第九話 よいちのゆみ その22
「ふ」
玉藻御前が薄く笑う。
クロウが戸惑う。どこに笑われる要素があったのか?
「随分、与一を舐めているじゃないか? 危険? そんな鍛え方はしていないよ。ねえ、与一。」
「当たり前だ」
与一は玉藻御前の言葉に自信をもって答える。
その与一を玉藻御前は愛おしそうに撫でた。
「この子にはねえ。世の不条理をすべて跳ね返すだけの力を与えた。その力をもってすれば、良い成長の刺激にはなってもその程度は危険にはならない」
執念が感じられる玉藻御前の言葉。
その執念を見て黙るクロウ。
(でも、クロウに負けたじゃん)
と静は思ったが、野暮だと思い黙った。
だからこそ玉藻御前は与一に経験を積ませようと思ったのだから。
「それにね。そなただからこそ大切な与一をお願いしたいのさ」
玉藻御前は執念を見せた圧力をふっ解いた。
クロウは黙っている。
通常であれば「なぜだ?」と理由を聞くシーンではあるが、この男は饒舌ではない。
特に静や陵介といった旧知の人以外に対しては口数が少なくなる。
理由をあれこれ考えたが予測が立たなかったため黙った。
クロウはそういう男だ。
それを見て玉藻御前は不快には思わなかった。
不出来な子供を慈しむような眼をしていた。
「理由は2つかな」
玉藻御前はクロウにわかりやすく伝えるために指を折る。
「一つ目は、さっきも伝えたけどね。そなたが連れている子供達の目さ。生きている目をしている。安心して任せられるよ」
玉藻御前は喜三太・熊井達6名の少年少女を見ていう。
この理由はすでに聞いている。
ただクロウとしては納得するに弱い。
喜三太達には……もう家族はない。
無いのだ。
玉藻御前や与一には家族がある。
クロウ達にとって憧れの“宝物”だ。
その宝物を手放すことが理解できない。
そのクロウの心情を知ってか知らずか
玉藻御前は話を進める。
「二つ目はね、そなたらが魔王 崇徳天と因縁を持つからだよ」
この玉藻御前の言葉にクロウ、静、皆鶴姫、片岡兄妹が大きく反応した。
「どういうことだ」
クロウは鋭く尋ねる。
「私も崇徳天に因縁があるのさ」
そう言った玉藻御前は魔王としての凄味を見せた。
玉藻御前を求めた帝は崇徳天の親だ。
帝は玉藻御前を愛し、その子を帝位につけるため崇徳天を追放した。
絶望した崇徳天は魔王に堕ちた。そして帝とその子を呪った。
帝は崩御した。
そして魔法使いとしても有能な玉藻御前は帝崩御の原因とされた。
玉藻御前の精神魔法を受けて狂い死にしたと濡れ衣をかけられた。
愛する夫と子を失った。
絶望した玉藻御前は魔王に堕ちた。
魔王 崇徳天
魔王 玉藻御前
両者は不倶戴天の仇敵なのだ。
玉藻御前は静かにそのことを告げた。
「つまりだ。崇徳天と私は敵だ。そなたらも崇徳天とは浅からぬ因縁・因果をもっているようだね。共通の敵を持つ者同士、手を組むのもいいかと思ったのさ」
何気ない玉藻御前の言葉。
しかし、その言葉を発したとき、空気が震えた。
玉藻御前の内なる感情を表すかのように。
「ああ、もちろん。報酬も用意するさ。こちらがお願いする立場だからね
「報酬?」
真っ先にその言葉に喰いついたのは静だ。
その態度は報酬次第ではOKと言っているのと同じだ。
「そなたらは奥州大陸に行くのであろう?」
「ええ、そうよ。それが?」
「そこにな私に魔法を授けてくれた師匠がいる。名を宇迦之御魂大神。稲荷伸と呼ばれる神だ。その師匠への紹介状をやろう」
玉藻御前はそう言うと黄色く光る魔法の玉を出現させた。
その魔法の玉は高速で移動。クロウの右手に到着するとブレスレットに変化した。
このブレスレットが紹介状だ。
「この紹介状があれば、稲荷伸から更なる力を得ることができるだろう。これから戦火に身を投じようとしているのだ? 戦力はいくら向上させてもいい。そうじゃない?」
静は考える。
クロウは崇徳天戦で得意魔法を封じられた。
戦力ダウン状態だ。
与一の加入で戦力UPできるのは素直にありがたい。
静が応じようとしたが、それをクロウがとめた。
「お前は敵討ちのために子を捨てるのか?」
クロウはそう言った。
その目は玉藻御前こそ仇敵だと言わんばかりに怒りを帯びていた。
クロウの母は父の敵討ちのため、クロウ自身を犠牲にした。
目の前の玉藻御前は、過去の母の姿を映した鏡のように見えた。
与一は、かつての自分だ。
そう感じた。
玉藻御前はクスリと笑い。
ふわりと消えた。
気づいたときにはクロウの背後にいた。
そしてクロウを慈しむように抱きしめた。
「そなたは家族を勘違いしているんだよ。どんなに離れても家族なんだよ」
「離れていても家族だと?」
「そうさ。そしていつかは別れの時がくる。親が先に死ぬからね」
「…………」
「そうだろう? だから親はね。自分が死んでも子が困らないようにするのさ」
玉藻御前はそう言うとクロウの頭を撫でた。
母の、家族の愛を知らずに育った玉藻御前の言った言葉の意味はクロウにはわからない。
おそらく永遠に。
ただ、仮に。仮に。
自分を愛してくれる家族がいるならば、今の玉藻御前のように抱きしめて、頭を撫でてくれたのかも知れないと思った。
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