第二十話 クエストを受けますか?:クロウの選択 その5
奥州王は悩んでいた。
クロウのことでだ。
政治家として……彼は戦争の抑止力として奥州大陸に残って欲しいと考えていた。
年長者として、祖父が孫を案ずるような気持ちで……彼はクロウが世間の悪意に晒されることを案じていた。だからこそ、クロウには奥州大陸に残ってほしいと願っていた。
しかし、そのことを直接言えば反発を受けるだろう。
そのため、悩んでいた。
その奥州王のもとに佐藤継信がきた。
「随分お悩みですね」
佐藤継信が奥州王の一段下がった下座に座った。
「佐藤か。そりゃ悩むわ。何とかクロウ殿に、この地にとどまってもらう方法はないものか」
「この奥州を守るためですよね」
「……もちろんだ。クロウ殿の力はすばらしい。まさに一騎当千。彼がこの地にいるだけで戦の抑止力になる」
奥州王が言った。
返答にわずかに時間がかかった。
それは、別の理由もあるからだ。
彼はクロウを孫のように愛でていた。かわいい孫を戦地に送りたくはないとも思っている。
むしろ、そちらの理由の方が大きい。
ただし、それは奥州王一個人の気持だ。
国主としての判断ではない。
そのため、クロウを引き留める表向きの理由は「奥州大陸を戦乱に巻き込まれないようにするための抑止力維持のため」だ。
そんな奥州王を佐藤継信はじっと目だけで見ていた。
「王よ。おせっかいを焼いてもよろしいでしょうか?」
佐藤継信が口を開く。
「おせっかい?」
「王はを極楽浄土を現世につくりたいと思い、それを実現しました」
「なんだ、急に。それにまだ、実現までは至ってない。極楽浄土とはまだ呼べる代物ではない。また道半ばだ」
「それでもです。飢えはなく争いも少なく、お陰で人に余裕があり、獣のように本能で争うことは無く、互いに気遣うことができる世界をお創りになりました」
「なんだ? ずいぶんと持ち上げるじゃないか」
奥州王は苦笑した。しかし目は笑ってはいない。
佐藤継信がこれからどのような話をするつもりなのか、探っている目だ。
「事実を言っているだけですよ。極楽浄土にはまだ至らないとおっしゃいましたが、少なとも餓鬼道。修羅道。畜生道という3つの地獄からは解放されております。これは王の努力の結果でしょう」
奥州王は佐藤継信の言葉を聞きまんざらでもない様子を見せた。
それだけ苦労して、ここまでの治世を実現させたのだ。
自慢したい気持ちが全くないわけではない。
「ですので王のこの極楽浄土を守りたいという気持ちはよくわかります」
佐藤継信はそう頷いた。
そして、言葉をつづけた
「これからお話しするのはその極楽浄土を守るための提言です」
「ほう」
奥州王は興味をもった。
奥州王が努力して作り上げた、この地を守る方策であれば、どんなことでもやるつもりだ。
この地は、“この世に極楽浄土をつくりたい”という彼の夢そのものだからだ。
「クロウ殿を派遣しましょう」
「なんだと」
奥州王は目を丸くした。
今まで、クロウを奥州から出さないためにはどうしたらよいかということで悩んでいたのだ。ところが佐藤継信はクロウを出せという。
佐藤継信は頭がいい。
奥州王の苦悩に気づいているはずだ。
気づいてなお、このような提案をすることに奥州王は驚いた。そして一瞬怒りを覚えたが、
(佐藤継信が言うからにはなにかあるのか?)
と思い直し理由を聞く姿勢を見せた。
「クロウ殿は強い。しかし、今のままでは抑止力にはなりません」
佐藤継信の言葉に奥州王は驚いた。普通は強い相手がいると分かっているところに攻めないものだ。それなのに抑止力にならないという。
「なぜだ」
「今のと申しました」
佐藤継信は表所の見えない貌で答えた。
「今の?」
「クロウ殿の実力は私も認めるところであります。しかし抑止力にはなりません。誰もその強さを知らないからです。彼を戦の抑止力とするなら、彼の強さを知ってもらうことが必要です」
「認知が必要ということか」
「ええ、優れた人材も、誰も知らなければ路傍の石と変わらないのです。そして、この度の戦乱はクロウ殿の実力を全国に知らしめるのにふさわしい舞台です」
奥州王は沈黙した。
為政者として佐藤継信の進言はもっともだと思ったのだ。
しかしー
奥州王個人としての感情としては納得できない。
危険な場所。それも戦の危険だけではない。
この争乱はいずれ都にたどり着く。
都が舞台となったとき、政治的な危険が発生する可能性が高いと考えてた。
そんな場所に、孫のように考えているクロウを送り出すことは感情面から納得しがたい。
佐藤継信は奥州王をじっと見ていた。
その表情は建物の陰に隠れていた。
彼は言葉を続けた。
「ただし、このままクロウ殿を派遣するのはいくつか危険が伴います。いくつか条件をつけましょう」
「条件か……」
奥州王は興味を持った。
このままではクロウが危険というのは同意見だからだ。
「まず、クロウ殿には単独の勢力として挙兵するのではなく、既に挙兵している勢力への援軍として動いてもらいます。これが1つ目の条件です」
「その心は?」
「単独勢力だと、まともに危険の矢面に立ちます。特に政治的です。クロウ殿は強い。しかし政治的な立ち回りは難しい。王が懸念するのもそこではないでしょうか?」
佐藤継信の言葉に奥州王は大きく頷いた。
その通りだと思った。
「また、彼を独立させないのは奥州の為でもあります。彼が単独で挙兵したなら奥州は天下の野心ありと勘違いされる可能性があります。そうなると戦火を呼び込むことになりかねません。その可能性を事前に防ぎます」
「さすが佐藤。あらゆる事を考えている。しかし不安がある。現場では予想外の事がおきる。佐藤の想定通りになるかどうか。その時にクロウ殿がどのような判断をするかわからん」
「もっともです。ですからもう一つ条件をつけます」
「もう一つ? それは?」
「私も行きます」
「佐藤が?」
「はい、私が共に行き、想定外の事が起きたときに吉次殿と共に対応します」
この言葉に奥州王は心を動かされた。
佐藤継信と吉次なら下手をうつことは考えにくい
「私では不足ですか?」
佐藤継信は確認した。
その表情は陰になって奥州王からは見えない。
“佐藤継信では力不足か”と奥州王は問われた。
不足どころではない。
怜悧な佐藤継信と有能な商人である吉次なら大抵の問題を解決できる。
奥州王は今の問にNOという返答はできなかった。
考えれば考えるほど佐藤継信の策に隙はなかった。
クロウの強さを宣伝・認知する
強いと認知されたクロウが抑止力として機能する
挙兵ではなく援軍という立場とし、将来の勝者に天下の野心なしと安心させ、恩を売る
クロウが独立しないため政争に巻き込まれるリスクを避けることが出来る
クロウは奥州からの援軍という立場のため、争乱終了後、奥州に戻ることになる
そして
予定外の事態に備えてそれらのコントロールを佐藤継信が行う
奥州王が思うに完璧な策だった。
「我々の目的はクロウ殿の強さの認知です。全国の人々にその強さを知ってもらう。知ってもらった後は奥州に戻ってもらいます」
佐藤継信は最後にそのようにまとめた。
奥州王は頷いた。
彼にはクロウ出陣の許可を与える選択肢が「はい」しか現れなかった。
佐藤継信は奥州王執務室から退出した。
妖狐 忠信の言葉が彼の心にリフレインする。
「ご自身はどうされたいのです?」
この質問にポツリと佐藤継信はつぶやく
「私も騎士です。出撃したいに決まってるじゃないですか」
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【あとがき】
佐藤継信の説得は成功した。
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