第十ニ話 稲荷神 その5
森の外でクロウを待つ静達。
「おっそいなー」
赤井藤が飽きてきたのか声をだした。
「こんなもんじゃねぇか?」
平八郎が言った。
「いしし、案外、美人さんとかがいてよろしくやってるのかもよ」
喜三太が言った。
この言葉に静・皆鶴姫・片岡春の耳がピクリと動く。
「男って嫌ねぇ。そんな話ばっかり」
赤井藤が軽蔑した声をあげた。
「おい、誰か来たぞ」
駿河が注意の声をあげた。
”がさり”と藪を超える音がして一人の人物が現れた。
佐藤継信だ。
(こいつ。今までこの藪の中を物音立てずに移動してきた。それで発見が遅れた。わざとらしく音を立てやがって)
駿河は佐藤に得体のしれないものを感じた。
彼は隠密の業に長ける。その駿河をして、ここまで接近するまで気づかなかった。
駿河は警戒をMAXレベルにあげた。
「クロウ殿はどうしたのだ」
皆鶴姫が問う。
クロウは佐藤継信と二人で宇迦之御魂大神のところに向かった。
佐藤が一人で戻るのはおかしい。
「ああ、クロウ殿は力を得るため特訓中ですよ」
佐藤は皆鶴姫の問いに答えた。
「特訓?」
「あれ? 神の力を特訓もなしに簡単に得ることが出来るとでも思っていたのですか?」
「あ、いや」
「それにクロウ殿は怨念の魔王の何かしらの影響を受けていたご様子」
この佐藤の声に片岡春が身を固くする。その片岡春を守るように兄の片岡八郎が近くに来た。
「その影響を除く必要があるようです。時間はかかるでしょうね」
佐藤は飄々としている。
「皆さま、クロウ殿の帰還は時間がかかるようです。一度、屋敷に戻りませんか? 他にも平泉は見るところもあります。ああ、餅料理なんかいかがです。御前にするとおいしいですよ」
佐藤はそのように皆を促した。
そう言われると佐藤の提案を断る理由は無い。
時間がかかるなら猶更だ。
佐藤に従って皆、屋敷の方に足を向けた。
「嘘」
その佐藤の背中に言葉が投げつけられた。
佐藤は振り向く。
そこに静がいた。
「嘘とは?」
「そのままの意味よ。クロウを神域に封じたね」
この静の言葉に皆鶴姫達が佐藤に殺気を向ける。
片岡兄妹や熊井、鈴木重家、残夢が魔法攻撃の体制をとる。
亀井、喜三太が弓を構える。
駿河、吉次が背後を取るべく動き、皆鶴姫、赤井藤、江田、平八郎が突撃の準備をした。
伊勢三郎、与一、千本がその彼らを守るように構えた。
彼らの殺気を受けても佐藤継信の態度は変わらない。
「御冗談を私にそんな大それた力はないですよ」
佐藤は困った表情を浮かべる。
「そうね。佐藤さん自身にその力はなくても。宇迦之御魂大神……お稲荷様にはその力があるわよね。あなた……お稲荷様を利用したわね」
「ちょ、ちょっと待ってください。想像で話されても困るのですが」
「想像? 私はクロウにお守りを渡したのよ。そのお守りに何が入っていたと思う?」
「それこそ想像もつきませんが?」
「私の使役する雷獣。その雷獣を通して神域での出来事はすべて知っている」
「…………すべて知っているのなら、私が何もしていないのも知っているのではないでしょうか? 私はクロウ殿の大神の間を取り持っただけです」
「玉藻御前」
静が告げた言葉に佐藤の肩がピクリと動いた。
千本と与一が突如出た義母の名前に何事かと静を見る。
「お稲荷様は玉藻御前の運命に後悔していたようね。その名前を出すことでお稲荷様の後悔を浮かび上がらせた。そして言葉を選び、話題を選び、話の流れを上手く操り、クロウを幽閉するように誘導した。大したものね。剣も魔法も使わず口先だけで物事を成し遂げた」
「褒めてるのですか?」
「そうね。その手腕は素直にすごいと思う。 ”神をも誑かすって”言葉があるけど、実際に神を誑かすところを始めて見たわ。でもね。……クロウに手を出すなら……敵ね」
静はそう言って構えた。
既に降神魔法は完了済み。
今回、来ていただいたのは加茂大明神。サンダーアローを周囲に浮かべて発射準備OKだ。
天神様ではないのは補習が嫌だからでは断じてない。
佐藤は困ったように笑みを浮かべている。
「分からないのが理由。なぜ?」
静が聞いた。
佐藤は周囲を見渡す。
クロウ一党に囲まれている。
(言わないと帰してもらえそうにないですね)
雑魚ならまだしも、一騎当千の猛者がいた。
那須与一だ。
伊勢三郎も強敵のオーラがある。
佐藤継信といえど
戦って切り抜けるには少々厳しい。
(たとえ切り抜けたとしても後々、面倒になりそうですね)
クロウに一物のある母太郎は喜ぶだろう。しかし奥州王は怒るだろう。
静に企みが露見した時点で佐藤継信の計画は終わっていた。
佐藤継信はギブアップすることにした。
(あーあ、上手くいくと思ったのですけどね)
雷獣を盗聴器にする作戦までは読めなかった。
佐藤継信の敗因はクロウ以外のメンバーの能力を把握していなかったことだ。
「理由ですか? それは簡単です。私が奥州王に仕えているからです」
佐藤は言った。
「もっとわかりやすく」
静がせかす。
「奥州王は大乱を予見しております。そのために魔王を撃退したクロウ殿のお力を借りたいと考えております。クロウ殿が奥州大陸にいるとなるとおいそれと攻めてこないでしょう」
「そのクロウをどうして閉じ込める?」
「いいですか? 大乱抑止には”クロウ殿が奥州大陸にいる” この事実が大事なのです」
佐藤は静の問いに嚙んで含めるように答えた。
「つまり、クロウが閉じ込められていようが、奥州大陸にいればいいということ?」
「そうです。困るのが自ら大乱に飛び込み奥州大陸を離れることです」
「つまり、クロウを奥州大陸から出ていかれないようにしたということね」
「ええ、あとは母太郎様の意向も汲んでます」
「ああ、何かとクロウに対抗意識燃やしてたもんね」
「ええ」
静と佐藤は互いに笑った。
ただし表面だけだ。
「奥州王はそれでいいとして……それだとクロウは覇王になれないよね」
「ええ、クロウ殿の野望には犠牲になってもらいます」
佐藤がそう言ったとき。
パアン と乾いた音がした。
静が佐藤の頬を張ったのだ。
佐藤が驚き尻をついた。
「クロウの野望は誰にも止めさせない」
静はそう言い放った。
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