」
2人を中へ通す。白石さんが靴を脱ぐ。それを見て。
「なんか変な感じですね」
思わず言った。
「何がですか?」
「政府の人が普通に家に入ってくるの」
「私も普段は来ません」
「ですよね」
少し安心した。これが政府職員の日常業務だったら、それはそれで怖い。テーブルにつく。
俺、白石さん、医療担当。
3人。改めて見ると。
「……すごい絵だな」
「何がですか?」
「普通の家で政府と健康の話してる」
「松さんが普通ではないので」
「能力だけです」
「その能力についての話です」
「はい」
負けた。医療担当の人が資料を出す。
「今回ご相談したいのは、病気を探すための特別な検査というより、今後の活動を安全に続けるための医療連携です」
「健康診断が増えるだけじゃないんですか?」
「それも一部です」
一部。やっぱりもう少しあるらしい。
「まず、定期的な健康確認についてです。一般的な健康診断に加えて、必要に応じて活動状況を踏まえた確認を行える体制を作りたいと考えています」
「会社の健康診断じゃダメなんですか?」
「一般的な項目については、それも活用できます。政府との協力や活動内容を踏まえて追加で確認が必要な場合だけ、別途お願いする形です」
「それならいいです」
「毎週血取られたりします?」
「しません」
「良かった」
即答だった。白石さんが横で少しだけ笑った気がした。
「能力を研究するために、毎月何十種類も検査する、という話でもありません」
「それちょっと警戒してました」
「だと思いました」
白石さんが言う。
「そんな顔してました?」
「電話の時から」
「分かるんだ」
「担当ですので」
「便利だな、その言葉」
「便利ではありません」
医療担当が話を続ける。
「次に、救助活動後の確認です」
「はい」
「例えば、長時間の活動。高温や低温の環境。煙や粉じんのある場所。大きな事故現場などに入った場合」
「俺が元気って言っても?」
「必要だと判断される場合は、確認をお願いすることがあります」
「強制ですか?」
「原則として、松さんの同意を前提とします」
そこは今までと同じだ。
「ただし」
医療担当が続ける。
「松さん自身では気づきにくい異常もあります。救助活動の状況によっては、こちらから受診や休養を強く勧める場合があります」
「休めって言われるんですね」
「はい」
「政府に配信止められる可能性ある?」
白石さんがすぐに答えた。
「政府が命令して止める、という話ではありません。医療側から休養を強く勧めることはあります」
「その『強く勧める』、絶対あとで使われるやつだ」
「配信で言わないでください」
「まだ言ってないです」
ちょっと面白くなってきた。でも。話そのものはかなり現実的だった。
俺はワープできる。空へ出られる。普通なら行けない場所へも行ける。
だから、事故現場へ行く可能性もあれば、災害現場へ行く可能性もある。
今まで大丈夫だったから、これからも絶対大丈夫。とはならない。
「それと、緊急時の連絡先です」
1枚の紙が出てくる。
「松さん自身が怪我や急病になった場合、通常の救急医療を利用していただくのが基本です」
「そこは普通なんですね」
「緊急なら救急車を呼んでください」
「ワープ能力者専用119みたいなの作ったのかと思った」
「作っていません」
白石さんまで即答だった。
「でも、政府の窓口にも連絡できる?」
「はい。緊急搬送されたあと、必要であれば政府側から医療機関との調整を行います」
「俺の能力のことを病院に全部説明するんですか?」
「いいえ」
白石さんが答える。
「松さんが事前に同意した範囲で、医療上必要な情報のみを共有します」
「例えば?」
医療担当が考える。
「活動直後であること。特殊な移動を長時間行ったこと。通常では考えにくい環境にいた可能性があること。そういった、診療に関係する情報です」
「能力の細かい弱点とかは?」
「健康管理に必要がなければ求めません」
「なるほど」
「じゃあ、検査結果って専属チームの人みんな見られるんですか?」
「いいえ。医療情報は医療側で管理します。政府側のチームへ共有するのは、活動制限や安全管理に必要な範囲です」
「それならいいです」
そこは大事だ。政府と契約する時にも確認した。俺の能力について。
全部を話す必要はない。安全上必要な範囲で共有する。健康管理になった途端、
『じゃあ能力の全仕様を検査しましょう』
となるなら話が違う。
「ただし」
医療担当が言う。
「能力を使った時に、今までなかった頭痛、めまい、吐き気、動悸、強い疲労などが出た場合は教えてください」
「それは言います」
「回数との関係なども、分かる範囲で」
「それくらいなら」
能力の秘密を教える話ではない。俺自身の体調の話だ。
「今のところ、ワープした回数が増えたから急に疲れる、みたいなのはないですね」
「通常の運動による疲れは?」
「あります」
「空中移動時は?」
「普通に体動かしてるので、その分は」
「頭痛やめまいは?」
「ないです」
「吐き気」
「ないです」
「意識を失ったことは?」
「ないです」
問診になってきた。でも。病院でやるのとは少し違う。
俺の生活と能力が混ざっている。
「睡眠は取れていますか?」
「普通です」
答える。横を見る。白石さんがこっちを見ている。
「……何ですか?」
「何も」
「今なんか疑いましたよね」
「疑っていません」
「その顔やめてください」
「通常の確認です」
「医療担当じゃないですよね?」
「連絡担当です」
「便利だな、その言葉」
また言ってしまった。医療担当の人は、少し笑っていた。
「では、簡単に血圧なども確認しておきましょうか」
「今ここで?」
「はい。嫌でなければ」
「大丈夫です」
機器を出す。腕に巻く。
「家で血圧測られる日が来るとは思わなかったな」
「今後毎回来るわけではありません」
「それも良かった」
測定は問題なし。他にも簡単な確認をする。
特に異常はない。
「今のところ、大きな問題はなさそうです」
「ほら、元気」
「現時点では、です」
白石さんが言う。
「俺、信用ないな」
「そういう意味ではありません」
医療担当が資料をまとめる。
「もう1つだけ」
「はい」
「必要な場合、こちらから医療スタッフを派遣できるようにします」
「家まで?」
「状況次第です」
「毎回?」
「毎回ではありません」
「良かった」
「さっきからそればかりですね」
白石さんに言われた。
「政府が家に医者送り込んでくる生活はちょっと嫌でしょ」
「医師とは限りません」
「そこじゃないです」
でも。必要な時だけなら悪くない。例えば。
大きな救助をした。帰ってからちょっと体調がおかしい。でも病院へ行くほどなのか分からない。
そういう時に相談先がある。普通に考えれば便利だ。
「なんでここまでしてくれるんです?」
聞いてみた。
「俺、一応協力してるだけですよね」
政府職員ではない。軍人でもない。警察でも消防でもない。
ただの会社員。特殊能力があるだけ。白石さんが答える。
「政府が継続的に協力をお願いしている以上、安全管理まで含めて体制を整える必要があります」
「国家戦力だから?」
「その表現は使いません」
「じゃあ、貴重だから?」
「それも理由の1つではあります」
1つ。
「1つ?」
「はい」
白石さんは少し考えてから続けた。
「松さんが能力を使えなくなることも問題ですが」
俺を見る。
「それ以前に、松さん自身が病気や怪我で困った時に、何も準備していませんでした、では困ります」
「……」
思っていたより普通の答えだった。
「政府だからもっと」
言葉を探す。
「国益がどうとか言うのかと思いました」
「それも無関係ではありません」
そこは否定しない。
「でも、政府から活動をお願いする以上、松さん本人の安全も考えます」
「なるほど」
少し考える。俺なりに言い直す。
「政府から呼ばれて事故現場行って」
「はい」
「なんか吸い込んだり怪我したりして」
「はい」
「終わったら、あとは自分で病院行ってください、だと変だから?」
「かなり簡単に言えば、そうです」
「それなら分かる」
俺はうなずいた。政府に管理される。そう考えると嫌な感じがする。
でも。困った時に医療へつなげる。活動後に必要なら確認する。
普段から健康状態を把握しておく。しかも。勝手に検査するのではなく、俺の同意が前提。
「じゃあお願いします」
「ありがとうございます」
話がまとまった。医療担当の人が緊急連絡先などを説明する。俺も政府端末へ登録する。
「この番号、夜中でも?」
「緊急時は対応します。ただし、本当に緊急なら先に119番です」
「そこ大事ですね」
「はい」
「俺、ワープできるから病院まで自分で行けば早くないですか?」
「症状によります」
「ですよね」
「意識障害や重症の可能性がある場合に、自己判断で移動するのは避けてください」
「はい」
「あと」
白石さんが口を挟む。
「能力を使えば何でも解決する、という判断はしないでください」
「分かってますよ」
「ならいいです」
「信用ないな」
「確認です」
便利な言葉が増えている。しばらくして。
「では、私からの説明は以上です」
医療担当が立ち上がった。
「ありがとうございました」
「何かあれば、この窓口へお願いします」
「はい」
白石さんが資料を確認する。
「私はこのあと、連絡経路について事務的な確認が1件ありますので、少し残ります」
「分かりました」
玄関まで医療担当の人を送る。白石さんはさっき言った確認が残っている。
「じゃあ」
ふと。
「お茶くらい飲みます?」
一瞬。
白石さんが止まった。
「……いただきます」
「どうぞ」
居間へ戻る。2人になった。
「なんか」
「はい」
「急に普通ですね」
「さっきまで普通ではなかったんですか?」
「政府の医療説明受けてましたから」
お茶を出す。白石さんの前へ置く。
「ありがとうございます」
向かいに座る。少し静かになった。考えてみれば。
白石さんと2人で話したこと自体は何度もある。政府の施設。電話。
政府端末。そういう場所では。でも。
俺の家で2人。というのは初めてだ。
「何確認するんです?」
「今後の健康確認について、連絡方法を私経由にするか、医療窓口から直接連絡するかです」
「白石さん経由でいいですよ」
「分かりました」
「どうせ他の連絡も全部白石さんだし」
「原則として私が窓口です」
「便利だな、その肩書き」
「3回目です」
「数えてるんですか」
「今日は」
思わず笑った。白石さんもお茶を飲む。その時。
視線が少し横へ動いた。
「……何です?」
「いえ」
「今なんか見ました?」
「カセットコンロが」
「ああ」
この前使ったやつ。片付けたけど、棚の見えるところに置いてある。
「魚捕った時のです」
「配信で使っていましたね」
「見てたんですか?」
「公開されている活動は確認しています」
「全部?」
「必要な範囲で」
「俺が魚焼いてるところも必要なんですか?」
「活動内容ですので」
「便利だな、その言葉」
「4回目です」
「ほんとに数えてるじゃん」
今度は白石さんも少し笑った。
「魚、美味しかったですよ」
「それは良かったです」
「今度やります?」
言ってから、自分で止める。
「いや、今のなしで」
政府担当を海へ連れて行って昼飯を捕る。何をしているんだ。
白石さんは少しだけ間を置いた。
「……都合が合えば、別に構いませんけど」
「え?」
「今何か言いました?」
「確認事項は以上です」
「逃げた」
白石さんが立つ。
「では、今日はこれで」
「はい」
玄関まで送る。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
「健康管理、よろしくお願いします」
「無理をしないでいただければ、こちらの仕事も減ります」
「善処します」
「善処ではなく」
「気をつけます」
「お願いします」
靴を履く。ドアを開ける。
「では」
「お疲れさまでした」
白石さんが出ていく。ドアを閉める。静かになった。
「……」
テーブルを見る。白石さんが使った湯飲み。政府から渡された資料。
新しく登録した医療連絡先。少し前まで。政府と関わるなんて考えたこともなかった。
今は。政府の担当者が家に来て。血圧を測られて。
健康について説明されて。お茶を飲んで帰っていった。
「生活変わったな」
でも。嫌ではない。資料を見る。
定期的な確認。活動後のフォロー。緊急時の医療連携。
必要ならスタッフ派遣。
「政府」
小さく呟く。
「ほんとに俺を長生きさせたいらしい」
少し考える。
「まあ」
俺は資料を机に置いた。
「長生きは俺もしたい」
FIREする前に死んだら、全部意味がない。まずは健康。
それも資産形成と同じくらい、大事なのかもしれなかった。
次回、第34話「飛行機の脚が出ないらしい」
次回更新:10月12日 20:10予定




