第二十話 クエストを受けますか?:クロウの選択 その2
残夢はこのボス部屋に入ったときから違和感を感じていた。
彼は自然と一体となる仙人だ。
その仙人である彼は目から見える映像だけではなく、周囲を自分、自分を周囲とすることで全体で物事を感じる。
その感じ方が変なのだ。
感じている物事が、目からの情報とあっていないのだ。
ボスだからそういう事もあるだろう。
と思っていたが、どうも違うらしい。
確認に変わったのがクロウの一撃だ。
クロウの一撃は脳天から下まで、巨大な黒い人影を真っ二つに切り裂いた。
しかし、残夢には何もない虚空を斬っているように感じていた。
(これはどういうことだろう?)
残夢は混乱した。
こういう現象は仙人として生きてきて初めてだ。
考えている間も戦況は変わる。
クロウと静が衝撃波で大ダメージを受け吹き飛ばされた。
与一の弓≪マジックミサイル≫は巨岩に阻まれた。
皆鶴姫が伊勢三郎との連携で足に一撃を与えたが、また虚空を斬っているように復活した。
このままでは負ける。
ということに気づいて残夢は慌てだした。
負ける=死ぬのだ。死に戻りなんて存在しない。
(長く生きてきたけど、この連中はどこか楽しい)
残夢はそう思っていた。
結構、はちゃめちゃだ。
皆鶴姫と与一は好きにモンスターを探しては突撃する。
千本がそれを慌てて止めるのは日常茶飯事。
片岡春がクロウにべったりくっついて、それを静の機嫌をおどおどしながら気遣う、片岡八郎。それを知ってかニタニタ笑っている当の静
喜三太達が自由にわいわいやっている。
それを伊勢三郎や駿河、亀井がそれぞれの個性で気にして相手をしていた。
たまに召喚主である静の許可なく、天神様が降臨し、彼らに(強制的に)勉強を教えにくるのだが、それに伊勢三郎達が巻き込まれたりするのもいつもの光景だ。
残夢はこの雰囲気が好きだった。うまく言えないがこの集団の中にいると安心できた。
人に不信を持ち、森に引きこもったが、ようやく森以外の居場所ができつつあるように感じていた。
その集団の要がクロウだ。
(クロウ殿が倒れるのはまずいぞ)
彼が倒れると、この集団は瓦解するだろう。残夢にとっては居場所が消えると同じだ。
そこでようやく残夢は焦った。
(どうする? どうしたらいい?)
彼は悩んだ末に仙人としての感覚を信じることにした。
つまり目に見えているものが違うのではないかという思いに賭けた。
彼は目を閉じる。
己を周囲と一体化する。
周囲を己とする。
このダンジョンは明らかに魔術的な人の手が入っていた。
そのため自然とは言い難い。
自然と一体化する仙人とは相性が悪かったが、それでも己と周囲を合一させることに成功した。
(うわ、気持ち悪っ)
自然物ではないものと一体化したからなのか
このボス部屋にある澱みが影響したのか
残夢は眩暈を起こし、吐き気がした。
(なんだ……ここは……これはまるで死者の国だ。死の澱みが広がっているぞ)
その感覚をつかむと悪寒と震えが残夢にひろがった。
それでも、自分の暖かな居場所を守るため、懸命に感覚をボス部屋全体にひろげた。
この感覚ではやはり、巨大な黒い人型は存在していなかった。
代わりに入ってきた扉の上に澱みを感じた。
そこから、この部屋の澱みは始まっていた。
(これ以上は、たまらんっ……もう無理だぞ)
残夢はこのダンジョンとの一体化を解除する。自然ではないものへの一体化の限界だ。
代わりに魔法を発動した。
「顕したまえ、照らしたまえ。急急如律令!」
魔法の発動と同時に巨岩の動きが止まった。
全ての巨岩が落下した。地響きが起きた。
巨大な黒い人影は消えていた。
そして澱みを感じた門の上には、白糸の幾何学模様が浮かぶ藍染の衣服をきた骸骨が黄金で作られた彫刻品の中に埋もれていた。
この場にいる全員の視点が黄金に埋もれている骸骨に集中した。
「これは一体?」
皆鶴姫が周囲を警戒した。
「おい。残夢。何かやっただろ」
血だらけのクロウがそれでも気丈に立ち上がり確認した。
「うむ。何かやったというよりは……何もさせなくしたのだ」
「なんだそりゃ?」
「うむ。なんと言ったらいいか……この部屋は真の姿ではなかった」
「真の姿ではなかった? まやかしだったってことか? それにしては痛ぇぞ」
クロウは言った。
クロウと静は血だらけで服もボロボロでセミヌード状態だ。
このダメージは幻ではなく現実だ。
残夢は困った。自分自身どういう現象だったのかはよくわかっていないのだ。
こういうことがあると、残夢は煩わしさから引き籠っていたくなる。
「うまくはいえないのだが……どうやら、この部屋の本当の姿は別にあるということだけは観察の結果わかった。だから、真実の姿に戻す魔法をつかったのだ」
残夢は精一杯説明した。
クロウはその表情から納得していないことがわかった。
しかし、静に肩をポンっと叩かれて黙った。
代わりに静が
「頑張ったね残夢。ありがとう。たすかったよ」
と言ってニシシと笑った。
ちなみに後でダンジョンからでたクロウが静から
「阿呆! 追い詰めてどうするの。残夢は助けてくれたんだよ」
と叱られたのは別の話だ。
残夢は静の言葉にほっとして肩の力を抜いた。
改めて一行は骸骨の方を向いた。
すると骸骨はほんのり光った。
「さわがしいやつらめ。眠りの番人を倒したか」
骸骨は言った。
「眠りの番人?」
クロウが尋ねる。
「黒い人影を見なかったか?」
「見た」
クロウの言葉は常に直球だ。
「あれが眠りの番人だ。我の眠りが解けないように、我を永遠に眠らせておくための番人。我が起きたということは……番人は倒されたのか?」
一行は微妙な顔でお互い見合った。
倒したとは言い難い。
残夢の真実を表す魔法で消えてしまっただけなのだから。
「あの番人を倒したとはすごいな。あれは我の夢の具現。魔王である我と同等の力を持つ。それを倒したか。大したものだ」
骸骨はケタケタと笑った。勝手にクロウ達が倒したものと勘違いしたらしい。
「ちょっと待って。魔王って言ったわよね。とするとあなたが魔王?」
静かが確認する。
「そうだ。古来の魔王と呼ばれる悪路王。それが我だ。もっとも征夷大将軍に倒され、ここに封印されているからな。たいしたことはできないがね」
魔王がケタケタ笑う。
クロウの時代の征夷大将軍は徳川家のような政治のトップを意味しない。
征夷大将軍とは魔王を倒す勇者だ。
彼は魔王として勇者に倒された。
「ここまできて、眠りの番人を倒したのだ。相当な苦労があっただろう。その苦労に対する報酬も無いよりはあったほうがいいだろう。受け取るがいい」
骸骨はそう言うと黄金の彫刻をいくつか落とした。
チャリーン
なんて可愛らしい音ではなく、ゴツと鈍い音がした。
クロウはそれには見向きもせず骸骨を見据え
「お前は戦わないのか」
と言った。
彼等がこのダンジョンに入った理由は鍛練のためだ。あの骸骨が魔王というになら戦いたいと思っている。強敵との実戦が一番の訓練になることを彼は知っている。
「骨と戦ってどうするんだよ。自慢にもならねえ」
そう言って悪路王はケタケタ笑った。
「我は長く封印された存在。魔王の力で死後も長く意識が残っているだけの存在だ。意識だけの存在とどう戦うのだ」
悪路王はケタケタ笑う。
クロウはムッとしている。
「それに、ボロボロじゃねぇか。そんなんで戦う気か?」
確かにクロウはボロボロだ。
だが従来の負けん気が前に出た。
先ほど残夢の真実を暴く魔法で黒い人影が消え去ったので不完全燃焼ということもあった。
「なめんじゃねぇ。まだまだいけるぜ」
クロウは指を立てて挑発した。
「お前はアホか」
それに対する悪路王の言葉は冷ややかだった。
「なんだと!」
クロウが激昂しはじめる。
どうどうと静が宥めた。
「誰がお前の心配をした」
「何?」
「そこの女性がボロボロだって言ってるんだ。もう一度言うぞ。そちらの女性がボロボロで大変なことになっているのに戦うって言ってるのか?」
クロウは悪路王に言われて静をあらためて見た。
確かにクロウもボロボロだったが、
静もボロボロだ。衣服も破れている
「あ」
クロウは間抜けな声をあげた。
「女性がそんな姿なのに、自分の気持ちを優先か。まあ、男ってそういうとこあるけどよ。でも、この状況でそれはないだろう? サイテーだな。お前」
悪路王の追撃。
クロウは大ダメージを受けた。
クロウは倒れた。
「ちょ、ちょっとクロウ。私は大丈夫だからね。ね」
沈むクロウに静が両肩をつかんでフォローをいれる。
クロウの目の前に静の柔肌が見えた。
それを見てクロウは
(ああ、俺はサイテーだ)
と自らダメージを受けた。
とはいえ、いつまでもこうしてはいられない。
クロウは静に
「大丈夫だ」
と言った。
そして彼女を放し、
「残夢。悪い。着物を静に貸してやってくれ」
と言った。
いつまでも静に肌を露出させているわけにはいかない。
ということに気づかされたのだ。
それを見てカラカラ笑う悪路王。
「気づくのがおせーよ。それにしても面白い連中だな。他の魔王の匂いがする」
「匂い?」
伊勢三郎が確認する。
「そうさ。そこの小僧は狐の魔王の匂いがする。そこの女剣士は光り輝く堕天使の魔王の匂いがする。…………お前らどれだけ魔王に会ってるんだ? 普通はこんなに会わないだろうに。おや、ボロボロの小僧。お前からも匂いがするな……うげ、都にいたことのある魔王の匂いじゃねぇか。そんな匂い近づけるんじゃねぇ」
悪路王はクロウを嫌がった。
「ちょっと待って。その“都にいたことのある魔王”って崇徳天のことよね。崇徳天の影響を受けていることがわかるの?」
静かが悪路王に確認した。
「崇徳天という名前は知らん。ただ、その魔王は都に縁のある魔王らしいな。そのボロボロの小僧の首にキスマークがついてるぜ。何か縁があるんだろ? 悪いが俺は都が大っ嫌いなんだ。都に縁のある魔王の匂いなんざ近づきたくもない」
「そいつは悪かったな。俺もその魔王は嫌いなんだ」
「じゃあ、何でそんな匂いつけてるんだ?」
「ここからは私が話すね」
静が割って入った。
そして、片岡春のことを話した。
彼女が崇徳天の影響を受けてクロウを襲ったこと。
その襲撃が失敗したあと崇徳天は片岡春の命を狙ったこと。その片岡春を庇ってクロウが後遺症の残るダメージを受けたこと。
「へえ、やるじゃねぇか。気が利かねぇ、自分勝手な男だと思っていたが、そうでもないのか……で、その後遺症ってのは?」
「一部の魔法が使えなくなった」
クロウが答える。
「あいかわらず都のやつらは陰湿だな。だから嫌いなんだ」
悪路王の骸骨の目が光る。
「うぐっ」
クロウの首が共鳴して光った。その場所は崇徳天に噛まれた場所だ。
クロウは急に苦しみだす。
「「クロウ」」
静と皆鶴姫が慌ててクロウに駆け寄った。
「なかなか強力だな。運命線そのものを変えているのか」
悪路王が呟く。
「くっ、運命線だと」
クロウが光る肩を抑えた。額に脂汗が浮き出ている。
「ああ、運命を変えられている。小僧、お前がその魔法を習得しなかった未来に」
「ふざけんな。俺の未来は俺がきめる」
「いいねぇ。俺もその意見に同感だ。そういう奴は嫌いじゃない」
悪路王の目がさらに光り輝いた。その光は長く続かない。やがて収まった。
クロウは苦しみから解放された。
流れる汗はそのままだ。
「何をした」
「運命にあがらった。小僧。お前が魔法を習得しない未来から、努力次第では習得する未来へ運命を変えた。いや、戻した」
「!」
「じゃあ、じゃあさ。クロウはまた魔法が使えるようになるの?」
静が食い気味で聞いてきた。
「人の話は聞けよ。努力次第って言ったろう。努力は必要だ」
「それでも努力すれば報われるようになったってことだ。それだけで十分だ」
クロウは言った。
「いいねえ。その気概嫌いじゃない。せっかくの縁だ、二つ忠告しよう」
「二つ?」
「都……いや、政治には気を付けることだ。ある意味、魔王より恐ろしいぜ」
クロウは頷く。
「ふん、あまり腑に落ちてねぇ顔だな。まあいい。その話は俺が都嫌いっていうだけの話だ。もう一つが重要だ。小僧、お前はどこかで崇徳天と雌雄を決しないといけない。そういう縁だ」
「望むところだ」
クロウは軽く笑った。
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【あとがき】
2章ボス悪路王とのバトル終了。
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