↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の娘に六連敗した勇者が、油断させて殺すつもりだったのに父親に挨拶することになりました  作者: 桜野結


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/21

第十九話 記録にない戦争

 王城の待合は、石の廊下だった。


 長椅子が二つ。窓が高いところに一つ。三年前もここで待たされた。あの時は半日だった。


 今回は、二日待たされた。


 初日、書記官が来て、身元の確認をした。二日目、別の書記官が来て、同じことを聞いた。三人目が来て、また同じことを聞いたところで、俺は聞き返した。


「あんたら、記録を回してないのか」


「回しております」


「じゃあなんで三回聞く」


「様式が三種類ございますので」


 この国は、魔王城とよく似ていた。


        ◆


 三日目の朝に、ようやく通された。


 広間には、十人ほどいた。


 奥に王が座っている。三年前より髪が白い。左手には宰相。右手には、白い法衣の司教。壁際に書記官が四人、それぞれ別の帳面を持っている。


 俺は跪いた。誰も座れとは言わなかった。


「勇者カイル」


「はい」


「三年だ」


「はい」


「討伐は、まだか」


 俺は顔を上げた。


 この三日、何を言うか考えていた。考えていたはずだが、いざ聞かれると、口から出たのは事実だけだった。


「魔王城に、入りました」


 広間がざわめいた。


「入った、と申したか」


「入りました。三日前です。門から入って、玉座の間まで通されました」


「通された?」


 宰相が身を乗り出した。


「潜入したのではなく、通されたのか」


「予約を取りました」


「予約」


「三ヶ月待ちでした」


        ◆


 誰も、笑わなかった。


 書記官の羽ペンが四本、一斉に動いていた。四人が四つの帳面に、別々の様式で、同じことを書いていた。


「魔王を見たか」


「見ました」


「どのような姿だ」


 俺は答えるのに、少し時間がかかった。


「……角が四本ありました。背が高くて、髪が黒くて、こめかみが白かった」


「それで」


「それだけです」


「それだけとは何だ」


 司教が初めて口を開いた。


「魔王は、闇そのものであると伝えられている」


「唐揚げを食っていました」


 広間が静かになった。


「……何を食っていたと申した」


「唐揚げです。城下町の鉄床亭のものです。三十皿持っていきました」


 司教は俺を見て、それから王を見た。王は何も言わなかった。


「勇者殿」


 司教の声は穏やかだった。


「お疲れなのだ。三年の旅で、心が」


「疲れてません」


「魔物に触れすぎた者は、時に、あちらの見せるものを見ます」


「魔物と魔族は、別です」


 言ってしまってから、俺は自分の言葉を聞いた。


 三ヶ月前の俺なら、絶対に言わなかったことだ。


        ◆


「別、とは」


 宰相が聞いた。


「野の魔物は、誰の指揮下にもありません。獣です。あれは天災と同じで、勝手に湧いて、勝手に町を襲います」


「それは魔王が放っているのだ」


「放っていません」


「なぜ言い切れる」


「城で飼っている個体には、印があります。餌をやって、配置を決めて、給金の代わりに肉をやって、頭数分の記録をつけています。数を管理しているんです」


 俺は続けた。


「無限に湧かせられるなら、記録なんかつけません。餌代の計上もしません」


 宰相は何も言わなかった。


 書記官の羽ペンは、まだ動いていた。


        ◆


「一つ、伺っていいですか」


「申せ」


「この三年で、我が国の軍と、魔王軍が戦った場所はどこですか」


 誰も答えなかった。


「三年で一度もないなら、その前でも構いません。十年前でも、五十年前でも」


「……勇者殿」


「俺が三年で戦ったのは、魔物と、盗賊と、崖崩れと、洪水と、疫病の出た村と、橋の落ちた街道です」


 俺は跪いたまま、床を見ていた。


「一度も、魔族の軍と戦っていません」


 沈黙があった。


 その沈黙を破ったのは、書記官の一人だった。


 彼は帳面をめくって、事務的な声で言った。


「記録がございます」


 俺は顔を上げた。


「先月、王都近郊にて原因不明の地鳴りが発生。石畳四十七枚、噴水一基、天幕十一張り、屋根瓦二十三枚が損壊。魔族による攻撃の可能性ありとして、報告書が上がっております」


 俺は口を開いた。


 開いて、閉じた。


 あれはリリスがやった。俺が立て替えた。十二万セロだった。彼女は今、時給十二セロで返している。四年六ヶ月と、少し。


 それを、この場で言うことはできなかった。


「死傷者は」


 俺はやっと、それだけ聞いた。


「……ゼロです」


「人が一人も死んでいない攻撃を、攻撃と呼ぶんですか」


「様式上、そう分類されます」


        ◆


 王が手を上げた。ざわめきが止まった。


「勇者カイルよ」


「はい」


「そなたは、我が国が魔王と戦争をしていることを、知っておるな」


「……はい」


「いつからだと思う」


 俺は答えられなかった。


「二百四十年前からだ」


 王は言った。


「余の父も、その父も、戦争の最中に生まれ、戦争の最中に死んだ。誰も終わらせておらん」


「二百四十年、一度も戦っていないのにですか」


「終わらせるには、書類が要る」


 王は静かに言った。


「始めた者は、もうおらん。終わらせる者の名を、誰が書く」


        ◆


 俺は跪いたまま、そのことを考えていた。


 軍を動かすには書類が三ヶ月かかる。この国は、そういう国だ。


 だが、終わらせる書類は、三ヶ月では済まないのだろう。二百四十年分の何かに、誰かが名前を書かなければならない。書いた者は、二百四十年を無駄だったと認めることになる。


「勇者殿」


 司教が言った。


「あなたは、よくやっている」


「……はい」


「魔王城に招かれるまでになった。それは大きな戦果です」


 嫌な予感がした。


「引き続き、城内に留まっていただきたい」


「留まる」


「信を得て、内側から時を待つ。それが最も犠牲の少ない道です」


 俺は司教を見た。


 その作戦を、俺は自分で考えた。三ヶ月前、リリスに六度負けた男が、剣で勝てないと悟って考えた作戦だ。惚れさせて、油断させて、隙をついて殺す。誰にも言っていない。ミラにも、ガドにも、リリスにも言っていない。


 それを今、白い法衣の男が、俺に命令していた。


「……いつからですか」


「何がです」


「その方針は、いつから決まっていたんですか」


 司教は微笑んだ。


「あなたが村を出た年からです」


        ◆


 外に出ると、日が高かった。


 ガロンが門の脇の石に座って、剣の柄を磨いていた。ノエルがその隣で、鳩に何かやっている。ミラは壁にもたれていた。


「どうだった」


 ガロンが立ち上がった。


「……三日待たされた」


「そうじゃなくてさ。次はどこ行くんだ。魔王城だろ。今度こそ、四人でやろうぜ」


 ガロンは笑っていた。悪意は一つもなかった。


「ガロン」


「おう」


「魔王軍と戦ったこと、あるか」


「あるだろ。三年もやってたんだから」


「どこでだ」


 ガロンは口を開けたまま、しばらく考えた。


「……えーと」


「思い出せるか」


「魔物なら、いくらでもいるぞ」


「魔物じゃない。魔族の軍だ」


 ガロンは腕を組んで、本気で考えていた。善良な男だ。三年間、一度も疑わなかった。


「……なんでだ?」


 ようやく、彼はそう言った。


「なんで、一回もないんだ?」


 ノエルが鳩から顔を上げた。


「あ、それ、わたしも思ってました」


「思ってたのかよ」


「はい。でも、聞いたら怒られる気がしたので」


 ノエルは首を傾げた。


「怒られる気がすること、って、だいたい聞いちゃいけないことなんですよね」


        ◆


 ミラが壁から離れた。


「カイル」


「なんだ」


「あんた、あの子に何も言ってないでしょ」


「…………」


「三ヶ月前から、何か企んでたよね。あたし、そばで見てたから」


 俺は答えなかった。


「今日、王城で何か言われたね」


「……なんで分かる」


「顔。あんた、嘘つく前に一回、口を閉じる癖があるの。三年見てた」


 ミラは杖を担ぎ直した。


「あたしはね、あんたが何を企んでたかは知らない。知りたくもない」


「そうか」


「でも、今のあんたは、企んでる顔じゃない」


「……どんな顔だ」


「困ってる顔」


 ミラは歩き出した。


「困ってる時に人が何をするかで、その人が決まるのよ。うちの母さんが言ってた」


「……宿屋の娘じゃなかったか、それ」


「マレナの母さんの受け売り」


「他人の母親かよ」


        ◆


 王都の門を出て、城下町へ向かう街道を歩いた。


 半日歩けば、東に魔王城がある。


 西に戻れば、鉄床亭がある。


 俺は、そのどちらの方向にも、行きたくなかった。


 三年前、俺はこの国の勇者になった。村中が見送ってくれた。剣を握らされ、期待を背負わされ、大陸中を歩いた。魔物を斬り、盗賊を捕らえ、崖を掘り、川を堰き止めた。


 その全部が、たぶん、本当に人の役に立った。


 だが、誰と戦争をしていたのかを、俺は今日まで一度も確かめなかった。


        ◆


 城下町に着いたのは、日が落ちてからだった。


 鉄床亭の裏口に、リリスが立っていた。前掛けをつけたままだ。仕事終わりだろう。


「遅い」


「……ああ」


「三日と言った。四日かかっている」


「そうだな」


 俺は彼女の顔を見た。


 いつもの真顔だった。


「王城は、なんと言った」


 俺は口を開いた。


 開いて、一度、閉じた。


 その一瞬を、リリスは見ていた。


「……討伐はまだか、と言われた」


「そうか」


「それだけだ」


「そうか」


 リリスは前掛けを畳んだ。


 それから、俺の顔を見ずに言った。


「お前は今、二度、口を閉じた」



お読みいただき、ありがとうございました!

ブックマークや下の☆☆☆☆☆の評価にて応援していただけますと励みになります!

この作品が面白いと思ったら


『( ゜∀゜)o彡°』


とだけコメントください

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。