第八話 クエスト:半端なヒーロー その10
クロウの怪我は大きかった。
が、静が天神様を降臨させていたのがよかった。
『治療魔法は得意ではないのですがね』と天神様は苦笑してたが、それでも傷を治すのに協力した。天神様が言うには正しい知識さえあれば応用できるらしい。
当然、対価として補習を受けることになる。勉強魔の天神様に降臨していただく最大のデメリットは天神様の補習講義を受けることになるということだ。
クロウの怪我だが傷跡は残ったものの血は止まった。
クロウが肩口から出血したときに静、皆鶴姫は当然、血の気が引き顔色を失ったが、もっとも焦ったのが片岡春だ。
何しろ、自らの体から化け物が現れ、その化け物が自分に襲い掛かった。
これだけでも日常ではありえない恐怖と衝撃だ。
片岡春はパニックになった。
片岡春は化け物が自分めがけて襲ってきたとき、リアルに死を感じた。
死神の足音をはっきりと聞いた。
しかしー。
死を免れた。
他でもない。
仇と狙ったクロウが文字通り身を挺して片岡春を守ったのだ。
混乱の極みに会った片岡春だったが、自分をクロウが守った。命を救われたということだけは理解した。
そのためクロウが首に近い肩口から血を吹き出したのを見て、取り乱した。
それは天神様の治療で出血が止まるまで続いた。
「落ち着いたか」
クロウは困ったように、しかし優しく片岡春に言った。
片岡春はクロウを襲った。
しかし、片岡兄妹の力は未熟すぎてクロウは命の危険を感じなかった。
静や皆鶴姫に対しても危険だとは思わなかった。
せいぜい、子供がじゃれているといった程度だ。
だから、クロウは片岡兄妹に対して「面倒だな」とは思ってはいたが、怒ってはいない。
どちらかと言えば境遇を聞き、同情した。
更に自らの体から、崇徳天という特級の魔王が現れたのであれば混乱するだろうと憐れんだ。
それがクロウの態度に出た。
「え、え、あの、その」
対する片岡春は気持ちの整理がついていない。
クロウに対して仇の一族として接したらいいのか、命の恩人として接したらいいのか、まだ混乱していた。
ここで片岡八郎が前に出た。
「妹を助けてくれてありがとう」
頭を下げた。
混乱している妹をかばった。
そして礼は礼として筋は通さなければならないと思ったらしい。
「いや、いい」
答えながらクロウは少し顔をしかめた。
傷が痛むらしい。
皆鶴姫が心配そうにクロウを後ろから支える。
静がため息をついて「男の子でしょう。しっかりしなさい」と発破をかけるが、表情は逆で心配の色が出ていた。
「あの化け物は俺にも因縁がある相手だからな」
クロウは言った。
「因縁のある……クロウさんはあの化け物を知ってるのか?」
片岡八郎が尋ねた。
「知識としてな」
そう言ってクロウは静を見た。
クロウが崇徳天と接点をもったのは幼子の時だ。
記憶がない。
静はそのシーンに立ち会っていた。
静に代わりに説明役を行ってくれと目線で伝えたのだ。
そうでなくともクロウは効率重視すぎる話し方をするので説明にはむかない。
静は「しょうがないわね」と前置きしてから口を開いた。
「クロウは今の覇王の敵の子だった。当然、父は殺された。クロウの母はそれを恨み復讐しようとした。・・・春。アンタと一緒ね」
静は春を目で射た。
春は目を伏せた。
「クロウの母は世を呪い復讐しようと思ったけど実行できる武力はない。そのため神に縋ろうとした」
片岡兄妹が静の話を真剣に聞いている。
「そこで降神の儀式を行った。実際に行ったのは私の師匠。クロウとの腐れ縁もそこからね」
静がクロウを見る。
クロウが頷く。
「その降神の儀式で降りてきたのは神じゃなかった。怨念の魔王 崇徳天だった。この魔法を使った目的が復讐や世に対する恨みだもんね。ある意味、その結果は当然かもね」
「さっきの化け物だな」
伊勢三郎が口を挟んだ。
静が頷く。
「その化け物はどうなったんだ?」
片岡八郎が聞いた。
ちらりと妹の春を見ている。
春からその化け物が現れた。今後どうなるかが気になっての質問だ。
「化け物……崇徳天はクロウの母の願いを叶えるため、その子……つまりクロウに願いを叶える力を与えると言った。そして崇徳天の黒い力はクロウに宿った」
静はクロウを見た。
「なんだと」
伊勢三郎と駿河がクロウに対して構えた。
二人とも春と同じくクロウからも化け物が出てくると思ったのだ。
その二人を見て静は笑った。
「ああ、心配しないで、今のクロウは崇徳天の影響は無いから」
「そう言い切れるのか?」
駿河が質す。
「それは大丈夫です。我が主が縁切りの魔法で崇徳天により受けた宿命を切り解放しました」
皆鶴姫が静に変わって答える。
「宿命? それってどういうことかな?」
伊勢三郎が尋ねる。
「我が主によれば、クロウがどのように行動しても必ず最後には父の復讐すると宿命づけられていたとのことです」
「それって、宿命っていうより呪いじゃないかな?」
伊勢三郎が眉を顰めた。
片岡八郎が労わるように片岡春を見た。
春も崇徳天に呪われていたのだろうかと思ったのだ。
春もどのような行動をしても復讐するように宿命づけられていたとしたら、源頼朝への復讐心は春の本当の意思ではなく、崇徳天に植え付けられた呪いということだ。
「わ、わたしは……」
春もそのことに気づいた。
震えている。
ただ、崇徳天に植え付けられた呪いにしたがってクロウを襲ってしまった。
今までの私は操り人形だったのではないかと気づいたのだ。
「失礼だが、先ほどの化け物が怨念の魔王崇徳天というのは分かった。それだけの脅威だった。だからこそ、お前の主とやらが縁切り魔法で解放したというのが簡単に信じられない。魔王の呪いってのはそんな簡単に解除できるのか」
駿河が鋭く皆鶴姫に質した。
皆鶴姫は動じない。
「我が主も魔王なのです。外来の魔王クマラ様。それが我が主の名です」
「駿河、知ってるかな?」
伊勢三郎が駿河に尋ねた。
駿河は伊勢パーティの中で情報通だ。
「聞いたことがある。外つ国からきた魔王らしい。鞍馬、黒野、黒須とも呼ばれているようだ。」
「……魔王なら魔王の呪いを解くことも可能か」
駿河と伊勢三郎は頷きあった。
「春」
クロウは片岡春に呼びかける。
そして春の目線にあわせて屈んだ。
「俺は崇徳天によって決められた運命から解放されたとき、クマラから言われた。自由に羽ばたいてくれたらそれでいいと」
「自由に」
片岡春は反復する。
「お前の体から崇徳天が現れた。あいつは運命を定める力をもっているらしい。ただ、あいつはくそったれな運命しか用意しねぇ。どのようにしても復讐と破壊の結末となる運命だ。つまり春もそのような運命に縛られていたと思う」
春は大きな瞳でクロウを見上げる。
「今、縁切りの魔法で春と崇徳天との縁をきった」
ここでクロウは皆鶴姫を見た。
(大丈夫だよな?)
と目で訴えている。
皆鶴姫は苦笑いしながらも頷いた。
自信満々で片岡春に語り掛けている姿と、自分に対して自信なさそうに目で訴えているギャップが面白かった。
静も気づいたようだ。苦笑している。
「これで春も自由だ。誰も。魔王ですらも春の運命を縛ることは無い」
クロウは春を見た。
「アンタはどうなの? アンタも親を倒されたんでしょ? 復讐したいとは思わないの?」
そう春に言われてクロウは自分のことを振り返る。
そして考えた。
クロウは覇王を目指している。
となると今の覇王を倒すことが目標になる
人によっては、それは復讐と思われるだろう。
覇王はクロウの父を倒している。
その子であるクロウが覇王を倒すのだから。
しかしクロウの中ではその解釈はしっくりこない。
俺の父が負けたのは弱かったからだ。
覇王が天下人となったのはその力があったからだ。
それを恨む? というのは彼にとって違和感がある。
これで父親から愛情を受けていたというのであればクロウの心情ももしかしたら違ったものになったかもしれないが、クロウは父親とあったことすらない。残念ながら他人とそう変わらない。
むしろ覇王の方が接点がある。
幼いクロウを抱きかかえ、「見ろ、覇王となれば全てが手に入る」と言った覇王。
その姿に幼いクロウは憧れた。
そして目標になった。
男として生まれたからには覇王のようにてっぺんを目指す。
それがクロウの考え方だ。
「俺は戦士≪もののふ≫だ。戦士≪もののふ≫が勝ち負けに文句を言うか? 弱かったから負けた、それだけのことだ」
春はじっとクロウを見た。
「恨みじゃ、人は強くなれねえ。俺はあの人を越える。覇王になる。それだけだ」
クロウは春をじっと見返した。
【モデル紹介】
鞍馬天狗
本作の魔王 クマラのモデル
鞍馬山に住む大天狗でクロウに剣術を教えたという
護法魔王尊、魔王大僧正、サナートクマラなど別名多数
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