第24話 政府に条件を返します
帰宅。
「さて」
スマホを机に置く。政府から送られてきた協力条件のたたき台と、俺がAIとまとめた条件。両方を並べる。
「これ、ほんとに俺がやることか?」
少し前まで考えていたのは、ワープを使って副業できないかとか、YouTubeでどうやって本物だと信じてもらうかとか、その程度だった。今は政府との協力条件を確認している。
「成長したな」
成長なのかは分からない。俺側の条件は、本業優先、出動は任意、能力の細かい条件は非公開、個人情報を守ること。
必要な監視や位置共有は、何をするのか説明してもらう。俺がいないと成立しない仕組みにはしない。そして。
報酬あり。
「……最後だけ欲望なんだよな」
でも大事。無料で救助することと、政府から正式に時間を取られて仕事をすることは別だ。
「よし」
政府側の連絡先を開く。表示された名前は、白石凪。
「……」
昨日、自分で登録した。本人にも名前を聞いた。なのに俺の中では、ずっと「政府の人」だった。
「白石さん、でいいよな」
たぶん。いきなり「凪さん」は近い気がする。メッセージを書く。
『白石さん、お疲れ様です。昨日送っていただいた条件案について、こちらでも希望を整理しました』
「仕事のメールみたいだな」
いや。これも仕事になるのかもしれない。続ける。
『本業を優先したいこと。政府から連絡があっても出動を義務にはしないこと。能力の詳しい条件や弱点は原則として開示しないこと。個人情報を本人の同意なく外部へ公表しないこと。監視や位置共有が必要なら事前に内容を説明してもらうこと。俺の能力がないと維持できない制度やインフラを作らないこと』
長い。
「面倒な人みたいになってきたな」
最後。
『あと、政府協力については、固定の協力手当と案件ごとの報酬がある形を希望します』
「……」
一番自然に書けた。送信して数分後、返信が来た。
『ありがとうございます。内容を確認しました。政府側で整理し、正式な協議事項としてまとめます』
「早い」
もう1つ送る。
『こんなに条件を出して大丈夫ですか? 面倒な人扱いされません?』
送ってから。
「これ聞く必要あったか?」
返信。
『少なくとも、こちらで把握している範囲では前例のない能力ですので、条件が多いこと自体は想定しています』
「前例ない」
便利だな。
『前例がないって便利な言葉ですね』
返信。
『こちらも同じことを思っています』
「……」
ちょっと面白い。昨日まではただの「政府関係者」だったのが、今日、少しだけ人になった。しばらくして、追加の連絡が来た。
『担当側に確認した範囲で、現時点の見解をお伝えします。正式な合意ではありません』
『比較的早く合意可能と思われる項目からお伝えします』
「お」
読む。まず、本業優先。
『政府協力を理由として、現在の勤務を終了することは求めません』
「よし」
次は本人同意。
『個別の協力については本人同意を原則とし、連絡への応答を出動義務とはしません』
「よし」
続いて個人情報。
『本名、住所、勤務先その他の個人情報について、本人の同意なく広報・公表することを前提とはしません』
「よし」
能力。
『能力の詳細については、安全確保上必要な情報の確認をお願いする場合がありますが、完全な能力仕様の開示を協力の前提とはしません』
「これも」
かなりいい。俺が全部教えなくても、向こうが映像から分析するのは自由。その代わり、俺から答え合わせはしない。
そこは変えない。次は監視。
「ここか」
『監視・所在確認については、協力関係に基づく位置共有や安全確認を行う場合、原則として内容と目的を本人へ説明した上で実施する方向で調整可能です』
「原則」
少し引っかかる。その下。
『ただし、法令に基づく捜査・調査等を含め、日本政府その他の公的機関が将来いかなる状況でも本人に対する調査を行わない、という約束まではできません』
「まあ」
それはそうか。俺が普通に犯罪をした時まで。
「松さんだから調べません」
はおかしい。白石さんへ送る。
『犯罪とかした時まで見ないでって意味ではないです。協力してる間に、説明なしでGPS仕込まれたり尾行されたりするのが嫌って意味です』
『その理解であれば、大きな隔たりはないと思います』
「ならいいや」
次。俺がいないと回らない仕組み。
『この点についても、政府側の考えと大きく矛盾しません』
「ん?」
意外。
『単一の個人が能力を使用し続けなければ維持できない制度や社会基盤は、政府側にとっても継続性上のリスクがあります』
「そこ同じなんだ」
考えてみれば当たり前か。俺が風邪を引いたり、旅行したり、FIREして飽きたり、死んだりする。それだけで物流が止まりました、では困る。
そんな国。
「嫌だな」
俺が嫌なのと。政府が嫌なの。理由は少し違うかもしれないけど。
結論は同じ。そして。
「……」
最後は報酬。そこだけ、まだ書かれていない。
「白石さん」
メッセージ。
『あと固定手当の金額って、いつ分かります?』
送信。ほぼすぐ。
『そこが一番返信が早いですね』
「……」
言われた。
『FIREかかってるんで』
『昨日伺いました』
「覚えてる」
当然か。
『報酬額については、政府側がお願いする協力内容と拘束の程度が固まってから提示する予定です』
『固定手当+案件ごとの報酬という方式自体は?』
『現時点では、その方向で検討されています』
「よし」
金額はまだ。でも、方式はほぼ合っている。
「一歩前進」
俺はAIにここまでの内容を入れる。
『政府から返答が来ました。本業優先、本人同意、個人情報保護、能力の完全開示を前提にしないこと、監視は原則説明あり、能力依存の恒久インフラを作らないことは大きく問題なさそうです。報酬も固定手当+案件ごとの方式で検討中です』
回答。
『主要な論点では、政府側との隔たりは比較的小さいようです。ただし、正式な合意前に、例外条件、秘密保持、事故時の責任、協力範囲、報酬・補償、終了条件などを文書で確認することをおすすめします』
「増えた」
契約はめんどくさい。でも。
「ここまで来たらやるか」
スマホが鳴る。白石さん。
『次回の正式協議について、日程候補をお送りします』
「正式協議」
昨日は初回面談。次は。本当に契約の話をするらしい。
『次回は、政府側の協力条件案に加えて、今後の連絡・情報提供・安全管理を継続して行う体制案についてもご説明します』
「体制案?」
送る。
『はい』
少し間。
『空中スイマーさんへの連絡、情報提供、安全面の調整等を継続的に担当するチームについてです』
「……」
チーム。俺用?
『俺専用ですか?』
『現時点では、その方向を含めて検討されています』
「……」
スマホを見る。1人で始め、水泳帽をかぶり、スマホを三脚に置いた。同接1桁で、縄跳びまでした。
古いスマホが熱くなって。配信を終わった。そこから。
渋谷。60,000人。ニュース。
パトロール。政府。そして。
「専用チーム?」
規模。でかくなるの。早くない?
俺はもう一度メッセージを見る。間違いない。俺への連絡、情報提供、安全管理。
そのためのチーム。
「……」
世界で1人かもしれないワープ能力者。専用チーム。文字だけ見ると。
ものすごく格好いい。ただ。本人は。
明日も仕事。
「スケールと生活が合ってないんだよな」
まあいい。次の休み。また東京。
政府と正式協議。今度は。俺専用のチームの話まで出るらしい。
「ほんと、どこまで大きくなるんだこれ」
次回、第25話「専属チームができるらしい」
次回更新:10月9日 12:10予定




