第五話 ルート分岐 その4
「改めまして私は金を売る商いをしております。堀と申します」
怪しい人物が自己紹介をした。
「金売か」
静が頷く。
「もうしわけないねぇ。その金売という呼び名はあまり好きじゃぁないんだ、お嬢ちゃん。せめて名前の吉次と呼んで欲しいねぇ」
吉次が軽く抗議した。
(変なの。商人が屋号を嫌うなんて。広報活動しにくいじゃない。そういえば武士や貴族みたいに堀という姓を名乗ってた。そういう方面に野心があるのかしら?)
静は吉次を油断なく観察している。
「それは悪かったな。ひとまず礼を言わせてくれ。助かった。ありがとう」
クロウは頭を下げた。
(あら? 平家に喧嘩を売るくらいだから血気盛んなバカモノかと思いきや、そうでもなさそうねぇ)
吉次はクロウを値踏みする。仕入れても良い商品かどうかを値踏みしている商人の目をそていた。
クロウはクロウで素直な気持ちを表しただけだ。
あの時、暗殺者のリーダーを逃がしていたらどうなったか?
こちら潜伏場所がバレて大捕り物が始まる。その面倒を避けることができたのは大きかった。
特にクロウはこれからの指針を決めるため情報を必要としていた。大捕り物が始まると情報を集めるどころではなくなる。
吉次のおかげでその面倒を避けることができた。
「一つ聞いていいか?」
クロウが聞く。
「なんでしょう?」
吉次が畏まる。
「なぜ、あの場所に?」
クロウの質問は当然だ。
クロウは追われている追跡者の対処をするために人気のない路地にわざと入った。
誰も出てこない場所だ。
ところが吉次が現れた。
疑問に思うのは当たり前だ。
「あなたに会うために」
吉次はスラリと答えた。その質問を待っていたかのように。
「俺に会いに? あの場所でか?」
クロウは眉を顰める。静や皆鶴姫も同様だ。
クロウの頭の中では疑問だらけだ。
何の縁も無い人物が会いに来たというのも疑問だ。
更に場所も不自然だ。
「俺は気が短い。駆け引きはやめてくれ。俺にもわかるように説明してもらえるか?」
「勿論です」
黄金の仮面の奥の目が満足げな笑みを帯びた。
「クロウ殿。あなたは有名人なのですよ。そこは理解されていますかねぇ?」
「俺が有名人?」
クロウが首をひねる。
「平家一行と大立ち回りしましたよねぇ」
「ああ」
「あれだけの大立ち回りして有名じゃないとでも?」
「なるほど」
クロウは納得した。動機はどうであれ、この国のトップの息子のパレードを武力で妨害したのだ。
トップニュース案件だ。
「平家はこの件、恥だと思っているらしく箝口令を敷いていますけどねぇ。人の口に戸は立てられませんからねぇ」
「どんな話になってるの?」
静が口を挟む。
「源氏の御曹司が平家に御曹司に挑んだってね。庶民にとってはいい話題ですなぁ」
吉次が肩で笑う。
クロウが苦虫をつぶした顔をした。
「話題提供のために平家に挑んだわけではない。仲間のため。それだけだ」
クロウが拗ねたように抗議した。
「へぇ。仲間のためですか。その話詳しくうかがっても?」
静がぶっきらぼうなクロウに代わって吉次にあらましを説明した。
皆鶴姫もクロウに救ってもらったことを強調した。
「へぇ。皆鶴姫にとってはクロウ殿は白馬の王子様ですなぁ」
吉次がそう言うと皆鶴姫が頬を赤く染めた。
「それで? 俺が有名なの分かった。吉次殿が俺に会いたかったというのは俺が有名だからか?」
言外に「暇人か?」という皮肉を含めてクロウが問う。
「もちろん。平家に弓引くお人がどんな相手か興味ありましてなぁ。よほどの阿呆なのか? それとも世の求める英雄なのか?」
黄金の仮面の奥で真剣な目をクロウにむける吉次。
「フン。仮によほどの阿呆だったら?」
吉次の視線を受け、真っすぐに見返すクロウ。
「そんな奴。関わりたくもないねぇ。毒にしかならん」
「世の求める英雄だったら?」
「投資の対象ですな。私は商人だからねぇ」
「なるほど。俺は投資の対象になりそうか?」
「わかりません。私は商人ではあるが神様ではないからねぇ。だから色々、見させてもらっている。例えば……暗殺者と思われる一団に後をつけられたクロウ殿はどんな対応をするのかとかね」
この吉次の言葉を聞いたクロウは押し黙る。
吉次はクロウ一行が暗殺者の一団に後をつけられていたことを知っていたのだ。
そして、クロウを試したのだ。
どのように対応するのかと。
その対応を見て投資の対象になるかどうかの判断をしようとした。
「貴殿はクロウ殿の危機を知って何もしなかったのか!」
真面目な皆鶴姫が立ち上がった。
皆鶴姫からすると吉次の行為は許しがたい不作為だ。
クロウと静はそんな皆鶴姫を宥める。
吉次はクロウを試しているのだ。倫理を問う場面ではない。
「そんで、俺の対応は気に入ったか?」
クロウが問う。
「そうですねぇ。随分ご自身の力に自信があるようですなぁ。普通は30人の暗殺者を3人で相手しようとは思いませんからねぇ。ただ、その自信を自惚れにしないだけの実力はあるようですねぇ」
「当然だ。俺も俺の仲間もあの程度でどうにかなるほどヤワではない」
クロウは胸をはる。
「そんで仲間思いでもある」
「それも当然だ。仲間を大切にせずして覇王にはなれん」
(ちょっと!)
クロウの発言に静が袖を引いた。
静にとって吉次はまだ得体の知れぬ相手だ。
そんな相手に「俺は覇王になる」などと迂闊に口に出したらどんな影響が出るか不明だ。
吉次の黄金のマスクの奥底の目が光った。
「父親の復讐ですかい?」
「違う」
クロウは断言する。
「母はそれを望んでいるようだがな。俺は違う。男に生まれたんだ。テッペン狙わなきゃつまんねえだろ?」
「それで覇王ねぇ。クロウ殿。あんたが成ると?」
「嗤うか?」
「男の夢を誰が嗤いましょうか? ただし! 実力が伴わなければ私が嗤わずとも、世間は嗤うでしょうねぇ」
クロウは頷いた。
(おや? ここで反発するでもなく、激高するでもなく、頷きましたか。実力が足りないと感じているということですかねぇ。いや、実力不足と感じてたら30人相手に3人で相手しようとはしないでしょうねぇ。少なくともクロウ殿は自分の戦闘力には絶対の自信を持っている。とすると覇王になるための戦闘力以外の何かが足りないと感じているということですかねぇ。自分を客観視できている。いい逸材かもしれませんねぇ)
吉次は思案と損得勘定を巡らせる。
「その通りだ。実力が足りなければ阿呆と笑われるだろう。だから俺達は一つ探し物をしていた。」
「ほう、何でしょうねぇ?」
(この回答でクロウ殿の底がわかるかもしれませんねぇ。さて名剣といった武器か? 金か? 地位か? この男は覇王になるために何を望む?)
「情報だ」
クロウは言った。
吉次は驚いた。
クロウが情報を重要視していることをだ。
人はどうしても、目に見える価値を優先する。
攻撃力を上げる武器、防御力を高める防具、果ては万物を買える金銀財宝などだ。
「情報」という無形のものに価値を置くものは少ない。
「情報」など無料だと思っている人もいるくらいだ。
ところがクロウは「情報」を欲した。
クロウの意識は目の前の価値ではなく、覇王という遠くにある夢に向かっているということだ。
(これは面白い)
吉次はクロウに興味を持った。
「情報ねぇ。どんな情報が必要なんです?」
「場所だ。俺が覇王になるなら軍勢が必要だ。俺が軍勢を得る本拠地をどこにするか? それで俺の命運が決まると言っていい。そのためには情報が必要だ。吉次殿。貴殿は商人だ。手持ちの情報も多いだろう。俺が少しでも投資対象になりうると感じたのであれば、情報を売ってくれないか?」
「ほう」
(少なくとも、このクロウ殿は情報に価値を見出している。でなければ“売ってくれ”なんて言葉は出ないからねぇ)
「対価はなんです? ちなみに金は要りませんねぇ。売るほどあるので」
クロウはニカっと笑った。
「天下の夢を特等席で見させてやる」
「天下とは大きく出ましたねぇ」
吉次は肩を揺すった。笑っていたのだ。
「良いでしょう。会いに来た甲斐がありました。お売りしましょう必要な情報を」
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