第十話 仙人があらわれた その4
「あれ?」
片岡春は周囲を見渡した。
いつの間にか誰もいなくなっていた。
「なぜ……?」
片岡春は、なぜ周囲から人がいなくなったのかを振り返った。
確か……
恒例のモンスターにエンカウントしたことは覚えている。
そのモンスターは幽体のようで、斬ったり殴ったりすると簡単に霧散した。
少年少女達でも簡単に倒せるモンスターだ。
喜平治達もモンスター狩りに参戦した。
片岡春も水魔法で参戦した。
このモンスターを狩るのは簡単だったが、少し数が多かった。
それで各自、バラバラに散会し、モンスターを倒していた。
そして……
「はぐれた?」
片岡春は焦った。
要は迷子になったのだ。
恥ずかしいのと、皆に迷惑をかけたという思いと、合流できなかったらどうしようという不安が片岡春の胸中を占めた。
「すまん。不安にさせる気はなかったのだ」
不意に背後から声がした。
片岡春が慌てて振り向くと白髪痩身の僧形の男が椅子ぐらいの高さの石に座っていた。
(いつの間にいたの?)
片岡春は警戒する。
水魔法をいつでも放てるように構えた。
「そう警戒しないでもらいたいな。俺は残夢という。分かりやすい表現をすると“仙人”だ。興味があってな。君と話がしたかったのだ。それで他の人には遠慮いただいたのだ」
残夢と名乗った仙人はそう申し訳なさそうに言った。
「急に現れて警戒するなって無理じゃない? それにこんな神隠しのような魔法が使えるんでしょ。正直、怖い」
「怖がらせてすまん。ただ、一つ訂正させてくれ。これは神隠しみたいな大それた魔法じゃない。君らの動きを利用させてもらっただけだ」
片岡春は首を傾げた。
「私たちの動き?」
残夢は苦笑する。
「君たちは随分、好戦的だね。ああ、これは貶しているのではないぞ。混沌とした乱世を逞しく生きるのに相応しいのだ。さらに向上心もある。すばらしいことだ。その分、非常に動きを誘導しやすい。倒しやすい、手ごろな敵が目の前にいるとそこに向かう。それなら目の前に幻術で敵の幻をみせればいい。あとはそれを繰り返していけば、簡単にバラバラにできる」
片岡春は青ざめる。
行動パターンを読まれてしまっているということだ。
見ず知らずの相手に行動を読まれていることほど生理的恐怖はない。
目の前の痩せ枯れた男が途方もない化け物に見えた。
そして、疑問も芽生えた。
残夢は片岡春と話をしたいと言った。
それが何故かがわからない。
片岡春は警戒しつづけた。
「なぜ? って顔だね」
残夢が聞いた。
「当たり前でしょ。身に覚えがないわ」
片岡春は強気の発言で返した。
元々、クロウを討とうと考えるように気は強いのだ。
この得体のしれない相手に弱気は見せられないと思った。
足がガクブル震えていようともだ。
「君の仲間たちは皆、前向きな表情をしていた。君だけが何かを憂う表情をしていた。私はその表情が気になった」
片岡春は眉を顰めた。
残夢の指摘に思いっきり身に覚えがあった。
と、同時に残夢に対して怒りの感情が沸き起こってきた。
放っておけばいいのに、なぜ、自分のココロに踏み込もうとするのだろう。
そういう怒りだ。
「仙人って暇なのね」
片岡春は言葉に皮肉をこめた。
「そうだな。人を観察するぐらいしかやることがないからな」
残夢は片岡春の皮肉を肯定した。
もっとも残夢は皮肉とは受け取っていなかった。仙人は悠久の時を自然と一体となって過ごす。片岡春の指摘通り究極の暇人だ。
残夢はあるがままの事実として片岡春の言葉を受け止めていた。
その残夢に片岡春は苛立ちを隠せず舌打ちをした。
残夢は観察し、その観察結果から最短距離での解決方法を考えることは好きで放ったが、人の機微には疎い。
片岡春の舌打ちに対してもマナーが悪いな程度にしか考えていない。
「話をつづけるぞ」
残夢は言った。
その残夢の態度に、片岡春は何も言わなかった。
暖簾に腕押し。糠に釘。
皮肉も通じないのであれば、何を言ってもこの仙人の耳には届かない。
片岡春は言葉で抗議することを諦めた。
その代わり態度で抗議した。
要は不貞腐れたポーズをとった。
もっともこれは逆効果だ。
可愛らしいとしか残夢に受け取られなかった。
「私は仙人だ。仙人というのは簡単に説明をすると、自然と一体となっている者だ。私の場合はこの森と思ってくれていい。だから、この森の中での出来事はすべて私に見えるし、聞こえてくる」
この残夢の話を聞いたとき、片岡春は「早急にこの森を出なければ」と思った。
この森の中にいる限りプライバシーはないということだ。
「つまり、君たちのことはこの森に入ったときから知覚していた。で、普通とは違っていたからね。興味をひいた」
「・・・普通とは違う?」
「そう、普通は自ら野盗やモンスターを倒しに行かないぞ」
片岡春は黙った。
納得した。
ついでに戻ったら、与一にゲンコツだ。と誓った。
片岡春のいる一行は与一の加入から変わった。
与一はゲーム感覚で野盗やモンスターを積極的に倒しに行く。
他のメンバーも競争心から競うように倒しに行くようになった。
残夢の言うとおり、こんな集団はいない。
野盗やモンスターからするともっとも危険な集団だ。
そのような状態を作った原因は与一だ。
片岡春はその所為で残夢とかいう奇妙な仙人に目をつけられた。
ゲンコツの一つでも落とさないと気が済まない。
「そんな元気な集団の中で憂いの表情をしていたら気になるぞ。何か心にかなわないことがあったんじゃないかと考えた」
片岡春は黙っている。
彼女の人生は、源頼朝の手によって家族を奪われてから心にかなわないことの連続だ。
「はじめは奴隷なのかと考えた」
片岡春は驚く。
確かに伊勢三郎達に助けられるまでは奴隷という商品として売られるところだった。
現在は違うとしても、残夢の推測は近い。
そんな片岡春を残夢はじっと見ている。観察しているのだ。
「だが、どうも違う。一人だけ奴隷というのも奇妙だ。それにお兄さんがいるのかな? お兄さんや周りの人たちに気遣って貰っていた。モノである奴隷に対しての態度ではなかった」
「…………」
「ここで疑問が生じた。ここから先は観察や推測ではわからない。だから直接聞きに来た」
この残夢の質問に対して片岡春は黙った。
そして残夢がこの質問に対して何らかの回答をしないと去りはしないのだろうと悟ると、一つため息をつき
「それをあなた言う義務がある?」
と告げた。
残夢は大きく目を見開いた。
この返答は意外だったらしい。
一方、片岡春はこの飄々としたやせた男が、驚いたことに内心、ガッツポーズをした。
人の心に入り込もうとする無神経なこの仙人に少しはやり返すことができたかなと思った。
「そうか。そうだな。君には俺の質問に答える必要はないな……。指摘をありがとう。俺は俺の好奇心のために、君の心に入り込もうとしたのだな」
そう言うと相当ショックだったのだろう。
顔を歪めた。
そして残夢はすぅーっと薄れていった。この場から去ろうとしているのだ。
「ま、待って」
片岡春は慌てて呼び止める。
いつのまにか足のガクブルは消えていた。
「ああ、心配しないでいいぞ。大丈夫。すぐに仲間とは合流できるぞ。君たちは簡単に誘導できるからな」
残夢は消えかけながら片岡春に告げる。
「いや、それも心配の一つだけど。そうじゃなくて、勝手に人を呼び止めておいて、勝手に打ちのめされて、勝手に消えていくって自己中心が過ぎるっていうかヒドくない?」
「……それは……」
残夢が言葉に詰まる。
片岡春は思った。
この仙人、めちゃくちゃ打たれ弱い。
「逆に聞くけど、何で私に興味を持ったの?」
「それは……さっきも伝えたとおり、君が一人憂いの顔をしていたから」
「それだけで? ただ、単に風邪気味なだけかもしれないし、楽しみにしていたごちそうが食べられなかっただけかもしれないじゃない」
「いや、それはさすがにないぞ。これでも仙人だぞ。そうじゃないのはわかる。心に何か抱えていることがあるだろう」
「それをなぜ確認しようと思ったの? それを私は聞いているの。 他人の心の問題なんて放っておけばいいじゃない」
残夢は言葉に詰まった。
片岡春の言うとおりなのだ。
元々、残夢は人の世に嫌気がさして引きこもった。
いくら問題点を突き止めて、合理的な解決策を提示しても、人が持つ感情と言うわけのわかないものが原因で全て裏目に出た。
残夢は虚無に襲われた。
やること、なすこと全て裏目に出るのであれば、やらないほうがいい。
放っておけばよい。関わらなければよい。
そうすれば虚無に襲われることは無い。
それなのに片岡春と話をしようと思ったのはなぜだ。
残夢は自問する。
少なくとも片岡春その質問にはちゃんと答えるのが礼儀だと思った。
(そうか……そうだな)
やがて残夢は口を開いた。
「俺は仲間が欲しかったんだ……と思う」
やっと開いた残夢の口からそのような言葉が出た。
「なにそれ?」
片岡春は嫌悪感そのままに確認した。
「俺はね。最初から仙人だったわけではない。最初は人だった」
残夢は遠い目をした。
「人の頃にね。人を信じられなくなった。合理的な提言をしたら、やる気を削ぐと罰せられた。これはまだマシでね。良かれと思って提言したら心中した人もいた」
そうだろうな。
と片岡春は思った。
まだ、わずかしか接していないが残夢には人のココロがわからないのではないかと思えるところがある。
今も片岡春の心の内面に無遠慮で踏み込もうとしていた。
「それでね。自分は何もしないほうがいいのではないかと思い、人の世を捨てた」
残夢は少し話を盛った。
人の世を捨てたのではなく引きこもったのだ。
「その自分の姿を 君に移し重ねたのかもしれない。だから話をしたかった」
だから、片岡春に惹かれた。と、残夢は告白した。
それに対する片岡春の返事は短いものだ。
「夜、来なさい」
「え?」
残夢は戸惑った。このまま姿を消すつもりだったのだ。
こんな返事がくるとは思わなかった。
「いいから、来なさい。私に少しでも申し訳ないと思う気持ちがあるなら来なさい」
片岡春は強い調子で言った。
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【あとがき】
おかしい・・・常陸坊海尊をテーマに話を書いていたら主人公の出番がなくなった・・・
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