第19話 有名人の配信、難しくない?
数日後。俺はまた、水泳帽をかぶっていた。ミラーゴーグル、マスク、無地の服。
「……」
鏡を見る。
「相変わらず怪しいな」
でも、もう全国ニュースに出た。登録者は80,000人以上。今さら格好を気にしてもしょうがない。
「よし」
生活圏から離れた場所。人の邪魔にならないところ。配信用スマホとコメント用スマホを確認。
「始めるか」
配信開始。
『ライブ配信を開始しました』
「どうも」
俺は画面を見る。
「……」
数字が増える。どんどん増える。
「早」
100、500、1,000、2,000。
「……もう2,000?」
まだ何もしていない。ただ配信を開始しただけ。
『きた』
『空中スイマー』
『待ってた』
『今日はどこ行く?』
『ニュース見た』
『本物だ』
『縄跳びして』
「縄跳びはもういいだろ」
コメントが速い。
「前」
最初の配信を思い出す。1人、2人、4人。
「……もう3人から始まらないんだ」
『成長したな』
『有名人』
『ニュース効果』
「有名人って感じしないけどな」
俺は。カメラを見る。
「今日はですね」
コメント。まだ流れる。
「この前」
視聴者に呼ばれた場所へ行っていたら、なんか旅行みたいになったので。
「今日からあれ」
少し考える。
「普通の企画にします」
『企画化きた』
『旅行配信』
『全国行けるの強すぎ』
「名前は」
考えて。
「どこにでも行きます」
『そのまま』
『シンプル』
『分かりやすい』
「分かりやすい方がいいでしょ」
俺は。説明する。
「コメントで」
「ここ来て」
「この景色見て」
「ちょっと会いたい」
「とか」
「そういうの書いてください」
「行けそうなら行きます」
『北海道』
『大阪』
『福岡』
『東京』
『京都』
『うち来て』
「家は行きません」
即答。
『早い』
『ルールあった』
「普通に怖いだろ」
知らない人の家へ、いきなり訪問。
「人がいるところ」
「安全なところ」
「そういうのでお願いします」
『駅前』
『公園』
『海』
『山』
「山は場所による」
そして、もう1つ。
「あと」
「前は」
能力が本物だと見てもらうために、顔出し、撮影、SNS投稿。そういう人を優先していた。
「今日は別に」
「顔出ししなくていいです」
『マジ?』
『会える?』
「会えるところなら」
「もう」
少し考える。
「ワープの証明が目的じゃないから」
『言えるようになったな』
『証明完了した男』
『ニュース出たしな』
「まあ」
本当にここまで来るとは思ってなかったけど。
「じゃあ」
コメントを見る。
「次」
「どこ行く?」
瞬間。画面。
『北海道』
『大阪きて』
『長崎』
『海見て』
『富士山』
『うちの近く』
『○○駅』
『こっちこっち』
『今会えます』
『学校来て』
『会社来て』
『猫見て』
『犬見て』
『田んぼ』
『滝』
『山』
『北海道』
『東京』
『埼玉』
『千葉』
『京都』
『大阪』
『大阪来て』
『大阪!』
「待って」
流れる。速い。
「無理無理無理」
『草』
『選べ』
『早い者勝ち』
「早いのも見えないんだよ」
上へ戻す。でも、新しいコメントがまた流れる。
「これ」
「どうやって1人選ぶんだよ」
『目についたやつ』
『適当に』
『ルーレット』
『都道府県ガチャ』
「それはそれで面白そうだけど」
今日はとりあえず、普通に目に入ったもの。
「えー」
見る。
『○○公園来れます。今います』
「これ」
止める。
「公園?」
『俺です』
『拾われた』
『マジで行く?』
俺は場所を確認する。安全そうで、人もいる。
「じゃあ」
「行きます」
『は?』
『早』
『選ばれた人逃げるな』
そっちの方角へ、見える場所をつないで移動する。1回、2回、さらに遠く。目的地近くの人の少ないところへ出る。
「着いた」
『早すぎ』
『もう?』
『配信切れてない』
『どこ』
「公園の近く」
コメント。
『いる』
『本人いる』
『来た』
少しして、視聴者を見つける。
「どうも」
「本当に来た」
「来ますよ」
「いや、来るって言ってたけど」
「来ました」
少し話す。その人が近くの景色を教えてくれる。
「こっち行くと結構いいですよ」
「じゃあ行ってみます」
少し歩いて見る。
「いいな」
『旅行始まった』
『また旅行』
「結局こうなるんだな」
数分話して。
「じゃあ」
「ありがとうございます」
別れる。次。
「次どこ行く?」
画面。
『北海道』
『大阪』
『こっち』
『○○駅』
『助けて』
『海』
『東京』
『山』
『来て』
『人倒れてる』
『京都』
『事故』
『こっち来て』
『本当に来るの?』
「……」
少し。止まる。
「待って」
今、何かあった。流れるコメントを上へ戻す。
『助けて』
その上。
『人倒れてる』
さらに。
『事故』
「これ」
見る。詳細も、場所も、時刻もない。
「どこ?」
『○○らしい』
『SNSで見た』
『今?』
『知らん』
『事故ってるって』
『嘘じゃね』
『行け空中スイマー』
「いや」
俺は画面を見る。
「どこだよ」
コメント。
『○○市』
『県違うぞ』
『昨日の事故じゃね?』
『さっき見た』
『ニュース出てる』
『出てない』
「待って待って」
情報がぐちゃぐちゃ。
「これ」
普通の
『来て』
と、
『助けて』
が同じ速度で流れている。
「まずくない?」
『たしかに』
『救助コメント埋まる』
『本物か分からん』
『荒らしも出るだろ』
「そうなんだよ」
誰かが「助けて」と言う。それだけで行く。
「でも」
嘘だったらどうする。古い事故だったり、場所が間違っていたりしたら。
「片っ端から行くのも無理だな」
俺は画面を見る。
「今その場にいる人は、まず119してください。場所と今の状況が分かるなら書いて」
コメントは流れ続ける。でも、場所も時刻も情報が一致しない。
俺は遠くまでかなり短時間で行ける。でも、どこへ行けばいいか分からない。それでは意味がない。
『じゃあ救助専用コメント』
『タグ作れば?』
『モデレーター必要じゃね』
『通報窓口』
「なんか」
急に配信者っぽい。というか。
「運営っぽくなってきたな」
最初、1人、2人だった頃は全部読めた。今は普通の旅行コメント、会いたい、景色、質問、雑談。そこへ救助、事故、緊急。
「同じところで見るの」
「無理じゃない?」
『有名人の配信難しくない?』
「ほんとそれ」
言ってから少し笑う。
「有名人の配信、難しくない?」
『今さら』
『気づくのおそい』
『60,000人見てから言うな』
「60,000人見てても」
「俺は1人なんだよ」
コメントがさらに流れる。
「……」
その時、ふと思い出した。配信を始める前、まだチャンネルもなかった頃。能力を何に使うかAIと考えていた。もし他人も一緒にワープできるなら、危ない場所から人を離し、落ちそうな人を安全なところへ移し、事故のそばにいる人を逃がす。専門家の代わりにはならない。でも、俺にできる範囲なら助ける。
「……そういえば」
『なに?』
「これ」
視聴者にはちゃんと言ってなかったな。
「配信始める前に」
「この能力で何するか考えてた時」
「困ってる人がいたら助けるっていうのも」
「一応、考えてたんですよ」
『初耳』
『そうだったの?』
『ヒーロー路線あったのか』
「あー」
やっぱり。知られてない。
「そうか」
最初の配信だったか。俺が。
「ヒーロー以前に知名度がないな」
と言ったあと、コメントで。
『ヒーローなの?』
と聞かれた。あの時は。
「ヒーローってほどじゃないです。困ってる人がいたら助けたいくらいで」
と返した。その後。本物だと。信じてもらえなくて。それどころじゃなくなった。
「最初の頃」
「『ヒーローなの?』って聞いた人いたんですよ」
『いたいた』
『覚えてる』
『ヒーロー以前に知名度ないって言ってた』
「あ、それ」
「よく覚えてるな」
『古参です』
『同接一桁勢』
「強いな」
ちょっと笑う。
「もともと」
「困ってる人がいたら」
「俺にできる範囲では助けようとは思ってました」
「ただ」
本物だと証明する、それだけで何日も使った。
「今まで」
「本物だって信じてもらうので手いっぱいだった」
『草』
『確かに』
『ヒーローする前に存在証明してた』
「そうなんだよ」
ヒーロー以前に、ワープ能力者として認識されていなかった。今、ようやくその問題が一応終わった。
「だったら」
そろそろ最初に考えていたことをやってもいい。ただ。このコメント欄。普通の。
『来て』
と。救助の。
『助けて』
が。一緒。これは。やっぱり。よくない。
「分けるか」
『なにを?』
「普通に遊ぶ配信と」
「人助け見る配信」
『お』
『ヒーロー枠』
『パトロール?』
「パトロール」
その言葉は前にも考えた。空から街を見て、事故や危険を見つけたら助ける。
「そう」
「前に考えてた」
俺は画面を見る。
「パトロール」
「やってみるか」
『ヒーローじゃん』
『やっとヒーロー』
『水泳帽ヒーロー』
「水泳帽はもういいだろ」
『いや重要』
『アイデンティティ』
「安いだけだから」
でも今なら、視聴者もいる。コメントもある。何か起きた時に、情報も入るかもしれない。
「じゃあ」
「次」
カメラを見る。
「前から考えてたやつ」
「試してみます」
『パトロール配信?』
「そう」
「人助けの方」
『事故起きろ』
「それはダメ」
即答。
「事故は起きない方がいい」
『正論』
『そりゃそう』
「何もなかったら」
少し考える。
「空飛んで終わります」
『平和で草』
『それが一番』
「動画としては」
微妙だけど、まあそれでいい。今日はあと何人か会いに行く。コメントは相変わらず多い。
「じゃあ」
「次」
「今度こそ」
「1人ずつ」
画面を見る。流れが速い。
「……」
「やっぱこれ」
「選ぶの無理だな」
『頑張れ』
『そこは配信者スキル』
「ワープ能力に付属してないんだよ」
それでも、目に入ったものを何とか拾う。次、また次。景色を見る。少し話す。写真を撮られる。また。別の場所へ。
ワープ。
『また旅行になってる』
「結局これになるな」
気づけば、それなりに時間が経っていた。
「そろそろ終わります」
『おつ』
『楽しかった』
『次パトロール?』
『ヒーロー回待ってる』
「ああ」
そうだった。俺はカメラを見る。
「次は」
少し考える。
「今日話したやつ」
「前から考えてたパトロール」
「試してみます」
『ほんとにやるんだ』
『ヒーロー回』
『水泳帽ヒーロー』
「最後までそれか」
コメントが流れる。
「事故は」
「ない方がいいから」
「何もなかったら」
「普通に空飛んで終わります」
『それが一番』
『平和回』
「じゃあ」
「今日はこの辺で」
『おつ』
『またね』
「またやります」
配信終了。画面が切り替わる。
「……」
静かだ。さっきまで何1,000人もコメントしていたのに、終わると一気に静かになる。
「パトロールか」
配信を始める前から考えていた人助け。でも、その前に本物だと信じてもらう必要があった。ずいぶん遠回りした。
「まあいい」
今は少なくとも、空中スイマーが本当に何かおかしいことをする人間だとは思われている。
「じゃあ」
次は、最初に考えていたことをやってみるか。
次回、第20話「ヒーローっぽいことしてみる」
次回更新:10月6日 20:10予定




