第17話 翌日なので普通に出勤します
目覚ましが鳴った。
「……」
止める。目を閉じる。
「……眠い」
昨日は朝から夜まで11時間、ワープして、人に会って、話して、またワープして。最後は。68,000人。
「……」
もう1回目を閉じる。でも仕事がある。
「起きるか」
体を起こす。スマホを見る。
「うわ」
通知、通知、通知。ずっと通知だ。YouTube、X、ニュース、知らないアカウント。またニュース。
「これ全部見るの無理だな」
YouTube Studioを開く。登録者。
「……8万?」
昨日、配信を終えた時は7万八千くらいだった。寝ている間にも増えたらしい。
「俺、寝てただけなんだけど」
数字が増えているのは少し嬉しい。でも、時計を見る。
「やば」
閉じる。
「仕事行かないと」
いつも通り準備して、いつも通り家を出る。当然、今日は水泳帽もミラーゴーグルもマスクも、活動用のものは持ち出さない。というか。
「ワープで行ったらダメだよな」
見える場所をつなげば、仕事場の近くまでほとんど時間をかけずに行ける。でも毎日、同じ時間帯に勤務先の近くへワープするようなことを始めたら。昨日まで必死に隠していた意味がなくなる。
「普通に行こ」
昨日は日本中を飛び回った。今日は普通に通勤。
「……差がすごいな」
まあ、仕事だから。アルターク九州本部。いつもの場所、いつもの人、いつもの仕事。俺が入っても、誰も。
「空中スイマーだ!」
とは言わない。当たり前だけど、ちょっと安心する。
「おはようございます」
「おはよう」
普通だ。すごく普通だ。昨日68,000人に見られていた人間が、普通に出勤している。
「……」
少し面白くなってきた。仕事を始める。しばらくして、近くで。
「昨日のワープの人見た?」
聞こえた瞬間、手が一瞬止まる。
「見た見た」
「本物かな?」
「いや、あれ本物だったらやばくない?」
「ニュースでもやってたよ」
「なんか全国飛んでたやつでしょ?」
俺は仕事を続ける。昨日全国を飛んでいたやつが、ここにいる。
「松さん見た?」
「え?」
急に。話がこっちへ来た。
「昨日のワープの人」
「ああ」
少し考える。
「ちょっとだけ」
嘘ではない。かなり見た。
「どう思う?」
「どうだろうね」
「いや、本物じゃない?」
「そうかもね」
「なんか反応薄いな」
「朝からずっとそれ見てたわけじゃないし」
昨日11時間、ずっとその本人だった。
「でもさ」
相手が。スマホを見せる。
「これ」
画面には、渋谷にいる俺が映っている。
「……」
「いろんな角度から撮られてるらしい」
「へえ」
「しかもこのあと長野行って」
「へえ」
「また別の場所行って」
「すごいね」
「絶対興味ないじゃん」
「いや」
めちゃくちゃ知ってる。
「仕事中だし」
「あー」
納得された。助かった。俺も画面の中の俺を見る。水泳帽、ゴーグル、マスク。
「……怪しいな」
「だろ?」
「うん」
自分でもそう思う。休憩に入る。
「よし」
スマホを開く。まずYouTube Studio。
「……まだ増えてる」
登録者は8万を超えて、さらに少しずつ動いている。
「すご」
でも今、一番確認したいのはそこじゃない。
「収益化」
昨日、配信終了後に条件を見るところまでだった。表示。
「……」
登録者、問題なし。視聴時間、反映。
「お」
もう一度見る。
「いける?」
申請。できる。
「来た」
世界初かもしれないワープ能力より、今はちょっとこっちの方が嬉しい。
「申請できるじゃん」
進める。確認、確認、入力。
「……これで」
送信。表示。審査中。
「終わり?」
思ったより。普通だった。
「昨日60,000人見てたのに」
会社の休憩時間に、スマホで収益化申請。
「……」
なんか。地味だな。まあ、これで審査が通れば、今後の配信からようやく収益が発生する。
「やっとスタートか」
まだFIRE資産は増えていない。登録者80,000人、ニュース、68,000同接。でも金融資産は昨日とほぼ同じ。
「数字って難しいな」
時間。まだ少しある。
「ニュース見るか」
昨日は配信中で、まともに見られなかった。検索。空中スイマー。
「……出るな」
記事、動画、まとめ。また記事。
「多い」
1つ開く。
内容。渋谷。複数の撮影者。別角度。その後。遠く離れた場所へ。また別の人。ライブ配信は継続。複数地点。
投稿時刻。
「ちゃんとまとめてるな」
俺より。詳しい。記事の文面。
『ワープを自称する配信者』
「……」
読む。
『現象の正体については確認されていない』
「まだ自称なんだ」
ちょっと笑う。まあ。ニュースが。
『本当にワープでした』
と断言する方が怖い。
「そりゃ慎重になるか」
別の記事。こっちは。昨日の移動を。時系列でまとめている。
「何時何分まで出してる」
コメント欄。
『本物だろ』
『いやマジック』
『CGでは説明できない』
『全部仕込み』
『全国にスタッフ置くの無理だろ』
「まだやってるな」
少し。楽しい。そして。別の記事。
「……」
文章の途中。
『関係機関も公開映像や投稿内容を確認しているとみられる』
「関係機関」
読む。もう一度。
「……やっぱ見るよな」
能力を公開する前。AIと考えた時にも。政府機関から接触される可能性は出ていた。企業。研究者。マスコミ。政府。外国。能力の存在を表に出せば。
そういう相手が寄ってくるかもしれない。だから。本名。顔。住所。勤務先。普段の生活。そこは出さないと決めた。
「想定はしてたけど」
あの時は。まだ。誰にも知られていなかった。関係機関が確認しているとみられる。その一文が。今は。実際のニュースに載っている。
「こうなるのか」
少し不思議だった。怖い。というより。机の上で考えていた話が。現実になった感じ。
「まあ」
犯罪をしたわけでもない。昨日も。人に呼ばれて。会って。ワープしていただけだ。
「連絡来たら、その時ちゃんと対応すればいいか」
前に考えた通り。何でもその場で即答する必要もない。まず。相手を確認する。話を聞く。必要なら。そのあと考える。
「よし」
スマホ。閉じる。時計。
「あ」
休憩。終わる。
「仕事戻らないと」
登録者。ニュース。政府。YPP審査。全部。一旦。しまう。仕事は。仕事。
その後も。普通だった。昨日。日本中を飛んで。今日。普通に働く。なんか。変な感じはする。でも。
俺は。まだ。FIREしていない。なら。働く。
「お疲れさまでした」
仕事終了。帰る。普通に。家。
「はあ」
座る。スマホ。開く。まだ。通知。
「減らないな」
X。見る。俺の動画。俺の動画。俺の動画。
「……すご」
昨日。俺が。適当に。視聴者に呼ばれて。あっち。こっち。行った。その行動が。誰かによって。
地図にまとめられている。
『空中スイマー移動記録』
「何これ」
見る。渋谷。長野。その次。その次。時刻。推定移動時間。
「俺より詳しいじゃん」
別の投稿。
『過去配信一覧』
「全部見つかってる」
縄跳び。
「またこれ」
初配信。低同接。サブ機の熱。
「そこまでまとめる?」
笑う。でも、その次に出てきたものは少し雰囲気が違った。
『空中スイマー正体誰?』
「……」
『住んでる地域どこだろ』
『普段仕事してるっぽい?』
『昨日の発言から会社員説』
「……」
スクロール。
『配信開始前の移動を逆算できない?』
『方言ある?』
『服から分からない?』
『過去動画の背景』
「待って」
止める。
「早くない?」
こうなる可能性は。考えていた。だから。顔を隠した。家の近くから配信しなかった。勤務先も出していない。日常の移動経路も見せないようにした。そのために。能力を公開する前から。
対策した。
「でも」
あの時。想像していたのは。有名になったら。誰かが調べるかもしれない。そのくらいだった。今。登録者だけで。80,000人。ニュースを見ただけの人まで入れたら。
もっといる。
「80,000人とかに探される前提では考えてなかったな」
1人が気づかなくても。10人。100人。10,000人。何万人も見れば。誰か1人くらい。気づくかもしれない。対策の種類が違う。というより。
同じ対策でも。人数が変われば。穴の見つかり方が変わる。
「これ」
もう1回。確認した方がいいな。政府。身元。家。仕事。次の配信。現在地。
「……」
PCを開く。AI。いつもの画面。入力。
『以前、能力を公開する前に身元特定対策を考えました。』
続ける。
『現在、全国ニュースになり、登録者が80,000人ほどいます。』
さらに。
『関係機関も公開情報を確認していると報じられています。』
少し考える。最後。
『今までの対策で足りないところと、政府から実際に連絡が来た場合の対応を整理してください。』
送信。画面に。回答が。表示され始めた。
次回、第18話「有名になったけど、これ大丈夫?」
次回更新:10月5日 20:10予定




