第八話 クエスト:半端なヒーロー その8
「頼みがある」
クロウの前に一人の男が現れた。
静が「やっぱり他にいた」と言って臨戦態勢に入るのをクロウは抑えた。
こちらに危害を加えるつもりなら問答無用で襲っている。
クロウはとりあえずの危険はないと判断した。
「何者だ?」
クロウは短く、しかし鋭く誰何する。
「俺は伊勢三郎という」
「……頼みとは?」
「そいつらを解放してくれないか?」
伊勢三郎はクロウに捕らえられた片岡兄妹を見た。
クロウは眉を顰めた。
そして
「お前がこいつらの保護者か?」
と尋ねた。
片岡兄妹がこのような魔物が出る裏街道で生きていけるはずがない。それなのにこの場所に現れたことに疑問を感じていたが、保護者がいるなら納得だ。
「保護者……そうだな保護者みたいなものだ。成り行きだけどな」
伊勢三郎は自嘲気味に頷いた。
「なら、しっかり見ておけ。俺達はこいつらに襲われた」
「それに対しては本当に申し訳ない。と同時に感謝している」
「感謝ぁ?」
「彼らを殺さないでくれた」
「当たり前だ。こんなガキを殺してどうする?」
「でも、そいつらはお前さんを襲ったんだよな」
「おう。今も解き放つと襲われそうだけどな」
クロウは横目で片山兄妹を見た。
片山兄妹は今にも仇の弟であるクロウを襲おうと睨みつけている。
まるで鎖につながれている猟犬だ。
「それは悪かった。悪いついでに申し訳ないが、このまま引き取らせてもらえないか」
「……ダメだ」
クロウはしばらく考えてNOを出した。
「やっぱり……ダメかな?」
伊勢三郎も身構える。
金品でも要求するのか? 何を条件に出すのかが見えない。
場合によっては隠れている亀井と駿河に動いてもらう必要がある。
伊勢三郎はハンドサインを亀井と駿河に送った。
「襲われた事情を知りたいからな。そのぐらいの権利はあるだろ?」
「あ、ああ。そうだな」
そう言われると伊勢三郎も強くは出られない。
クロウの話はもっともだ。
伊勢三郎は思案した。
片岡兄妹を見る。
“ガルルルル”という唸り声が聞こえそうな形相でクロウを見ている。
片岡兄妹からすると国を滅ぼした憎っくき源頼朝の弟だ。仇も同然と考えている。
直接の仇ではない。しかし、感情としてそう思っていたいのだ。
一方、伊勢三郎は当事者ではないので一歩下がった視点でこの事態を考えることが出来た。
(目の前のクロウは源頼朝の弟だけどな。その一派とは限らないんだよな)
平民なら家族兄弟寄り添ってということもある。そういう家庭なら兄の源頼朝と弟のクロウと仲睦まじく、兄の手助けを弟がするということもありうるだろう。
しかし源頼朝は覇王と天下を争った戦士の棟梁の子
つまり貴族だ。
貴族の兄弟は平民とは違うということを伊勢三郎は知っていた。
手を取り合ってどころか当主の座を巡って争うこともある。
子だくさんで母が違う場合。兄弟同士会ったことすらないということもある。
それが貴族だ。
そう考えると源頼朝とクロウが兄弟だからと言って、同じチームにいると考えるのは早計だ。
冷静にそう考えている。
そしてもし、無関係ならクロウが襲われた事情を知りたいというのも当然だと考えた。
そこで改めて片山兄妹を見る。
怒りに身を震わせていた。
これではクロウの求める理由を冷静に伝えるのは難しいだろう。
伊勢三郎はため息をつくと後、後方に向かって
「駿河」
と呼んだ。
すー。
と、どこからともなく駿河が現れる。
クロウは驚く。
(気づかなかった。隠密の業としては吉次より上か。こいつが襲ってきていたら少し危うかったかもしれん)
伊勢三郎は現れた駿河に
「元はと言えば駿河。お前が描いた絵だよな。説明するなら駿河。君が適任だよな」
と言った。
駿河はクロウ達を見る。そして片岡兄妹。その片岡兄妹に同調した元奴隷の少年少女らを見る。最後に伊勢三郎を見た。
伊勢三郎は顎をしゃくった。「事情を言え」と促している。
駿河はため息をつくとクロウに向かった。
「まずは敵意がないという意味で自己紹介させてもらおう。俺は駿河という。そこの伊勢三郎と一緒に野盗をやっている」
「随分変わった野盗ね」
クロウではなく静が応じた。
「変わったとは?」
「名乗りを上げたり、奇襲できるのにしなかったり。そもそも“襲う”“奪う”をしない時点で変ってるわ」
「そうか……そうだな」
駿河は薄く笑った。
「あいつの所為さ」
駿河は伊勢三郎を見た。
「伊勢さんですか」
「そうだ。あいつはお人好しでな。俺達は野盗なのに村を襲うのに反対するんだ。精神衛生上良くねぇとさ。変わっているだろう?」
駿河が薄く笑う。
「そうね」
静も苦笑した。精神衛生上よくないから村を襲わないというポリシーをもつ野盗なんて聞いてこともない。
「お前さんたちのクロウ殿も変わってる。襲われたのに捕えるだけで済ましている。返り討ちされても文句は言えない状態だ……甘い」
駿河そのように評されクロウの肩眉がピクリ動く
男の子としては甘いと評されるは矜持に触れるのだ。
そのクロウを静は目で抑えた。
昂った感情で口を開いたらどうなるかわからないと思ったからだ。
「甘いからこそ素敵だとは思わない? それにクロウは子供にむける刃は持っていない。それよりも事情を話してくれるということなのですよね?」
「ああ……そうさな。俺と伊勢三郎。そしてここにはいないが亀井の3人で野盗をやっている。」
「3人?」
静が疑問を口にする。クロウも皆鶴姫も口には出さないものの疑問符が浮かんでいた。
片岡兄妹、そして彼らが引き連れてきた少年少女。
どうカウントしても3人にはならない。
「そいつらは別口でな」
駿河が彼らを見て言う。
「別口?」
「ああ、奴隷として売られるところだったようだ。それをうちの伊勢三郎が助けた」
「へえ。クロウを甘いって言ってるけど、あんたのところの伊勢さんも甘いじゃない」
「違いない」
駿河は薄く笑う。
「でも、その甘さは嫌いじゃないよ」
静は笑った。
クロウも皆鶴姫も同意だ。
「その後、困ったことがおきた」
駿河は片岡兄妹や彼らが連れている少年少女を見て言う。
「村に連れていって解放するつもりだったが……行く場所がないらしく伊勢三郎についていきたいと言ってきてな」
「へえ、好かれたじゃない」
何が問題なのだと静は聞いた。
クロウも同じことを思っていた。
どちらかといえば口下手なクロウの代わりに静が聞き手に回っていた。
「単純なことだ。俺達にはこいつらを食わせることができない」
クロウと静は顔を見合わせた。
クロウは都のスラムを思い出していた。
覇王が治める都。
どういうものか後学のためこの目で見たいと思った。
クロウは表向きの華やかなところでは本質が見えないと思い。
あえてスラムを目指した。
そこには地獄があった。
食えない。そのために死者からモノを奪う。
場合によってはまだ生きている生者からも。
老若男女、知り合いもクソもない。
仏教でいう六道地獄
その内の一つ餓鬼道が目の前にあった。
子供が食うために他者を奪う、喰らう地獄だ。
クロウは母の愛に、家族の愛に飢えていた。覇王の都ならそれが実現されているのではないかと思っていた。
その淡い期待は裏切られた。
そこは”愛”のかけらもない世界だった。
クロウはその地獄を見たときに衝動的に炊き出しをした。
その時のクロウの立場は捕虜同然だ。
覇王に挑んで敗れたライバルの遺児だ。
それでも生活はできていた。
ところが目の前のスラムの生活は捕虜以下だった。
衝撃を覚えた。
覇王の統治下でこれか。
これが覇王の治める都の正体か。
そう絶望した光景をクロウは思い出した。
「俺達が3人でやっているのは、その人数だと食っていけるからだ。それ以上となると……略奪せねばならん」
餓死 OR 略奪
という非常な選択肢を迫らたと駿河は告げた。
ここでクロウは考えた。
自分ならどうするだろうと。
子供を飢えさせるのは論外。
では受け入れる? そうなると略奪をするか?
クロウは道中で撃破した熊坂長範という野盗を思い出した。
400というもはや軍勢と言える野盗を率いた男だ。
彼は野盗を糾合、人を集め、一大勢力を築いていた。
「国を獲る」と豪語していたが、もしかしたら集まってきた配下を食わせるために、そうせざるを得なかった事情もあったのではないか?
あの武人然とした熊坂長範という男を思い出していた。
「更に困ったことがあった」
思案の海に入り込んだクロウに駿河が告げる。
「なんだ?」
これは静ではない。クロウが聞いた。
今、聞いた話でも厄介だ。
なにしろ
餓死 OR 略奪
だからな。
これ以上のことがあるのか?
「そこの片岡の兄妹。領主の子らしい」
「領主の子・・・それが奴隷」
静が呟く。
領主の子が奴隷落ちする理由はいくつもない。
「想像の通りだ。国を失い奴隷となった。そして国を奪ったのが源頼朝。そこのクロウ殿の兄だ」
駿河がクロウを見る。
クロウはその眼差しを受け止め見返した。
「ふん。だから襲ってきたのか」
クロウは片岡兄妹を見た。
源頼朝はクロウの兄だ。
大貴族の常で会ったことすらないが、それでも血縁上は兄だ。
仇の弟が来たというので短絡的に襲ってきたか。
クロウはそう思いため息をついた。
クロウからすると八つ当たりでしかない。
「迷惑な話だろう。俺達も困っている。こいつら伊勢三郎の力に目を付けた。俺達に源頼朝と戦えという。迷惑な話さ」
「戦えと言ってない! ただ力を貸してとっ」
「同じことだ」
駿河は片岡春の抗議を両断した。
クロウはしばらく考えた後、片岡兄妹の前にきた。
「なっ、何よ」
片岡春がきょどりながらクロウを見上げる。
そのクロウは片岡兄妹に拳骨を落とした。
「痛い」
「痛っ。何すんのよ」
片岡春が抗議する。
「ケジメだよ。ケジメ。仮にも無関係な俺らの命を狙ったんだ。無罪放免とはいかねぇだろ。罰がないとな。それに悪さをする子供をしつけるのは大人の責任だ」
「無関係って」
「会ったこともない源頼朝がしたことでなぜ、俺が恨まれなきゃならん?」
「それは……」
「そこでだ。その頼朝が何をしたか知りたい。話せ」
片岡八郎と春は互いに顔を見合わせた。
「いいわ。あんたの兄がどれだけひどいことをしたか教えてやるわ」
片岡兄妹の片岡家は下総の国、海に面していた場所にあった。
海は夏は碧く色を変え。潮風は松林を渡り、白砂の上には貝殻が点々と光る美しい場所だ。
彼らはそこで育った。
源頼朝はクロウと同じく棟梁の子だ。
父は覇王に敗れた。
源頼朝はまだ若かったので死罪を免れ伊豆に流刑となった。
クロウと同じ境遇だ。
いや、クロウよりも待遇は悪かった。
クロウは当時、乳飲み子だったので都にいることができた。
源頼朝が伊豆という遠国に飛ばされたのは若いとはいえ小中学生の年齢だったからだ。
源頼朝はそこで源氏再興を画策した。
坂東の精鋭を味方にし、平家と再び雌雄を決する戦いをすることを望んだ。
この点もクロウと変わらない。
クロウも覇王を目指し奥州の精鋭を味方にしようと北上している。
源頼朝は人を派遣し「俺の味方になれ」と勧誘していた。
勧誘を受ける野心家もいれば、勧誘を受けない真面目な人もいる。
片岡兄妹の家は真面目な家だ。
そして今は平家の世の中だ。
その平家の世の中で、政権転覆を狙うのはテロリストでしかない。
片岡家は源頼朝の勧誘を危険なモノとして蹴った。
更にテロを行う危険があるとして頼朝の使者を捕えた。
怒った頼朝は片岡家を滅ぼしてしまった。
「父は言ってました。覇王の天下となり、これから平和が訪れる。私達のような子供が普通に食べて、遊んで、学べる世がくるんだと、それを守るのが私の仕事だと」
片岡八郎が涙ながらに言った。
「そう、父は何も悪いことをしていない。逆に悪いことをしようとした人を捕えただけ。それなのに何で滅ぼされなきゃいけないの」
片岡春がクロウを睨む。
クロウは棒立ちだ。
ショックを覚えていた。
まったく面識がないとはいえ自分の血のつながった兄が片岡兄妹の家庭を破壊したことにだ。
クロウは衝動を抑えていた。
クロウは怒った。家庭の破壊者たる源頼朝に。
片岡兄妹の話を聞いたクロウは怒りの衝動に任せてすぐにでも源頼朝のところへ殴り込みに行きたかった。
この時代は警察も裁判もあるようでない。
合戦という名の喧嘩で意見が通るかどうかが決まるのだ。
逆に言えば負けたら正義も糞もない。
だから懸命に自分を抑えた。
話の内容から源頼朝は坂東の四方八方に使者を派遣し仲間を募っているらしい。
そして、頼朝が片岡家を滅ぼすだけの勢力を持ち、さらにはそれに対して他の坂東の勢力が源頼朝に対して静観していることから、この坂東の地で源頼朝の影響は水面下ではあるものの相当浸透しているとクロウの理性は思考した。
クロウの仲間はクロウ、静、皆鶴姫、吉次の3人だ。クロウ自身をあわせても4人だ。
それぞれ一騎当千ではあるが物量で負ける。
今、衝動に任せ源頼朝のところに殴り込みにいっても、逆に物量でおされ負ける。
だからこそ奥州大陸にむかい勢力を得ようと旅をしているのだ。
意見を通すためには勢力が必要なのだ。
ここで感情のまま突っ走っても目的は為しえないということをクロウの理性は知っていた。
だからクロウの理性はクロウの激怒を懸命に抑えていた。
「クロウ殿」
皆鶴姫がクロウの心情を慮り背中をさする。
静がクロウを睨みつけるかのように見ていた。
静はクロウが幼少のときに得られなかった父母の愛や家庭に憧憬を持っていることを知っている。だからこそ、その破壊者を許せないというクロウの気持ちは理解していた。同時に危険視もしていた。このまま感情に任せて暴走するなら止める。
―それは崇徳天が呼び出されたときからの静の中の誓い-
お姉さんが「お姉ちゃんが守ってあげる」という誓い。
それを守る。
静はそう考えていた。
突如、片岡春は唇を震わせながら叫んだ。感情を抑えきれなくなったのだ。
「どうして……どうして私たちがこんな目にあうの? 私たちは何もしてないのに! どうして私たちを滅ぼしたの! どうして奴隷にしたの! お父さんとお母さんを返してよ! みんなで町を走り回って、笑って遊んでた……あの普通の日々を返してよ!」
その声は途中から涙に滲み、叫びというより悲鳴に近かった。
胸の奥に押し込めていた感情が、堰を切ったように溢れだしていた。
クロウも伊勢三郎も駿河も皆鶴姫も、隠れている亀井も 片岡兄妹につきあった元奴隷の子たちも片岡春のその叫びを前に言葉を失った。
誰もが胸の奥を強く掴まれたような思いで、ただ立ち尽くすした。
彼女の問いに、答えられる者など、この世界のどこにもいなかい。
片岡八郎は下唇を嚙んだ。春の気持ちは痛いほどわかる。無念だった。
その中で静だけが違和感を感じた。
魔力の発動、いや暴走を感じた。
静の違和感は徐々に増えた。悪寒を通り越し、吐き気が襲ってきた。
(何? この魔力……これはまるで)
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