第二十一話 再び魔王があらわれた その5
平家サイドに戻ります。
小松維盛と斎藤別当実盛が率いる平家軍10万は越前国を北上した。
根井と新宮十郎が撤退してからは、抵抗らしい抵抗はない。
このままいくと越前国を獲り返すのは問題ないだろう。
ただ、敵もこのままいつまでも侵攻を許すとは思えない。どこかで対決することになるだろう。
「どこだと思います?」
進軍中に維盛が斎藤に聞いた。
「そうじゃのう。あの腕白小僧は弱みを見せるのは嫌うじゃろう。味方に頼りないと見られたら軍が霧散するからのう。なら越前国を奪われるのは嫌じゃろう。必ず越前国で迎え撃つはずじゃ。ただ、軍を整える時間が無いじゃろ。となれば加賀国に近い場所になるかもしれんのう」
斎藤の考えは維盛の考えと合致していた。そこで答え合わせで100点をとったと安堵すると同時に、斎藤が木曽義仲に対して腕白小僧と言ったのが気になった。
「木曽義仲とは知り合いなのですか?」
「ん? ああ、そうじゃ。昔、あの小僧の父に仕えていたことがあってな。よく小僧の面倒を見てたのじゃ」
維盛は眉をひそめた。知り合い相手だと戦いにくいのではないか? もしかしたら裏切るのではないかと考えたのだ」
そんな維盛の心中を見透かし、斎藤はカカカと笑った。
「儂が裏切ると思ったか?」
「い、いや」
維盛は慌てた。
そんな彼を見て斎藤は笑う。
「あのなあ。我らは戦士よ。戦を請け負う者よ。請負からには依頼主の要望通り戦うのみ。それよりも、大将たる維盛は考えなければならん」
「何をでしょう?」
「裏切られる心配よりも、裏切られないようにするにはどうしたらよいかということじゃ。配下の中にはかつて敵だったものもいるじゃろう。いちいち疑っていたらキリがないわい」
「確かに」
維盛は頷いた。
これから戦い進めていくうちに敵を味方にする場面もでるだろう。
全てを敵だからと言って全滅させることは無理なのだ。
馬を進める二人に伝令が走ってきた。
「道がありません。かわりに湖があります」
伝令は報告する。
二人は首をひねった。
この先に湖があるなど聞いたこともない。
「ええい、見に行くぞ。解らぬことは現地で確認するしかない」
斎藤が馬を走らせた。維盛も続いた。
二人は現場に到着した。
その二人の目の前には伝令の言うとおり巨大な湖が広がっていた。
その湖の先に城があった。位置的に火打城だ。
その火打城に敵勢が見えた。
「これは……攻められない」
維盛は青くなった。
城の防衛施設として水堀がある。
水堀程度なら数の暴力で超えられる。
しかし湖は無理だ。
ここで足止めを受け、無為に食料を消耗し撤退する未来が見えた。
「大将がそんな顔をするんじゃないわい」
その維盛を斎藤が窘める。
「それよりも見るんじゃ」
斎藤は湖以外の場所を指差した。
そこは鬱蒼とした森だ。
「伏兵がいるぞ」
「え!」
斎藤の言葉に維盛は驚いた。
「これは、食糧がなくなって撤退すると同時におそってくるかんがえじゃな」
斎藤は腕組みした。
「今すぐその伏兵を攻めましょう」
「相手の正確な位置。数もわからないのにか? それも大軍が移動しにくい森じゃぞ」
斎藤はやや呆れの入った声で維盛を窘めた。
維盛がふくれた。
(そっちに伏兵がいるって言ったから、攻めましょうって言ったのに。じゃあどうすればいいんだよ)
「さて、城と森。どっちにあの腕白小僧がいると思う?」
「敵の大将は当然、城にいるんじゃないですか?」
この維盛の回答に斎藤はカカカと笑った。
「普通の大将ならな。あの腕白小僧は城に引きこもってるなんぞ無理じゃろう」
「それはあなたが木曽義仲を知ってるから言えるんですよ。そんな腕白小僧なんです?」
「おうよ。儂が途中まで育てたのじゃ。その内、近所の悪ガキどもとつるんで悪さばかりしおってたの」
「斎藤様が? 木曽義仲には親はいなかったのですか?」
「戦争で死んだんじゃ。源頼朝の父と戦ってな」
「それは……」
「都じゃ考えられんじゃろのう。彼らのいた坂東平野は戦士の国。強さや領土を求め修羅のごとく争ってばかりの土地じゃ。このようなことはいくらでもあるわい」
維盛は黙った。
おそらくこの木曽義仲戦が終わったら、次の平定先として源頼朝のいる坂東平野にいくことになると思っている。少し、坂東平野と源頼朝が怖くなった。
「源頼朝の父はその修羅を体現したような男でのう。木曽義仲の父を戦で倒した後、まだ幼い腕白小僧まで殺そうとしたんじゃ。禍根を残したくなかったという理屈はわかるが……まるで鬼じゃ。儂はそれに反対してのう。腕白小僧をつれて信濃国につれていったんじゃ」
「そこで育てられたのですね」
「そうじゃ。ある程度大きくなったら地元の者に預けたので腕白小僧の頃しかわからんがのう」
斎藤はそういってカカカと笑った。
「もう、修羅の国である坂東平野はこりごりじゃ。そこで儂は覇王様に仕えることにしたんじゃ。覇王様は敵には果断じゃが、子には優しいからのう」
覇王は天下を争った男の遺児である源頼朝、義円、クロウを生かした。
木曽義仲を殺そうとした男と比べるなら確かに子供には優しい。
「話が逸れたわい。いずれにせよあの腕白小僧が城でじっとしてられるとはとても思えんん。必ず伏兵舞台にいるじゃろ」
「では、伏兵が本隊ということですね」
「ふむ、じゃから案外、あの城にいる兵はすくないかもしれんぞ」
「この水さえなければ、一気に数で踏みつぶすのですが」
「ふむ。ならこの水をなくせばよいじゃろ」
「ちょ……どうやってですか」
「この湖も人が細工したんじゃろ。なら元に戻すのもできるじゃろ」
「元に戻そうとしたら、それこそ伏兵に襲われませんか?」
「襲われるじゃろうのう」
「ちょ……じゃあダメじゃないですか!」
維盛は徐々にヒートアップしてきた。
思いっきり揶揄われていると思ってた。
「おちつけ、こちらで復旧しようとするから伏兵に襲われるんじゃ」
「じゃあ、誰がやるんですか?」
「ほれ、そこの城にいるやつらにやらせればよいじゃろ」
「ちょ……何言ってるんです。敵ですよ」
「儂が言ったことを忘れたのか。若いくせに」
斎藤がカカカと笑う。
維盛は頭をひねった。
そして、斎藤が今まで自分に伝えてきたことを懸命に思い出そうとした。
この素直なところが維盛の優れたところだ。
この適性があるので平知盛も彼を平家の軍事面での総大将として育てようとしていた。
維盛は記憶を探り、一つの言葉にたどり着いた。
『裏切られる心配よりも、裏切られないようにするにはどうしたらよいかということじゃ』
斎藤はこのように言っていた。
そして、斎藤の『木曽義仲は腕白小僧』と言う言葉。
維盛は木曽義仲がどういう人物かは分からない。
しかし腕白小僧というフレーズから考えるに“裏切られないようにするにはどうしたらよいか”ということを重視しているようには思えなかった。
ここから推測するに……斎藤は「火打城の城兵」を裏切らせて、水を復旧させればよいといっているのだ。
「ほれ、10万もいるんじゃ。中には水魔法が使えるのもおるじゃろう。水魔法で大軍を移動させるのは無理じゃが、夜に水の上を移動し潜入するぐらいは出来るじゃろ」
「なるほど」
「大事なのは恐怖を与えることよ。人が動くのは恐怖からじゃよ」
斎藤は言った。
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