第20話 ヒーローっぽいことしてみる
次の休日。
「よし」
水泳帽、ミラーゴーグル、マスク。服装はいつも通りだ。ただ、今日やることは少し違う。この前の配信で予告した、パトロール。
「……ほんとにやるのか」
自分で決めたんだけど、口にすると少し恥ずかしい。生活圏から離れた、人の邪魔にならない場所まで移動する。配信用スマホを確認。古いスマホと三脚も一応持ってきたけど、今日は空へ行く。
その前に、他人も一緒にワープできるかは確かめてある。前に会った視聴者の1人に事情を説明して、本人の了承をもらい、人のいない安全な場所で数メートルだけ。一緒に移って、体調にも問題がないことまで確認した。
「2台持って飛ぶ必要ないな」
空中で使うのは配信用スマホ1台だけ。自分を映す時はインカメラ、周りを見る時は背面カメラ。コメントも配信画面に流れてくる。
「これでいいか」
配信開始。
『ライブ配信を開始しました』
「どうも」
数字が一気に増えていく。
『きた』
『パトロール回』
『ほんとにやるんだ』
『ヒーローきた』
『水泳帽ヒーロー』
「始まって5秒でそれ?」
もう諦めた方がいい気がする。
「今日は、この前言ってたパトロールをやってみます」
『ヒーロー活動』
『事件探そう』
「事件は探さなくていいから」
『え』
「ない方がいいから」
『正論』
『じゃあ何するんだ』
「……見回る?」
『疑問形』
「初めてなんだよ」
俺だってパトロール経験はゼロだ。
「とりあえず、上から見ます」
インカメラのまま空を見る。
ワープ。
一瞬で景色が変わり、俺の背後に空と遠くなった地面が映った。
『高っ』
『飛んだ』
『背景やば』
『空中スイマーしてる』
「こういう時だけ名前が合ってるな」
もう一度ワープして位置を変える。スマホを少し傾けると、俺の後ろに道路や建物が見えた。
「今、こんな感じです」
『普通に怖い』
『落ちないの?』
「前に自動化も試した。地面に触れそうになったら少し上へ戻って、落ちる勢いを消すやつ」
ただ、あれは自分で判断ワープをすると解除される。飛んでいる間は、自分で次の場所を見てワープをつないでいる。
「じゃあ、下見ます」
カメラを切り替える。画面から俺の顔が消え、代わりに地上が映った。
『パトロール感ある』
『1人称視点』
俺もスマホの画面だけではなく、直接地上を見る。道路、交差点、人、車。普通だ。少し先へワープする。また見る。
「今のところ平和です」
『朗報』
『パトロール終了』
「早い早い。まだ始まったばっかりだろ」
道路、公園、大きな交差点。人のいる場所を中心に見て回る。数分経っても、特に何もない。さらにしばらく見回す。やっぱり何もない。
『平和で草』
『いいことだろ』
『本日の成果0件』
「成果ゼロが一番いいんだよ」
それは本当にそうだ。事故も危険もなく、助ける人もいない。最高。なんだけど。
「……配信として、どうすればいいのこれ」
『知らん』
『草』
『景色見せて』
『普通に空中散歩でいい』
「それ、いつもの配信になるじゃん」
パトロールって、思っていたよりかなり地味だ。
『事件を期待するな』
「してないって」
してない。でも、これを3時間続けたら、ずっと『本日も平和でした』で終わる。
「それはそれで、いいことなんだけどな」
コメントを眺めていると、1つ目に入った。
『○○で事故』
「ん?」
『人倒れてるらしい』
『○○駅』
『助けて』
「どこ?」
コメントを見る。
『○○駅の近く』
『△△県?』
『違う』
『SNSで見た』
「今?」
『たぶん』
『さっき』
『昨日のやつじゃね』
「待って」
また情報が混ざり始める。
『もう救急車いるぞ』
『別の事故じゃない?』
『○○駅じゃなくて○○町』
「どっちだよ」
前回と同じだ。情報がぐちゃぐちゃ。
「何時?」
『分からん』
「正確な場所は?」
『駅前』
「駅前のどこ?」
『知らん』
「……」
これでは行けない。ワープ自体はできる。遠くても、移動時間はほとんど消せる。でも。
「場所分からなかったら、行けないじゃん」
『たしかに』
『万能じゃない』
「前から万能じゃないよ」
住所だけ分かっても、その場所を直接見られるわけじゃない。しかも今起きている事故なのかすら分からない。
「本当か分からないものへ片っ端から飛ぶのも、ダメだな」
『荒らしに遊ばれる』
『嘘通報祭りになる』
『古い事故貼られるぞ』
「そうなるよな」
能力は速い。でも情報が雑なら意味がない。
「ワープより情報の方が遅いじゃん」
『草』
『弱点そこなの』
「地味すぎる」
もう一度、背面カメラを地上へ向ける。
「まあ、見回ります」
何度かワープする。道路、建物、人、車。俺はスマホ越しではなく、直接下を見る。
「あ」
いた。道路の端に、1人が車道側へ倒れている。転んだのか、すぐには分からない。ただ、動きが遅い。そして少し先から車が来ている。
「待って」
『なに?』
『どうした』
スマホは持ったまま、俺は直接下を見る。人がいる。確認する。歩道には安全な空間がある。確認。
ワープ。
一瞬で、車道側にいた人が歩道へ移る。俺もその近くへワープした。
「大丈夫ですか?」
すぐにカメラを自撮りへ切り替える。倒れていた人の顔は映さない。
『え』
『今人移動した?』
『助けた?』
『何があった』
後ろで車が通り過ぎる音がした。
「車道に人がいたので、歩道側に移しました」
『ガチ救助』
『初救助?』
『今のすご』
俺は配信より目の前を優先する。
「大丈夫ですか?」
反応はあり、意識もある。でも、それ以上は分からない。
俺は医者じゃない。怪我なのか、体調不良なのか。そこは判断できない。周りにも人が集まってきた。
「すみません、119お願いします」
近くに来た人へ頼む。そこから先は専門家に任せる。俺がやったのは、危険な場所から離しただけだ。少し離れて、スマホを見る。
『ヒーローじゃん』
『初救助』
『普通に人助けした』
『やっとヒーローした』
「……今の」
ちょっと嬉しい。
「ヒーローっぽくなかった?」
『なった』
『なってた』
『水泳帽だけどな』
「そこはもういい」
『水泳帽ヒーロー』
「助けた直後くらい、格好よくさせてくれない?」
コメント欄が笑っている。俺も少し笑う。でも、すぐに別のことに気づいた。
「……あ」
『なに』
「俺、見つけたから助けられたんだ」
『そりゃそう』
「いや、そうなんだけど」
重要なのはそこだ。俺の目で、人が見えた。車が見えた。安全な場所も見えた。だから一瞬で動けた。
「でも、さっきのコメントみたいに『○○で事故らしい』だけだったら、何もできない」
全国のどこで、今、何が起きているのか。俺には分からない。
『1人だしな』
「そう。1人なんだよ」
移動は一瞬。でも、情報を集めるのは一瞬じゃない。
「場所と、今起きてるのかと、どういう状況なのか。それがちゃんと分かれば行けるんだけどな」
『司令室いるじゃん』
『オペレーター必要』
『ヒーロー組織作れ』
「急に規模でかくない?」
『政府関係者にやってもらえ』
「なんで政府関係者なんだよ」
俺は笑う。
「事故の場所をちゃんと教えてくれる人いたら、楽なんだけどな」
『それオペレーター』
『情報係だな』
「情報係か」
地味だけど。必要だ。俺が飛んで、見て、助ける。その間に誰かが事故の場所や状況を確認して、それを俺に教える。
「俺、ワープより情報探してる時間の方が長くなりそう」
『超能力者の弱点:検索』
「弱すぎるだろ」
世界で1人かもしれないワープ能力者。課題。検索。
「まあいい」
今日はちゃんと1人助けられた。その後も、もう少し見回った。でも、大きなことは何も起きなかった。平和。それでいい。しばらくして、配信を終えることにした。
「今日はこの辺で終わります」
『おつ』
『初パトロール成功』
『初救助おめ』
「おめでたいのか?」
『助かったならおめ』
「まあ、そうか」
事故自体はない方がいい。でも、助けられたのはよかった。
『次もやる?』
「やります」
ただ、今のままだと情報探しから全部1人でやることになる。
「その辺、ちょっと考えます」
『司令室作れ』
「金かかりそう」
『FIRE遠のく』
「それは困る」
コメントが流れる。
「じゃあ、また」
配信終了。画面が切り替わる。
「……」
思ったより疲れた。飛ぶことより、見る、探す、判断する。そっちの方が忙しい。
「ヒーロー、大変だな」
まだ1回やっただけだけど。少し休んでから、活動専用の連絡先を開く。
「……増えてる」
取材。取材。企業。企業。
『弊社の商品をワープで――』
「やらない」
『毎朝会社まで――』
「タクシーじゃない」
『海外へ荷物を――』
「配送もしない」
『能力を研究させて――』
「怖い」
次。次。次。
「やっぱり地獄じゃん」
普段の連絡先と分けて、本当によかった。そのままスクロールしていると、1件だけ目に止まった。
「ん?」
他と少し違う。件名。
『空中スイマー様への面談のお願い』
「……」
差出人には、公的機関らしい名称が書かれている。文章も妙にちゃんとしていた。公開されている配信や映像、能力、安全面。今後についていくつか確認したい。任意で面談をお願いしたい。
「……これ、本物?」
前にAIと整理した時、自分で決めた。政府関係者を名乗られても即信用しない。でも、全部無視もしない。まず本物か確認する。
「リンクは押さない」
返信もまだしない。機関名を確認して、公式の窓口から確かめる。
「……」
今日、初めてパトロールをした。初めて人を助けた。そして最後に、政府関係者からの連絡。
「急にヒーローっぽくなってきたな」
次回、第21話「政府関係者からメール来たんだけど」
次回更新:10月7日 12:10予定




