【新世界】第四十七話以降のとある一日
冒険者として見る王都での、とある一日
──鳥が笑う声で目が覚める。
差し込む光が、今日の天気を告げた。
まばたきを幾度か経て、やっとの思いで体を起こせば、女神の教会から時刻を告げる鐘が鳴る。
窓の外から下を覗けば、行き交う人々の声と、それから足音。
馬が蹄の音を響かせ、それに続いて馬車がガタガタと音をたてる。
商店では名前も知らない人が値切りを持ちかけ、店主に怒られ。
それを周りで見ていた人の笑い声が響く。
上を見上げれば、晴天。
なにも心配いらないのだと語りかけるように空は、妙に青い。
(変わらない)
僕はこの街を知っている。
この街の、比較的裕福といえる者達が住まう地区で育ったとはいえ、この場所だって見知った光景だ。
まったく知らない場所でもない。
聴き慣れた喧騒、聴き慣れた報せ。
見慣れた光景に、見慣れたはずの空。
なのに、……なぜだろう。
どこか、知らない場所のように映るのは。
「──ルッカちゃーん! おっはよー!」
「~っ、ノックをしろ!」
騒音と共に無遠慮に開け放たれた扉からは、なぜか一緒に旅をすることになった剣士。
「えー。だってもう光の十二時だよ?」
「それは、まぁ……その。僕が、寝過ぎた訳だが……」
「お寝坊さんだね~。どーせまたムズかしい本でも読んだんでしょ!」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
「えっ? オレー!?」
「い、いやっ。なんでもない……」
単属性の者を差別する者もいるほど、魔術師にとって自分やパーティー内の属性の均一化というのは大切なことだ。
だが、こいつを見ていて一つ。
僕なりにある仮説を立てている。
(こと魔力を扱う技能においては、単属性である方が優れているのではないか……?)
まぁ、こいつは特別な事情があるらしく実際には火と光の二属性なわけだが。
それにしたって、僕よりも素晴らしい才の持ち主であるかのような瞬間が幾度と見られる。
魔法学校時代にも、魔法に関する論文や研究成果というのはそれなりに読んできた……。
だが、そのように書いているものは、一つもない。
こいつが特別なだけかもしれない。
(記憶、あるいは記録……か)
ヴァルハイトは稀に、炎を剣に付与する際にも魔名を唱えないことがある。
それ自体はいいのだが、こいつは特別魔術師としての修行を行っていた訳ではないはず。
ということは、先天属性が少ない方が魔力へのイメージ定着が効率よく行われる……と考えたのだが。
なかなか裏付けるような根拠はない。
やはり個人の才能なのか。
……それはそれで、納得がいかんが。
「ルカちゃんって放っておくと、すぐ考え込んでるね?」
「……癖のようなものだ」
僕は考えを言葉にするより前に、思考を常人の何倍も巡らせる。
そして恐らく、ヴァルハイトは真逆だろう。
入り口付近の壁に背を預け、腕組みをしながらヴァルハイトは言う。
「ふーん? でもさ、一人より二人の考えのほうがイイ答えでるかもよ?」
「……そうだな。そういう場合もあるかもしれん」
「お、素直」
「はぁ。……今回に限っては、どこを読んでも書かれていないからな。実証するしかあるまい」
「ジッショー?」
「その内な」
「?」
時間ができたら、こいつの実力というものをしっかり把握したい。
剣術については僕は専門外なので分からないが。
魔法に関すること。それだけは、見逃せない。
特にこいつは、……はじめ打ち明けていなかった、世界でも稀有な光の先天属性をもつ。
僕の、当初の旅の目的である魔法の研究。違う属性の魔法を組み合わせること。
そして、その中の大きな課題として光と闇の魔法を研究することもある。
僕は、闇の魔法は得意だ。
……リューゲンいわく、どうやら闇の先天属性をもっていたらしい。
それはもはや、どうしようもない事実。
彼等ほどの魔眼をつかえる者が他にいるとも限らないが……。
魔族にいい印象を持っていない者と接する際には、気を配らねばならない。
対してヴァルハイトは、僕が持ち得ない光の属性。
しかし、実際のところそれが意味するのは、彼は特別な血筋の人物だということ。
そして、そのことをあまり公にはしたくないように見える。
だから……。
どう、彼に話を聞けばいいのか。
どう、教えを乞えばいいのか。
正直、分からない。
人と接することを躊躇ってきた、ツケが回ってきたかのようだ。
「それはそうと、今日はナニ食べるー?」
「お前は食べることしか頭にないのか?」
昨夜読んでいた本を片付けながら言う。
同時に収納魔法から出して並べていた衣類をながめ、今日着るローブ下の服を見繕う。
「あー、人を大食いみたいに言って~」
「違うのか?」
「ちがうよ~? なんか、ぜーんぶ新鮮なだけ! たのしぃ~の♪」
「……そう、か」
こいつは、王族。しかも、父君はその存在を多くの者に秘匿する。
恐らく、僕の知らないことがまだまだあり、それ故危険な幼少時代を過ごしていたと推測される。
だから彼は、食事にも細心の注意を払ってきたに違いない。
城を出るまでは直接の従者だったという、アコール。
彼や信頼のおける他の者に、毒見をしてもらっていたようだ。
……こう、なんと言ってあげればいいのか。
もどかしい。
「っその、なんだ……。行きたいところがあるなら、つ、着いて行ってやらんことも……ない」
「? …………! あー、ルカちゃんやっさしー♪」
「う、うるさいっ」
彼にとって、本来王になることが生きる意味だったらしい。
詳しくは聞けていないが、二十歳になるまで上の兄二人が王位継承権を持てずにいたとのこと。
だから彼は当然、そうなるものだと思っていた。
しかし、第二王子が光の属性を扱えるようになり、生きる意味そのものを失ったはず。
なのに、こいつはどうしてこうなんだろう。
悲観していいはずの人生を、自分が支持する一番上の兄──リヒャルト王子殿下が即位できるように前向きに生きている。
こいつは言わないが、恐らく旅をする目的も、兄の憂いを払うためだ。
国を統べるには国内の情勢が一番なのは事実だが。
特にメーレンス。
友好国の内情というのも、非常に大切。
なにが、そうさせるのだろう。
いつか、……話してくれるだろうか。
(……? そう考えると。こいつは、光の魔法が一番得意なのか?)
今でこそ全くその力を見せることはないが。
王へと至る過程で、火属性というよりは、光の魔法をよく修行したに違いない。
魔術師のそれとはちがっても、他者へ見せ付ける程度には。
そのうえで、あれだけの火属性の魔法を扱うとでも……?
分からない。
やはり、個人の才なのだろうか。
チャラくて、ふざけていて、……底なしに明るい。
見た目に反して冒険者としての心構えも申し分なく、国を想う高い志も持つ。
納得せざるを、得ないのだろうか。
「……今、ナニ考えてるか当ててあげようか?」
「! ほう?」
どうやら、また思考の渦に捉われていたらしい。
ヴァルハイトは笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
「十中八九、オレのこと!」
「っ、例えば、どのようなことだ?」
腕のいい魔術師は、勘がいい。
その通説については、僕は概ね同意している。
「それはもちろん! ……ヴァルハイトは、カッコいいー! ……って?」
「…………」
……納得、いかないな?
「……はぁ」
「あ、ため息──」
「幸せが逃げるとでも?」
「そうそう!」
「誰のせいだ、誰の……」
「またオレ!?」
ひどいだの、なんだの。
騒ぎ立てる姿だけを見ていて、誰がその背景を予測できるだろう。
こいつを見ていてひとつ。
ひとつだけ、思うこと。
(生まれ……。生まれ持つ、もの)
それで人生は大きく変わるのかもしれない。
自分ではどうしようもない、流れがあるのかもしれない。
でも、それがあっても無くても……人生は、もしかすると変えられるのかもしれない。
僕は、黒持ちで闇の属性を持っていて……。
魔族なのかもしれない。
そんな僕は、この世界でどう在るべきなのだろう。
世界をみて、世界を知り。
人と出会い、人を知り。
魔法を学び、己を知り。
答えはきっと──
「ねぇねぇ、とりあえずさっ! 街、出ようよ~」
「分かったから……、下で待っていろ」
「はーい♪」
顔を洗い、服を着替え。荷物を整え。
僕はまた、一歩を踏み出す。
いつかの、冒険者としての始まりの日と同じように。
同じ、世界への歩みだというのに。
「おそーい!」
「普通だ」
「気を付けて行ってらっしゃいね~」
「おばちゃーん、ありがとう!」
「おねーさん、だよ!」
「あぶねっ」
「はぁ」
──眩しい。
扉を開け放ち、目にするもの全ては既知のもの。
石畳と、喧騒と。
僕は、この街を知っている。
だが、こいつと共にみるこの街は、確かに知らない街だった。




