第27話 社長にゴマすりが成功したみたい?
数日後。いつもどおり出勤した。
「おはようございます」
先日、政府との協力条件に同意した。俺専用のチームも動き始め、政府端末まで持っている。今度は勤務先との調整だが、白石さんからは『まずは必要な窓口の確認から開始します』と聞いたきり、詳しい連絡はまだない。
「松さん、あとでちょっといい?」
「はい」
出勤早々、上司に呼び止められた。
……もう会社に連絡が来た? いや、仕事の話かもしれない。提出物や会議の予定を頭の中で確認してみたけど、特に思い当たることはなかった。
「……何か忘れてないよな?」
少し気になりつつも、ひとまず仕事を進める。
しばらくすると、上司がもう一度声をかけてきた。
「松さん、今いい?」
「はい」
案内されたのは会議室だった。中にいるのは上司と俺だけ。上司は人事から届いたらしい通知を見ながら、何とも言えない顔をしている。
「えーっと、人事から連絡が来ててさ」
「はい」
来た。やっぱりそっちか。
「今後、松さんの勤務について個別に調整が入る場合があるから、対応してほしいって」
「はい」
「……知ってる?」
「あ。まあ……はい」
「知ってるんだ。俺より先に?」
「一応」
「何これ?」
「俺にも、まだ全部は分からないんです」
困った。政府と協力することも、空中スイマーの正体も、上司には話せない。もちろんワープなんてもっと無理だ。
「勤務時間とか、場合によっては出勤日の調整もあるらしい。しかも理由は必要以上に確認しなくていいって書いてあるんだよ」
「……そう書いてあるんですか」
「だから聞きにくいんだけどさ。何したの?」
ですよね。事情は話せない。でも、不安にさせたままなのも申し訳ない。何かうまいこと言えないかと考えて、口から出たのはこれだった。
「社長にゴマすりが成功したみたいです!」
「……社長に会ったことあるの?」
「ないです」
「じゃあ何の話だよ」
「ですよね」
完全に滑った。ごまかすにしても、もう少しましな冗談があっただろ、俺。
「冗談はいいから。問題起こしたとかじゃないよな?」
「それは違います!」
「会社辞めるわけでもない?」
「辞めません」
そこは即答できる。まだFIREしてないし。
「分かった。話せない事情があるんだな」
「すみません」
上司はもう一度通知に目を落とした。
「まあ、人事から正式に来てるから、必要な時はこっちも調整するよ。ただ、予定が変わるならできるだけ早めに教えてな。会議とか、他部署との予定もあるから」
「はい。そこはもちろんです」
本部の仕事は、俺一人で完結するわけじゃない。資料を作って、店舗と連絡を取って、会議に出る。俺が抜ければ、誰かの予定も動く。政府から呼ばれたからといって、急に全部放り出すわけにはいかない。
「その辺も人事側で調整するとは書いてあるけど、具体的なことはこれかららしい」
「そうなんですね」
「お前、知らないの? 自分の特別扱いなのに」
「俺も細かいところまでは把握してないんですよ」
「余計怖いな」
……確かに。俺が上司でも、こんな通知が届いたら怖いと思う。
会議室を出て席に戻ると、いつもの資料と数字が待っていた。政府との協力体制は動き始めているのに、目の前にあるのは店舗からの連絡と会議の予定だ。
でも、これでいい。本業優先は俺が条件に入れて、政府も認めてくれた。ワープ能力を手に入れたからって、会社員の仕事が突然なくなるわけじゃない。
「松さん」
「はい」
今度は同僚が資料を持ってやって来た。
「人事から何か特別な連絡があったって聞いたけど、大丈夫?」
「大丈夫です。勤務の調整が入るかもしれないって話で」
「何かあった?」
「詳しくは言えないんですけど、問題を起こしたわけじゃないです」
「ならいいけど。急に抜ける時は教えてよ」
「もちろんです!」
少し怪しまれたまま話は終わった。事情を説明できなくても、仕事の段取りまで曖昧にしていい理由にはならない。そこだけはちゃんとしよう。
昼休み。政府端末を確認すると、白石さんから通知が届いていた。
『勤務先側との初期調整が完了しました』
「おお、もう?」
『早いですね』
『必要な窓口への連絡と、勤務調整の基本方針についてです。具体的な運用は今後協議します』
『職場でめちゃくちゃ怪しまれてます』
少しして返事が来た。
『申し訳ありません』
『いや、白石さんのせいではないですけど』
気になっていたことも確認しておく。
『直属の上司には政府のことまで伝わってないですよね?』
『はい。事情を把握する人物は必要最小限に限定しています。松さんの所属先には、人事上の個別調整が入る可能性があることだけ伝わります』
なるほど。さっきの上司の反応と一致する。
『ちなみに上司に理由を聞かれて、社長へのゴマすりが成功したと答えました』
『……事実ではありません』
『はい。冗談だったんですけど、全然通じませんでした』
『誤解を招く説明は控えてください』
「はい、反省」
思わず笑ってしまった。白石さんは本当に真面目だ。まあ、今回は俺の冗談が悪かったんだけど。
そこで、もう一つ気になることを思い出した。
『俺が政府案件で仕事抜けたら、会社側だけ負担増えません?』
『その点については、勤務先上層部と政府側で調整を進めています』
『会社が一方的に負担を抱えることにはならないですか?』
『業務への影響や勤務調整の扱いについて、会社側と協議しています。ただし、具体的な対応がすべて決まったわけではありません』
「……やっぱり、そこはこれからか」
考えてみれば当然だ。政府からどれくらいの頻度で呼ばれるのか、今は俺にも分からない。会社だって、何も決まっていない段階ですべてを約束できるわけじゃないだろう。
『俺が抜けた分、同僚の仕事だけ増えるのは嫌なので、その辺もお願いします』
『承知しています。通常業務への影響も含めて調整を続けます』
『ありがとうございます!』
返信して端末を置く。会社への補償や事務処理をどうするかは、まだ協議中。それでも、誰かに負担を押し付けて終わりにしない方針だと分かっただけで少し安心した。
「……決まったら、また確認しよう」
政府に協力するのも大事だけど、俺はまだ会社から給料をもらっている身だ。担当している仕事まで全部お任せ、というわけにはいかない。
昼休みが終わり、午後の仕事に戻る。
「松さん、この数字確認お願い」
「はい!」
受け取った資料を開く。世界で一人かもしれないワープ能力者で、専属チームがあって、GPS付きの政府端末まで持っている。それなのに今、俺が確認しているのは店舗の数字だ。
「……あれ、ここ違いません?」
元のデータを見直し、もう一度計算する。今度は合った。
「よし」
なんだかんだ、こういう作業も嫌いじゃない。少なくとも、政府への秘密の説明を考えるよりは気楽だ。
やがて退勤時間になった。
「お疲れ様でした」
「お疲れ」
会社を出て、いつものスマホを確認する。YouTubeのコメントや登録者数が気になるし、ポケットには政府端末もある。
会社員に、動画投稿に、ヒーローっぽい活動。さらに政府との協力まで始まった。少し前なら考えられなかった生活だ。
「……俺、今どれが本業なんだろ」
ちょっと考えてみる。
「会社だな」
即答だった。だって、まだFIREしていない。
政府と協力しても、専属チームができても、明日の勤務がなくなるわけじゃない。
「……明日も仕事か」
まあ、今のところはそれでいい。
俺はいつもどおり、家へ帰った。
次回、第28話「政府と組んだこと、発表します」
次回更新:10月10日 20:10予定




