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ワープの松さん ~普通の会社員、ワープを副業にしてFIREを目指します~  作者: 松さん


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20/48

第20話 ヒーローっぽいことしてみる

次の休日。


「よし」


水泳帽、ミラーゴーグル、マスク。服装はいつも通りだ。ただ、今日やることは少し違う。この前の配信で予告した、パトロール。


「……ほんとにやるのか」


自分で決めたんだけど、口にすると少し恥ずかしい。生活圏から離れた、人の邪魔にならない場所まで移動する。配信用スマホを確認。古いスマホと三脚も一応持ってきたけど、今日は空へ行く。


その前に、他人も一緒にワープできるかは確かめてある。前に会った視聴者の1人に事情を説明して、本人の了承をもらい、人のいない安全な場所で数メートルだけ。一緒に移って、体調にも問題がないことまで確認した。


「2台持って飛ぶ必要ないな」


空中で使うのは配信用スマホ1台だけ。自分を映す時はインカメラ、周りを見る時は背面カメラ。コメントも配信画面に流れてくる。


「これでいいか」


配信開始。


『ライブ配信を開始しました』


「どうも」


数字が一気に増えていく。


『きた』


『パトロール回』


『ほんとにやるんだ』


『ヒーローきた』


『水泳帽ヒーロー』


「始まって5秒でそれ?」


もう諦めた方がいい気がする。


「今日は、この前言ってたパトロールをやってみます」


『ヒーロー活動』


『事件探そう』


「事件は探さなくていいから」


『え』


「ない方がいいから」


『正論』


『じゃあ何するんだ』


「……見回る?」


『疑問形』


「初めてなんだよ」


俺だってパトロール経験はゼロだ。


「とりあえず、上から見ます」


インカメラのまま空を見る。


ワープ。


一瞬で景色が変わり、俺の背後に空と遠くなった地面が映った。


『高っ』


『飛んだ』


『背景やば』


『空中スイマーしてる』


「こういう時だけ名前が合ってるな」


もう一度ワープして位置を変える。スマホを少し傾けると、俺の後ろに道路や建物が見えた。


「今、こんな感じです」


『普通に怖い』


『落ちないの?』


「前に自動化も試した。地面に触れそうになったら少し上へ戻って、落ちる勢いを消すやつ」


ただ、あれは自分で判断ワープをすると解除される。飛んでいる間は、自分で次の場所を見てワープをつないでいる。


「じゃあ、下見ます」


カメラを切り替える。画面から俺の顔が消え、代わりに地上が映った。


『パトロール感ある』


『1人称視点』


俺もスマホの画面だけではなく、直接地上を見る。道路、交差点、人、車。普通だ。少し先へワープする。また見る。


「今のところ平和です」


『朗報』


『パトロール終了』


「早い早い。まだ始まったばっかりだろ」


道路、公園、大きな交差点。人のいる場所を中心に見て回る。数分経っても、特に何もない。さらにしばらく見回す。やっぱり何もない。


『平和で草』


『いいことだろ』


『本日の成果0件』


「成果ゼロが一番いいんだよ」


それは本当にそうだ。事故も危険もなく、助ける人もいない。最高。なんだけど。


「……配信として、どうすればいいのこれ」


『知らん』


『草』


『景色見せて』


『普通に空中散歩でいい』


「それ、いつもの配信になるじゃん」


パトロールって、思っていたよりかなり地味だ。


『事件を期待するな』


「してないって」


してない。でも、これを3時間続けたら、ずっと『本日も平和でした』で終わる。


「それはそれで、いいことなんだけどな」


コメントを眺めていると、1つ目に入った。


『○○で事故』


「ん?」


『人倒れてるらしい』


『○○駅』


『助けて』


「どこ?」


コメントを見る。


『○○駅の近く』


『△△県?』


『違う』


『SNSで見た』


「今?」


『たぶん』


『さっき』


『昨日のやつじゃね』


「待って」


また情報が混ざり始める。


『もう救急車いるぞ』


『別の事故じゃない?』


『○○駅じゃなくて○○町』


「どっちだよ」


前回と同じだ。情報がぐちゃぐちゃ。


「何時?」


『分からん』


「正確な場所は?」


『駅前』


「駅前のどこ?」


『知らん』


「……」


これでは行けない。ワープ自体はできる。遠くても、移動時間はほとんど消せる。でも。


「場所分からなかったら、行けないじゃん」


『たしかに』


『万能じゃない』


「前から万能じゃないよ」


住所だけ分かっても、その場所を直接見られるわけじゃない。しかも今起きている事故なのかすら分からない。


「本当か分からないものへ片っ端から飛ぶのも、ダメだな」


『荒らしに遊ばれる』


『嘘通報祭りになる』


『古い事故貼られるぞ』


「そうなるよな」


能力は速い。でも情報が雑なら意味がない。


「ワープより情報の方が遅いじゃん」


『草』


『弱点そこなの』


「地味すぎる」


もう一度、背面カメラを地上へ向ける。


「まあ、見回ります」


何度かワープする。道路、建物、人、車。俺はスマホ越しではなく、直接下を見る。


「あ」


いた。道路の端に、1人が車道側へ倒れている。転んだのか、すぐには分からない。ただ、動きが遅い。そして少し先から車が来ている。


「待って」


『なに?』


『どうした』


スマホは持ったまま、俺は直接下を見る。人がいる。確認する。歩道には安全な空間がある。確認。


ワープ。


一瞬で、車道側にいた人が歩道へ移る。俺もその近くへワープした。


「大丈夫ですか?」


すぐにカメラを自撮りへ切り替える。倒れていた人の顔は映さない。


『え』


『今人移動した?』


『助けた?』


『何があった』


後ろで車が通り過ぎる音がした。


「車道に人がいたので、歩道側に移しました」


『ガチ救助』


『初救助?』


『今のすご』


俺は配信より目の前を優先する。


「大丈夫ですか?」


反応はあり、意識もある。でも、それ以上は分からない。


俺は医者じゃない。怪我なのか、体調不良なのか。そこは判断できない。周りにも人が集まってきた。


「すみません、119お願いします」


近くに来た人へ頼む。そこから先は専門家に任せる。俺がやったのは、危険な場所から離しただけだ。少し離れて、スマホを見る。


『ヒーローじゃん』


『初救助』


『普通に人助けした』


『やっとヒーローした』


「……今の」


ちょっと嬉しい。


「ヒーローっぽくなかった?」


『なった』


『なってた』


『水泳帽だけどな』


「そこはもういい」


『水泳帽ヒーロー』


「助けた直後くらい、格好よくさせてくれない?」


コメント欄が笑っている。俺も少し笑う。でも、すぐに別のことに気づいた。


「……あ」


『なに』


「俺、見つけたから助けられたんだ」


『そりゃそう』


「いや、そうなんだけど」


重要なのはそこだ。俺の目で、人が見えた。車が見えた。安全な場所も見えた。だから一瞬で動けた。


「でも、さっきのコメントみたいに『○○で事故らしい』だけだったら、何もできない」


全国のどこで、今、何が起きているのか。俺には分からない。


『1人だしな』


「そう。1人なんだよ」


移動は一瞬。でも、情報を集めるのは一瞬じゃない。


「場所と、今起きてるのかと、どういう状況なのか。それがちゃんと分かれば行けるんだけどな」


『司令室いるじゃん』


『オペレーター必要』


『ヒーロー組織作れ』


「急に規模でかくない?」


『政府関係者にやってもらえ』


「なんで政府関係者なんだよ」


俺は笑う。


「事故の場所をちゃんと教えてくれる人いたら、楽なんだけどな」


『それオペレーター』


『情報係だな』


「情報係か」


地味だけど。必要だ。俺が飛んで、見て、助ける。その間に誰かが事故の場所や状況を確認して、それを俺に教える。


「俺、ワープより情報探してる時間の方が長くなりそう」


『超能力者の弱点:検索』


「弱すぎるだろ」


世界で1人かもしれないワープ能力者。課題。検索。


「まあいい」


今日はちゃんと1人助けられた。その後も、もう少し見回った。でも、大きなことは何も起きなかった。平和。それでいい。しばらくして、配信を終えることにした。


「今日はこの辺で終わります」


『おつ』


『初パトロール成功』


『初救助おめ』


「おめでたいのか?」


『助かったならおめ』


「まあ、そうか」


事故自体はない方がいい。でも、助けられたのはよかった。


『次もやる?』


「やります」


ただ、今のままだと情報探しから全部1人でやることになる。


「その辺、ちょっと考えます」


『司令室作れ』


「金かかりそう」


『FIRE遠のく』


「それは困る」


コメントが流れる。


「じゃあ、また」


配信終了。画面が切り替わる。


「……」


思ったより疲れた。飛ぶことより、見る、探す、判断する。そっちの方が忙しい。


「ヒーロー、大変だな」


まだ1回やっただけだけど。少し休んでから、活動専用の連絡先を開く。


「……増えてる」


取材。取材。企業。企業。


『弊社の商品をワープで――』


「やらない」


『毎朝会社まで――』


「タクシーじゃない」


『海外へ荷物を――』


「配送もしない」


『能力を研究させて――』


「怖い」


次。次。次。


「やっぱり地獄じゃん」


普段の連絡先と分けて、本当によかった。そのままスクロールしていると、1件だけ目に止まった。


「ん?」


他と少し違う。件名。


『空中スイマー様への面談のお願い』


「……」


差出人には、公的機関らしい名称が書かれている。文章も妙にちゃんとしていた。公開されている配信や映像、能力、安全面。今後についていくつか確認したい。任意で面談をお願いしたい。


「……これ、本物?」


前にAIと整理した時、自分で決めた。政府関係者を名乗られても即信用しない。でも、全部無視もしない。まず本物か確認する。


「リンクは押さない」


返信もまだしない。機関名を確認して、公式の窓口から確かめる。


「……」


今日、初めてパトロールをした。初めて人を助けた。そして最後に、政府関係者からの連絡。


「急にヒーローっぽくなってきたな」

次回、第21話「政府関係者からメール来たんだけど」


次回更新:10月7日 12:10予定

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