第26話 政府と契約する前にAIに見せます
帰宅して机の上を見る。いつものスマホ、古いサブ機、政府端末、そして今日もらった資料。
「……増えたな」
物も話も増えた。少し前までなら、仕事から帰ってスマホを見て、投資のことを考えるくらいだった。
今は政府との協力条件を確認している。
「とりあえずAIだな」
いつものスマホを手に取る。そこで止まった。
「……これ、そのまま入れていいやつ?」
机の上にある、政府から渡された資料を見る。協力条件、報酬、連絡方法、内部の体制、秘密保持。
「ダメそう」
別に全部が国家機密というわけではない。でも、何も考えず全文を入力する必要もない。AIに相談したいのは文章そのものじゃなく、条件に抜けがないかだ。
「じゃあ要約するか」
自分で書く。
『政府と継続的な協力関係を結ぶことになりそうです。以下の条件があります』
本業優先。案件ごとに本人同意し、連絡が来ても出動義務はない。戦闘、迎撃、攻撃や、戦況や継戦能力を大きく左右する支援には参加しない。能力の完全な仕様開示は不要で、個人情報は本人の同意なく外部へ公表しない。
政府貸与端末には位置情報・端末管理機能あり。本人へ説明済み。固定協力手当と案件ごとの報酬。能力を使わなければ維持できない社会インフラは作らない。
協力関係は終了可能。
「こんなもんか」
最後に。
『固有名詞、具体的な金額、内部の連絡方法などは省略しています。この条件で、正式に同意する前に確認しておいた方がいい点を整理してください』
送信すると回答が出たので、読む。
「責任」
まず。政府から依頼された案件で事故が起きた場合。人を助けようとして、物を壊した。
誰かが怪我をした。予定と違う結果になった。その責任を全部俺が負うのか。
「これ大事だな」
次。協力終了時。いつでも終了できるとしても、何が残るのか。
秘密保持、貸与品、保存された情報。
「これも」
次は緊急時。出動義務はない。
ただ、「100人死にそうです、って言われたらな」
断れる。契約上は。気持ちとして断れるかは、別の話だ。
最後は勤務先。政府が会社へ何を言うのか。
誰まで知るのか。
「よし」
政府端末を取る。白石さん。
『昨日の資料を確認していて、何点か聞きたいことがあります』
送信。少しして。
『はい。どうぞ』
早い。まず責任。
『政府からの依頼で協力した時に、例えば救助中に物を壊したり事故が起きたりした場合、全部俺の責任になるんですか?』
少し待つ。
『故意または重大な過失がある場合を除き、政府側の要請に基づく協力で生じた損害について、すべてを松さん個人の負担とすることは想定していません』
「よかった」
もう少し詳しい説明が続く。案件ごとに政府側の指示や専門機関の判断がある。補償や責任の扱いも、内容に応じて整理する。
もちろん、俺が勝手なことをして何を壊しても全部政府持ち、という意味ではない。
『詳細な責任分担や補償条件は、正式な条件書にも記載します』
「じゃあ書面でも見るか」
「まあ、それはそうだ」
返信。
『飛行機とか壊したら俺の給料じゃ無理なので安心しました』
数秒。
『飛行機を壊す前提で考えないでください』
「……」
正論。
『例です』
『例でも不安になります』
「真面目だな」
次は、協力をやめる時の話。
『政府との協力をやめたくなった場合について確認したいです』
『はい』
『本当にやめられます?』
『はい。所定の手続き、貸与品の返却、協力中に知り得た情報に関する秘密保持等は残りますが、政府との協力関係そのものを終了することはできます』
ここで。少し気になった。
『その後、ワープ自体を使うなって意味じゃないですよね?』
返信。
『もちろん違います』
さらに続く。
『政府との協力関係が終了するだけです。松さん個人の能力使用そのものを禁止する条件ではありません』
「ですよね」
YouTube、私生活、移動。
自分の判断での救助。民間の仕事。政府との契約をやめても、俺の能力は俺のまま。
『政府との協力をやめた後に、政府が能力使用を求め続けることもありません』
「よし」
これなら分かりやすい。
『FIREして全部嫌になった時も?』
送信。
『その場合もです』
『よし』
『そこで安心するんですね』
「そこ大事だろ」
何のためにFIREを目指しているのか。自由になるためだ。政府と協力した結果、定年まで政府案件。
それは違う。次は緊急時。
『出動は任意という条件ですが、1つ気になることがあります』
『何でしょうか』
『例えば、100人くらい命が危ないです。今すぐ来てくださいって言われたら、契約上は断れても、実際かなり断りにくくないですか?』
今度は返信まで少し時間があった。
『その点については、心理的な負担まで完全になくせるとは申し上げられません』
「お」
誤魔化さない。
『政府側としては、確認できた事実、緊急性、松さんにお願いしたい内容をお伝えします。その上で、協力するかどうかは松さんに判断していただきます』
『断ったら責められたりは?』
『少なくとも、協力契約上の義務違反として扱うことはありません』
契約上。そこは大事。ただ。
100人。助けられる。自分なら。
それでも行かない。
「……」
難しいな。能力を持つ前なら考える必要もなかった。今は。
俺にできることがある。だから。やらないという判断にも重さが出る。
「まあ」
その時考えるしかない。今から全部決められる話でもない。最後。
会社。
『勤務先との調整についても確認したいです』
『はい』
『会社には何て説明するんですか?』
返信。
『松さんが国家レベルの機密案件について政府から協力要請を受ける可能性があり、必要に応じて勤務上の配慮をお願いしたい旨を伝える予定です』
「怪しい」
その一文だけで。かなり怪しい。
『空中スイマーだとは?』
『伝えません』
『ワープ能力についても?』
『伝えません』
『誰まで話すんですか?』
政府側から説明。必要最小限。会社上層部。
勤務調整を実際に行うため必要な部署。そこから先へは、さらに限定した内容しか降ろさない。俺の職場全員へ、
松さんは国家機密です。とはならない。
「それはよかった」
ただ。
『国家レベルの機密案件で政府から協力要請を受ける社員』
十分おかしい。
『それだけでも会社から見たら謎の人になりません?』
返信。
『なる可能性はあります』
「また認めた」
『そこは何とか自然にできません?』
『政府から勤務調整をお願いする以上、まったく不自然に見えないことまでは保証できません』
「相変わらずだな」
できないものを。できるとは言わない。俺は少し笑う。
『白石さんって、都合のいいこと言わないですよね』
送ってから。これ。褒めてるのか?
返事。
『そのつもりです』
「……」
やっぱ真面目だ。でも、こっちの方が信用できる。
都合の悪いところまで含めて説明される。それなら判断できる。一通り。
AIが挙げた項目を確認した。俺はもう一度、机の上の資料を見る。政府側の条件。
俺側の条件。本業は続ける。出動は俺が決める。
戦わない。能力の全部は教えない。個人情報は守る。
政府端末のGPSは説明された範囲で使う。報酬はもらう。やめたくなったら、政府との協力はやめられる。
その後もワープは俺のもの。
「……」
大きな問題は。今のところ。なさそう。
AIにも聞く。
『以上について確認しました。ほかに見落としている確認事項があれば挙げてください』
回答。絶対に安全とは言えない。今後、具体的な案件ごとに条件確認は必要。責任分担や補償、秘密保持、終了時の扱いも正式な条件書で確認した方がいい。
俺は回答を閉じた。結局、決めるのは俺だ。
本業は続けられる。出動は断れる。戦わない。能力の全部を渡す必要もない。嫌になれば協力はやめられる。
「……なら、やってみるか」
政府端末を開く。白石さん。少しだけ手が止まる。
世界で1人かもしれない。ワープ能力者。政府。
専属チーム。協力契約。改めて並べると。
「規模でかいな」
でも、やることはメッセージを1つ送るだけだった。
『確認しました。この条件で進めたいです』
送信。
「……」
数分。政府端末が鳴る。
『承知しました。この条件での協力開始について、松さんの同意を確認しました。必要な手続きを進めます』
その下。
『今後、空中スイマー対応チームを政府側の基本窓口として運用します。主連絡担当は引き続き私です』
これで、政府との協力を始めることになった。何かもっと。
宣誓するとか。偉い人と握手するとか。そういうものを想像していた。
実際は。家でスマホから。
『この条件で進めたいです』
だった。
「現代だな」
端末を見る。もう1件。
『また、勤務先との調整開始についても、松さんの同意を確認できましたので準備を進めます』
「……」
ん?
『会社のやつですか?』
『はい』
『いつ頃?』
返信。
『まずは必要な窓口の確認から開始します』
「もう?」
『今後、平日に政府案件への協力をお願いする可能性があるため、早めに整えておく必要があります』
「そうだけど」
政府との契約より。なんか。こっちの方が緊張する。
政府関係者に、俺、ワープできます。と言うより。
会社側に、政府から勤務調整が入ります。となる方が。
「気まずくない?」
もちろん。俺が空中スイマーだとは言わない。ワープも言わない。
なのに政府から会社へ連絡が行く。
「余計怪しいじゃん」
政府端末。白石さん。
『詳細な調整内容が決まり次第、ご連絡します』
「はい……」
政府との正式協力。始まりました。
次は会社。
「そっちの方が怖いんだけど」
次回、第27話「社長にゴマすりが成功したみたい?」
次回更新:10月10日 12:10予定




