第十六話 クエストを受けますか?:義円の選択 その2
三井寺に神宮十郎がきた。
来ること自体は珍しくない。
彼はいくつも身分をもっている。
戦士としては源三井頼政の部下だ。
僧侶としは熊野神宮の僧侶だ。
僧侶同士の交流・外交があるのだ。
そして、神宮十郎は義円のことを気にしてくれたのか、気に入ってくれたのか。
来るときは必ず会った。
義円もCクラスの連中よりは、多少、髪がぼさぼさ頭でも丁寧な話し方をする神宮十郎と気が合った。
そして、プライドの高い義円にはありがたいことに神宮十郎は彼が挙兵し、天下を目指すプランを進言してくれた。
繰り返すが彼は覇王と天下を争った男の遺児だ。
そのため義円は何の疑いものなく、時が来たら覇王と戦うため挙兵するものだと思っていたし、その資格があると思っていた。
人生の目標というよりは義務だと考えていた。
そのため具体的にその義務を行うにあたっての道筋を教えてくれるこの神宮十郎という知己はありがたかった。
(俺のことを本当に理解してくれるのはこの神宮十郎だけだ)
と思っていた。
「挙兵するときは当然戦力が必要だ」
「どう集める?」
「それも大事だが”どこで”も重要だ。失敗したらすぐにもみ消される」
「確かに。それなら都周辺はまずいな」
「そうだ。陳勝呉広になれるかもしれないが滅ぶ。同じ意味でこの三井寺もまずい。近すぎる」
「遠くてもダメだろう? 奥州大陸では情報がとどかない。坂東平野はどうか?」
「坂東平野も遠すぎると私はみている。あそこは別に政権をたてるにはいいが、都に影響を与えにくい。別世界とかんがえたほうがいい」
「それなら?」
「尾張三河はどうだろう。都からは速攻をしかけにくいが、そう離れているわけではない」
「なるほど」
「それにあの土地には源頼朝や木曽義仲のような旗頭になれる有名人はいない」
「へぇ。それなら俺達にとってちょうどいい」
「そうだ。あなたは覇王と天下を争った男の遺児だ。旗頭になれる」
「なら、さっそく行くか?」
「まて、根回しが先だ。それに実際に動くのは誰かが立ち上がった後だ。立ち上がった者はまず、先に滅ぼされるだろう。その後に仇をうつという理由で挙兵したらよい」
「立ち上がるかな?」
「こればかりは運だ」
「運か」
「それよりもその時が来たときに根回しをすることが今は重要だ」
義円は神宮十郎がくるたびにこのような話をしていた。
そして尾張三河にも実際に出向いていた。
余談だが覇王にこの義円の動きがバレなかったのは反覇王の三井寺にいたからだ。
このように神宮十郎はたびたび義円のもとに訪れていたため、今回も義円の部屋に行っても誰も疑わなかった。
「やあ、久しぶりですね。お元気でしたか?」
山伏姿の神宮十郎は義円の前に座った。
このような挨拶から入る姿勢も義円には好ましかった。
浄妙のような僧兵連中なら礼も何もなくいきなり要件から入る。
「いやあ。この前、僧兵どもと稽古しましたら打ち身がひどくて、なかなか大変です」
義円は苦笑しながら答えた。
「えっ。義円様が僧兵とともに訓練されているのですか? さすが志が高いほうは違いますな」
「そう言われると照れます。それにしても僧兵どもは儀礼をわきまえぬ。神宮殿とまるで違います」
「そう言われるとこちらが照れますよ」
二人は笑った。
「それで神宮殿。今日はどのようなご用件で?」
「ええ、先ほど長吏とあってきました」
「ああ、そちらへのご用向きだったのですね」
「ええ、表向きは」
「表向き? それはどういうことですか?」
「義円様にお話があるのです」
「?」
「これは長吏にもお話したことなのですが……」
「ちょっと待ってください。それを私が聞いてもいいのですか?」
「ええ、むしろ義円様に聞いていただきたいのです」
「なんでしょう? ちょっと聞くのが怖い気もしますが」
「以仁王様と源三位頼政様が打倒覇王にむけて挙兵します」
「え!」
「私はその挙兵にむけて三井寺に令旨を届け、味方になるよう説得するためにきました」
「それで長吏とあってきたのですね」
「そうです。三井寺は以仁王様にお味方することが決まりました」
「おお、これを聞いたら黙っていられませんな。準備をしないと」
「何の準備です?」
「いや、これから戦になるでしょう。その準備が必要ですよね」
「お待ちください。三井寺の僧兵と一緒に戦うつもりですか?」
「ん? えーっと質問の意味がわからないのですが……」
「前に最初に立ち上がった者は滅ぼされるといったのを覚えていますか?」
「そういえば」
「繰り返します、最初に立ち上がった者は真っ先に覇王に狙われます。特にここは都に近い」
「・・・確かに」
「義円様。前に根回ししていたことを実行するのです」
「前に根回ししてたこと……尾張三河での挙兵!」
「そうです。その時がきました」
「しかし、それでは以仁王様は……」
「義円様 あなたがこの三井寺で戦っても兵が一人増えるだけです。それよりも尾張三河で立ち上がられたほうが以仁王様の助けになります。覇王の軍勢はそちらにも意識を向けなければなりません」
「そうか……そうだな。神宮殿の言うとおりだ。尾張三河で挙兵したほうが以仁王様の力になるか」
「はい。そうです。武勇の奮いどころを間違ってはいけません」
「あ、ああ……」
「それにここで以仁王様と戦うならばあなたの義務は果たせないでしょう? お父上はそれで喜ばれるかどうか……あなたはあの覇王と天下わけ目を戦った勇者の子なのですよ」
「……そうか、そうだな」
義円は大きく頷いた。
心が震えた。その震えは野望への喜びなのか。未知への怯懦なのか。
「私は以仁王様の令旨を全国に届けなければいけません。義円様は一足早く尾張三河に向かってください。あとで合流しましょう」
「わかった」
義円は挙兵を選択した。その手は小刻みに震えていた。
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