第22話 政府と面談することになりました
面談当日。
「……ほんとに行くのか」
行く。昨日、自分で返事した。スマホには、政府側から届いた正式な案内が表示されている。
日時、施設名、担当者、入館方法。それから、俺がワープで来ることを考えて用意された到着場所。
「ワープ対応の案内ってなんだよ」
人生で二度と見ることがない気がする。いや、これから増えるのかもしれない。
「嫌だな」
服装を確認する。水泳帽、ミラーゴーグル、マスク。いつもの空中スイマーだ。
さすがに政府との面談くらい普通の格好で行った方がいいかとも思ったけど、本名と顔を知る人間は必要最低限にしたい。向こうにもその希望は伝えてある。身分証明に必要なら、その場では顔を見せる。でも、建物へ入る前から素顔で歩き回る必要はない。
「よし」
案内された場所を確認する。当然、スマホの地図へ直接ワープするわけじゃない。東京方面へ、見える場所をつないで移動する。
ワープ。
またワープ。景色が変わる。街が変わる。
さらに進む。そして、案内されていた施設付近の人の少ない場所へ出た。
「着いた」
普通に移動するのとは比べものにならないくらい早い。
「やっぱ東京でよかったな」
これなら生活圏を教える必要もない。そこからは普通に歩く。公的施設の入口。
警備、受付、そして水泳帽、ゴーグル、マスク姿の俺。
「……」
怪しい。政府に呼ばれた人間というより、今から何かやる人に見える。受付へ行く。
「あの、今日、面談で来たんですけど」
「お名前をお願いします」
「えっと」
一瞬迷う。
「空中スイマーです」
「確認いたします」
通じた。
「……通じるんだ」
「はい?」
「いえ、何でもないです」
少し待つ。すぐに確認が取れた。
「空中スイマー様ですね。お待ちしておりました」
「様つくんですね」
「……はい」
「すみません」
変なところが気になった。案内された場所で入館手続きをする。もちろん、ワープで建物の中へ直接入ったりはしない。
できるかどうか以前に、やったら絶対面倒だ。しばらくして、1人の女性が迎えに来た。
「お待たせしました。本日の連絡とご案内を担当します」
「あ、よろしくお願いします」
「本日の面談は、私を含めて3名でお話を伺います。ほかの2名は、面談全体の担当者と安全面の確認担当です」
「あ、3人なんですね」
「人数が多いとご負担になると考え、初回は少人数にしています」
「それ助かります」
落ち着いた人だった。年齢は俺より少し上くらいだろうか。服装も普通だ。もっとこう、黒いスーツの怖い人が何人も来ると思っていた。
「こちらです」
案内されて廊下を進む。
「昨日電話した人ですか?」
「電話の担当者とは別です。本日は私が面談中の連絡、記録、調整を担当します」
「なるほど」
まだ名前と所属を聞いただけ。俺にとっては政府側の人。それ以上でもそれ以下でもない。会議室へ入ると、説明された通り2人が待っていた。
1人は面談全体の担当者。もう1人は安全面などを確認する担当。案内してくれた女性も席につき、3人。
「もっといると思ってました」
「人数が多い方がよろしかったですか?」
「いや、絶対こっちがいいです」
即答した。席に着く。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
「いえ。移動は別に大変じゃないので」
「……そうですね」
この反応。昨日も見た。普通の人を相手にする時の癖で「遠いところからありがとうございます」と言いそうになって、途中でワープ能力者だと思い出すやつ。
たぶんこれから何度もある。
「まず面談を始める前に、本人確認をお願いしたいのですが」
「はい」
来た。バッグから身分証を出す。
「これでいいですか?」
「確認させていただきます」
少し緊張する。今までネットには出していない名前、顔、生活。それを政府側には見せる。
でも、ここまで来て。
「本名は教えません。でも政府と継続して話します」
は無理がある。
「1つ確認いいですか?」
「はい」
「これ、外には出ませんよね?」
「本人確認および今後の連絡に必要な情報として取り扱います。公開を目的として取得するものではありません」
「ネットとか、報道とかにも?」
「本人の同意なく、広報目的で公開することを前提にはしていません」
「なら大丈夫です」
身分証を必要な範囲で確認してもらい、顔も確認してもらう。
そして、また水泳帽。
「戻すんですね」
案内担当の人が言った。
「こっちの方が落ち着くんで」
半分嘘だ。政府関係者が3人いる前で素顔を出し続ける方が落ち着かない。本人確認が終わる。
「では、本題に入ります」
「はい」
資料が置かれる。
「まず、こちらで確認している内容からご説明します」
画面。映っていたのは俺。
「うわ」
渋谷で第三者が撮影した映像。別の場所にも俺がいて、さらに別の動画、生配信、投稿された時刻や場所まで並んでいる。
「……めっちゃありますね」
「公開情報を中心に確認しています」
地図まである。渋谷、その後の移動先、その次と、時間と映像が整理されていた。
「ここまで調べたんですか?」
「能力そのものの詳細は分かりません。ただ、少なくとも通常の交通手段では説明が困難な移動が複数回確認されています」
「でしょうね」
俺も無理だと思う。
「複数の第三者映像、生配信、現地での目撃情報にも大きな矛盾がありません」
「じゃあ、本物って思ってる?」
少し間。
「極めて特殊な移動能力をお持ちである可能性は、非常に高いと判断しています」
「言い方かたいな」
断言はしないらしい。政府だし、そうなるか。
「その上で、能力についてお伺いしたいのですが」
「はい」
「どこまでお話しいただけますか?」
来た。ここも考えてある。
「ワープできます」
「はい」
「自分だけじゃなくて、人とか物も動かせます」
「公開映像でも確認しています」
「空中にも行けます」
「それも確認しています」
「……」
ほぼYouTubeで分かることしか言ってない。向こうも気づいていると思う。
「発動条件や限界については?」
「そこは、詳しくは言いたくないです」
部屋が静かになる。
「理由をお伺いしても?」
「俺に何ができないかまで全部知られるの、普通に怖いんで」
これは本音。
「政府だから信用しないって意味ではなくて」
「分かりました」
思ったより早く引いた。
「現時点で、詳細な能力仕様の開示を強制する意図はありません」
「助かります」
「ただし、公開されている映像等からこちらで分析を行うことはあります」
「それは、まあ、そうですよね」
止めようがない。政府だけじゃない。ネットでも、もうやっている人はいる。
「ただ、俺から答え合わせはしないです」
「承知しました」
これでいい。
「今後の活動について確認させてください。動画配信は継続される予定ですか?」
「続けます」
即答。
「国内各地への移動も?」
「やります」
「空中での活動も?」
「やります」
「救助活動については?」
少しだけ考える。昨日のことを思い出す。
「できる範囲なら」
「できる範囲?」
「俺、警察でも消防でも医者でもないので」
3人を見る。
「昨日みたいに、目の前で危ない状況なら、安全な場所へ移すくらいはします」
3人を見る。
「でも、その後まで俺1人で何とかしようとは思ってないです。必要なら119とか、警察とか、そっちに任せます」
担当者が頷く。
「その線引きはこちらとしても重要だと考えています」
「あ」
そこは同じなんだ。
「特に、専門的な判断が必要な状況で、単独で対応を完結させようとしないことは重要です」
「ですよね」
なんとなく、少し安心した。全部を任されるわけじゃない。
「昨日の配信も確認しました」
「昨日?」
「パトロール配信です」
「見てたんですか」
「はい」
「全部?」
「担当者が必要な範囲を確認しています」
「……」
政府が俺の配信を見てる。
「変な感じだな」
「何か?」
「いや」
水泳帽ヒーローとか、あれも見られたのか。忘れよう。
「配信中、遠隔地で発生したとされる事故について、情報の真偽や正確な場所が分からず、対応を見送る場面がありました」
「そこまで見てるんですね」
「はい」
資料にそこまである。
「おっしゃっていた通り、移動能力があっても、正確な情報がなければ対応は難しいのでしょう」
「そうなんですよ」
そこは昨日一番感じた。
「俺が自分で見つけたら早いんです。でも全国のどこで何が起きてるかなんて分からない」
「そこで」
担当者が続ける。
「現時点で協力をお願いするという話ではありませんが」
「はい」
「将来的に、警察や消防などで確認された情報を、必要に応じてあなたへ伝える連絡経路を設けることには、一定の意味があると考えています」
「……情報係」
「はい?」
案内担当の女性がこちらを見る。
「あ、昨日コメントで、事故の場所をちゃんと教えてくれる人がいたら楽だって話してて」
「はい」
「そしたら、情報係とかオペレーターとか言われたんですよ」
「なるほど」
「政府にやってもらえってコメントもありました」
3人が少し静かになる。
「……まさか見てました?」
「コメント欄まですべて確認していたわけではありません」
「ですよね」
危ない。本当にコメントから企画されたのかと思った。
「ただ、確認済みの情報を迅速に共有できる仕組みそのものは、検討の余地があります」
「なるほど」
昨日は俺1人で、コメント、SNS、事故情報を全部見ようとしていた。そこが政府側の情報とつながる。確かに強い。
でも、まだ決める話じゃない。
「まだ、やりますとは言わないですよ」
「もちろんです」
返事が早い。
「本日はその判断を求める場ではありません」
「なら、俺も先に言っておきます」
「はい」
「俺、本業辞めないです」
一瞬、3人とも反応が止まった気がした。
「現在のお仕事を継続される、という意味でしょうか」
「はい」
「少なくとも、しばらくは?」
「FIREするまでは」
今度こそ完全に間が空いた。
「……FIRE?」
「経済的自立して、早期退職するやつです」
「存じています」
「なら話早いですね」
案内担当の女性が少しだけ口元を動かした。笑った?たぶん。
「目標があるので」
「能力を得る以前からですか?」
「そうです」
「能力を得ても?」
「むしろ早くなりそうです」
世界で1人かもしれないワープ能力者。政府との初面談。話題、FIRE。
「あと、呼ばれたら何でも行く、みたいなのも無理です」
「はい」
「断る時は断ります」
「承知しました」
「俺がいないと成立しない仕組みを作られるのも嫌です」
そこはかなり大事。
「俺がずっと働かないと回らない物流とか、俺が毎日どこかに行かないと成り立たない制度とか、そういうのはやりたくないです」
「理由を伺っても?」
「FIREしたいんで」
「……」
「半分冗談です」
半分。
「でも、俺がやめたら全部止まります、って仕組みは普通に危なくないですか?」
担当者が頷く。
「その点は理解できます」
「ならよかった」
「少なくとも、本日ここで継続的な協力条件を決める予定はありません」
「はい」
「今日確認した内容を持ち帰り、こちらでも整理します」
「俺も考えます」
これで終わり、ではなかった。
「もう一点だけ」
「はい」
「今後、緊急にご連絡する必要が生じた場合のため、連絡経路だけ設けさせていただけないでしょうか」
「緊急?」
「現時点では、具体的な出動要請等を意味するものではありません。こちらから確実に連絡でき、あなたからも必要な時に確認できる窓口です」
「ああ」
それなら活動用メールだけよりいいかもしれない。
「それは大丈夫です」
「ありがとうございます」
そこで、案内を担当していた女性が口を開いた。
「当面、私が連絡と日程調整を担当します」
「あなたが?」
「はい」
「専属とかですか?」
「いえ」
即答。
「現時点では、連絡担当です」
「あ、はい」
ちょっと恥ずかしい。先走った。
「何か必要があれば、こちらの連絡先へお願いします」
受け取る。政府の連絡先。
「……」
スマホへ登録する。
「名前、普通に入れていいですか?」
「問題ありません」
「じゃあ」
登録完了。少し前まで、俺のスマホに入っている仕事関係の連絡先なんて普通だった。会社、知り合い、家族。
そこへ政府。
「連絡先、急に強くなったな」
「はい?」
「なんでもないです」
面談終了。まだ政府に協力すると決めたわけじゃない。能力の詳しい条件も教えていない。
何かの任務を受けたわけでもない。ただ、本名を知られた。政府と話した。
そして政府の連絡先が増えた。
「……」
帰り。建物を出る。人の少ない場所まで歩く。
空を見る。
「会社員が政府と名刺交換みたいなことする日が来るとはな」
正確には名刺交換ではない。まあいい。見える場所を確認。
ワープ。
景色が変わる。今日も、明日も普通に仕事。ただしスマホの連絡先には、政府、1件追加。
「ほんと、何してんだろうな俺」




