第十話 仙人があらわれた その5
―夜―
皆が寝静まったころ、片岡春は起きた。
旅の最中、このこのように野宿することはよくあることだ。
特にこの辺りには宿などない。
睡眠をとるため野宿するのは仕方ないが、見張りは必要だ。
どんなに一騎当千の男でも寝込みを襲われたら死ぬ。
今日の見張りはクロウと静だ。
この二人はよく見張りを買って出る。
6人の少年少女の紅一点、おませさんの赤井藤が「夜に二人でなんて何をしているのかしら?」と二人の仲を邪推しているが、片岡春は知っている。二人が夜に何をしているかを。
そのため、今、起きても見張りの二人がいないことを知っていた。
片岡春は皆のところから離れると
「残夢」
と短く呼んだ。
やがて闇の中から仙人の姿が浮かび上がってきた。
「約束通りきたね」
片岡春が頷く。
「ああ」
残夢は言葉短く頷く。小さく約束だからな。と続けた。
「それにしても、やっぱ、あんたすごい仙人なんだね」
「どうしたのだ急に?」
「あんたと別れた途端、仲間と合流できた」
「君と話をするために、あの場を作ったのだ。君を森で遭難させるためじゃないぞ。話が終わったらちゃんと仲間の元に戻すつもりだった」
残夢は少し怒ったように言った。
人間性を疑われたのが嫌だったのだ。
「そうじゃなくて…… “話をするときは誰も近づけさせなくて、用件が終わったらすぐに仲間の元に戻れる”これって……言葉にすると簡単だけど、実行するとなると難しいよね」
「要は観察だぞ。観察さえ出来れば、この人はこの時に、こういう行動をするというのがわかる。それがわかればあとは誘導するだけだぞ」
「それがすごいって言ってるの。自覚ないでしょ」
「そうなのか?」
「そうよ」
「ふむ?」
「考え込んでる暇はないわ。行くよ」
「ん?どこへ?」
「あなたに見せたいものがあるの」
「俺に?」
「あなたは昼に会ったとき言ったわよね。自分と私を重ねてみたって」
「ああ」
「あなたと私は違うという事を見せてあげる」
片岡春はどんどん歩いていく。
馴れない森なので歩みが遅い。残夢は仙術で歩く障害となっている藪を寄せた。
「面白いことができるのね」
「自然と一体となるのが仙人だ。この程度は問題ないぞ」
「そう……」
片岡春は歩きやすくなった森を歩く。
「不幸自慢ではないけど、私の家は滅んだ」
歩きながら唐突に片岡春は話し出した。
残夢は黙って頷いた。
おそらく片岡春が自分を呼んだことと関係あるのだろうと思ったからだ。
「坂東に源頼朝という捕虜がいる。覇王に負けた相手の子。有名だから知ってるよね」
「うむ」
残夢は頷く。
先の大戦で負けた総大将の遺児。
覇王の情けで処断はされずに流罪となった少年だ。
維持の中で彼が有名なのは、生き残った遺児の中で一番の年長だからだ。
遺児の代表 それが源頼朝というアイコンだ。
世を捨てた残夢だが、それでも先の大戦は知っていた。そして源頼朝という名前も知っていた。
「その源頼朝がね。覇王に挑もうと準備をしているの」
片岡春が言う。
(それはそうだ)
と残夢は頷いた。
源頼朝の家は戦士の家
実力あるアスリートが世界一を目指すように、彼らは天下を目指す。
(遺児を生かせばばこうなることは誰の目にも明らかだぞ。本人にその意思がなくても周りがそのように動く。当たり前の結果だぞ)
残夢は唸る。
「その準備として源頼朝は坂東平野の戦士に声をかけた。私の父にも声をかけたわ」
そう言った片岡春の表情は見えなかった。
「どうなった?」
「私の父は仕事に忠実だった。源頼朝の誘いを断り、上司に報告をあげた」
「それは……源頼朝は黙っていないだろう」
源頼朝は追い詰められたはずだ。
片岡家の報告を受けて、源頼朝討伐軍が組織されたら滅ぶ。
ならば、滅ぶ前に口封じを狙ってくる。
「ええ。源頼朝は刺客を差し向けたわ。そこで私の家は滅んだ」
残夢は片岡春にかける言葉を見つけられない。
「私の家族はなくなった。私は兄と一緒に奴隷に堕ちた。父はただ、仕事を普通にしただけなのに」
(俺より酷い)
残夢は思った。
残夢は好奇心から提言し、その結果に絶望した。
自ら動いた結果だ。
しかし、片岡春は違う。
片岡春の家は普通に仕事をしただけだった。報告をしただけだった。
それなのに親を失い。家族を失い。自らも人権を失った。
「怨念の魔王って知ってる?」
「ああ」
残夢は頷く。
高名な魔王だ。
親に帝位を追われ「我、日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」とこの世を呪い魔王に堕ちた男だ。
今の帝を恨み、今の世を恨み、世の乱れを望んでいると言われる魔王
「あなたは世に絶望して、世を捨てたのよね。……私は世に絶望して怨念の魔王に魅入られた。」
「魅入られた?」
「そう、あの魔王は世を乱れることを願っているのでしょう。今思えば、私が源頼朝を恨めば恨むほど世が乱れると思われたのかしらね」
片岡春はそう言って髪をかき上げた。
残夢からはその表情は見えない。
表情がない妖魔がいる。
のっぺらぼうという。
人は表情を見て感情を推し量る。
しかし、表情がないとその人物の心は見えない。
つまり、のっぺらぼうの心は誰にもわからない。
今の片岡春はまるでのっぺらぼうのようだ。
「私は怨念の魔王に魅入られ、源頼朝を倒すことだけを考えた。源頼朝の破滅だけを願った。伊勢さんのおかげで奴隷から解放されたけど、私の心は魔王に縛られたままだった。源頼朝の破滅を願わない日はなかった」
そこで片岡春は歩きながら肩をわずかに震わせた。
「自力では困難だったから伊勢さんに源頼朝への復讐をねだったりしてね。今思えば、伊勢さんも困った奴を助けたと思ったでしょうね」
残夢は自分と片岡春を比べていた。
初め、自分の境遇と重ね合わせた。片岡春と自分は境遇が近いのではないかと思った。
だから話がしたいと思った。
しかし。
話を続けていくにつれ
違う。
と思った。
残夢は恨むことよりも、引き籠ることを選んだ。
片岡春は引き籠るよりも、恨みを晴らす道を進んだ。
下がった者と茨の道を選んだ者
真逆だった。
共通していることはどちらも幸せとはかけ離れているということだけだろうか。
「その時に源頼朝の弟が近くにくるということを知った」
片岡春が歩きながら言葉を続ける。
「それがクロウ様。私は源頼朝への恨みを晴らすためクロウ様を狙った。弟だという理由だけで」
残夢は驚くと同時に難しい顔をした。
驚いたのはクロウが高名な源頼朝の弟だということ。
源頼朝は有名だが、弟達はその他大勢扱いだ。残夢が知らないのも無理はない。
難しい顔をしたのは片岡春がクロウを狙ったという件だ。
片岡春の行動原理は理解できる。そうするだろう。
しかし、それで恨みが晴らせるかと言ったら微妙だ。
源頼朝の弟たちは反乱を恐れたか、バラバラに養育された。
これは有名な話なので残夢も知っていた。
何しろ天下人と天下分け目を争った男の遺児たちだ。動向がニュースにならないほうがおかしい。
彼ら兄弟は会ったことすらない。
さらに彼らは覇王と戦った棟梁の子だ。
貴族の子と言い換えてもいい。
貴族の兄弟は平民の家族とは違い、家督を争うライバルの場合が多い。
つまり生まれ落ちた瞬間から兄弟とは争う修羅の道を運命づけられている。
兄が自らの立場を守るため兄弟を殺すというのは良くあるゴシップだ。
そのため、仮に片岡春がクロウを倒したとしても、それをもって源頼朝が家族を失った痛みを感じるかは微妙なのだ。
源頼朝とクロウとの関係。互いの性格はわからないが、クロウが倒されたことによって源頼朝が喜ぶケースも考えられるのだ。
だから。
それで恨みを晴らしたことになるかは微妙だと残夢は思った。
「そして、私達は簡単にクロウ様に返り討ちにあって捕まった」
「私達?」
「そう、私がクロウを倒しに行くっていったら、兄も奴隷の時に仲良くなった喜三太も熊井も藤ちゃんも平八郎も源蔵も重家さんも皆、一緒に行くって言ってくれたの」
(あの少年少女達はそういう繋がりだったか)
残夢は片岡春が少し、羨ましくなった。
いい仲間に巡り合えている。と思ったのだ。
「でも、一緒に捕まっちゃった。喜三太達に迷惑をかけたわ……。迷惑をかけたと言えばクロウ様にも。後で知ったけどクロウ様は源頼朝と会ったことすらないんですってね。クロウ様からするととばっちりよね。クロウ様にも迷惑をかけたわ。 奴隷から解放してくれた伊勢さんにも迷惑をかけ、喜三太達にも迷惑をかけ、クロウ様にも迷惑をかけてる。最低よね」
「自分を責めることはない。怨念の魔王の影響化にあったのだろう?」
「そう……それが問題。私の体から怨念の魔王が出てきたの」
「なんと!」
「私の感情が暴走して、それに合わせて私の体から怨念の魔王が出てきて……」
「それでどうなったのだ?」
魔王のチカラはモンスターの比ではない。天命にすら改変し影響を与えることができる人外の存在だ。その魔王と遭遇したのであればただでは済まない。
「クロウ様達が撃退した。でも、その時、クロウ様が私を庇って重症を負った」
(うむ。判断がむずかしいところではあるが……魔王相手に重傷で済んだのは幸運だったのではあるまいか。だが、この娘はそれを後悔しているのだな。自分を庇ったせいで大怪我をしたと)
残夢は痛ましい目で片岡春を見た。
そして自分だったらどうしただろうと考えて……やめた。
意味がないと悟ったからだ。
(この娘と自分を重ねた私が愚かだったのだ。この娘と私は違う。そんな当たり前のことに気づかぬとは。どうやら私は知らず知らずのうちに、人恋しく同類を求めていたようだ)
残夢の反省の間も片岡春の独白はつづく。
「クロウ様が怨念の魔王に受けたのは怪我だけじゃなかった。得意の魔法も封じられた。クロウ様には覇王になるという夢があるのに私はその夢を潰してしまった」
(ああ、これが、あの憂い顔の正体か)
残夢は悟った。
確かにこの後悔が心にある以上、皆のように無邪気にはなれない。
同時に残夢もまた後悔した。
(ああ、俺は自分の好奇心を満たすために、また人の心を踏みにじってしまったのだな)
片岡春がココロの中の葛藤を残夢に公開する必要はないのだ。
残夢は片岡春の心の奥底を土足で踏み荒らしたのだ。
残夢は片岡春の傷口を抉ったのだ。
かつて残夢は合理性から正論を吐き、人を心中させた。
(おそらく、俺は今、同じことを繰り返している)
残夢は自己嫌悪に陥った。
(やはり、俺のような男は人の世にいてはいけない。森に還ろう)
残夢がふたたび森に籠ろうと考えているとき
「着いた」
と片岡春が小声で言った。
(そう言えば、この娘は俺に見せたいものがあるって言っていたな)
残夢は思い出した。
「大きな声は出さないでね。ほら、あれよ」
片岡春と残夢の目の前には懸命に剣と魔法の訓練をしている男がいた。
(あれは確か、クロウと言ったか)
どれだけ懸命に訓練をやっていたのか。
髪も服も全て汗でぐっしょり濡れていた。
その傍には二人の人物がいた。
巫女服の女性、静。
そしてもう一人の人物がいた。
(誰だ? この一行にはいなかったぞ。それにこの神々しい神気は一体?)
「誰だ?」
残夢は低い声で片岡春に尋ねた。
「ああ、天神様よ。静さんは降神魔法が使えるの。それで天神様を召喚してるの」
(神を召喚するだと!)
残夢は驚く。普通の集団ではないとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。
(魔王を退けるのも頷ける)
クロウは天神様と訓練をしていた。
本物の電光の雨を避け、魔法剣を繰り出す。
「南無八幡大菩薩―膝丸―」
クロウが魔法を唱えると魔法剣が伸びた。
その剣の切っ先が天神様に鋭く迫る。
天神様の指から電撃がほとばしる。
クロウの魔法剣と天神様の電撃が衝突。
周囲に衝撃波が走った。
「おい。クロウ殿は魔法を封じられたのではなかったのか? 魔法を使ったぞ」
残夢は片岡春に問いただす。
「そう、怨念の魔王に封じられたの。でもね。そこからが凄かった。クロウ様は諦めなかった。もちろん悔し涙も流していた。こっそりとだけどね。今まで使えていた魔法を使えなくなった悔しい気持ちはそのままに、諦めず毎夜訓練を重ねて、あそこまで魔法を使えるようになった。もちろん全盛期にはまだまだ遠いけどね」
「信じられない」
残夢は驚く。
残夢の目にはクロウの首筋に黒い靄のようなものが見えていた。
あれが怨念の魔王の封印だろう。
(その封印を努力で解こうというのか!)
「あなた、私を自分と重ねたっていってたよね」
「ああ」
「それはそうよね。私とあなたはただ、運命に流された。重ねるのも無理はないわ」
「いや、それは……」
「でもね。私は知ってしまった。努力で不可能を可能にしているところを」
たしかにそうだろう。
魔王の呪いの封印を解くなど不可能だ。
神をも超える力が無い限り。
その不可能を“諦めない”という努力で克服しようとしている。
まさに神をも超える奇跡を体現していた。
「彼は……クロウ様はどんな障害があろうとも夢を諦めない。努力と工夫でなんとかしようとしている。なら私がやることはそのクロウ様を補助すること。もう、運命に流されない。私は私の意思で、私の行動を決める」
片岡春は自分に誓うように言う。
そこで片岡春は初めて残夢の方を見た。
今まで残夢には見えなかった片岡春の顔。
それが目の前にあった。
それは決意の顔だった。
残夢はその後、片岡春に仲介を頼みクロウ一行に加えてもらった。
クロウ達は仙人と言う存在を面白がった。
残夢が茶目っ気から仙術で森の木々の花を花を咲かせるとクロウ達は無邪気に感動し、喜んだ。
クロウ達は覇王に成る夢をかなえるため戦力を欲している。
仙術をつかえる仙人が仲間になることにNOという選択肢はなかった。
「ねえ、どうして森を出る気になったの」
片岡春がこっそり残夢に聞いた。ひきこもりをやめた理由が気になったのだ。
ちなみに二人が知り合いなのはメンバーには内緒だ。
残夢は少し考えた後、少し照れ臭そうに笑った。
「君とおなじですよ。俺も“諦めない”奇跡をおこしてみたくなったのです」
残夢はそれだけを言った。
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