第九話 よいちのゆみ その9
「あ? 大丈夫だって言ってるだろ。俺の事は良いから自分の事やれよ」
「俺って、お前の仇の弟だよな。最初、俺を殺そうと思ってたよな。そういう相手にそれは違うだろ」
片岡春がクロウに対して何か手伝おうとするたびにクロウは拒否した。
―問題ない―
口は悪く、ぶっきらぼうだが、明確に彼はそうアピールしていた。
片岡春の心の負担を減らすために。
しかし―
片岡春は見てしまった。
それは……道中の野営のときだ。
片岡春は川へ洗濯に行きました。
片岡兄妹は天神様の熱心な教育の結果、水魔法を使えるようになっていた。
サバイバルという視点ではかなり有益な魔法だ。
飲料水としての活用はもちろん、料理、シャワーの代わりや魚釣りにも有用だ。
洗濯にもだ。川に小さな渦をつくるだけで簡易洗濯機になる。
そのため水魔法を覚えた片岡兄妹はこのパーティでは洗濯係をやることが多い。
この日も片岡春は川へ洗濯にむかった。
近づくと剣戟の音が聞こえた。
片岡春は警戒した。野盗かもしれないと思ったからだ。
野盗はファンタジー世界のゴブリンの数ほどいる。
ここで野盗に会うのはなんら不自然ではない。
すぐに引き返そうと思ったが、それが剣戟の音だったので様子を見ようと思った。
自分も野盗に襲われた身だ。
そして剣戟の音がするということは誰かが戦っているのだ。
もし、一方が野盗だったら、助けたいと思った。
彼女にはかつてない力があった。水魔法だ。そのことも彼女の行動を後押しした。
いざとなったら水の弾丸を打ち込めばよいと考えた。
結果から言うと片岡春の心配は杞憂に終わった。
剣戟の主はクロウと皆鶴姫だったからだ。
剣の特訓のだった。
「なぁーんだ」
片岡春は安心し腰を下ろした。
少し見ていこうと思った。
クロウが薄緑色に輝く魔法剣を振るう。
対する皆鶴姫が鈍色の刀を振るって応じてた。
その審判役なのか、何かあったための救護役なのか、その両方なのか、二人を傍らで静が見守っていた。
クロウと皆鶴姫。
二人の剣士の戦いは対照的だ。
クロウは縦横無尽。
左右に、時に跳躍し、立体的に攻める。攻める。
機動力を生かした戦い方だ。右から斬りかかると見せかけて背後を狙う。
時に、足を狙いながら頭上をとる動きをする。
そのようにフェイントを多用すると思いきや、今度は一転、突いて突いて突きまくる。
一時たりとも動きを止めない。
まさに攻撃は最大の防御也だ。
対する皆鶴姫は動かない。
剣先をクロウの顔に向け、切っ先をわずかに上げた。
両足を肩幅に開き、重心は落としすぎず、いつでも踏み込める位置に置く。
剣は正中線を守るように構え、顔の前に影のように刃が浮かぶ。
視線は相手の目を捉えつつ、全身の動きを見逃さない。攻防隙のない構えをとった。
その構えで、あまり動かず、クロウの怒涛の攻めを弾いている。
狙いはカウンター。
たまに弾く勢いを利用して、クロウに斬撃を見舞っている。
クロウもその並外れた機動力で交わしている。
「すごい」
片岡春の口から感想がもれた。
まるで研ぎ澄まされた演舞。
いや、文字通りの真剣勝負と言う意味では演舞を超えた何かだ。
頬を伝う汗も飛び散る汗も陽光に輝いていた。
極めれば芸術になるというが、片岡春が見る限り、まさにそれを体現していた。
ここで静が手をパンパンと叩く。
クロウと皆鶴姫の動きがとまる。
「ここから本番ね。念のため身代わりの札を渡しておく」
そう言って静はクロウと皆鶴姫に木札を渡す。
(あれで本番じゃなかったの?)
片岡春は驚いた。
仮に片岡春だったら10回以上は死んでいる自信がある。
(あの時も手加減してたのかぁ…………)
片岡春はクロウを襲撃したときのことを思い出した。
もしクロウが本気なら、全員あの世に行っていただろう。
少なくとも水魔法を習得した今でも勝てるビジョンがまーったく浮かばなかった。
「では、いきます。オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ」
皆鶴姫が魔法を唱えると、彼女が10人に増えた。
(ええっ!)
片岡春は思わず口から声が出そうになり、慌てて自分の口を塞いだ。
一人でも神業かと思える剣技を披露していたのだ。
それが10人。
片岡春は本気ではないということの意味を改めて知った。
「京八流 -閃電-」
10人の皆鶴姫が一斉にクロウに突撃する。
(あっ)
片岡春は戦慄した。
今までも早かったが、次元が違った。
この突撃は避けられない。
「南無八幡大菩薩 ―鷹―」
対するクロウも魔法を使う。
同時にふわりとクロウは宙を舞う。
皆鶴姫の突撃技がいかに高威力であろうとも宙には届かない。
「くっ」
皆鶴姫が空中のクロウを見上げる」
「南無八幡大菩薩 ―霧―」
空中のクロウが魔法を唱える。
―そこで異変がおきた―
クロウが苦しみだし、クロウの薄緑色に輝く魔法剣がどす黒い瘴気に覆われ膨張した。
剣が風船のように膨らむ。
そしてクロウの肩口から黒い瘴気が発生していた。
「ぐあああああっ」
そのままクロウは落下し、クロウの魔法剣は爆発した。
「ちょ、クロウ大丈夫?」
「大丈夫ですか! クロウ殿っ」
静と皆鶴姫が駆け寄る。
片岡春も駆け寄りたかったが自重した。
隠れてみているのがバレたときのことを考えたのだ。
「ぐあああっつ」
クロウが悲鳴を上げていた。
片岡春が知っている限り、このような悲鳴を上げる姿を見るのは初めてだ。
どんな時でも不敵。ぶっきらぼうだが冷静に周囲をみて、常に余裕をもって何事も、何物も打開していく。
それが片岡春の知っているクロウだ。
そのクロウが苦悶の表情を浮かべていた。
クロウは首を抑えていた。そこから黒い瘴気が漏れだしている。
(あの傷だ。)
その首の傷はクロウガ片岡春を魔王 崇徳天から庇ったときにできた傷だ。
(どうしよう私の所為だ)
片岡春の両目からぽろぽろ涙が出た。
「くそったれ。厄介な置き土産を残していきやがって」
クロウの苦悶の声が聞こえた。
姿は涙でかすんで見えない。
「クロウ。その魔法はもう使っちゃいけない。崇徳天はその魔法を封じたんだ」
静が注意する声が聞こえる。
「ダメだ!」
鋭い、クロウの反発。
「都で見ただろう。平家の将達の力を。このままでは勝てない」
「クロウ……」
「皆鶴姫。悪いがもう一度だ」
クロウの歯軋りする音が片岡春の耳に残った。
【お知らせ】
こちらも連載中です。よろしければ見ていただけると嬉しいです
■機動小隊レンジャーワン https://ncode.syosetu.com/n8156lf/
【あとがき】
クロウにリミットレギュレーションを追加したら、片岡春の心が複雑になりどうしようと思っている筆者です。
こんな作品ですが、「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




