第二十二話 Crossroads of Destiny その5
北条時政サイドです。
北条時政は憮然としていた。
目の前には三勇者の一人、千葉が座っていた。
「機嫌悪いね」
千葉が言葉をかけた。
北条時政はぎろりと睨んだ。
千葉はそれを見て、肩をすくめた。
千葉は北条時政の機嫌が悪い理由を知っていた。
北条時政は源頼朝の彼女の父だ。
娘が源頼朝にぞっこんなのだ。
そのような事情もあり、北条時政は娘可愛さに源頼朝の味方をすることにした。
愛娘に不幸になってもらいたくない親心からだ。
紆余曲折はあったが、何とか目の前の千葉や三浦、上総といった三勇者の助力を得て、平家と戦える勢力をつくることができた。
更に甲斐国の武田からも共同戦線の依頼が来た。
源頼朝にとっていい潮目がきていた。
ただし、あくまで源頼朝にとってはだ。
北条時政にとってではない。
源頼朝が伊東・大庭に敗れたあと、三勇者の協力を得ることが出来たのは、けっして偶然や運命ではない。
努力の結果だ。
北条時政は早くから、坂東平野の武将たちを味方につける必要性を感じ、その工作をした。
同時に反対する者は容赦なく闇に葬った。リスクヘッジのためだ。
当時の源頼朝の勢力はへなちょこだった。
何しろ流刑人だ。
リスクを放置できるほど余裕はなかった。
今の情勢はその努力の結果なのだ。
その陰の立役者である北条時政の影響力は今、著しく低下していた。
なぜなら、今の軍勢を構成しているのが三勇者の軍勢なのだ。
何をするにも彼らの意向を無視できない。
源頼朝もそのことを知っている。そのため北条時政よりも三浦達に方針を確認するようになった。
北条時政にとって三浦、上総は厄介な相手だ。
方針が違うと言っていい。
彼らは勇者だ。
弱きを助け、強気をくじく勇者だ。
坂東平野の武将たちを味方につけるのはいい。
しかし、反対者を闇に葬ることには、明確に異を唱えていた。
三浦はそのような動きをしないか目を光らせていた。
上総はそのようなことをしたら斬ると脅していた。
北条時政は坂東平野の武将たちを味方につけ、反対者を闇に葬る工作をするのが難しくなった。
三浦、上総の反感を買うのをおそれた源頼朝からも、
「もうやめましょう」
と言われていた。
それが北条時政には面白くない。
今までの努力を全て否定されたような気がしていた。
「お父様は邪魔しないでください」
と愛娘の北条政子にまで言われたときには、全てを破壊したい衝動にかられた。
「お前のためにやってんだけど」
と叫びたくなった。
叫ばなかったが。
彼は狂いたくなる衝動を抑え、再び神仏に祈った。
再びというのは一度、神仏に祈ったことがあったからだ。
彼は自分の実力に自信をもっている。策を描く知恵もある。剣技も胆力もある。
この自尊心の高い男が最初に祈ったのは、愛娘、北条政子と喧嘩したときだ。
北条政子が源頼朝と一緒になると言ったとき、猛反対した。
結局、北条政子の口撃に負け、認めざるをえなかった。
この時。
彼は神仏に祈った。
当時の源頼朝はただの流刑者だ。どう考えても彼と一緒になって愛娘が幸せになる未来がみえなかった。
何とか破断できないか。源頼朝をコロしてでも。
彼はそう願った。
その願いに応じた超常の存在がいた。
魔王 崇徳天だ。
この魔王は世を呪っていた。
そのため世を乱れさせ、混乱に落とし、混沌とするための概念と化していた。
この魔王は、その目的のため世を乱す因子・因果のもとに湧き出てくる。
北条時政もまた、崇徳天に世を乱す因子と認められたのだ。
北条時政はそんなことは知らない。
ただ、化け物が現れた思った。
なにしろ、闇の瘴気と共にその魔王は現れた。
その瘴気の真ん中に上下反転した端正な貌があった。
化け物以外の何物でもない。
北条時政は胆力がある。
驚くよりも先に化け物を始末しようと体が動いた。
「待て。余を斬れば、そなたの望みは叶わぬぞ」
崇徳天は表情のない貌で言った。
「黙れ、化け物。相手が悪かったな。命乞いなら他でしやがれ」
北条時政は問答無用で崇徳天の顔面を斬る。
刃が額を斬るが、そこで北条時政の刀は折れた。
「ちぃ。石頭め」
北条時政は悪態をついた。
「ふふふ。余を斬るか。素晴らしい胆力よ。このまま相戦うのも余興としては面白いが、戦ってもお主の悩みは解決しない。どうだ話だけでも聞かぬか?」
「ふん。化け物風情に傾ける耳なんざ持っちゃいねぇよ」
「その化け物を呼び出したのはそなたであろう」
「む、それは……」
「娘が心配なのであろう? 気持ちはわかる。その娘が幸せになる方法があるとしたら?」
「ふん、化け物が俺の娘を幸せにする方法を知ってるっていうか?」
「何、簡単なことだ。そなたは娘の彼氏が流罪人ということを心配しているのであろう? 流罪人では将来は見込めぬ。そなたの気持はわかる」
「……」
「何、解決方法は簡単だ。頭に血の上っていないそなたなら思いつく方法だよ。しかし、今のそなたは冷静では無いようだ。だから、余は少し手助けするだけだ。他には何もしない」
「なんだ。その方法ってぇのは?」
「源頼朝が流罪人でなければよい」
「あぁ?」
「もう一度いう。源頼朝が流罪人でなければよい。頭に血が上っていないそなたならわかるはずだ」
「……あいつを挙兵させ国王にでもしろってのか」
「それが理想。そなたは、その才能をいかんなく発揮し、国王の義父となる。覇王が一時天下をとったが、まだ因果の揺らぎが見える。世がどうなるかはまだまだわかんよ。まずは、その時のために準備をしたらよい。準備ぐらいなら問題なかろう? おっと言い過ぎったかな? 普段のそなたならすでにきづいているであろう?」
北条時政は「才能をいかんなく発揮し、国王の義父となる」という言葉に反応した。
また、「実行」ではなく、「準備」だけならやってみる価値はあると考えた。
「準備…………まずは坂東の勢力を味方につけるか……しかし、反対する奴もいるだろうな……そいつらの手当てが必要だな」
「ふむ。勇と知があっても手足が足りぬか。ならば特別だ。そなたの手足となる者を貸そう」
崇徳天はそういうと闇の中からヒト型の戦士が現れた。
その戦士、カタチはヒトだが、人ではなかった。亡霊戦士という死神とも呼ばれるモンスターだ。
「この男を使うがいい。そなたの手足となろう」
崇徳天はそう言って消えた。
これが崇徳天との一度目の邂逅だ。
北条時政は崇徳天が残した亡霊戦士を暗い仕事に活用した。
具体的には源頼朝の敵の排除だ。
亡霊戦士は北条時政の期待に十二分に答えた。
北条時政は再び神仏に祈った。
前回は漠然と祈ったが、二度目は違う。
明確に崇徳天に対して祈った。
「酔狂な。余を二度も呼び出すとは」
果たして崇徳天は現れた。
北条時政はその崇徳天をぎょろりと睨みつけた。
「どうした? 上手くいかなかったのか? そなたの勇と知があれば問題ないとおもっていたが?」
「てめぇの言うとおり源頼朝の奴ぁ。坂東の盟主となりつつある」
「よかったではないか。この不浄たる魔王とそう関わるものではない。用なく余に祈るのは感心せぬな」
「奴が盟主に立場がかわったことで、環境が変わった。奴の周りは大勢力の国王……伝説の三勇者が幅を利かせてやがる」
「ほう、それは悔しいのう。源頼朝のために陰に苦心し、努力したのはそなただ。その悔しさはわかる」
「テメェは言ったよな。才能をいかんなく発揮できると。今のままじゃ俺はなにも出来ねぇ」
「それが不満、それが不安か。その気持ちは余もいたいほどわかる」
「同情なんかいらねぇ。約束を守れ。テメェは源頼朝が立てば才能をいかんなく発揮できると言ったんだからな」
「ふふふ。いいだろう。余もお主のような実力のあるものが世に埋もれるのは残念だと思う。力を貸そう」
そういって崇徳天はと、ある場所に行けと北条時政に指示し消えた。
北条時政は崇徳天が指示した場所にむかった。
崇徳天は胡散臭い魔王ではあるが、そのアドバイスは正しい。
アドバイス通り動いた結果、源頼朝は流刑人から坂東平野の盟主にクラスチェンジした。
そのため、疑いもなく崇徳天の指示に従った。
そこにいたのは三勇者の一人千葉だった。
初め、崇徳天に騙されたと思った。
そして三勇者の一人、千葉に密告されたと思った。
(ちぃ、魔王を信じた俺が馬鹿だったってぇ話だ。こうなりゃ、この千葉を倒して活路を開くしかねぇ)
北条時政は腹をくくった。
覚悟さえ決めれば、天魔が相手でも戦える度胸を持った男だ。
勇者相手でも臆することは無い。
北条時政は剣を抜いた。
それに対する千葉の対応は落ち着いたものだった。
「警戒心が高いことはいいことだが、憶測で物事を進めるのは感心しないね」
千葉は剣も抜かずに飄々と立っていた。
北条時政は内心、舌打ちをした。
剣を抜いている自分と、抜きもしない千葉。
傍目から見たら有利なのは北条時政だ。
しかし、北条時政はどうやっても勝てないと思った。
目の前の千葉はただ、飄々と立っているだけだ。
しかし、どうのように攻撃しても返り討ちにあうビジョンしか浮かばなかった。
(ちぃ……これが勇者様ってやつかよ)
北条時政は強さの格の違いを知ると同時に、千葉に戦意がないことに気づいた。
(俺を殺す気ならとっくにやってらぁな)
黙って動けなくなった北条時政に千葉は近づき、ぽんと肩を叩いた。
「まあ、そう気張らずに。楽にいこう」
彼はそう言った。
(なんだぁ。いつの間に近づきやがった)
北条時政は戦慄した。
彼には千葉の動きが全く見えなかった。
彼も戦士だ。
死線もくぐってきた。
その彼が敵の動きを全く感じられなかったのだ。
(こりゃ。喧嘩の選択はねぇな。負けちまう)
北条時政は“たたかう”という選択肢をすてた。
その“選択肢”を捨てたことで気づいたことがある。
(こいつはなぜ、ここにいるんだ? 俺を倒すため? いや、倒すならとっくにやっている。崇徳天はこの場所に行けと言った……まさか)
「千葉さん。あんた、崇徳天を知ってるな」
この問いに千葉はニヤリと笑った。
「正解。ご名答。慧眼だ」
「勇者が魔王と知り合いとは驚いた」
「ああ、普通に考えればそうだろうね。ただ、それは迷惑な話でもあるけどね」
「迷惑な話? 意味分かんねぇ」
「難しい話はしていない。俺も普通の人だって話さ。普通に欲がある。おいしいものを食べたい。いいところに住みたい。もっとお金が欲しい。もっと強くなりたい。強い相手と戦ってみたい。なんてね。俺は普通の人間さ。それなのに”勇者”という偶像を俺に求めてくる。迷惑な話さ。勇者が魔王と知り合いだから何? 皆が思っている”勇者”という偶像になんで俺があわせなきゃならんのかな? 不思議な話だし、迷惑な話さ」
北条時政は初めて伝説の三勇者の一人 千葉と話をしたが、大分屈折しているように見えた。
「北条さん。あんた崇徳天と会ったんだってね。災難だったね。あれはこの世に恨みをもっている。特に都や帝、朝廷にね。帝や朝廷の治めるこの国がめちゃくちゃになればいいと思っている。その恨みのため、この国をめちゃくちゃにしてくれそうな奴のところに現れる。おめでとう、北条さんは魔王にこの国をめちゃくちゃにしてくれる人間だと認められたわけだ」
千葉はそう言って拍手をした。
そんな千葉に北条時政は眉をひそめた。
「けっ。その理屈なら。あんたも崇徳天に認められた人間ってことになるぜ」
「そのとおり。俺は北条さんと同じさ。そして崇徳天は俺と北条さんをひきあわせた」
「何のために?」
「難しい話じゃあないだろう? 手を組めってことだろ? お互いの目的のために、それ以外に何かあるのか?」
「手を組むねぇ」
「魔王に聞いたが、三浦や上総、俺が源頼朝に味方したから、北条さんに居場所がなくなったんだって? お気の毒に」
千葉はそう言ってクックックと笑った。
「笑い事じゃねぇ」
北条時政は苛々した心を隠さず声に乗せた。
源頼朝と三勇者や他の勢力を結びつけたのは、北条時政のマーケティング戦略のおかげだ。源頼朝を認知してもらい、彼が求人募集していることをPRし、メリット・デメリットを伝えた地道な努力の成果だ。
その成果が実になったとたんに邪魔者扱いされるのは納得いかない。
「笑い事じゃない? いや、笑い事だよ」
「何っ!」
「虫がいいって言ってるんだよ」
千葉は飄々と言った。しかし目だけは冷えていた。
反対に北条時政は憤怒の形相だ。
千葉はその憤怒を気にせずに言葉を続ける。
「悔しい気持ちはわかるが、自分に武力がないのだろう? そして、その武力がなければ解決しないのだろう? それなら武力をもっていない自分を恨め。他人の武力をあてにして文句を言う。 ”虫がいい”以外にどういう表現をつかえばいい?」
北条時政は憮然とした。
自分の知恵と勇気を振り絞ったマーケティング戦略が武力という技術に劣ると言われたと受け取った。悔しかったら自分も武力と言う技術を磨けと彼は言ったのだ。
「だが、まあ。そういう北条さんは嫌いじゃない。人間ってそういうもんだろう。困っているときは他人を頼り、頼りにならないと不満を言う。逆に助けを求め、助けられれば今度は出番を奪われたと嘆く。はっ、実に人間らしい」
北条時政はこの千葉の言葉に毒気を抜かれた。
何かものすごく鬱屈したものをもっていると思った。
「北条さん。もののついでだ。年長者からアドバイスしよう。人は助けが欲しいのではないのさ、自分の望む形で助けてほしいだけなんだ。責任は放棄したいけど主導権までは渡したくないのさ。このことを資さんも玉藻さんも知っていたらよかったんだけどね」
「玉藻さん?」
「ああ、すまない。こっちの話さ。それでだ、実に人間らしい北条さんに俺は肩入れしようとおもう」
「参った。あんたの考えが読めねぇ……具体的にどうするつもりなんだ?」
「北条さんは俺達、三勇者の勢力が欲しい。でも、出しゃばってほしくないのだろう? なら簡単だ。俺は北条さんの下につく。ほら、これで3分の1が北条さんの味方になった」
「わからねぇ。それであんたにどんな利があるってんだ?」
「上総を倒すのを手伝ってほしいのさ」
「なにっ。あんたの仲間だろ」
「仲間だ。でもね北条さん。人って欲があるんだよ。欲のためには何でもやるのが人なんだ。俺と上総の領地は隣り合っていてね。俺は領土を増やしたいんだけどさ、そのためには上総が邪魔なんだ。だから俺に崇徳天が近づいた」
北条時政は黙った。
目の前のこの男が魔王 崇徳天そのものに見えた。
「なに、北条さんにも利がある話だよ。俺が北条さんの下につき、上総がいなくなれば3勇者の勢力は三浦だけだ。その時には北条さんは俺と上総の勢力を得ている。北条さんの望み通り発言力は元に戻るだろうさ」
北条時政は崇徳天がここに呼び出した理由を理解した。
確かに、千葉と組めば才能をいかんなく発揮できる立場に戻れるだろう。
しかし、それは源頼朝の反対勢力を闇に葬ってきた彼が、今まで以上に修羅の道に足を突っ込むことになるのだ。
「おもしれぇ」
北条時政は少し考えた後、修羅の道に足をいれることにした。
このまま、鬱屈するよりはよいと判断したのだ。
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【あとがき】
「ほうじょう は のろわれた」
「ちば は のろわれた」
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